職場でとなりに座る同僚にもメールで用件を伝えるご時世。とはいえ、ビジネスのさまざまな場面で「対話」は欠かせない。話し方教室「TALK&トーク」を主宰する野口敏氏に実践的な会話術をきいた。

──従業員を採用する際、「コミュニケーション能力」を重視する企業が増えています。コミュニケーション力をどのような能力ととらえていますか。

 人と人が「結びつく力」と言えると思います。経営者と従業員、ベテランと若手、製造と営業など、企業組織はいろいろな人たちから成り立っています。それらを結びつけるのがコミュニケーションであり、社員同士が結びついている会社は強い。新製品のアイデアを考えるとき、日ごろ顧客と接している営業担当者にも意見を求めてみる。さまざまな職種の人々の視点を持ち寄れば、より良いものが生まれるはずです。

 発想が豊かになるだけでなく、仕事の効率も上がります。隣の席に座っている人が自分とおなじ調べものをしていたといった話をよく聞きますが、まわりの人に気軽に聞ける雰囲気があれば、そのようなことは起こりません。無駄を省けるわけです。

──ふだん幅広い年代の方々とコミュニケーションを取るなかで、感じていることはありますか。

 入社したての人にコミュニケーション能力が不足しているのは、社会の中でもまれていないので、やむを得ないことです。むしろ指導する立場の人たちのコミュニケーション力に問題がある気がしています。

 エピソードをひとつ挙げます。つい最近、教室内の什器を買い替えました。前回と同じオフィス用品を扱う会社から買おうと思い、見積もりを依頼しました。相手にとっては、この上なく受注を見込める客だったはずです。にもかかわらず営業マンはこちらに来ない。会社から電車で10分足らずの場所にもかかわらず、メールのやり取りだけで済まそうとする。メールに添付された什器の写真も棚やとびらなど、一部しか写っていない。なんとなく頼りない人だなと感じているうちに、別の会社の人が訪ねてきました。

 「教室に生徒さんが来たとき、気分が和らぐように古材を使った什器にしてはいかがでしょうか」

 こう提案してくれ、気持ちがあっという間に変わりました。金額的には後の業者のほうが高い。でもオフィス用品販売会社の担当者には断りの連絡を入れました。

 その若手担当者に上司から営業のやり方を習っていないのか尋ねてみたところ、自分で考えることを大切にしているという返答でした。つまり会社から何も教わっていない。本来なら、顧客から問い合わせがあったときはその日に訪問するとか、用途などを直接聞いてみるとか指導を受けているべきです。指導する側のコミュニケーション能力を磨かないかぎり、コミュニケーション力のある若手は育たないでしょう。

──社員全員がコミュニケーション力を養うため、有効な方法はありますか。

 まず社員同士が目を合わせ、あいさつや会話をすることが非常に大切です。毎朝、自分から部下の目を見てあいさつするのが上司の義務。毎日顔を見ているからこそ、変化に気づくことができる。上司が部下の顔を見てあいさつしている会社は、おそらく10社に1社あるかどうか。ましてやフレックスタイムで出社すると、まわりが仕事をしているからあいさつすらしない。そんな職場では気軽に質問もできないでしょう。結びつきが弱いわけです。出勤、退社時、あるいは外出先から戻ったときなど、1日に数回アイコンタクトをする習慣を作るだけでも、組織のつながりは強くなります。

 ほかには月に何回か、部署や世代をこえて社員同士が話をする機会を設けることをおすすめします。グループ同士だと大概言いたいことを言えなくなるので、一対一のほうが良いでしょう。営業の悲哀や、生産部門のつらさなど自由に語り合ってみる。共感が生まれ、団結力も高まるはずです。つらいことを話すべきなのは社長もおなじ。日ごろ社員のため、いかに頑張っているかをつい話しがちですが、苦しいことを話さないと人はついてこない。自身の弱いところを上手に見せられれば、親しみが湧くし、情報も上がってくるようになります。

──とはいえ経営者が弱みを見せるのは難しいのでは?

 雑談程度でかまわないので、ちょっとした家庭の話を交えてみてはいかがでしょうか。

 「昨日も帰りが遅くなって家に入れてもらえなかったよ」
 「娘に嫌われていて、ひと言も口をきいてくれない」
 「父親っていうのはつらいね」

 私ならこんな話を聞いただけで親近感が湧いてしまいます。弱みを話せるのは心が開いている状態だから。心を開いている同士の関係は、ものを言いやすい。親しみを感じている人からダメ出しされても、あまり嫌な気持ちにならないものです。人格まで否定されているわけではないという安心感がある。

 ビジネスパーソンは弱いところを見せるとつけ込まれるとか、侮られるかもしれないという意識があるようです。でも弱みを話せるのは自信の裏返し。評価が決まるのは、あくまで仕事の中身です。

「衣・食・金」の話題は万能

──初対面の人だと共通の話題を探すのが大変です。

 「食べる」「着る」「お金」の話題は万能と言えます。誰しも必要とするため関心を持つのです。誰かと話しているときに、ゴルフの話題になったとします。もしゴルフをしたことがなければ

 「ウエアもたくさんいるんでしょうね」
 「ラウンド中はおなかがすくこともあるんでしょうね」
 「ゴルフってお金がかかるんでしょうね」

 などとふってみる。話題を双方が興味の持てる土俵にのせるのがコツです。

 逆にいただけないのは、事実をやり取りするだけの会話。

A「やせるためにウオーキングをはじめました」
B「週に何回、何歩ぐらい歩くの? 何キロやせた?」
A「1回1時間、まだ効果はないです・・・・・・」

 どちらかというと男性が陥りがちですが、情報だけの会話だと内容が深まらない。どんなエピソードにもドラマがあるので、そこを掘り下げてみる。

A「やせるためウオーキングをはじめました」
B「奥さんは何て言っているの?」
A「やせろ、やせろとうるさくて」

 人は誰しも心の中に壁があるものですが私の場合、壁を乗り越えるのは早いみたいです。飲食店に入るときなどは、こちらから「こんにちは」とあいさつします。ほとんどの店員さんは、とまどった顔をします。席にすわり、料理を注文してはじめて、お客だと気付くようです。ですが雑談をいろいろするうちに、店を出るころには親しくなっています。先日、1年ぶりに入ったお店では顔を覚えてくれていました。

 人とのコミュニケーション方法を教わる機会は少ないため、会得するのはむずかしいものです。でもコミュニケーション能力は、どんな資格にも勝る、身につけておいて損はないスキルと言えます。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2014年4月号