増税、円安のコスト高状況のなか、売り上げアップが喫緊の課題になっている。そこで狙いたいのがスマッシュヒットだ。中小企業による過去のヒット商品はどう発想され、どうつくられたのか──。成功事例の開発ストーリーに、未来へのヒントが隠されている。
リ・ソンジン社長
レイコップ・ジャパンが2012年に日本で本格投入したふとんクリーナー「レイコップ」シリーズは、日本国内で累計300万台以上売り上げた大ヒット商品である。最大の特徴は、「UV除菌」「たたき」「吸引」の3ステップを組み合わせた特許技術「光クリーンメカニズム」。UVランプで除菌することで布団を清潔にし、振動パッドで布団をたたきながら吸引することで布団の中に潜んでいるハウスダストを効率的に集塵(しゆうじん)するという斬新な発想が日本の消費者の心をがっちりとつかみ、いまなお多くの愛用者を生み続けている。同社が切り開いた全く新しいマーケットの恩恵を受けようと、大手から新興企業に至るまで国内外のメーカーがこぞって参入するようになったが、レイコップ・ジャパンがトップシェアを占める構図はいまだ変わらない。根強いファンと高いブランド力を持つに至った同社のふとんクリーナーが誕生するまでのストーリーには、どんなヒントが隠されているのだろうか。
実はリ・ソンジン社長、安定した医師というキャリアを投げ打って起業の道を選択した人物。内科医として勤務していた時代に多くのアレルギー患者を診察するなかで、「薬などを処方して治療するだけではアレルギー患者は良くならない。予防策を通じてしか根本的な解決にはならないのではないか」と強く感じた。結局、対症療法に終始する医療の現場では理想は貫けないと判断し、ビジネスの世界に飛び込むことを決断したのである。予防を通じて人々の健康に役立つ全く新しい製品を開発したい──この情熱が起業家としてのリ社長の原点だった。
「家族は大反対でした。『頭がおかしい』などと陰口をたたいていた医学部の同期もいて、なかには私が挫折して医師に戻ってくるかどうか賭けをしていた人たちもいました。悔しい思いもしましたが、逆に『絶対に成果を見せてやる』というモチベーションにもつながったように感じます」
とはいってもビジネスの経験はゼロ。そこでリ社長は2000年に米デューク大学に入学しMBAを取得、2002年から大手消費財メーカーのプロダクトマネージャーとして3年間実務経験を積んだ。製造、製品企画、販売、マーケティングなど幅広い業務に携わったが、そこで「健康」に対する自らの思索をより深めることになった。
「私が販売していた貧血治療薬は、貧血予防のためだけに使われる薬ではありませんでした。抗がん剤治療を受けているがん患者がより活力を持って生活ができるために処方されていたのです。私は人が生きていくことについて根本的に考えるようになりました。人はみな少しでも長生きをしたいと思いますが、ただ長く生きるだけでは幸せにはなれません。元気に暮らすということが大切です」
たとえ病気にかかっていても、QOL(クオリティー・オブ・ライフ=生活の質)が高ければ幸せに生きることは可能である。医師は患者の病気を治療するのが仕事だが、経営者としての自分はより広い概念で「健康」をとらえることができる。リ社長は、このように「元気で幸せに生きること」「健康」について思いを巡らしていくなかで、両者を結びつける重要なキーワードに行き着いた。睡眠である。
「元気に生活ができる大きな要因のひとつに、『熟睡ができる』ことがあります。そのためにはふとんケアが欠かせません。ハウスダストはさまざまなアレルギー症状を誘発する原因となります。これを効率よく集塵し除去することでアレルギー反応を抑制し、ひいては良い睡眠につながると考えたのです。ふとんケアを適切に行うことがさまざまな病気の予防にも役立ちます」
アレルギー患者と向き合った臨床医としての経験、専門家としての医学的知見、米国での勤務経験で培った健康やライフスタイルについての考え方──これらすべてが1本の線でつながり必然的に頭の中に浮かんだのが、布団専用のクリーナーだったのである。
ハウスダストを90%除去
2005年に帰国したリ社長は、すぐにふとんクリーナーの開発に取りかかる。エンジニアとデザイナーを募集し、合計4人のチームで開発を推進した。資金繰りも苦しかったが、リ社長はもともと医師である。肩書きと信用で銀行から何とか融資を受けることができた。もちろん、アレルギー症状発生のメカニズムや、ハウスダストの原因となるダニや微生物の生態については熟知している。そうした専門家としてのバックボーンが開発にあたり大いに役立った。ダニの死骸をたたき出す仕組みや、医療機器等で使用されているUVランプを応用して細菌の除菌に使う独創的な機構となって結実したのである。
こうして2008年、自信作がついに完成する。ところが販売直前までいった最初のモデルは、完全な失敗に終わってしまう。
「布団にあるダニや健康有害物質を短時間で90%以上除去するという開発目標を掲げていましたが、それが最終段階のテストでクリアできなかったのです。さまざまな繊維や種類の布団に対応できるような設計になっていなかったことが原因でした」
