後継者不在に悩む中小企業──社長の高齢化が進むなか、ますますこの傾向は強まりつつある。親族内承継が減り、MBO、M&Aなどの親族外承継が増えているというデータもある。ファミリービジネスの経営承継に必要なものは何か。取材してみた。
ファミリー企業の利点といえば家業への使命感、一貫性、結束力、信頼感、地域社会との結びつきがあるが、それらプラス材料を円滑に引き継ぐには、親族内継承が適している。
ところが、親族につつがなく会社を継がせることは、ご承知の通り、そうたやすいことではない。巷の中小企業経営者の悩みの上位が、いつの時代も「後継者不在」であることをみても、むべなるかなである。野村総合研究所の調査(「平成24年度中小企業の事業承継に関する調査に係る委託事業作業報告書」)によると、中小企業が「廃業したい理由」の5割超が「後継者難」だ。このような高いハードルを無事乗り越えるには、一体何が必要なのだろうか。
幼少から家業に触れさせる
息子(娘)などに経営を継いでもらいたいと思うなら、押さえたいことは主に3つある。まず、幼少の時代から思春期、青春期にかけて、積極的に「家業に触れさせる」こと。工場に呼んで仕事を見学させ、従業員と遊んでもらう。建築業であれば建てた家を、外食業であれば厨房の作業を見せるなど、あらゆる機会をとらえて家業の実態を印象づけるのだ。自社でアルバイトを経験させるのも良いだろう。
2つ目は、「勉強・学業をおろそかにしない」こと。これは後継者に限ったことではないが、勉強し、良い学校に通うことは、それなりの辛抱と集中力が必要で、遊びや自分のやりたいことをある程度犠牲にしなければならない。経営という仕事は例外なくハードであり、それこそ365日24時間没頭する覚悟が求められる。さまざまな誘惑に打ち勝つ克己の精神も欠かせない。子どものころから忍耐と集中力を学び、勉学に励むことは精神的な成長の点で重要だ。
3つ目は「さまざまな経験をさせる」ことである。
あるホテル業を営まれている経営者は、ご子息を、小学校高学年から、ホームステイやサマースクール、海外青年協力隊など、ことあるごとに海外に行かせておられた。言葉の通じないところに放り出され、違う文化や習慣を持つ人たちとどうコミュニケーションをとっていくか──これを自ら考え実践することは、大人でもたやすいことではない。孤独な状況を自分ひとりで切り開き、自分の居場所をつくる取り組みは、後の経営者としての資質や力量に少なからず影響する。この経営者は、将来、自社チェーンの海外展開をにらみ、その時に、ご子息がリーダーシップを発揮するための布石の意味合いもあるのだという。
次に、この3点を実践する上での詳細な留意点を見ていこう。
まず気をつけたいのは、「後継者になれなどと高圧的に押しつけない」こと。
経営者の大半はエネルギッシュで、家庭でも独裁的な人が多いのではないか。息子(娘)に対しても、本人の意思を聞かずに強権的に言うことを聞かせようとしがちだ。若者というのは反発するのが常であり、全く違った道に進んだり、ひどい場合には家を飛び出してしまうケースもある。かといって、放っておけば周りに流されてサラリーマンになってしまうかもしれない。そのあたりのさじ加減が難しいが、要は、成長の道筋にその気にさせる材料を散りばめ、本人が自然とやる気を出すように仕向けることである。繰り返しになるが、工場の職人のかっこよさを見せるのもひとつ。外食業であればアルバイトをさせて接客の楽しさを経験させるのもひとつ。前述のホテルチェーンの経営者のように、海外経験を積ませるのも一考だろう。海外で異文化と触れあう面白さ、言語習得の達成感などが、家業への関心を高めるきっかけになるかもしれない。みずから気づき、みずから後継者たることを選ぶようにそれとなく導く――これが理想だろう。
教育分野、たとえば大学の専攻などはあまり重要ではない。技術主体の企業の後継者なら、家業の専門分野を学ぶ方が良いが、経営というのは、専門分野だけでなく全体を見渡す力だ。MBAなどの経営者教育も、有効性を否定しないが、すぐに役に立つものではない。経営経験と理論が結びついてこそ、生きてくる。逆に、若社長が頭でっかちな理屈を一方的に社員に押しつけたため、社内で総スカンを食ったという例も散見されるので気をつけた方がいい。
セキュリティー業を営むある中堅企業の例だが、若い後継者が大学院を卒業し、大学で経営学を教えていたが、家業が傾いたので会社を継いだ。その際、彼がまず行ったことは、経営難を乗り切るために役員や社員に協力を請い、会社を立て直したいという必死の思いを伝えたのだ。そうして、かついでもらう状態をつくってから、徐々にみずからが温めていた経営戦略を実践していったという。この順序を無視して、最初から上から目線では成功はおぼつかない。
腰のすわった育成計画を
とはいえ、マネジメント経験がないにもかかわらず、いきなり経営の指揮をとるのはリスクが高い。私は、他の会社でサラリーマンを一度経験してから家業入りすることを勧めている。一社員として、社員たちの気持ちや考え方が分かるし、上司や組織からどのような扱いを受けると意欲が上がるか下がるかなど、社員たちの細かい機微を実感できる。また、同業の会社に入社すれば、甘えなく仕事をゼロから覚えられるし、ビジネス上のネットワークも築ける。一方、家業にいきなり入ってしまうと、まわりが気を遣い、社員の気持ちが分からないまま経営に携わることになる。ファミリー企業の強みのひとつにネットワークの強固さがある。これを引き継ぐためにも、実際の取引先で何年か修行を積むことも有効だろう。状況にもよるが、大学を出て、30歳前後までは外の世界でもまれた方がよいだろう。
