増加傾向にあるうつ病などの精神疾患による労災申請。50人以上の従業員が働く事業場に「ストレスチェック」の実施が義務づけられることになった。社員のメンタルヘルスに配慮する経営がいま求められている。

──ストレスチェック制度の概要を教えてください。

 6月19日に「労働安全衛生法の一部を改正する法律案」が衆議院本会議で可決、成立しました。その中で新たに創設されたのが「ストレスチェック」です。労働者の心理的負担の程度を把握するため、医師、保健師等による検査が義務づけられます。その目的は、うつ病などの精神疾患につながるメンタルヘルス不調の予防と発見にあります。

 ただし、従業員50人未満の事業場は当面、努力義務とされています。ストレスチェックを実施した場合、労働者の希望に応じて医師による面接指導を行い、事業者は医師の意見を聴いたうえで、適切な就業上の措置を講じなければならないとされています。

──企業はどのような流れでストレスチェックを実施すればよいのでしょうか。

 図表1(『戦略経営者』2014年8月号P29図表1参照)のように4つのステップに分けられます。ステップ1では2通りのやり方(①自記式質問紙票の記入・回収②健康診断時等での医師もしくは保健師等による面接)が可能です。①の具体的な内容は図表2(同P29図表2参照 )のとおり、23の項目になる予定です。一部の事業場ですでに利用されている「職業性ストレス簡易調査票」から抜粋したもので「疲労」、「不安」、「抑うつ」の症状等を特定するためのものとされています。

 詳細な項目は厚生労働省の委員会で検討されているところです。これまでの情報では項目ごとに1~4点まで点数化し、満点に近い人を「高ストレス状態」にあると判定します。厚生労働省の推計では高ストレス状態に当てはまるのは、事業場従業員の10%前後と見込んでいます。

──ステップ2の医師による面接指導後、経営者はどのような対応が求められますか。

 従業員50人以上の事業場では主に産業医から社員に対して、担当業務を変えたり、残業を控えるようアドバイスが行われるケースがでてきます。職場単位や事業場全体に対する意見が出される場合もあり、衛生委員会等で検討し対策をとる必要があります。

 産業医が会社に提出する報告書の書式としては、厚生労働省ホームページ「職場におけるメンタルヘルス対策等」の「長時間労働者への面接指導チェックリスト(医師用)」の別紙として掲載されている「面接指導結果報告書」、「事後措置に係る意見書」(同P30図表3参照)を参考にして作成するとよいと思います。 

──ステップ3、4で「問題あり=高ストレス状態」と診断された場合の対処方法を教えてください。

 特定の個人が高ストレス状態にあると判定されたときの対処ポイントとしては

○産業医等による医学的評価を受けるよう働きかけること
○産業医等から就業上の意見が出たら、不利益な取り扱いなく対応すること
○過重労働面接や職場復帰支援プログラム制度の整備を行うこと
○ストレスチェックを継続し経過を見守ること

などが挙げられます。

 産業医等との面接を希望したからといって不利益な扱いをしてはならないという条文が定められていますが、「不利益な扱い」が何を指すのか線引きの難しいところです。たとえばやりがいを持ち営業に励んでいた社員が、間接部門に異動を命じられるケースなどです。課長職を務めていた社員が突然、係長に降格になるような事例はそれに当てはまるかもしれません。

 一方、職場単位で問題点が指摘された場合は

○衛生委員会で産業医による提出意見を検討し、審議を行うこと
○審議結果ののち原因の究明などを行い誠実に対応すること
○職場改善活動を会社として後押しすること

などを心がけてください。

──ストレスチェックの精度を高めるための工夫はありますか。

 質問に素直に回答し高ストレス状態にあると判定されたとき、不利益を被ることがないことを伝え、高ストレス状態を改善することは、生産性向上のためにも有効だと啓発する必要があります。また、企業として真剣に取り組むというメッセージを管理職層に伝え、理解を求めることも重要です。メンタルヘルスの不調がマイナス評価につながる雰囲気があると、メンタル疾患者が水面下に埋もれ、リスク要因になるでしょう。

──高ストレス状態と判定された従業員が多いと、どのようなリスクが生じますか。

 ある電機メーカーに勤務していた女性社員が過重労働のためうつ病を患い解雇され、会社に対し訴訟を起こしていましたが、3月に最高裁で判決が下り原告側が勝訴しました。判決では、社員から必ずしも申告がなくても体調の悪化を感知できれば、業務を軽減するなど、しかるべき配慮を行うべきという考えが示されました。メンタルヘルス不調者へのケアを怠ると、訴訟や労災申請のおそれが高まるでしょう。

──メンタルヘルス不調に陥る人にはどんな兆候がありますか。

 メンタルヘルス不調による職場での問題を事例性といいますが、以下の点が挙げられます。

○欠勤、遅刻、早退など勤怠への影響
○業務精度、スピードの低下など生産性の低下
○コミュニケーションの悪化
○身だしなみの乱れ
○威嚇、独り言等の問題行動

などです。変化に気付くためには、日ごろから社員の勤務態度や表情に気を配ることが大切です。

──ストレスチェックの導入に備え、今から準備できることを教えてください。  

 施行期日は、平成27年12月までの政令で定める日となっています。健康診断を実施している機関や公的機関に尋ねたり、セミナーに参加するなど、まずは情報収集を行ってください。また4月から厚生労働省では「産業保健活動総合支援事業」を開始しています。「地域産業保健センター」では、おもに従業員50人未満の事業場を対象に相談対応を行っているので、活用するのもよいでしょう。1人当たり300~350円と言われていますが、新たな費用が発生するため予算措置を講じる必要もあります。

──メンタルヘルス疾患に陥らないため、どんなことを心がけるべきでしょうか。 

 給与支給時に社員と面談する時間を設けているリプルの事例(同P31参照)は参考になると思います。外的な報酬(給与や役職)の根拠を明示し納得感を高めるのみならず、内的な報酬(やりがいや会社の果たしている社会的役割)も伝えると、より効果が上がるでしょう。また運動を習慣化すると脳が活性化し、感情も安定し、メンタルヘルスの状態が改善します。早朝に運動などをしてから仕事に臨む「エクストリーム出社」(同P32参照)も効果が期待できます。おのずと朝食を食べる機会も増えるでしょうから、食習慣も整えられ一石二鳥といえます。

──会社全体で取り組むことが重要と言えそうです。

 企業にストレスチェックのような対策を法的に義務づけるのは初めてのことであり、世界に例を見ないチャレンジングな制度といえます。今回の改正では罰則規定はとくに設けられない予定ですが、会社規模に関わらずストレスチェック制度に真剣に取り組み、職場環境の改善を図る契機にしていただきたいと思います。

プロフィール
産業医大ソリューションズ代表・医師 亀田高志
かめだ・たかし 1991年産業医科大学医学部卒業後、NKK(現JFEスチール)や日本IBMの産業医を経て、2005年より産業医科大学産業医実務研修センター講師。翌年10月、産業医科大学による産業医大ソリューションズ設立に伴い現職。近著に『できる社員の健康管理術』(東洋経済新報社)、『できるリーダーは部下のうつに立ち向かう』(日経BP社)など。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2014年8月号