昨今、理系、文系の議論がかまびすしい。理系は論理的で、文系は直感的、総括的。理系は頑固で社会性がなく文系は柔軟で付き合いやすい、理系はものごとにのめりこみやすく、文系はオールラウンダーである――など単純化されたイメージで語るメディアが多いようだが、実際はどうなのだろうか。東京経済統計月報、東洋経済新報社、プレジデント社などのデータを概観すると、文系、理系の大学の社長輩出率はおおむね75%対25%となるようだ。しかしこれは、大学生の文理比がだいた7対3であることを考えれば当然の数字かとも考えられる。さらにいえば日経225社長の文理比は、より拮抗してくる。

重要なのはバランス

理系社長の発想法

 こうみると、巷間言われる理系とは専門しか分からない技術者であり、マネジメントを行う経営者に向かないという理屈は成り立たないのかもしれない。加えて、昨今、しきりと理系の優位性を説く勢力が目立っているのも事実だ。「リケジョ」という理系女子を指す流行語も、おおむね好意的に使用されている。ちなみに年収でみると、さまざまな調査があるが、経済産業研究所の数年前のデータでは、理系出身者が文系出身者を約130万円上回るという結果が出た。一方で、1990年代に行われた大阪大学のリサーチでは、これと逆の結果が出ているという事実も、世の中の流れを象徴する。当時にはなかったIT産業の勃興という現実もそこに大きく影響していることは想像に難くない。

 東京大学名誉教授の宮田英明氏は、「日本の大学は文系の経営学しか教えてこなかった」「論理のない経営が日本の企業をダメにした」と著書『理系の経営学』のなかで慨嘆する。「経済と経営はそもそも論理の積み重ねの上で成り立つもの」というわけである。テクノ・インテグレーション社長の出川通氏も著書『「理系少年」が会社を変える、会社を救う』のなかで、「仕事と組織をイノベートするには、理系少年の発想が有効」という。理系少年の発想とは、もともとは自然の不思議を無邪気に探求する精神のことを指す。仕事も組織も、現状の不思議を素直に疑問視し、それをブレークスルーする探究心がイノベーションにつながるというわけだ。

 とはいえ、理系、文系という分け方自体、実は無理があるという事実も知っておく必要があるだろう。一般的には理系は「数学」と親和性が高いが、現実には数学的思考をとくに必要としない理系分野もあれば、必要とする文系分野もある。また、文系に近い理系もあるし、その逆もある。さらに、金融工学、経営工学などに代表されるように文系と理系の混合型の学問も勃興している。要は、イメージだけで文系、理系を裁断してしまう考え方は、思考の硬直化につながるということである。要はバランス。戦後の〝日本躍進〟を象徴するソニーの井深・盛田ペア、ホンダの本田・藤沢ペアなどは、理系・文系ペアによって組織としてのバランスをとってきたといえないだろうか。

 とはいえ、一般に理系的思考といわれる「論理の積み重ねで真理に至ろうとする」志向性は、人類の進歩を担保してきた真髄であることを否定する人は少ないだろう。ついでに言えば、その人類の進歩を牽引してきたのが産業であり、「企業」という組織体である。であるなら、企業の理系的思考によるクリエイティブな部分は、とくに日本の製造業躍進のコア部分といえるかもしれない。

新創造物で世の中を変える

 後欄の事例1(『戦略経営者』2014年11月号P30)で取り上げたリーバスの丸幸弘社長はこういう。

 「理系的思考とは帰納法的に論理を積み上げて新しいもの(こと)を創造するプロセスのこと。逆に文系的思考とは、結論をあらかじめ設定し、それを論理によって武装すること」

 丸社長によると、一般論でいえば企業には両方が必要であり、たとえば、新しいものを創造して成長軌道に乗せるには理系的思考が必要で、組織を安定させたり、上場したりするにはその条件を整えるために外堀を埋める文系的思考が求められるということ。

 発展の理系、安定の文系といったところだろうか。後欄(同P31)事例2の若林かなこ栃木グランドホテル社長は「科学ではひとつひとつの要素を少しずつ変えて実験を行う。経営も同じで、事業が不振に陥ったときに、各要素を少しずつ変えてみる思考実験を常に頭のなかで行っている」という。頭のなかにPDCAサイクル的思考が常時稼動しているというわけだが、前出の丸社長はより一歩進んだQ(クエスチョン)→P(パッション)→M(ミッション)→I(イノベーション)というQPMIサイクルこそ有効だと、その著書『世界を変えるビジネスはたった一人の「熱」から生まれる』で主張している。イノベーションとは世の中を変える新しい何かを創造すること。これこそ理系の本質であり存在意義である。イノベーションのためには課題を見つけ、情熱を持ち、チームで共有できる目的に変え、そしてみんなの力で解決へと導く。このため、丸社長は「(世間の印象とは違い)理系は体育会的」だという。さらにもうひとつ。理系社長の特徴をあげるなら、ひとつのことに取り組む「辛抱強さと根気」だろうか。事例4の恒信印刷(同P34)の吉田和彦社長は、典型的な斜陽産業である中小印刷業者の娘婿としてあとを継ぎ、新戦略を連発しつつ業容を拡大させてきた。無謀だといわれようが、思い切って歩を踏み出し、その上で仮説検証を繰り返しながら結実させていく。検索順位で大日本印刷、凸版印刷をも抜き去ったSEO対策、あるいはDNAを抽出してインクに混入するDNA印刷などがその成果だ。

 さて、これまで縷々述べてきた「理系」の特徴と意義。次項(『戦略経営者』2014年11月号P30)からの取材事例で是非ご堪能いただきたい。

(本誌編集室)

掲載:『戦略経営者』2014年11月号