では、家業に戻るときの処遇はどうすればいいのか。先代の急病など、やむにやまれぬ事情で急を要している場合は別だが、入社してすぐに役員など経営のポジションにつかせるべきではないだろう。最初は一般の社員、せいぜい現場の係長くらいが妥当だ。そこから徐々に実力をつけ、実績を上げ、周囲に認められる形で経営陣の仲間入りをすべきである。理由は2つ。まず一つは、ちゃんと実績を残して、実力のあることを示さないと、社員や取引先から信頼されないこと。二つ目には、製造業にしろ、建設業、流通業にしろ現場が分かっていないと適切な経営判断ができないからだ。現場を経験したことのない社長が、難しい局面でいきなり経営判断を下せといわれても、判断する軸も材料も思い浮かばず、どだい無理な話だ。
入社してから経営陣に加わるまでは、助走期間として5~10年はほしい。たとえば、30歳くらいで入社して40歳前後で役員になるという感じだろうか。現場、営業、管理部門を理解するには、それぞれ2~3年かかると見た方がいいだろう。取引先とのネットワークの引き継ぎ、社内での信頼関係醸成も欠かせない。このような無形資産をうまく引き継ぐと、会社の業績も高くなるという調査結果もある。国内外に支店があれば、それらの掌握も必要だ。これらをすべてこなすには、数年ではとても無理だろう。ちなみに、前述の野村総研の調査でも現経営者が後継者を決める判断軸は、自社の事業・業界への精通が49.2%と、もっとも多い。
つまり、焦って社長に据えても、むしろリスクばかりが大きくなる。しっかりと腰を据えた「育成計画」とその実践が大切だ。
打てる手がなくなる危険性
もうひとつ、経営承継の大きなハードルとなり得るのが、譲る側の姿勢、つまり現社長の意識や考え方だ。経営者とくに創業社長の場合、会社と自分の存在が混然一体となっていることが多い。このような経営者は、トップを辞めたら自分が生きている意味自体もなくなってしまうという感覚に苛まれる。いつか後進に承継をしなければならないことは頭では分かっているが、使命を全うしないで終わることを受け入れられない。他人から見れば「しがみついている」ように見えるのだが、本人にとってはもっと本質的な問題なのだ。これは、親族内継承、親族外継承を問わない。
だとしても、経営者が会社の存続を願うなら、ある一線を引いて、そこからは後進にまかせる決断が必要だ。人にもよるが、経営者の限界は70~75歳くらいだろう。後継者を育成するのに10年かかるとすれば、遅くても65歳でとりかからないと間に合わない。60代の経営者に、私は「統計上は75歳で3割の人が亡くなるんですよ」と警告することにしている。打てる手がなくなってからでは遅いのだ。
現社長が退く際にもうひとつ大事なことがある。共に経営を担ってきた「番頭」の処遇だ。彼らに一緒に第一線から退いてもらうことも、現社長の仕事だ。番頭がいくらこれまで貢献してくれたとしても、若き後継者にとっては煙たい存在だろう。気兼ねもするし自由に意見を言えない。番頭が居座ってしまうと、後継者を今後支える参謀も育たない。できれば、みずからが代表権のない会長に退く際に、他社へ紹介するか功労金で報いるかをしながら世代交代を進めたい。状況によっては、番頭に副会長あるいは相談役として数年残ってもらい、若社長の参謀が育つまで側面支援してもらう選択肢もあるだろう。先代も番頭も一気にいなくなり、経営承継の準備に時間をかけられず、今後若社長だけでは経営判断に支障をきたすと考えるのなら、そのような方策も仕方ない。
トップを退いたら別の生きがいを見つけるとよいだろう。経営は後継者に任せ、会社の理念や歴史を伝承、教育する役割を担うことはできる。ある大手メーカーでは、会長に退いた先代が役員や管理職を集め、会社の歴史や理念を講話することを亡くなるまで続けていた。結果として、会社に強い結束力をもたらした。あるいは社外の若手経営者の指導育成や、経営者団体活動を通じて地域産業の発展に注力するのもいいだろう。そのような社会活動に新たな使命を見つけることができるかもしれない。退職後障害者雇用を進めた、ヤマト運輸元トップの小倉昌男氏は好例だ。
それから親族内継承でもっともやってはいけないことは、親族間での諍いだ。これが起こると、一族の結束がなくなり、地域からも「血肉の争い」と揶揄され、会社のブランドにも傷がつく。これではファミリー企業としての強みがなくなってしまう。くれぐれも一族円満に留意してほしい。
最後に、親族外継承を選ぶ場合の留意点だが、基本的な考え方は親族内継承と変わらない。まず、後継者は社内から探すべきだ。ファミリー企業の強さとして、企業文化に根ざした一貫性、社内外との結束の強さを考えると、プロパーの方が適しているからだ。選んだプロセスを透明にすることも大切だ。数人の候補者から選ぶことになるが、それぞれに説明を尽くし、選択の理由を明らかにしないと、思わぬ諍いを招くこともある。理由を説明しても、選ばれなかった人たちは去っていくかもしれない。それも覚悟して、万が一の人材の穴埋めもあらかじめ考えておく方がいいだろう。
- プロフィール
- ながれ・ひろゆき 早稲田大学教育学部卒業。企業組織における「創造」と「変革」のためのリーダーシップ開発支援に取り組む。建設、化学、医薬品、食品、自動車、電機、情報通信、小売、外食、ホテル、教育出版、文具など幅広い業界の企業や官公庁に対して、1万人以上の経営者、経営幹部、若手リーダーの育成を支援。93年中小企業診断士登録。
(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)