史上最年少落語家で上場企業社長も務めた希有(けう)な経歴の持ち主がいる。講演活動などで活躍しているオフィス・フォー・ユーの横山信治氏だ。修業時代の経験やビジネスにおける落語の効用などについて聞いた。

プロフィール
よこやま・のぶはる●1982年、日本信販(現三菱UFJニコス)入社。2001年2月、ソフトバンクファイナンスに転職し、日本初のモーゲージバンク(証券化を資金調達手段とした住宅ローン貸し出し専門の金融機関)SBIモーゲージ設立。当初4人でスタートした会社を、従業員250名、店舗数191店舗の上場会社へ成長させる。東証1部上場の金融グループでの役員、社長を経て、2014年4月独立。株式会社オフィス・フォー・ユー代表取締役社長。12歳で6代目笑福亭松鶴に弟子入り。上方落語協会最年少落語家「笑福亭手遊」としてテレビ、ラジオ、劇場に多数出演。一門には仁鶴、鶴光、鶴瓶、明石家さんま等がいる。
横山信治 氏

横山信治氏 氏

──最年少落語家として知られています。

横山 笑福亭松鶴師匠に弟子入りしたのが小学校6年生のときでした。上方落語協会に12歳で所属した最年少記録はいまだに破られていないと思いますよ。落語家を目指したのは、小学生のときにクラスで学期末にやっていた余興でちょっとした小話をして、それがうけたのがきっかけですね。評判が広まりよそのクラスでもやるようになり、そのうち老人ホームなど学校以外からも声がかかるようになりました。そんなこともあって当時テレビで大活躍していた笑福亭仁鶴さんのよう落語家になりたいと思うようになったのです。

──笑福亭に入門された経緯は?

横山 新聞配達をしていた友達が、配達先の笑福亭鶴光さんの自宅をこっそり教えてくれ、家も近かったので「弟子にしてください」と頼みにいったのです。鶴光さんは当時入門4年目で弟子はまだとれないということで師匠の松鶴さんに紹介してくれました。

──そんな偶然で入門できるなんて驚きですね。

横山 シンクロニシティーというか、本当に熱意を持って「こうしたい」と思ったら奇跡が起きるのでしょう。私は生涯2回しか落語をライブで見たことがありませんでしたが、なんといずれも弟子入り直前に見た松鶴師匠の舞台でした。初めて会った松鶴師匠からは、「テレビで人気になりたいとか、ちゃらちゃらした気持ちであこがれてるんちゃうやろな」と聞かれました。「違います」と答えると「ほんなら俺の落語じかに聞いたことあるのか」。そこで「3週間前に万博公園のお祭りでゲスト出演していたのと、2週間前の厚生年金会館の公開録画で聞きました」と答えると一気に上機嫌になり、入門を許されたのです。今振り返ると、小学校6年の子どもが上方落語協会の会長の弟子になれるというのは、奇跡としか言いようがないと思います。

──メディアで引っ張りだこになるなど一時は人気になりますが、その後挫折を味わったそうですね。

横山 昭和46年11月の入門で翌月の12月に大阪毎日ホールで初舞台を踏みました。これもおそらく記録にないくらい早いでしょう。200人を超える観客が詰めかけ、大爆笑でした。物珍しさからテレビや新聞などメディアの取材もたくさん受けました。でもそれはあくまで小学生が落語をしているという点におもしろさがあったから。実力でもなんでもありません。声変わりして顔もだんだん大人びてくると、仕事がどんどんなくなっていきました。練習もしないようになり、すさんだ生活になります。最後の仕事は今でも覚えていますが、大阪の我孫子の老人ホームでお客がたったの4人。しかもみんなまとまっていてくれればいいものを、バラバラに座っている。誰に向かってしゃべっていいやらで本当に困りました。というわけで、わずか16歳で人生の栄枯盛衰を味わったわけです。

人気者から学んだ処世術

──落語家を辞め、大学進学を経て今度はビジネスパーソンとして勝負します。

横山 会社員は出世してなんぼの世界。とにかく給料の高い会社に行きたかったので、就職活動は金融関係を志望し日本信販に入りました。残業は多かったですけど給料は良かったですね。営業成績もずっと上位でした。

──全国1位の実績もあるそうですね。

横山 東京に転勤になったときに前任者がほとんど数字の上がらない社員で、一気に営業成績が全国最下位になってしまったことがありました。しかしその後半年で2000人いた営業でトップになったのです。変えたのは付き合う人。最下位のときに飲んでいたメンバーは全員予算未達のメンバーで、話題は商品や上司、営業上位の人間の悪口ばかり。しかしあることをきっかけに営業上位のひとと飲みにいくようになると、話題がまるっきり違う。みんな新商品が出たらどこに営業にいくか、という話をしているわけです。大口取引先のシェア拡大のコツなどのヒントをもらい、成績を大きく伸ばすことができました。

──狙い通り出世を?

