Q いま、なぜ航空機産業なのでしょうか。
A 現在、日本の製造業人口の約半分は何らかの形で自動車産業に関わっているといわれています。つまり、自動車は日本経済にとってのけん引車だといえるでしょう。しかし、逆にいえば、ここがダメになれば終わりというもろさも内包しており、いわば不安定な1本足で立っている状態だともいえます。これを2本足、3本足にできるかどうかが「ものづくりニッポン」復活のカギですが、周知の通り、エレクトロニクスや造船、鉄鋼、繊維などかつての日本の基幹産業は国際競争に負けたり生産拠点を国外に移転したりで、回復の兆しは見えていません。同時に、関連中小メーカーは激減。東京・大田や大阪・東大阪など従来型産業クラスター地区の衰退ぶりは目を覆うばかりです。
そのようななかで、将来的に中小メーカーの構造的苦境を反転攻勢に導く可能性を秘めた産業といえば、これはもう航空機産業しかありません。部品点数は自動車の比ではないし(大型旅客機で300万点)、プロジェクトごとに莫大(ばくだい)な資金が動きます。話題を独占している三菱航空機のMRJ(三菱リージョナルジェット)にしても、すでに4000億円超のコストをかけており、中部地方の航空機産業クラスターは活気づいています。しかも、日本は世界垂涎(すいぜん)の技術力を持ちながら、あの「YS11」の失敗以来の意気阻喪で、航空機産業の市場規模は2013年時点でわずか1兆7000億円。アメリカの21兆円超はおくとしても、フランス、ドイツ、イギリスといった欧州先進国も4~6兆円、カナダでさえ2兆円超の規模があります(数字はいずれも「航空産業宇宙データベース」から)。さらにいえば、世界の航空機市場は年間5%の伸びが予想されており、単純計算すると20年後には2倍になります。このような有望市場はどこを探してもありません。まさに、『ものづくり最後の砦』なのです。
Q 日本の航空産業の仕組みを簡単に教えてください。
A 図1(『戦略経営者』2016年4月号P12参照)を見れば一目瞭然です。構造的には、アメリカを中心とした国際航空の巨人たちのニーズに応じる形で、官民が複雑に連携し合って航空産業が成り立っています。この生産プロセスには1次下請け(ティア1)の大企業だけでなく、2次下請け以下(ティア2~)の中小メーカーが数多く関わっています。なぜなら彼らの「匠の技術」なしには航空機はつくれないからです。
Q ただ、そうはいっても航空機産業は「敷居が高い」と考える中小メーカーも多いのでは?
A そう考える必要はありません。日本には、高い技術を持つ中小メーカーはもちろん、優良な産業クラスターがまだまだ残っていて、世界に誇るべきものです。自社の技術に自信を持ってください。エアバスやボーンイングなど世界的航空機メーカー、あるいはGE、P&W、ロールスロイスといった航空機エンジンメーカーは、その技術が欲しくてしょうがない。機体で30%、ジェットエンジンの15%は日本製の部品でできているという推計もあります。長野・飯田や新潟、あるいはMRJで活気づく中部地方のような産業のクラスター化つまり現在の航空産業のトレンドである多工程一括受注・一貫生産の体制をつくり上げることができれば十分に世界に打って出ることができます。
Q MRJも部品の国産部品の比率は30%にすぎないと揶揄(やゆ)する人もいます。
A それは的外れです。設計から、施工、完成にいたるまで、全体を俯瞰(ふかん)して総合的に手がけることは、これまでのような世界の航空大手からいわば「目隠し」をされて「言われるがままに」つくらされていた状態とはわけが違います。国産化率が30%にすぎなくても、全体の工程が把握できているわけですから徐々にサプライチェーンを整備してこの比率を上げていくことも十分に可能です。
さらにいえば、近年、世界的航空機関連企業は、効率性を重視し、従来は自社が直接行っていた部品調達を1次下請け(日本でいえば三菱重工、川崎重工、富士重工、IHIなど)以下にまかせるようになりました。個別に発注・受注を繰り返し、その都度製品チェックを行う「のこぎり型受発注」ではもはや効率性の面で立ち行かなくなり、先にも述べた通り一括受注・一貫生産が時代の流れになったのです。おかげでますます日本の中小企業にチャンスが広がったといえます。実際、後欄にも出てくる長野県飯田市のネクサスという会社は、リーマンショックでボロボロの状態から、乾坤一擲(けんこんいつてき)、「エアロスペース飯田」に参加して復活しました。技術が高く、繁盛している会社は概して他の仕事を受ける余裕がありません。だからこそ、苦しい状態の中小メーカーが、技術を磨き、航空業界にアピールすることでチャンスをつくり出すことができたのです。
Q 航空産業に参入するには何が必要でしょう。
A 少なくともJISQ9100(航空宇宙マネジメントシステム認証)、できれば特殊な工程(非破壊検査、熱処理、化学処理など)を手がけることができるNadcap(国際航空宇宙産業特殊工程認定)を取得することです。前者は航空機産業へのパスポート、後者は特殊工程を手がける通行手形といえるかもしれません。また、Nadcapには3つのレベルがあり、最高級の「レベル3」を取得すれば、おそらく世界の航空産業から引く手あまたの状態になるでしょう。
過去、欧米の中小メーカーは日本の製造業のこてんぱんにやられてきました。ところがいまでも残っているところはきちんとした世界認証をとり、高品質を担保しているところばかりです。逆に日本ではいまだに職人技に頼り、世界基準などといった小難しいことには興味を示さず、中国などとの価格競争に終始しています。これでは衰退するのは当たり前で、せっかくの高技術も宝の持ち腐れです。航空産業のしっかりとした認証制度は、日本の中小企業のレベルの高さを示す効果的なツールとなり得ることを認識すべきです。
Q しかし、やはりNadcapといえば、中小企業にとって遠い存在なのでは?
