静岡県沼津市に本社を置く平成建設は、全国から優秀な大学生・大学院生を正社員として採用し、腕の良い大工を自前で養成している型破りな建築会社である。エリート大工集団の育成と徹底した内製化追求で日本一の建設会社を目指す秋元久雄社長の経営ビジョンに迫った。
- プロフィール
- あきもと・ひさお●1948年、静岡県伊豆市生まれ。静岡県立韮山高校卒業後に自衛隊体育学校に入校しウェイトリフティング選手としてオリンピック出場を目指す。その後、大手デベロッパー、ハウスメーカー、地元ゼネコンを経て、1989年に平成建設を創業。著書に『高学歴大工集団』(PHP研究所)、『「匠・千人」への挑戦大きい船には乗るな!』(河出書房新社)がある。
秋元久雄 氏
一戸建て住宅から賃貸マンション、リフォームなど幅広い事業領域を手がける平成建設。その競争力の源泉は何と言っても、伝統的な日本建築を高品質で提供できる高い技術力にあるだろう。大手デベロッパーやハウスメーカー、ゼネコンなどで数々のトップセールスを記録した経歴を持つ秋元久雄社長が同社を設立したのも、「腕の良い大工を育成したい」という強い思いがあったからである。秋元社長はいう。
「日本の大工はもともと技術的には世界一です。木造建築に関して日本の大工に勝てる職人・マイスターは世界中どこを探してもいないでしょう。しかしこの高い技術を持つ大工が、すでに30年も前から枯渇しつつありました。日本の重要文化財は全部大工が建てていますが、このままでは修復できなくなってしまうかもしれません。絶対に工業化ができない、人間の手と頭脳でしかできない伝統的な日本建築を建てられる有能な大工がどんどんいなくなっているのに、だれも何も手を打たない。であれば自分の会社で一流の大工を育成するしかない、と考えたのです」
一から大工を育成するのに新卒大学生・大学院生を毎年募集している建築会社は全国的にも珍しい。しかしかつて日本で大工の棟梁といえば、周囲の尊敬を集める「超エリート」だった。「多少勉強ができなくても頭が良くなければ大工は務まらない」と話す秋元社長は、その地位の復権を目指している。
「単に優れた技能があるだけでは大工と呼ぶことはできないでしょう。現場の監督もこなす必要があります。図面も引けなければなりません。また部下に対する指導力も必要です。親方になる前から後輩の面倒を見られない人物が、一人前の親方になれるはずもありませんから」
技術や知性はもちろん、体力やリーダーシップなどすべての能力を高い水準で発揮できる人物が、平成建設の求める大工なのである。そのためにはとにかく優秀な人材を集めるしかない。こうして「ありとあらゆる手を使って告知し、効果がありそうなことは全部試した」(秋元社長)と採用活動に全力投球した結果、大工を目指す学生の間で同社の認知度は年を追うごとに上昇。大手就職情報会社が毎年公表している「大学生の人気企業調査」では、大手ゼネコンと肩を並べてトップ10ランクインの常連企業になった。地方の中堅建設会社としては考えられないほどの知名度である。
「森」のような組織をつくる
もう一つ同社の特徴を示す大切なキーワードは「内製化」である。一般的に建設会社は営業や施工管理業務を主に自社で行い、設計業務や現場の作業は下請け会社にアウトソーシングする。しかし同社では、営業から設計、基礎工事や足場の組み立て、型枠工事、鉄筋工事、大工の現場作業からアフターメンテナンスまですべて自社で行うのだ。
「単能工やいわゆる『作業』的な工程など1~2年でできることは内製化しません。しかし最低10年ないとプロの仕事ができないような工程はすべて内製化しています。当社ではシステムエンジニアが創業当初からおり、社内システムやソフトウエアも自社開発しています。デザインやCG作成、パンフレットやチラシのための印刷工程も自社で行っています」(秋元社長)
社内ですべての工程を行えるようになれば、当然情報の共有化と素早いフィードバックが実現する。作業の効率化も図れるほか、ノウハウや技術の蓄積もしやすくなるだろう。そしてなにより、さまざまな工程のスペシャリストと常に刺激し合う環境が、社員一人ひとりの能力を最大限に引き出すのだという。
