2020年開催の東京オリンピックに向けて今後も増加が見込まれる訪日外国人。政府の目標を大きく超えて、5年後には3000万人を超えるとの試算もある。国内需要の大きな伸びが期待できない今、サプライサイドには大チャンス。中小企業にとってもインバウンド対策が急務になりつつある。

プロフィール
むらやま・けいすけ 兵庫県生まれ。米ウィスコンシン大学マディソン校卒。2000年アクセンチュアに入社。地域活性化プロジェクトやグローバルマーケティング戦略等に従事。2006年同社を退社。2007年にインバウンド観光に特化したBtoBサイト「やまとごころ.jp」を立ち上げ、ホテル・小売り・飲食・自治体向けの情報発信、教育・研修、コンサルティングサービスなどを提供。著書に『訪日外国人観光ビジネス 沸騰するインバウンド市場戦略ガイド』(翔泳社)がある。
インバウンド需要を狙う

──訪日外国人の数が爆発的に伸びています。

村山 2014年は前年比29.4%の伸び率で過去最高の1341万人を記録しました。今年は7カ月間ですでに1100万人を超えており、年間では1800万人くらいに達する見通しです。当初政府は2020年に2000万人という目標を掲げていましたが、前倒しで到達するのは間違いありません。市場規模も昨年はじめて2兆円を突破し、今年は3兆円超えが確実視されている状況です。

──大幅に増えた理由は?

村山 一番大きな要因は、アジア各国の経済発展ですね。所得の増加にともない海外旅行できる層が拡大したのに加え、ビザが緩和・免除される国も増えてきました。さらに2年前より対ドルで40円近く安くなった為替の動向も強く影響しています。日本の国内空港とアジア各国との間でLCCの就航が相次ぐなど交通手段が多様化し、しかも価格が低下していることも増加を後押ししています。乗客数3000人を超える大型クルーズ船による訪日旅行も激増しており、昨年博多港では110隻が寄港しました。これは以前では考えられないような数です。日本食が世界的にブームになるなど日本に行きたいと思っている潜在的な層は相当数いるはずで、インバウンドビジネスは年間3000万人まではゆうに伸ばしていけるほどのポテンシャルを秘めていると思います。

──かなりの経済効果が見込めますね。

村山 訪日外国人のお金の使い道としては買い物が最も多く、消費金額全体の4割近い7000億円を占めています。家電や高級品などが引き続き安定的に売れていますが、最近の傾向で目立つのは目薬などの医薬品や化粧品を大量に買う人たちが増えていること。これは昨年10月に消費税免税制度が改正されたことが大きく影響しています。従来、免税販売の対象となっていなかった消耗品を含めたすべての品目が新たに免税対象となり、ドラッグストアなどで買える身近な商品の売り上げが激増しているのです。お菓子やお酒、地元の特産品なども免税の対象になるので、ナショナルブランドだけでなく中小企業もインバウンド消費の恩恵を享受できる時代に入ってきたといえるでしょう。

ソーシャルメディアが効果的

──さまざまな産業への波及効果が期待できそうです。

村山 どうしても観光や宿泊、飲食業などとの結びつきだけをイメージしがちですが、その可能性をより広くとらえる必要があります。たとえば物流関連では百貨店に買い物に来た訪日客の荷物をホテルまで送るサービスを始めた企業も現れましたし、無料Wi─Fiや多言語対応を済ませ客の入りが悪い昼間の平日に外国人観光客を積極的に呼び込んでいるカラオケ店の事例もあります。ビジネスチャンスは無限に広がっているといってもよいでしょう。

──インバウンド対策の検討をしている中小企業はどのような対応が必要でしょうか。

村山 経営者の悩みで一番多いのは、「何からはじめたらよいのか分からない。そもそも自社の店舗に外国人が来てくれるだろうか」というもの。そうした経営者には「外国人の目線をいれたほうがいい」とアドバイスしています。地域の留学生や在日外国人の目線でその会社がどのように見えているか知ることが最初のステップになります。すでに店舗に外国人が訪れているなら直接聞いてもいいですし、インバウンドに特化した人材派遣会社などから派遣を受けても良いでしょう。
 たとえば高齢化と過疎化が進む広島県の安芸太田町では海外の旅行会社を招待し、「売れる観光資源は何か」と意見を求めました。すると地元の人が祭りで披露する神楽に興味を持つ人が多かった。そこでこの神楽の練習体験をメーン商品にしたツアーを組んだところ欧米の富裕層の間で大人気になったそうです。神楽の練習は夜に行いますから当然現地に宿泊することになり、高い経済効果をもたらしたと聞いています。

──情報発信も重要になります。

村山 団体客をねらうのであればシンプルに各国の旅行会社に営業をかけ、ツアーに組み込んでもらえるよう努めるのが良いでしょう。個人客であれば外国人観光客によく読まれているフリーペーパーへの掲載などが考えられますが、やはり最も効果的なのはソーシャルメディアの活用ですね。とくに個人客は口コミで意思決定することが圧倒的に多いため、日頃から外国人客へのしっかりとした対応を心がける必要があります。
 たとえば観光人力車の「えびす屋」は世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」に自社のページを設けて積極的に情報発信。車に乗った訪日外国人に満足してもらったうえで、ソーシャルメディアでの拡散を促したところあっという間に口コミで広まり、後発組ながら東京でナンバーワンの地位を獲得しました。またインバウンド集客に成功した事例として知られる新宿歌舞伎町の「ロボットレストラン」や、東京台東区の旅館「澤の屋」(『戦略経営者』2015年10月号・P28)なども、口コミサイトで寄せられた苦情などに愚直にレスを続け、改善を重ねたことで人気を獲得した好事例です。

まずは集客に注力を

──中小企業の場合、多言語対応がネックになるのでは?

村山 「集客が先か、受け入れ環境が先か」という極端な二者択一で考えるとするならば、私は集客をとるべきだと考えます。外国語の対応能力については「あればいいけれど、なくても大丈夫」という心構えが大切でしょう。多言語対応の準備をしないまま集客に注力し、外国人観光客が急増すると現場はパニックになるかもしれません。しかしその分スタッフの学びとアクションは早くなります。必要に応じた最低限の対策をその都度とっていれば、過剰な設備投資や研修費用がかさむのを避けることにもつながります。とはいってもPOPに英語や中国語表記を加えたり、指さしツールを準備するなどの努力は最終的には必要になると思いますが……。

──コストをかけずにまずやってみるという姿勢が大事ですね。

村山 東京オリンピック以降もインバウンド消費は間違いなく伸びる見込みです。10年先を見ている経営者は決して他人事だとは思っていないはずです。リピート頻度は低いかもしれませんが、訪日外国人による購入単価の高さはそれをかき消すパワーを持っています。プレーヤーが少ない今こそ参入の絶好の機会といえるでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2015年10月号