人手不足に悩む中小企業にとって心強い味方になってくれるのが「短時間勤務人材」だ。主婦やシニアを活用した先行事例を紹介する。

短時間勤務で仕事をまわす

 10年前は二十数億円の年商だったのに、いまや年商100億円超えが現実味を帯びるところまでに急成長をとげたのが、女性向けカジュアル衣料の販売チェーン、ハートマーケットだ。イオンモールなどの大型ショッピングセンターを中心に現在55店舗を展開する。

 そして近年、じわりじわりと人気を高めているのが、楽天市場に出店する同社のECサイト(オンラインショップ)だ。メーンターゲットは30~40代の主婦層だが、20代向けの商品も充実している。

「『楽天市場店』を運営するうえで欠かせない存在となっているのが、短時間勤務の主婦人材です」と、小林リチャード店長は話す。

 フルタイムの社員とは違って、出社する時間が遅かったり、退社する時間が早かったりする短時間勤務スタッフ。同社の場合、ショップ店員のなかにもパート従業員は以前からいたが、「一般事務職」の短時間勤務をスタートしたのは2年ほど前からだった。

 きっかけは2014年に経済産業省のプロジェクトとして実施された、「主婦インターンシップ」の制度(※注)。育児などを理由にしばらく働いていなかった主婦が中小企業で数カ月間、短時間勤務による職場実習をするものだ。櫻井明社長は「ママさんたちのためならウエルカム」と、3人の主婦を採用。人手不足だったECサイトの仕事を手伝ってもらうことにした。このときの働きぶりを評価し、半年間のインターンが終了した後も3人をそのまま短時間勤務で継続雇用した。

 そのうちの1名は本人の要望でショップの店員になったが、あとの2名は現在も本社事務所でECサイトの仕事をしている。前職はウェディングプランナーだった山口美奈さんと、元CA(旅客機客室乗務員)の狩野美咲さんだ。

 山口さんの子どもは、小3と幼稚園年中組の2人。結婚式場を辞めてからハートマーケットに復職するまでに7年のブランクがあったのは、子育てのためだった。下の子どもが幼稚園に通うようになって「また働きたい」と考えるようになったが、延長保育(預かり保育)を利用しても、フルタイムで働くのは難しい。そんな山口さんにとって、9時~15時までの短時間勤務を認めてくれるハートマーケットはありがたい存在だった。「15時に退社して、すぐに幼稚園に車を走らせます」(山口さん)。

 一方、同じく2人のお子さん(小2と幼稚園年長組)がいる狩野さんの勤務時間は10時~16時まで。同社では、それぞれの都合に合わせて勤務時間を選ぶことができるのだ。

売り上げアップに貢献

 山口さんと狩野さんの主な業務は、ECサイトに掲載する商品や、その商品を着たモデルの撮影。さらに、商品の説明文を考えたりする仕事も任されているという。実は山口さんは、高校生のころからカメラが趣味。イラストレーターを使った写真加工などもお手の物だ。そうした理由から、撮影は山口さん、モデルは狩野さんといった役割分担が自然となされていった。

 小林店長は「彼女たちのすごいところは、同じ主婦ならではの〝お客さま目線〟を大事にしながら仕事をしてくれるところです。ユーザーとしての立ち位置から『こうした説明文のほうが主婦の心に響く』とか『このアングルからの写真のほうがいい』などと判断してくれる。そこが一番の持ち味ですね」と話す。

 ネット通販の場合、いくら新しい商品が入荷しても、それを写真に撮ってサイト上にアップするという工程を踏まなければ、商品を売ることができない。以前、職場内の人員が足りなかったころは、この作業がボトルネックとなり、「売りたくても売れない」という状況にたびたび見舞われた。しかし今では、山口さんと狩野さん、そしてその後採用した短時間勤務の主婦人材のおかげで毎日5~6品番、多いときは10品番以上の商品を入れ替えることができている。これがECサイトの売り上げアップに直結した。

 短時間勤務で新たに採用された小鮒瑠美さんは、「子どもと一緒にいられる時間が確保できる今の働き方はとても気に入っています。そうした働き方を提供してくれるハートマーケットに感謝ですね」と笑う。まさにウイン・ウインの関係が、従業員と会社との間にできあがっている。

 342万人──。これは、内閣府が出した「働きたいと思いながら現在働いていない、主婦と思われる女性の数」の累計だ(『男女共同参画白書』平成23年版)。その多くを占めるのが、「子育て期の主婦」。育児をしながら仕事ができるのなら働きたい。でも条件に見合う働き口がそう簡単には見つからないという現状がある。

「その一方で、慢性的な人手不足に悩んでいるのが中小企業です。ここはひとつ、発想を切り替えてみてはどうでしょうか。フルタイムの男性社員を募集しても人が集まらないのなら、短時間でなら働ける主婦人材に目を向けてみるのです」

 こう語るのは、人材戦略コンサルタントとして活躍するオーエスの田中志乃さん。子どもときちんと向き合える働き方ができるのなら、職種や給与にはこだわらない主婦は意外に多いという。「短時間勤務主婦×中小企業」の組み合わせは、両者にとってメリットがあると言えそうだ。

