プロフィール
ゆもと・けんじ 京都大学経済学部卒業後、住友銀行入行。1992年、日本総研主任研究員。その後、経済戦略会議(故小渕恵三首相の諮問機関)事務局主任調査官、内閣府大臣官房審議官などを歴任。2009年、日本総研理事、2012年、同副理事長。
日本総合研究所 副理事長 湯元健治

湯元健治 氏

 大方のエコノミストの予想を裏切り、2014年7─9月期のGDP成長率が実質で年率1.9%のマイナスとなった。図表1(『戦略経営者』2015年1月号P13図参照)を見てもらえればわかるが、1997年の消費税アップ時の落ち込み方と比べても、より深刻な状況といえるだろう。2四半期連続のマイナス成長は、欧米の定義では景気後退となる。結論からいえば、今回の安倍総理の決断は間違いではなく、誰が総理大臣であっても消費税増税先延ばしはやむを得なかったといえよう。景気後退局面での増税の強行は「失政」のそしりを免れないからだ。

 なぜこうなってしまったのか。たとえば、日本の鉱工業生産は1月をピークに8月まで下がり続けた。また、円安の進行によって、消費税引き上げ前にすでに消費者物価は1.5%にアップしており、そこに消費増税分が上乗せされて3%台に上昇してしまった。企業の裁量に任される給与の引き上げだけではとても追いつかないのは当然であろう。確かに賃金は上がっている。しかし、図表2(同P13図参照)のように、物価上昇分を差し引いた実質賃金は下がり続けている。

 ここへ来てアベノミクスの歪みが出始めているといえる。10月31日の日銀による追加金融緩和に象徴されるように、「異次元金融緩和」に頼り過ぎると、株や資産を持つ大企業やお金持ちは潤うが、一方で、中小企業、地方、低所得者層、子育て層などの弱いところに負担がかかる。ところが、これらへのケアを含めた「第3の矢」を実行するための重要法案を先送りする形で、安倍政権は解散総選挙という選択肢をとった。これが「デフレ脱却に向けた政策の遅れ」という形で日本経済にマイナスに働かないか心配である。

欧州と中国がリスク要因

 さて、年末の選挙の結果次第で状況は微妙に変わってくるだろうが(このインタビューは2014年11月27日)、2015年度の日本経済を展望してみよう。

 2014年度の成長率は0.7%のマイナスと予想しているが、増税という重しがとれる分、物価上昇率が抑えられることもあり、2015年度は1.5%の成長が見込めるだろう。ちなみに、翌2016年度も1.4%成長を予想する。円安の加速は気になるが、たとえば、原油価格は足もと1バレル80ドル以下(ピークは120ドル超)に下落しており、エネルギー関連コストの上昇はそう心配しなくともよさそうだ。一方、最近の日本経団連の榊原定征会長の「賃上げ積極化発言」などもあり、賃金はじわじわと上昇する可能性が高い。そうなれば、いよいよデフレ脱却ができるかどうかの正念場を迎えるということになる。

 日銀は来年度の中盤あたりにインフレターゲット2%を達成するというが、その正否はともかく、企業の業績自体は悪くないので経済の好循環がさらに強まる期待感はある。つまり、企業業績が改善し、賃金が上がり消費が増える。それに伴って設備投資も上向けば、消費増税によって止まりかけた好循環が再び力強く回りはじめる可能性は高いだろう。

 懸念材料は既述した円安加速と、もうひとつは海外経済である。好調なアメリカ経済は心配ないが、怖いのは欧州と中国だ。

 欧州はロシアとウクライナの対立のあおりをくらい、かなめであるドイツ経済が悪化。デフレの縁にある。客観的には、量的緩和に踏み込まざるを得ないとも思えるが、そのドイツが反対しているので実現には時間がかかるだろう。欧州経済危機が再燃すれば、もちろん日本経済も無傷では済まない。今後のECBの動きが要注目である。

 中国は11月に予想外の利下げを行って世界を驚かせた。ちなみに私は、この秋口、北京に視察に行った際、不動産市場の惨憺たる状態を見て、利下げは間違いないと考えていた。その通りになったわけだが、金融政策の効果はそう早くは現れてこないのも事実である。中国ではすでにマネーの収縮がはじまっていて、銀行融資も落ちているし、中小企業などが使うシャドーバンキングを含めた社会融資の総量を見ても下落している。結果的に固定資産投資額が縮小し、不動産開発投資ががた落ち。中国銀行の担当者は「われわれは、不動産価格が15%下落しても経営に影響がないよう担保掛け目を落としている」と語っていた。逆にいうと、15%下落をリアルに想定しているということである。一方で雇用は安定しており、それが中国政府が無理をしてまで大規模な財政出動をしない理由である。

 これらのことから、中国経済は、急激な落ち込みはないにしても、緩やかな減速は覚悟すべきだろう。8月からはほとんどの経済指標が落ち込んでおり、2015年は成長率7.5%を超えることは考えにくい。7%台ならともかく6%台、5%台への下振れが起こると、日本経済への影響も大きく顕在化してくる恐れがある。

円安トレンドは危険

 このように、急激な円安と海外経済という二つのリスク要因はあるにせよ、突発的なアクシデントなく推移するなら2015年にデフレ脱却が少しずつ見えてくると思う。再び図1を見てもらえば分かるが、回復基調が崩れているわけではない。さらにいえば、7─9月期は確かにマイナス成長だったが、9月以降経済指標は総体的に上向いており、10─12月期から2015年にかけて緩やかに持ち直してくると理解するのが妥当である。

 企業業績も悪くない。2014年度上期は約10%、通期でも3%程度の増益が見込める。設備投資も足もと、GDPベースでは落ちているが、機械受注はプラスに転じており、一部食品メーカーなどでは、国内工場の増設を発表するなど好転の兆しも見えている。また、在庫の水準も下がりつつあり、生産増へのターニングポイントも近づいている。さらに、内部留保をため過ぎとの批判を受けてか、配当を増やしたり自社株買いを行う企業も増えてきた。消費税によって止まる寸前だった、このような好循環の歯車が今回の消費税の延期によって、再び回り出す可能性は高いと思われる。

 繰り返すようだが、円安はなかなかやっかいな問題である。11月の日銀の追加緩和がいかにもまずかった。サプライズ効果で株価は上がったが円安が加速。弱いところに影響を与え始めたのだ。そもそもここ数カ月の株の上昇は外国の投機筋によるもの。持続性には疑問がある。その引き換えに副作用として円安が加速してしまった。この円安トレンドが今後も続くようなら危ない。いずれにしろ、中小企業、低所得者層、地方活性化などに財政出動による支援が必要になるだろう。ただ、来年度のプライマリーバランス赤字半減、2020年の黒字化という国際公約もあり、大盤振る舞いというわけにはとてもいかないのが悩ましいところである。アベノミクスを微修正しつつ、第3の矢を放ち続ける必要がある。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2015年1月号