従業員の心のケアが叫ばれて久しい。長時間労働などによる仕事のストレスで心の病を患い、労災認定を受けた人は2014年度過去最多を記録した。こうした状況下、12月1日にストレスチェックの実施が義務化される。企業におけるメンタルヘルス問題に詳しいアドバンテッジリスクマネジメントの神谷学氏に制度の概要と運用のポイントを聞いた。
- プロフィール
- かみや・まなぶ アドバンテッジリスクマネジメント取締役常務執行役員。東京大学法学部卒業。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。1997年文部省(現・文部科学省)入省。2001年アドバンテッジリスクマネジメントに入社。リカバリ・キャリアサポート事業部長、執行役員兼経営企画部長などを経て、2014年4月より現職。
Q ストレスチェックが義務化された背景を教えてください。
A ストレスチェック制度は職場におけるストレス問題や、増加する自殺者対策として法制化されました。2010年に検討がはじまり、政権交代などの紆余(うよ)曲折(きよくせつ)をへて2014年6月、ストレスチェックの実施義務を含む改正労働安全衛生法が成立しました。
人はストレスを感じると眠れなかったり、イライラしたり、不安になったり心身にさまざまな反応が表れます。高ストレス者を早期に発見し、働き方や上司のマネジメントなどの職場環境の改善を図ることに主眼が置かれています。
Q 企業にはどんな義務が課せられますか。
A おもに次の3点が義務づけられます。①全従業員へのストレスチェック実施②高ストレス状態かつ、申し出を行った従業員への医師面接③医師面接後、医師の意見を聞いた上での必要に応じた就業上の措置です。
12月1日に義務化され、向こう1年間、つまり2016年11月30日までの間に最低でも1回ストレスチェックテストを行う必要があります。ストレスチェックの実施義務が課せられるのは従業員が50人以上いる事業場で、50人未満の事業場は当分の間、努力義務となっています。現在のところ、罰則規定は設けられていません。
Q ストレスチェックの対象となる社員の範囲を教えてください。
A 1週間の法定労働時間が40時間の職場を例にとると、30時間以上働いている従業員が対象になります。アルバイト、パート、派遣社員も含まれます。派遣社員は労働契約を結んでいる派遣元企業が一義的にストレスチェックの実施義務を負いますが、派遣先企業でもテストを受けることになります。なお、経営者や取締役などは対象外となります。
Q ストレスチェックの実施者は?
A 医師または保健師、一定の研修を受けた看護師、精神保健福祉士で、産業医や産業保健活動に従事している医師が望ましいでしょう。ただし、人事権を有する人は、その人事権にかかわる労働者に対するストレスチェックの実施者になることはできません。実施にともなう事務は外部に委託することもできます。
Q 導入に向けてどのように準備を進めればよいでしょうか。
A 図表1(『戦略経営者』2015年11月号P31)にあるとおり「事業者による方針の表明」がスタートになります。新年や新年度の経営方針発表時に、企業としてメンタルヘルス対策に取り組むことを宣言するのもよいでしょう。
ストレスチェックの実施方法としては、用紙への記入あるいはウェブサイトでの回答が考えられます。ウェブ上で行う場合は情報漏えいを起こさないよう、セキュリティーを厳重にしておく必要があります。印刷や発送、組織診断の集計業務を考慮すると5~7カ月間必要なため、余裕をもったスケジュールを組んでください(同P32)。
衛生委員会で具体的な実施体制を決めた後、従業員に説明を行います。ここで注意が必要なのは従業員がストレスチェックを受けるのは、あくまで任意であるという点です。ただ、受検率が極端に低ければ、職場ごとの問題点を集団分析するデータとして有用と言えなくなってしまいます。したがって、啓発周知し一人でも多くの従業員に回答してもらうことがカギになります。
Q 行政機関に対する報告義務はありますか。
A 1年に1回、労働基準監督署に「心理的な負担の程度を把握するための検査結果等報告書」(様式第6号の2)を提出する必要があります。会社単位ではなく、事業場単位で報告する点に注意してください。なお、50人未満の事業場については報告義務はないとされています。
Q ストレスチェック項目の内容を教えてください。
A 企業は衛生委員会で審議し、独自に質問項目を設定することができます。ただし、職場のストレス要因、心身のストレス反応、周囲のサポートの3つの領域に関する項目が必ず含まれていなければなりません。国が参考として57項目の質問からなる標準的な調査票(職業性ストレス簡易調査票)を公開しています。
Q ストレスチェック結果の本人への通知方法は?
A 封書もしくはメールで本人に個別に通知します。通知する内容はストレスプロフィール、高ストレス者への該当の有無、面接指導の要否などです。外部機関に委託して実施する場合は、本人の自宅に送付したり、第三者が内容を確認できないよう封をした上で事業場に送る方法もあります。ストレスチェックの結果は本人のみに知らされるという点がポイントで、事業者(企業)が結果を把握するためには、実施後個別に確認をとる必要があります。
Q 集団分析を行う必要はありますか。
A 部署や年代、役職別に従業員のメンタルヘルスの状況を分析する集団分析は、当面、努力義務となっています。ただ、実施する必要性が低いというわけではなく、集団分析の結果を元にした職場環境の改善は随時おこなっていく必要があります。分析に際しては、個人が特定できないように統計処理し、組織ごとの課題抽出と解決策を検討します。
Q 高ストレスと評価された従業員への対処方法を教えてください。
A 高ストレス者が医師との面接指導を希望する場合、会社に申し出て面接を受けることができます。会社は産業医などによる相談窓口を用意し、面接指導を受けるよう勧奨します。高ストレス状態が明らかになったにもかかわらず相談体制が不十分なため、休職に陥ってしまう事態は避けなければなりません。また、面接指導を申し出たことによって従業員が不利益な扱いを受けることも禁じられています。
その後、会社は面接指導を行った医師から就業上の措置、職場環境の改善に関する意見を聴取します。就業制限などの措置を講じる際は、あらかじめ本人から了解を得られるよう十分に話し合う必要があります。
Q ストレスチェックの実施により、企業にはどんなメリットが考えられますか。
A 会社のトップがイノベーションや生産性向上を目標に掲げていても、従業員が疲弊していてはその実現は難しいでしょう。心身ともに健康な状態にあればこそ、モチベーションや会社へのコミットメントが高まります。
また、以前は従業員のメンタルヘルス対策に積極的に取り組んでいると公表した企業には、劣悪な労働環境などを想起させ、どこかネガティブなイメージがつきまといました。しかし近年では、従業員の心のケアに熱心な企業として前向きに評価されつつあります。新卒者採用は売り手市場になっていますから、就職活動中の学生に対するプラスのメッセージにもなると思います。
ストレスチェック制度のより詳細な規定については、厚生労働省が開設している「こころの耳」というポータルサイトに実施マニュアルやQ&A集が公開されているので、ぜひ参考にしてみてください。
(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)