高スペックなキャリア主婦

 子どもを持つ親をターゲットにしたウェブサイトを制作しているコズレもまた、短時間勤務の主婦人材を積極的に採用している。子育ての専門家(保育士、小児科の医師など)や一般のママパパさんからの投稿情報をもとに、育児、おでかけ、料理、ファッションなど幅広いジャンルの記事をウェブメディア『cozre』を通じてネット上に公開しているベンチャー企業である。

 それら記事の企画・編集、あるいは投稿情報が間違っていないかどうかのチェック作業にあたっているのが、シフト制で働く15名(今年3月現在)の短時間勤務主婦人材だ。

「出社は9時~10時ごろで、退社は15時以降。必ずしも月~金まですべて出社する必要はなく、『月に○○時間以上は来てください』といった感じで、シフト希望を出してもらっています」と、取締役の早川修平さんは話す。

 最初に、経済産業省の「主婦インターンシップ」を通じて短時間勤務の主婦を採用したのは2年前。そのうちの1人であるKさんは、コピーライターとして編集の仕事を経験したこともある即戦力だった。小学生の子どもがいる彼女がそれまで専業主婦でいたのは、前職のキャリアを生かせ、しかも育児に配慮した働き方を認めてくれる会社になかなか出会えなかったからだった。

 その後、昨年1月に自社のサイトで短時間勤務のスタッフを募集したところ、たった3日間で約20名もの応募がきたという。その中から厳選して、ウェブメディアの編集経験のあるAさん、コールセンターで働いていたBさん、大手人材会社で営業をしていたCさんの3人を採用した。

 Aさんが以前働いていたのは、コズレよりも大きなウェブメディア制作会社。効率的な作業の進め方などを逆に彼女から教わることも多いという。また、Bさんの電話対応のうまさは誰もが一目置くところで、文章校正のスキルに関しても、最近めきめきと力を付けてきた。

 そしてCさんは、いわゆる元バリキャリ(バリバリ働くキャリアウーマン)。投稿者とのメールのやり取りなどを担当してもらっているが、とにかく元来持っている〝スペック〟が高いという。「あれほどの能力があるのに、時間の制約があるとなかなか働き口を見つけられない現実があることを、彼女を見ていて痛感しました」(早川取締役)。

「5分以内に聞く」ルール

 こうした気づきをもとに、コズレではその後も積極的に主婦人材を採用するようになった。広報を担当する奥村智子さんもそのうちの1人だ。「前職のアパレル会社でも、広報業務にたずさわっていました。育休を終えて職場に復帰したのですが、早朝から深夜までの部署だったので、子育てしながら働くのは無理だと思い、コズレに転職しました。いまは9時30分~17時までの勤務時間で働かせてもらっています」(奥村さん)。保育園に預けた子どもを迎えにいくために、17時を回ると小走りで駅に向かう毎日だ。

 同社では短時間勤務の主婦にとって働きやすい職場にしようと、「5分考えてわからないことは誰かに聞く」といったルールや、「業務を細かくタスク化して、どこまで完了しているかを常に共有できるようにする」などの仕組みを取り入れているという。これらの工夫は、主婦人材を会社に定着させるうえで高い効果を発揮している。

「短時間勤務のスタッフが増えたおかげで、より主婦目線に立ったコンテンツが制作できるようになりました。人手不足の解消とともに、これもまた大きなメリットでしたね」(早川取締役)

 ハートマーケットやコズレの例からもわかる通り、育児などの理由でフルタイムでは働けないという主婦人材を、そのまま眠らせておくのはもったいない。また「フルタイムで働くのはさすがにしんどいが、まだまだ現役で働ける」というシニア人材を活用するのも、人手不足に悩む中小企業にとっては有効な手となるだろう。大企業がまだ手をつけていない〝眠れる人材〟をうまく戦力化できれば、新たな展開が待っているかもしれない。

(※注) 正式名称は「中小企業新戦力発掘プロジェクト」。制度自体はすでに終了している。いまはそれに代わるものとして、J.P.モルガンが日本財団を通じておこなっている「GROWプロジェクト」などがある。

(本誌・吉田茂司)

会社概要
名称 有限会社ハートマーケット(代表者 櫻井 明)
設立 1995年4月
所在地 群馬県前橋市川原町1-28-7
売上高 95億円
社員数 約300名(パート含む)
URL http://heartmarket.co.jp/
http://www.rakuten.ne.jp/gold/heart-market/(楽天市場店)
会社概要
名称 株式会社コズレ(代表者 松本大希)
設立 2013年7月(2015年8月1日 株式会社トウキョウアイトより商号変更)
所在地 東京都千代田区飯田橋2丁目1 日東九段ビル 2F
社員数 32名(パート含む)
URL http://www.cozre.co.jp/
https://feature.cozre.jp/(子育てマガジン『cozre』)

掲載:『戦略経営者』2016年5月号