経済活動を支える最大の必要条件ともいえるエネルギー。エネルギーアナリストとして活躍する石井彰氏は、化石燃料の有効利用を軸とした多様性あるエネルギー社会の実現が望ましいと説く。高騰している石油価格の見通しや、日本におけるエネルギー利用の未来などについて聞いた。

プロフィール
いしい・あきら●1950年東京生まれ。独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)石油開発推進本部上席客員研究員。上智大学卒業後、日本経済新聞社記者を経て、石油公団で資源開発に携わる。1980年代末からは石油・天然ガスの国際動向調査分析に従事。ハーバード大学国際問題研究所客員、パリ事務所長などを歴任。著書に『エネルギー論争の盲点 天然ガスと分散化が日本を救う』(NHK出版新書)など。
エネルギー・環境問題研究所代表 石井 彰氏

石井 彰氏

──石油価格が高騰しています。原因はなんでしょう。

石井 インフレ調整後の実質価格が史上最高値に近い水準で推移しています。その要因については色々な解釈がありますが、一般的には中国やインドの需要増、中東の不安要素による供給減の可能性などがあげられています。しかし世界全体の石油需要の伸びは年間平均0.5%前後と実は大きくありません。石炭の3%、太陽光の2ケタ以上の伸び率に比べかなり低い。では需要がそんなに伸びていないのになぜ価格が上がるのか。それはやはり、大規模な金融緩和が世界中で行われた結果、余剰となった投機資金が商品市場に流れ込む、という現象がまだ続いているからだと思われます。
 それと「アラブの春」に象徴されるように、中東全体の政治的安定が損なわれていることも原因のひとつでしょう。リビアではほとんど石油生産がなされておらず、すさまじい埋蔵量があるイラクでも治安などの問題で思うように生産量が回復していません。この高値を維持しようとOPEC加盟各国が生産調整を実施し、供給を絞っているのも価格を下支えしています。

──いつまで続きますか。

石井 価格は高いのですが、実は受給バランスを見ると暴落しておかしくないほど緩んだ状態です。今から半値とは言いませんが3割程度下がる可能性は十分あり得るでしょう。

──実際は供給が需要を上回っていると。

石井 はい。世界中のエネルギー関係者が集う定例の「世界エネルギー会議」が10月に韓国で開催されたのですが、会議のキーノートとなるメッセージは「エネルギー資源量は史上最大である」ということでした。ここでいうエネルギーにはもちろん原子力や太陽光、風力などの再生可能エネルギーも含まれますが、なんといっても化石燃料の割合が断トツに多い。その石油や天然ガスの化石燃料の生産量が過去最大になっているのに加え、埋蔵量も史上最高を突破しているのです。90年代なかばに、「あと数年で石油の生産能力の地質的限界が到来し、石油文明が終わりを迎える」といった主張がメディアをにぎわせました。いわゆる「ピークオイル」論ですが、この論拠は事実上消滅したといってよいでしょう。もちろん化石燃料なのでいつかは枯渇しますが、「数百年は持つ」というのが専門家のコンセンサスになっています。最近ではエネルギー問題の本質は「量」よりも、環境への影響など「質」を問う傾向が強くなってきています。

──CO2排出の問題ですね。

石井 国際政治のアジェンダとしてCO2排出を抑制しようという合意形成がなされている以上、とにかく何らかの方策をとる必要があります。CO2を減らす方法は大きく分けて(1)原子力発電の拡大(2)再生可能エネルギーの利用加速(3)省エネルギーの促進(4)化石燃料のなかで最もCO2排出が少ない天然ガスの積極利用──の4つの選択肢に絞られると思いますが、日本の現状では(1)の選択肢はとりにくく、(3)の余地もあまり残されていない。すると将来的には、(2)か(4)の分野に注力せざるをえないことになります。

再生エネの本当の実力

──まず自然エネルギーの見通しについてお聞きしましょう。

石井 まずはじめに認識しておかなければならないのは、そもそも発電コストが従来燃料に比べ圧倒的に高いということ。そもそも生産コストが高いうえ、風の強弱や日照時間に左右される不安定さを解消するためには、ガスタービン発電設備などのバックアップ電源が必要です。この追加コストはばかになりません。またエネルギーを産出するために使うエネルギーと、そのエネルギーが生み出すエネルギーの比率で示される「エネルギー産出/投入比率(EROEI)」でみてもかなり分が悪い(『戦略経営者』2014年1月号P73図表参照)。石油は100倍前後(1バレルの石油を使って100バレルの石油をとることを意味する)ととても効率的ですが、太陽光は最新のものでもせいぜい10倍程度。これだけ効率が悪いと、単独で文明や経済を支えられるエネルギーには成り得ません。