横山 営業成績トップですから、出世するのは間違いないと思っていました。しかしあるとき上司から怒られたときに、「そんなクーラーが効いたところにいないで自分で回ってみい」とキレてしまったのです。トラブルを起こしても実績を上げているから上司も何もできないだろうとどこかで高をくくっていたのでしょう。しかし結局、だれも行きたがらない債権回収の部署に左遷させられてしまいました。39歳のときです。結局借金の取り立てで毎日怒鳴られ、うつ病に。プライベートでも子どもが不登校になるなどいろいろ問題が出てきました。「このままじゃあかん」と転職活動をはじめ、日本信販を辞めて、住宅ローンの新規事業を立ち上げたソフトバンクファイナンスに入社しました。

──最初は4人で始めた会社ですが、2012年にSBIモーゲージ(現アルヒ)として上場を実現します。経営者としてさまざまな経験をされた横山さんですが、弟弟子にあたる笑福亭鶴瓶さんから学ぶことが多かったと著書で語られています。

横山 落語家は普通3年の修業期間に売れることはありませんが、鶴瓶さんは例外で、1年ですごい人気者になりました。芸能人だけに限らず、急に出世したり業績を伸ばしたりすると周囲から嫉妬されたり、下に引きずり下ろそうというエネルギーが働きますが、これをかわすのが鶴瓶さんは抜群にうまかった。コツはというと、失敗談を誇張して周囲に話すんです。兄弟子がいる部屋に「兄さん、師匠に偉い怒られまして、破門いわれました。あかんはおれ」と言いながら入ってきます。そうすると兄弟子も「そう言うなや、がんばれや」となるわけです。それからどんなに人気者になっても、決して謙虚さを失わなかったのもすごいことですね。

──常に相手の気持ちに立った行動をするのも感心されたとか。

横山 鶴瓶さんが入門して間もないときに、師匠から「タバコを買ってきてくれ」と頼まれたときのことです。当時師匠からタバコのお遣いを命じられた弟子たちは、それをちょっとした休憩に使っていました。私も近所のパン屋でメロンパンを買っておやつ代わりによくつまんでいたものです。それを鶴瓶さんはどうしたか。タバコ店は師匠の家から往復10分くらいの距離です。鶴瓶さんは家を出て行ったかと思うと、3分くらいしてはあはあ息せき切って汗だくになりながら「帰りました」と。もちろん師匠は走ってこいとは言っていません。タバコを吸いたい師匠のことを考えたらできるだけ早いほうがいい。そう思って鶴瓶さんは走ったわけです。

──「期待以上のことをする」重要性はビジネスにも通ずると。

横山 落語の修業はハードですから、誰も見てないところで弟子はサボりたいわけです。師匠と奥さんが一緒に半日でかけたときがありました。「きれいに掃除しときや」といわれて、僕らとしてはやっとゆっくりできる、寝転んでコーヒーでも飲もうかとうれしくなるわけです。しかし掃除機をかけ終わった後に鶴瓶さんは、バケツに新聞紙を入れて水に浸し、それをあちこちにまきはじめました。師匠の家では犬を4匹飼っていました。性能に限界のあった当時の掃除機では取り切れないたくさんの毛が落ちていて、それをぬれた新聞紙で吸い取ってきれいにしようとしたのです。指示をされたわけではありませんが、常に期待以上のことをしようという姿勢はとても勉強になりました。

間の使い方でプレゼン上手に

──雑誌『プレジデント』の調査では、年収1000万円以上のビジネスパーソンの43%が落語好きだと回答したそうです(2011年10/3日号)。

横山 確かに、落語好きだという社長は多いと思います。しかし落語のネタや生きざまが経営に結びつくというのではなく、張り詰めている緊張をほっとほぐす強弱の付け方が上手なのではないかと思います。落語に限らずオペラや歌舞伎などを趣味にしている社長は多いですからね。それと成功されている経営者に共通していえるのはプレゼンが上手だということ。これは落語からヒントを得ていることがあるかもしれません。

──どのようなヒントでしょう。

横山 ポイントは「間」の使い方とできるだけ短い言葉で伝えるということ。落語家が新ネタをつくるときには、無駄な言葉を徹底的に排除します。なぜなら無駄な言葉はテンポを悪くし、「間」が作れないからです。こうして起承転結がしっかりあり、無駄なものが排除されて完成されたものが落語のネタなので、落語を聞くのが好きな人は知らず知らずのうちに、プレゼンのポイントが分かるようになるのかもしれません。重要なことを言ってあとは想像してもらうというのが落語ですが、それはビジネスも一緒。重要な点を説明していかに相手に賛同してもらうかが大切だからです。

──スピーチが苦手だという人にアドバイスはありますか。

横山 短期間でスピーチに自信を持てるようになるコツは、話すスピードを極力ゆっくりすること。人前に立ったときに最初の5秒間、会場をゆっくり見渡して黙っていてもいいかもしれません。他の人があれ、と思って自分のことに集中するようになりますし、ゆとりがあるように見せることもできます。またスピーチで一番大事なのは話を聞いてもらえるということなので、ジェスチャーや表情をできるだけ交えることも大切です。内容よりも身ぶり手ぶりのほうが人は心に残りますからね。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2016年7月号