ブームの裏に仕掛け人あり──。「ひこにゃん」「佐世保バーガー」「今年の漢字」など、殿村美樹さんがPRを手がけた案件は、2,000を超える。いかにして斬新な発想が生まれるのか、アイデアの泉の一端にふれた。
- プロフィール
- とのむら・みき●京都府宇治市生まれ。大学卒業後、大手広告代理店に入社。1989年、TMオフィスを設立。「心に響くPR」を掲げ、中小企業や自治体のPRを数多く手がける。関西大学講師、中小企業基盤整備機構 経営支援アドバイザーも務める。座右の銘は「一隅を照らす」。
殿村美樹 氏
──大学時代、30種類のアルバイトをこなしていたそうですね。
殿村 父が画家で収入が不安定でしたから、働いて学費を稼いでいました。早朝4時に豆腐屋に行き、その後病院の受付業務。午後はハンバーガー店での接客、夜は家庭教師というのを平日の生活パターンにしていました。授業と両立させながらです。
1日に4つもかけ持ちすると、頭が混乱してくるんですよね。ハンバーガー店では「ありがとうございました」と言うところを「どうぞお大事に」とお客さまに言ってしまい、ちょくちょく怒られていました(笑)。病院からハンバーガー店までの移動時間が10分ぐらい。少しでも多く稼がないと生活が成り立たない状態でしたから、移動時間も最小限におさえていました。
──接客業が多い気がします。
殿村 まわりの人から向いていると言われるんです。一番自信がついたのは、大手ハンバーガーチェーンの関西エリア接客コンテストで優勝したこと。5人ぐらいのスタッフが店頭に立ち「いらっしゃいませ」と声をかけるのですが、私のいるカウンターの前に来るお客が一番多かった。ドリンクやポテトなど、追加メニューのオーダー率ももっとも高かったです。優勝して時給が50円上がり、うれしかったですね。
「太陽の戦略」で空気作る
──アルバイトの経験が現在の仕事に役立っていることというと?
殿村 長崎県佐世保市にあるハウステンボスからPRを依頼されたとき、観光資源として佐世保バーガーに着目したのは、働いていたハンバーガー店で耳にした会話がきっかけでした。お店の幹部の人たちがしょっちゅう話していたんです。佐世保には地元においしいハンバーガーがあるから、どうしても売れないと。PRの依頼を受けて真っ先にハンバーガーの味を確かめたところ、おいしさに驚きました。
「今年の漢字」にしてもそうです。京都市内を走る定期観光バスで、バスガイドをしていた経験がもとになっています。研修の一環として寺院をめぐるなかで、等持院というこぢんまりとした、きれいなお寺がありました。足利尊氏のお墓があるんですが、一般の人のお墓と間違えるほど小さい。不思議でならなかったのでご住職に理由を尋ねたら、尊氏は亡くなったとき逆賊だったからだと。天国に昇った尊氏が眺めてきれいに見えればいいのですと答えられたんです。その言葉に感銘を受け、「視点をずらす」というのが私の信条になりました。
──京都・清水寺で1年をあらわす漢字を貫主が揮毫するのが年末の風物詩になりました。始まった経緯を教えてください。
殿村 日本漢字能力検定協会から漢字検定の受験者数を増やしてほしいという相談が持ち込まれたのがはじまりです。1995年のことでしたが、漢字は嫌われモノというイメージが当時ありました。学校で掃除当番をさぼると、漢字ドリルを宿題に出されたり。そんななか、漢検を受けましょうと告知したところで、誰も見向きもしてくれません。
漢字の魅力とは何か思案し、たどり着いた結論が「一文字でいろいろな感情を表せる」という点です。年末になると誰もがどんな1年だったか振りかえります。それを漢字一文字で表現すればいいのではと思いつきました。
──具体的にどんな手法をとったのですか。
殿村 世の中の多くの人びとに漢字に関心を持ってもらうためには、マスメディアを動かさなければなりません。今年をあらわす漢字を理由とともに応募してくださいという記事を読者プレゼント付きで全国の新聞に掲載しました。漢検協会は財団法人ですから新聞社も協力してくれて、全国津々浦々の読者から1万通が集まりました。もっとも多かった漢字は、ご存じのとおり「震」です。
──お寺は保守的なイメージがありますが、清水寺は快く引き受けてくれましたか。
殿村 95年は阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件があり、世の中が自分も何かしなければという雰囲気に包まれていました。そこで「震」の一文字を貫主さんに書いてもらい、1年の邪気をはらう奉納儀式として企画したんです。1万通の持つ力は大きかったと思います。
