TKC会員事務所では、11月末にかけて経営支援セミナー2015「これで安心 マイナンバー制度実務対応セミナー」を開催している。TKC全国会システム委員会でシステム普及部会長を務める篠原仁志税理士に、マイナンバー制度の企業実務への影響と準備事項についてお聞きし、岸田亜矢子税理士事務所のセミナー開催レポートとともにお伝えする。
──マイナンバー制度の導入が間近に迫っていますが、どのように準備を進めていますか。
篠原 まず、小冊子『Q&A番号制度の影響と対策』(TKC出版)を関与先企業に提供し、監査担当者が巡回監査のため訪問したとき冊子を基に制度の概要をお伝えしました。加えて、マイナンバーに関わる書類一式を保存する「マイナンバーファイル」をつくり、全関与先に配布しています。
──ファイルの中身を教えてください。
篠原 表紙として、いつ、どんな準備をするかをまとめた「マイナンバー工程表」を付け、業務委託契約書、特定個人情報基本方針、取扱規程をとじています。工程表をのぞく契約書類は日税連のホームページに掲載されている、ひな型を参照して作成しました。
──マイナンバー工程表はオリジナルの書類ですか。
篠原 そうです。制度の運用が始まる来年1月までに準備する必要のある事柄をガントチャートで確認できるようになっています。
──事務所内でマイナンバーの専任担当者を置いていますか。
篠原 職員の給与計算や電子申告を担当している総務担当が兼ねています。
監査担当者が月次監査でおうかがいするときにマイナンバー制度について順次説明していますが、営業所や支店が複数ある企業では、各支店の責任者が集まる会議の時間を一部いただいて出前研修をしています。話しているのはマイナンバー制度の意義や目的、準備事項、注意点などです。
──反応はいかがでしょう。
篠原 マイナンバー導入の理由を聞かれることが多いですね。制度開始当初は従業員から個人番号を収集し安全に管理する必要があるなど、手間が増えるので疑問に感じる気持ちはわかります。私からは行政手続きの利便性向上や公平、公正な社会を実現するためのインフラだと説明しています。たとえば自然災害などにより住所を移転したとき、かかりつけの医師から処方された薬が手元になくても、将来的に投薬履歴が管理されれば、薬を滞りなく入手できるようになるかもしれません。
平成16年に電子申告が始まったとき、関与先の経営者全員に住基カードを取得してもらい、その後、税理士ICカードのみで電子申告ができるようになり、国全体の電子申告件数が一挙に増えました。マイナンバー(個人番号)の収集も電子申告の準備と同様、100%収集を目標に関与先企業にツールを提供し支援しています。
──従業員に個人番号の提供を拒否されたときの対応方法はどうすればいいのでしょうか。
篠原 国税庁ホームページ「国税分野のFAQ」によると、法令に定められた義務であることを説明しても提供を受けられない場合、「提供を求めた経緯等を記録、保存するなどし、単なる義務違反でないことを明確にしておいてください」とあります。要は、企業側はきちんと履歴を残しておく必要があるということですね。当事務所では「マイナンバー制度の番号通知できない届出書」(『戦略経営者』2015年9月号P31参照)の書式を作成し、関与先企業に提供しています。
──個人番号が記載された用紙を保管する金庫やロッカーの購入を勧めている企業もあるようですが、新たに購入した機材などはありますか。
篠原 いまのところ、とくにありません。原則、TKCの『PXまいポータル』※(11月提供開始予定)を利用し、データセンター(TISC)で個人番号を保管する方針です。従業員や報酬の支払先から預かった個人番号通知カードのコピーは、鍵のかかるロッカー等に保管することになると思います。万一、個人番号が第三者に知られたとしても使用履歴が残るので実害がどの程度およぶのか現状でははっきりしませんが、もっともこわいのは風評です。情報管理体制が問われれば企業の信頼性が毀損されかねません。
番号収集は10月に着手を
──個人番号を記載する必要のある書類を教えてください。
篠原 時系列でお話しすると、平成28年1月以降作成する「退職所得の源泉徴収票」には、退職する従業員の個人番号と支払者の個人番号または法人番号を記入します。社員が退職するときに備え、今年中にはパート、アルバイトを含む全従業員の個人番号収集を完了しておくべきでしょう。
退職者以外の源泉徴収票、報酬・不動産使用料等の支払調書については、平成29年1月以降に提出するとき個人番号を記載する必要があります。従業員の配偶者、扶養親族、報酬等の支払先の個人番号記載欄もあるので注意してください。まだ1年以上猶予があると考えずに、今年の10月5日以降、個人番号が届いた時点で間をおかずに収集することをおすすめします。
──悠長に構えていられないと。
篠原 はい。個人番号の「通知カード」は各世帯に簡易書留で届くことになっており、受け取った記憶が確かなうちに収集した方が得策です。よく引き合いに出して話しているのが個人の確定申告のスケジュールです。確定申告の際もさまざまな書類を集めるのに苦労するため、申告受付が始まるのは毎年2月からですが、前倒しで書類の提出をお願いしています。たとえば固定資産税の通知書が納税者の元に届くのは4月。翌年に通知書を預かろうとしても紛失されていることが少なくありません。そのため、4月の巡回監査時に固定資産税通知書をお預かりするよう監査担当者に徹底しています。マイナンバーについても旬の時期に取り組むのがもっとも効率的だと思います。
──個人番号の収集にあたり、注意すべき点はありますか。
篠原 ふだん接する機会のない人に対する報酬、不動産使用料の支払いがあるケースですね。あまり面識のない高齢の方に地代家賃を支払っているとき、あるいは専門家などに講演、原稿執筆を依頼したときは収集に手間取ることが考えられます。たとえば講演会の講師にはマイナンバーに関する案内文を事前に送っておき、講演に来るとき個人番号と本人確認のため運転免許証を持参してもらえば手間がかからずに済みます。
──前倒しで準備することが大切だとわかりました。
篠原 個人番号の収集にあたり、従業員の多い企業あるいは、外食、小売業などパート、アルバイト比率の高い業種ではとくに負担が増えるのはたしかです。かつ、漏えいを防ぐ情報管理体制の構築も求められます。「戦後最大の社会改革」と指摘している有識者もいますが、行政の効率化、国民生活の利便性向上につながるインフラ構築ととらえ、ぜひ協力していただきたいと思います。
詳細は全国のTKC会員会計事務所で開催されている『経営支援セミナー』にご参加いただければ、TKC会計人が丁寧に解説してくれます。お申し込みはhttp://www.tkc.jp/cc/bs2015/から。『戦略経営者』2015年9月号83ページの広告も参照してみてください。
※PXまいポータル
戦略給与情報システム『PXシリーズ』に登録した社員、家族の個人番号をTKCデータセンター(TISC)で安全に保管できるサービス。パソコン内に個人番号が残らないため漏えいリスクを低減するほか、専用のウェブサイトで個人番号を簡単に入力できる。
(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)
【お詫びと訂正】
戦略経営者2015年9月号P31に掲載した「マイナンバー制度の番号通知できない届出書」は、法律で提出が義務づけられている書類ではありません。誤解を招く表現となり、お詫びいたします。
また、P32図表中の「雇用保険被保険者資格取得(喪失)届」の掲載開始時期は、正しくは平成28年1月の誤りでした。あわせてお詫びして訂正いたします。