こうした「組織の内製化」に加え、同社では「個人の内製化」も重視している。つまり一つの作業に専念する「単能工」ではなく複数の工程を一人で行うことができる「多能工」の育成を推進しているのだ。目指すべきは設計や現場監督、営業、人材育成すべてをこなす「棟梁」なのである。
「営業しか分かりませんという社員は当社にはいません。なぜなら建築全般の事を知ってはじめて営業ができると考えているからです。それは設計もSEも同じ。専門家になろうとすれば、かえって幅広い分野の知識と経験が必要になるのです」
目指すべき目標が、大きな現場も采配できる多能工である方が、社員のモチベーションが高くなるのは当然である。社内にはやる気があふれ、組織は活性化していく。これは、従業員数が100人を超えるくらいから秋元社長が理想としてきた組織のあり方だった。
「規模が大きくなり組織も複雑になりましたが、森のような会社になってきているのを感じます。いろいろな木が生えそこには動物も昆虫もいる。滝も流れている。これが森です。みんな違うからおもしろい。そしてみんなが補完しあうこの多様性のある組織のあり方が、変化への対応力を強化するのです」
個性的なメンツが集まる個性的な組織には、やはりユニークな人事制度が似合う。とりわけ同社で有名なのは、一般企業の部長職にあたるチーフリーダー(CL)を選挙で決める制度だろう。同社には全部で10の部があるが、すべての部署の部門長が部下による投票で選ばれるのである。任期は1年だ。
「『上三年にして下を知り、下三日にして上を知る』というように、上司は部下のことを理解していませんが、部下は上司のことを良く理解しています。だから部門長は部下が選ぶのが理想的なのです。選ばれた部長も、選んだ部下もこのやり方が一番やりやすいはず。私にこびを売るばかりの幹部はいなくなるうえ、私が部門長を選ぶ手間も省けます」(秋元社長)
つまり上司が部下を査定することの難しさを乗り越える制度なのである。この問題意識は部門長の任命だけでなく全従業員の人事評価にも生かされている。秋元社長は強調する。
「上司や部下、そして同僚からその人を評価する360度評価制度も導入しています。上司だけの評価ほど怖いことはありません。一人の上司による評価が仮に大きく間違えていたとすると、その社員のやる気やモチベーションを失わせる結果になり、最悪の場合転職してしまうことにもなりかねないからです」
東京中心部進出、そして世界へ
一流の大工集団による高い技術力と変化に素早く対応できる組織力で、平成元年の設立以来26期連続で増収または増益を達成している平成建設。グループ売上高は150億円を超え、従業員数は560人を数えるまでになった。地盤は静岡県だが、最近では首都圏での営業攻勢を強めている。すでに神奈川県では厚木市と相模原市、東京では日野市に支店を開設し東進してきたが、昨年11月に世田谷支店をオープンし東京中心部に乗り込んできた。ターゲットにしたのは富裕層向けの注文住宅である。
「私たちが高い技術力を身につければ身につけるほど、おのずと富裕層からの仕事が来ます。美術品と同じように、工業化不可能で人間の素晴らしい技でできたものを欲しがるのは富裕層だからです。その富裕層の数が一番多い東京で注文住宅の事業展開を強化するのは必然でした」
世田谷支店は3階建てのスタイリッシュなデザインが目を引く自社ビルで、観覧無料の美術館「平成記念美術館」とショールームを併設。「調度品なども含め建築と芸術の融合を見ていただきたい」という秋元社長の言葉通り、芸術に関心の高い富裕層の感性にはたらきかけるコンセプトになっている。
東京での事業展開強化に続いて目下秋元社長が取り組んでいるのが、なんと米国での住宅販売である。数年前から準備に着手し、派遣する大工の人選や現地代理店との契約も含め現在は「いつ依頼が来てもオーケー」という状況だという。エリート大工集団が建てた純和風住宅が、世界一の経済大国でお目見えする日はそう遠くはないだろう。
(本誌・植松啓介)
名称 | 株式会社平成建設 |
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設立 | 1989年2月 |
所在地 | 静岡県沼津市大岡1540-1 |
売上高 | 152億円 |
社員数 | 560名 |
URL | http://www.heiseikensetu.co.jp/ |