A それはまったくの誤解です。Nadcapの取得企業は15年1月時点で134事業所となっていますが、なんとその半分67事業所が中小企業なのです。なかには、リーマンショックで経営が立ち行かなくなり、なんとか新事業を立ち上げようとNadcapを取得、航空産業参入を果たしたという中小メーカーも1つや2つではありません。結局は、経営者のやる気次第なのだと思います。
Q 認証をとっても、それをアピールすることをしなければ意味がありません。
A そこが中小企業の苦手なところかもしれません。まずは人材です。人と会ってください。東京に出てきた時には経産省航空機武器宇宙産業課のキーマンに会う。あるいは、航空産業クラスターがある地域に自ら出掛けていって、自社の存在をアピールする──アポなしででかけていくくらいの気迫が必要です。航空産業には方々にキーマンといわれる人がたくさんいます。行政にも企業にも各種団体にも。彼らをつかまえ、自社の技術力を熱くアピールするのです。
Q 具体例を教えてください。
A 飯田航空宇宙プロジェクトは後欄に譲るとして、ここでは、新潟スカイプロジェクトを紹介しておきましょう。このプロジェクトの場合、行政が深く関わっていることが大きな特徴といえます。
新潟市の田園風景のまんなかにあるJASPAの共同工場。これこそが、新潟が官民挙げて航空産業参入に「本気」である証拠です。地元企業の山之内製作所が中核となって進められた共同工場の設立にはかれこれ10年はかかっています。体制が変わっても航空産業への意欲は維持され続け、新潟市は専従職員を長期間張り付けてクラスター化を支えてきました。このような息の長い地道な努力が航空機産業には必要なのです。また、地元の銀行を取り込んでシンジケートローンを組ませることに成功。第2の共同工場「NSCA」も完成し、特殊な工程への対応もスタートしました。ちなみに新潟県ではNadcap認証取得のための資金の半分(150万円まで)を補助金でまかなうことができます。
また、これも地元の水道管メーカー・明和工業が中心となって進めている貨物無人航空機システム「カーゴUAS」の開発も注目されています。現在の陸輸送の1%を空の輸送に切り替えられれば1兆円産業です。驚くべき市場規模であり、ブルーオーシャンという意味でも魅力満点の事業です。
さらに、MRO(点検・整備・修理・部品交換)への対応にも余念がありません。新潟空港の未利用地を使用し、三菱、川崎、富士の三大重工や大手航空装備品メーカーへ進出を呼びかけ、整備士などの人材養成機関の設立も視野に入れています。
Q ところで、航空産業へ参入するにはクラスター化は絶対条件なのでしょうか。
A 実際、現在でも全国で航空産業クラスターを目指している地域は20近くあります。本書で紹介した飯田、新潟、中部もそう。もちろん、単独で受注している企業もありますが、日本の中小製造業は技術はあっても仕組みがありません。それに再三述べてきた通り、現在は「のこぎり型」から「一括受注・一貫生産」へと航空産業の流れが変わってきています。その意味で、クラスター化は受注への近道なのです。
Q 今後、日本の航空機産業はどうなりますか。
A いまは各クラスターが個別に活動している状態ですが、将来的には日本全体を大きなひとつの航空産業クラスターにして対応する必要があるのではないでしょうか。それほどのポテンシャルを航空機産業は持っていると思います。そのポテンシャルを生かすためにも、より強力な国のサポートが必要になります。例えば、国は先ほど申し上げた航空機武器宇宙産業課という部署で対応していますが、そろそろ航空を武器と切り離して専門部署をつくってもいいのではないでしょうか。
いずれにせよ、ここまで、縷々(るる)述べてきた日本の航空機産業の現状と未来は、拙著『ものづくり最後の砦~航空クラスターに賭ける』(3月20日発売)に詳しく書いてありますので、ぜひご参照ください。
(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)