スタッフが集まらず閉店を余儀なくされる飲食チェーンが話題になるなど、人手不足が大きくクローズアップされている。少子高齢化による若年労働層の減少は一朝一夕に解決する問題ではなく、その場しのぎの対症療法ではない中長期的な人材戦略の重要性が増している。

 消費税増税の影響から徐々に脱しつつある日本経済。このまま自律的な回復局面へ移行することが期待されているが、それを阻害する最大のリスクとして認識されつつあるのが、労働需給のひっ迫による人手不足である。6月の失業率は3.7%と完全雇用に近い状態をなおも継続、有効求人倍率は1.10倍と22年ぶりの水準にまで跳ね上がった。人手を確保するためにパート・アルバイトの時給はつり上がる傾向にあり、三大都市圏の5月のパート・アルバイトの平均時給は前年同月比9円増の954円に到達。とくに外食産業やトラック業界、建設技術者、システムエンジニアなどで労働力不足が著しいという。こうした現状に中小企業経営者はどのように対処すればよいのだろうか。

 人手不足についての事情に詳しい行政書士の土井利国氏は、まずは雇用条件や労働条件の変更など働きやすい環境づくりに努めることが大切だという。

 「私が関係しているある飲食店で先日、新規開店にあたり料理長クラスの募集をしました。人手不足の昨今ですから採用は苦戦すると予想していたのですが、給料をやや高めにし、社会保険完備と休日をしっかりとれることをアピールしたところ、イタリア留学経験者や元有名店副料理長など30、40代の優秀な人物が3人も応募してくれたのです。家族との時間を十分に確保でき、安心して働けるというメッセージが料理人たちに届いたのでしょう」

 社会保険や休日の整備について外食産業はまだまだルーズな業界。そうした現状を知っているからこそ、働き手も細かな労働条件に注目しているのである。この「働きやすい環境づくり」への努力は、自然とスキルのある人材を自前で育成する姿勢につながる。土井氏はいう。

 「人手不足の本質は、即戦力が足らないということ。しかしそうした人材はすでに条件の良いところで働いていると考えた方がよく、多少給料を高く提示しただけでは転職のインセンティブにならないと考えたほうがよいでしょう。中小企業にとってはつらいところでもありますが、従来型の教育方法を見直し、若手従業員をしっかりと育てる仕組みをつくる良い機会ととらえてみてはいかがでしょうか」

 人材育成に対する真摯な姿勢をアピールするためには、パート・アルバイト従業員の正社員化など、労働者の立場を保全するような契約形態への切り替えも効果的だという。

女性や外国人の活用を

 政府が推進を掲げている「女性の活用」も重要な視点のひとつだ。結婚、出産後に退職を余儀なくされてしまう女性の数を減らすことが、人手不足解消に大きく貢献するからである。そしてそのカギを握っているのが、保育施設の確保であることはいうまでもない。

 「保育園と提携して保育料の一部を負担するといった制度を用意するのが効果的でしょう。また介護事業を展開している企業が、自社介護施設内に保育スペースを設けている例も参考になるかもしれません。中小企業にはなかなか難しいでしょうが、国や自治体で助成制度が準備されていることもあり、思い切って企業内保育施設を設置するのも検討の余地があります」(土井氏)

 女性の積極的な登用とともに注目を集めているのが、外国人労働者の採用を拡大する試みだ。留学中の大学生をアルバイトで雇用し、勤務成績が優秀なことから正社員として雇用するケースが中小企業でも急増しているが、トラブルを回避するために注意すべき点は多い。

 「旅行などの短期滞在を目的とした外国人が報酬をともなう仕事に従事することはできません。在留カードを見れば就労が可能かどうか一目で分かりますので、入管法に定められている在留資格を必ず確認するようにしてください。学生などがアルバイトをするためには『資格外活動』の許可をとらなければなりませんが、その場合も1週間に28時間以下と定められています」(土井氏)

