安価でカジュアルな店づくりを武器に、2000年代初頭の讃岐うどんブームの火付け役となった、はなまるうどん。同社に今また大きな注目が集まりつつある。理由は、多彩な商品・マーケティング戦略による業績の回復と、そして「従業員に優しい」と評価が高まっている人材戦略である。代表取締役社長の成瀨哲也氏にインタビューした。

プロフィール
なるせ・てつや●1967年、富山県生まれ。小学3年生から剣道をはじめ、高校時代には市の大会で優勝。中京大学に進学すると同時に吉野家でアルバイトを開始。2年後、大学を中退して吉野家に就職。さまざまな店舗を異動した後、新ブランドである「カレーうどん千吉」の開発を主導。「千吉」で社長を務めたのち、吉野家での常務取締役を経て2012年9月「はなまる」の代表取締役に就任。
成瀨哲也 はなまる社長

成瀨哲也 氏

──ネット民やマスコミなどから「はなまるは理想的なホワイト企業」などと大絶賛ですが、震源は?

成瀨 あるインターネット媒体で当社のホームページなどの公開データをもとに書かれたのが最初のようですが、よく分からないですね。「採用担当者がわざわざ面接希望者のところに出かけていく」というエピソードが、とくに注目されたようです。でも、僕はそれがそんなに特別なことだとは思っていません。当社は採用担当者が東京の本社に1名しかおらず、彼がいろいろなところに出かけていくのは当然だと思うのですが……。正直なところホワイト企業ともてはやされるのは、当社にとってあまり本意ではないですね。

──なぜでしょう。

成瀨 それほどたいしたことはやってないからですよ。後から「なんだ、ぜんぜんホワイト企業じゃないじゃないか」となったら、それこそ大炎上でしょう(笑)。いい迷惑だと思っています。

──2004年頃、急速な拡大戦略に人材育成がついていかず離職率が40%を超え、現場が混乱。閉店も相次いで、それまでの人事戦略の過ちに気づかれたのだとか。

成瀨 きれいに言えばそうなるのかもしれません(笑)。ただ実際には、他の大手外食企業にはすでに導入されていた「当たり前の仕組み」がはなまるにはなかった。それを導入しただけなんです。

──たとえば?

成瀨 FCとの関係性を見直し、QSC(品質・サービス・清潔さ)向上活動を行い、スーパーバイザー(SV)の臨店の仕方なども変えました。そもそも、当時のはなまるはFCが9割と、拡大一本やりのいわば投資ビジネスだったのです。それを直営店を増やして、本部できちんとコントロールし、顧客と従業員の声を聞ける体制にしていった。つまり、まっとうなフードサービス業に変えたということですね。ちなみに、現在、FCは全体(320店舗)の約4割、直営店が6割となっています。

「入らない方がいいですよ」

──完全週休2日とか夏季、冬季休暇、転勤時の全額費用会社負担、育休、時短なども賞賛の対象になっているようですが。

成瀨 それはいまではどこでもやっていることじゃないでしょうか。また、一人ひとりの負担を減らすために店長、副店長のほかアルバイトのリーダーに副店長の権限を持たせて、在店時間を分散するという対策も取りましたが、これもそれほど珍しくないと思います。まあ、それらが本当に機能しているかは別問題ではありますが。

──では、どうして離職率が10%を切るような驚異的な数字が出ているのでしょう。

成瀨 一番大きいのは物理的な側面だと思います。はなまるの店舗は基本的に12時間営業でイートイン(店内飲食)のみ。しかもセルフで持ち帰りはありません。他の外食チェーンでは当たり前になっている深夜営業や24時間営業はやらない。ここですでに従業員の負担はかなり少なくなります。店内で食事されるお客さまのみで勝負して、よくもっているなあと感じることもありますけどね(笑)。

──深夜営業をやらない理由は。

成瀨 とくにありません。2000年に高松市にオープンした1号店がそうだったので、それを踏襲しているだけです。高松で夜中にやっているうどん屋さんはほとんどありませんからね(笑)。

──社風はどうでしょう。雰囲気の良さが人材の歩留まりの良さに影響していませんか。

成瀨 それはあるかもしれません。2004年あたりの業績が低迷したころには、出来ないことを責める風潮があったようです。なぜかというと、未経験者がろくすっぽ教育も受けずに店長になりSVになっていたのですから、感情論で部下を動かすしかなくなる。その過ちに気づき、「叱る」ことよりも「ほめる」ことに重きを置くようになった。社内では「ほめトレ」というんですけどね。当社の上司は部下に非常に優しいですよ。私にはちょっと行き過ぎていると思えるほどです。これが「甘やかし」に転換しないようにするのが経営陣の役割でもあります。

──入り口のところ、つまり人材採用でも独特の手法をとられているそうですね。

成瀨 実は、ここが当社の離職率が低い最大の理由だとわれわれは考えています。月に2回行われる新卒の会社説明会の8割は僕が出席するのですが、スピーチの冒頭で口にするのは「もっとも不人気な業態にようこそ」という言葉です。「なぜ、あなたたちのような立派な大学に通う人たちが、当社のような会社を受けるのか意味が分からない」と(笑)。採用担当者も「入らない方がいいですよ」というのが基本姿勢。うそのようですが本当なんです。