一口に布団といっても、羽毛布団や掛け布団、敷き布団などその種類はさまざまだ。使用されている繊維も千差万別である。複雑な条件を設定したテストを経ていなければ、想定した性能が発揮できないケースが出てくるのは当然といえば当然だった。初回ロット1000台は無駄になってしまったが、リ社長はその経験から重要な教訓を学ぶ。
「実証テストを繰り返した結果、単に吸引力をあげただけでは、ハウスダストの除去効率は最大にならないことがわかりました。吸引力がありすぎると布団がくっついてしまいかえって使いにくくなってしまうのです」
柔らかい布団の上で使用するふとんクリーナーの性能は、床用掃除機の性能基準としてカタログに掲載されている「吸い込み仕事率」などの指標では判断できないのである。そこでレイコップは、布団にぴたっと密着するほどよい本体重量、吸い付きにくい絶妙な吸引力、なめらかに動かせる本体形状の3つを高度にバランスさせることが、短時間でハウスダストの除去効率を高めることにつながると考えた。それら3つの要素を同時に両立させる設計理念が、この製品の独特のフォルムを生み出したのである。
TVショッピングで人気爆発
自信の製品がようやく完成したが、リ社長はすぐに次の壁にぶち当たった。販路をつくることができなかったのである。家電量販店と交渉しても「なんのために来たの?」「売れるはずがない」と散々な言われよう。結局リ社長は、既存の物流網を使うことをあきらめた。
「どこへ行ってもネガティブな意見ばかりでしたが、私たちは製品の性能には自信を持っていました。使って良さを知ってもらえれば買ってくれるはずだと。そこで当社はマンション住民にターゲットを絞って実演販売することにしたのです。住民の方には『使ってみて良かったら購入してください。もし効果がなかったらそのまま返品してください』と呼びかけました」
リ社長の読み通り、実際に使ってみた住民の評価は上々だった。大規模マンションを3日間まわり、100台近くを売り切ったのである。試用期間からの購入率は約7割と脅威の数字をたたき出した。その評判は間もなくメディア関係者に伝わることとなり、テレビショッピングへの出演も決定。目標台数の2倍が売れ、一挙に人気商品の仲間入りを果たした。
韓国市場の規模の小ささを自覚していたリ社長は、当初から世界展開を視野に入れていた。間髪入れず、一般消費者が健康に高い関心を寄せている先進国への輸出を開始する。欧州、米国、アジア、オーストラリアなどで販売実績を積み重ねた。販売代理店に任せていた日本は実績が伸びなかったため、2012年にレイコップ・ジャパンを設立。直接販売に乗り出す。
「最初にアプローチしたのは、家電量販店でした。今までにないまったく新しいカテゴリーの商品については検討もしない国も多いのですが、日本の量販店は比較的柔軟に対応してくれる特徴があります。あるカメラ系量販店が20店舗で売り場を確保してくれることになり、販売員を週末に派遣して買い物客に直接店頭で商品説明を行いながら販売を促進しました」
日本人はもともと布団の手入れが大好きである。商品コンセプトは即座に理解され、「こういう製品を待っていた」「なんでいままでなかったの?」と好意的な反応が次々に寄せられた。大々的な広告宣伝を行っていないのにもかかわらず、製品の認知度は口コミで急速に広がっていった。そしてこのユニークな製品の情報はある人物の耳に届く。「ジャパネットたかた」創業者の高田明氏である。
「直接面談し交渉した結果、取り扱ってもらえることになったのです。しかも高田氏自らテレビショッピングで紹介してくれ、爆発的に販売が伸びました」
テレビショッピングの効果は絶大だった。正確な商品説明を行え、誰もが簡単に使い方を確認できるメリットもある。メディアの取材も殺到した。いつしか消費者の間にふとんクリーナーの必要性について共通認識が芽生えてくる。ヒット商品が新しいマーケットの誕生につながったのである。
ベンチャー企業として韓国で産声をあげ、欧米をはじめとした世界展開を実現し、さらに日本というマーケットで大きく花開いたレイコップ・ジャパン。ふとんクリーナーという製品カテゴリーそのものを創造した同社のリ・ソンジン社長は、製品ラインアップのさらなる改良に余念がない。
「布団の天日干しを好む日本の消費者の意見を踏まえ、約70度の熱風を吹きかける『ドライエアブロー』機能を搭載したプレミアムモデル『レイコップRP』を2月にリリースし、計画通りの売れ行きを見せています。今後もヘルスケアメーカーとして、健康で活力ある生活を提供する製品やサービスをお届けしていきたいと考えています」
(本誌・植松啓介)
名称 | レイコップ・ジャパン |
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設立 | 2012年6月 |
所在地 | 東京都港区赤坂5-2-20 |
社員数 | 35名 |
URL | http://www.raycop.jp/ |