よく話すんですが、われわれが行っている仕掛けは、「北風と太陽」の童話に例えるなら「太陽」なんです。多額の資金を投じて消費者を振り向かせる「広告」は「北風」。クライアントにとって都合のよい雰囲気をつくり、状況を変えることに力を注いでいます。漢字検定のPRは「太陽の戦略」がうまくはまりました。漢字を勉強したいという雰囲気をつくるため、今年の漢字を仕掛け、テレビで漢字のクイズ番組を、新聞では漢字パズルを仕掛けたのです。
顧客心理を周到に読む
──近著『どんな人でも買わずにはいられなくなる「欲望直撃」のしかけ』では、人の5つの欲望を巧みに突いた25の事例が紹介されています。中小企業におけるPR例を紹介いただけますか。
殿村 ある老舗の和菓子屋さんは「ことわざ菓子」で成功しました。お店の近くにスーパーができ、お客をとられてしまっているから何とかしてほしいというのが相談内容でした。客層を観察してみたところ、購入していくのは若い会社員ばかり。得意先への手土産なのでしょう。店主の奥さんが達筆な方だったので、のし紙にことわざや、四文字熟語を書くことを提案しました。商談を検討したいときは「物にも時節」、契約をとりたいときは「千載一遇」といった言葉を記し、贈り先へのメッセージを込めたんです。
年配の男性はことわざや格言好きな人が少なくありません。ツボをおさえた言葉なら、気の利く人物と評価されるはず。「褒められたい」という欲望は誰もが持っています。とくに若い人々は、身近な人でもメールで連絡するのが当たり前。コミュニケーションが得意でない人にとって、言葉に出さずに相手にメッセージを伝えられる点がうけたのだと思います。
──「負けたくない」という欲望を刺激した、メガネ店の事例も参考になりました。
殿村 そのメガネ店の近くには数万人が入る大型のホールがあり、イベントが開催される日には大勢の人が行き交っていました。有名アーティストのコンサートが行われる日ともなると、となりのパン屋ではパンが飛ぶように売れていた。でもメガネはまったく売れない。店内を見回したら、片隅に双眼鏡が置かれていたんです。「1万人の第九」というイベントが好きで、よく鑑賞に行くんですが、知り合いが歌っている様子を見たくて、いつも双眼鏡を持っていくのを思い出しました。ひいきの歌手の姿を少しでも間近で眺めたいというファン心理に結びつけられれば面白いと思いました。まわりのファンに負けたくないという心理です。
案の定、店頭にならべた双眼鏡は完売。イベント後、散財したと感じる人もいるだろうと推測し、メガネの割引券付きで販売しました。割引券を持ってメガネを買いにくる人はたいてい地元の人でしょうから、顧客としてつながりができるわけです。
──お話をうかがっていると、ちょっとした工夫で流れを変えられそうです。
殿村 ええ。私のやり方は、新しいものを作ってはめ込むより、もともとあるもので気付かれていない魅力を引き出すことをする。
大手食品会社に油を販売していたあるメーカーでは、商品の成分として「セラミド3000マイクログラム配合」とか商品パンフレットに載せたりしていました。商品のすごさを一般の人に伝えるとき、専門用語では理解してもらえません。「トウモロコシ10本分」と表現すればわかるわけです。
──中小企業の駆け込み寺のようですね。
殿村 自信を失いかけた状態でみなさん相談に来るので、まず自信を持ってもらうのが先決。でも私のアドバイスを聞き入れるのには勇気がいるみたいです。ぎりぎりまで追い詰められた人でないと、あまり実行してくれない(笑)。
鳥になって眺めよう
──日本経済新聞社が発表している「地域ブランド力調査都道府県ランキング」という調査で、北関東の県が毎年軒並み下位に並びます。もし栃木県からPRを依頼されたら、どんな点に魅力を見いだされますか。
殿村 栃木県はイチゴやギョーザが有名ですが、かんぴょうの名産地ですよね。昨年、和食が世界遺産に登録されました。2020年の東京五輪には海外からたくさんの人たちが来るでしょうから、ホテルの朝食でかんぴょうを使った巻きずしを出してみてはいかがでしょうか。お寿司のブレックファーストは聞いたことがないから、きっとうけると思います。
──最後に中小企業経営者に向けてアドバイスをお願いします。
殿村 私自身もそうですが、中小企業経営者ほど寝ても覚めても会社のことを考えている人はいないと思います。考えすぎて深みにはまり、視野がせまくなって相談に来られる方が少なくありません。煮詰まったときは視点を変え、鳥になったつもりで眺めてみてください。
たとえばマスコミ、とくに地元新聞社の記者と付き合ってみてはいかがでしょうか。市役所や商工会議所の詰め所にプレスリリースを持って入り込んでみる。記者は客観的に話を聞こうとするので、新しい切り口を提供してくれるかもしれません。記事になればしめたものです。第三者の視点をうまく活用してほしいですね。
(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)