──コストと効率性に課題があるというわけですね。

石井 それだけではありません。あまり大規模に設置すると自然破壊をもたらす恐れがあるのです。たとえば天然ガスのコンバインドサイクル発電と同じ発電量を生み出すためには、メガソーラーはパネルを敷き詰めるために2,300倍の土地が必要になります。そのために休耕田をつぶしたり森林伐採をすれば生態系に大きな影響をもたらすことは容易に想像がつくでしょう。光が届かないパネルの下は草木も生えませんから保水力が格段に低下し、雨の多い日本では水害の懸念を高めることにもつながります。洋上での設置について議論されている風力についても同様で、陸上なら送電線の設置にともなう森林伐採、洋上なら漁業資源となる魚たちへの影響は避けられないでしょう。

──全体の電力需要のどの程度までまかなえるとお考えですか。

石井 現在日本では発電量のうち8~9%が水力発電を占めていますが、この水力発電は低コストで安く安定供給が可能で、自然への影響も少ない再生可能エネルギーの「最優等生」です。日本は雨が多く川の傾斜も急で、水力発電の資源にもっとも恵まれている国の一つですが、その日本でさえ水力発電は1割にも達しません。風力や太陽光などその他の自然エネルギーが束になっても、現実的にはそれと同等程度の発電量が上限といってよいでしょう。

──過度な期待は禁物ということですね。

石井 ドイツのケースを学べばよく分かります。ドイツは政策的にかなり無理をして電源の20%を太陽光や風力、バイオ発電など再生可能エネルギーにしました。結果は皮肉にも、CO2排出量が前年比2.2%増加してしまったのです。これは自然エネルギーで発電した電気を高い価格で強制的に電力会社に買わせたため電力料金が大幅に上昇し、そのペースを抑えるために電力会社が一斉に安価な石炭火力の稼働率を高めたからです。無理な政策は思いも寄らない結果を招くという典型的な例といえます。

天然ガスが軸になる

──今後のエネルギー戦略の方向性は(4)の天然ガスが軸になると主張されています。

石井 ガスのコンパインドサイクル発電は、古い石炭火力発電に比べCO2の排出量を3分の2減らすことができます。資源量も豊富ですし、最も早くて安く、大量に二酸化炭素の排出を抑制する手段であることは間違いありません。しかも米国のシェール革命によりその可能性は大きく広がっています。シェールガスとは、緻密な岩の隙間に天然ガスが残っているシェール層と呼ばれる地層から産出される非在来型の天然ガスで、技術的なブレークスルーによりここ数年米国で爆発的に生産量が拡大しました。供給増による価格の低下で石炭火力からのリプレースがかなり進行した結果、再生可能エネルギーをほとんど入れていないアメリカは2011年から2012年にかけ3.5%のCO2を減らすことに成功しました。先ほどのドイツとは全く対照的な結果です。

──同じ事が日本でも可能になるということですね。

石井 現に原子力発電所を止めた代替として天然ガスによる発電量は50%を超えている状態で、今後も高い水準が続くでしょう。しかし大きな問題がひとつあります。日本は天然ガスを液化したLNGという形で輸入しているのですが、100万BTU当たり平均で16~17ドルという世界で一番高い価格で購入せざるを得なくなっていること。原発問題などで産ガス国から足元を見られているという事情もあるでしょうが、米国内で3・5~4ドル、欧州や中国でも10ドルくらいで買えますからいかにその価格が法外かが分かるでしょう。高い原料費が原因で電力会社は軒並み赤字ですから、このままではさらなる電気代の値上げは必須の状況です。

──するといかに天然ガスを安く調達するかが今後の課題だと。

石井 安価な米国から日本向けの輸出許可が続々下りているので、次第に日本の電力会社やガス会社が米国からLNGの調達を本格化するでしょう。そうすれば、それ以外の産ガス国との値下げ交渉が進む可能性は十分にあります。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2014年1月号