──すごい話ですね。

成瀨 私は、吉野家グループのさまざまな店舗、業態での仕事を経験しましたが、飲食業界のハードワークというのは当たり前なんです。とくに創業時には必死で働かないと生き残れない。誤解を恐れずにいえば、いま話題になっているような「ブラック的なもの」をブラックと思わない人たちが企業を成長路線に乗せてきたんですね。たまたま当社は、労働時間が短く、福利厚生制度もしっかりと整えている。社内のコミュニケーションも悪くない。それらを実現するために対策を打ってきましたし、これからも打ちます。しかし、日々競争にさらされている企業というのはそんなに甘いものではなく、時にはハードワークも必要とされる。社会人として当然ですよね。そのありのままを当社では、入社時に明らかにするんですよ。そうしておけば、それなりに覚悟を持って入ってきますから、そう簡単には辞めません。

──「当社はすばらしいので、ぜひ入社を」ではないわけですね。

成瀨 ちまたでは、社長がビデオか何かで出てきて、「当社のビジョンはこうで、入社すればこういう良いことがあります」などというような会社説明会が一般的ですよね。でもそんな美辞麗句に惹かれて入社したのはいいが、3年後には半分以上が辞めてしまう。それではお互いに不幸でしょう。私は、会社のビジョンなんて、入社してから教えればいいと思っています。それよりも、業界の現状となりたい姿を分かりやすく正直に伝え、それなりに「強い」人材を採用する方が得策です。

──その方が離職率も抑えられるということですね。

成瀨 10年後を考えてみてください。新入社員が3割しか残らない会社と7割残る会社とで、どっちが強い組織になるかは明らかでしょう。社員の歩留まりの向上は、ノウハウが蓄積されるのはもちろんですが、ビジョンや社風の実現という意味でも極めて有効です。

──つまり、入社時にビジョンを強調するより、離職率の抑止に注力した方が、結果的にビジョンの実現につながると。

成瀨 社員説明会でも強調するのですが、われわれが求めているのは「明るくて思いやりのある人」。それだけで十分です。とくにスキルは必要ない。当社は、海外展開も進めていて、すでに中国には10店舗進出しているのですが、送り込んだスタッフのなかに中国語がしゃべれる者はひとりもいません。初動に大事なのは、違う文化のなかでビジネスを遂行していく気概と柔軟性なんです。

女性の積極登用を推進

──女性の活用を促進する「はなまるレディースプロジェクト」を推進中だとか。

成瀨 現在、当社社員の女性は48名。比率は約15%です。この数字自体は業界平均としては小さくはありませんが、女性従業員へのケアを手厚くしながら採用も促進し2015年の夏までにこの数字を30%にしようというのが「はなまるレディースプロジェクト」の目標です。当然ながら世の中の男女の比率は同じ。有能だけれども、出産・育児などの不利な条件によって十分にその能力を活用しきれていない女性は多いはずです。

──その条件をクリアするための施策とは。

成瀨 育休や時短など、これまでもいろんな仕組みをつくってきましたが、本当にその制度が有効に活用されてきたかは疑問です。制度自体を知らない人もいるようだし、また、制度的な不備もあるかもしれない。男性には見えていない部分もあるでしょう。そこで、当社では、全国から女性社員を集め、社長である私がリーダーとなって年に2回、総会を行っています。するといろんなことが見えてきました。

──たとえば?

成瀨 最近では「小1の壁」問題でしょうか。「小1の壁」とは、子どもさんが小学校に上がると、それまでの保育園の延長保育がなくなり、「学童保育」は18時までですから、仕事が佳境を迎える時間帯に子どもさんを迎えに行かなければならないなど、ワーキングマザーの負担が増えることです。最近、女性社員との話し合いの場で、この問題の深刻さを知り、解決を指示しました。すると、1週間後には提案が上がってきた。

──どのようなものですか。

成瀨 ざっくり言うと変形労働時間制なのですが、たとえば、今日は昼間のピークだけ勤務し、明日は夜の時間帯勤務という形をとれば、2つ併せて1日勤務にできるというようなスタイルです。いま、一部業態や女性スタッフの希望者に順次適用していく準備を進めています。

──女性社員が増えると会社はどう変わるのでしょう。

成瀨 いまは、女性は各拠点にぽつぽつといる程度ですが、全体の3割になると、彼女らを集めて多数派にして部署をつくることも可能になります。そうなれば、より店舗・商品づくりやオペレーションに女性の意見が反映できるようになると思っています。

「世界のはなまる」を目指す

──外食産業といえば、就職不人気業種として定着しています。

成瀨 外食産業の地位向上を訴える経営者の気持ちも分からなくはありませんが、僕は現状、外食産業の地位が低いとは思っていないのです。お客さまに安くておいしいものを良いサービスで提供しているのだから、働く側は誇りを持っていい。商社やメガバンクなど人気上位業種と比べたらダメですよ。繰り返しになるかもしれませんが、当社は入社希望者に他社に比べて仕事が「楽」だとは決して言いません。社員のための仕組みや制度は整えるけど、半面、甘えは許されないことを強調します。
 いま、外食大手でブラック企業呼ばわりされているところがいくつかありますが、正直、経営者から見れば、理解できる部分もあり、その意味では最近の騒ぎにはあまり興味がありません。

──今後はいかがでしょう。

成瀨 目指すは海外、「世界のはなまる」です。進出済みの中国はもちろん、今後はとくに東南アジアでの出店を目指したいですね。少子化で日本人の胃袋は縮小していく一方です。その意味でも海外で臆せずバリバリ働ける人材が必要だし、そういう国際感覚のある人たちが遅くとも10年後にはなまるの経営陣になっていくのだと思います。バブル時代に寝る間も惜しんで働いて会社を大きくしたわれわれのような経営者の時代は、早々に終わりが来るでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2014年5月号