 このほか、海外在住の有望なエンジニアや技術者を日本に呼び寄せる「外国人在留資格認定証明書交付申請制度」や、外国人が日本で技術を学びながら働く「外国人技能実習制度」の活用も有効。とくに後者の制度は実習期間の延長(3年→5年)や対象業種の拡大(介護、林業、自動車整備業、店舗運営管理業、総菜製造業の追加)が計画されており、幅広い業種の中小企業で制度の利用拡大が見込まれている。

有給インターンの可能性

 人手不足をビジネスチャンスとみた人材紹介企業の新たなサービスも続々と登場している。ナジック・アイ・サポートは2012年から、学生の就職活動の大手企業偏重が生み出す雇用のミスマッチ解消を目指し、中小企業で有給インターンシップを行うワークプレイスメント事業を本格的にはじめた。その背景について、同社営業企画部の池澤勇夫部長はこう説明する。

 「学生の就職活動はいぜんとして大手就職ナビサイト中心で、掲載企業が大手中心に約1万社に限定されているのが現状です。その結果、社員300人未満の企業に限って言えば、求人倍率は4.52倍となり、2社に1社しか採用できない売り手市場になっています。人材不足は結果的に後継者不足を招き、廃業のリスクを高めてしまうことにもつながるでしょう」

 池澤部長によると、学生の就職希望先が大企業に偏重するこの非対称の最大の理由は、「中小企業やベンチャー企業の情報や魅力が学生にしっかり伝わっておらず、興味を引き出せていないため」だという。そのため同事業の就業体験プログラムでは、体験のためだけに準備した模擬的な仕事はしない。学生のPC技能を活用した補助サポート業務や、学生ならではの視点で新たなサービスを企画立案するなどといった実務に比較的長期間取り組んでもらうのである。それによって企業側は意欲があり自社に合った人材獲得のチャンスを手に入れることができ、学生側も『単位取得のため仕方なくやる』という気持ちではなく責任感をもって真剣に働くことで、より深い企業理解と入社動機の形成が可能になる。

 事業のスキームは労働者派遣の仕組みを活用。東京・多摩地区や愛知、岐阜、三重3県の東海地域、南大阪地域、神戸、福岡など全国各地の経済団体・大学コンソーシアムで導入済みで、なかでも歴史のある東海地域では、無給の短期インターンシップと有給の同社システムを併用した結果、学生の中小企業でのマッチング数が2年で10倍以上に増加したという。

大企業からの人材シフトも

 労働需給のアンバランスは中小企業と大企業の間にも存在する。単純労働や中小企業で人手不足が顕在化する一方、大企業ではミドル・シニア層人材の処遇が喫緊の課題になっているからだ。そうした現状を解消するため、日本マンパワーは今秋から、大手企業のミドル・シニア人材を中小企業に紹介する経済産業省の委託事業をはじめる。プロジェクトリーダーの海野寿雄部長によると、バブル期に入社し人材が余剰気味の世代を中小企業に供給する社会的ニーズが今後高まっていくという。

 「大企業向けキャリア研修などで実績がある当社では、大手企業側の『ミドル・シニア層を会社の外に意識を向けさせたい』『経営幹部を武者修行に出したい』というニーズをつかんでいます。一方、成長産業では大企業でスキルと経験を積んだ優秀な人材が不足気味。この両者で人材のシフトを実現させ、産業構造の転換を通じた経済発展に貢献することがこの事業の目的です」

 所属元の大手企業で事業に参加する社員は、まず出向という形で受け入れ企業に派遣。両企業で合意した期間勤務した後、出向社員が転籍するかどうか決断する。出向前のキャリア形成カウンセリングや出向期間中のフォローカウンセリングなどきめ細かな研修プログラムが用意されており、出向社員が派遣先企業にスムーズにとけ込めるよう万全の配慮がなされているのが特徴だ。

(本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2014年9月号