おもてなしのルーツは結構古い。戦国時代までさかのぼれば、その原形を垣間見ることができる。たとえば千利休の「一期一会」。あるいは、能楽でいう「一座建立」。いずれも、主客が一体となって精神を交流させながら座(場)を創り上げていく文化を象徴する言葉である。主人が客人に一方的に何かを振る舞うのではなく、お互いに尊重し合って、インタラクティブに心を通わせ合う……これこそが日本のおもてなし文化の源流といえるのではないだろうか。

 ゆえにおもてなしはサービスとは違う。サービスはマニュアルや教育などによる均質性によって下支えされ、不足すると顧客に不満や不快感を与える。一方、おもてなしは減点法ではなくプラスアルファが基本。マニュアルではカバー仕切れない「創意工夫」の世界である。

仕事への真摯な姿勢

 「創意工夫」を産み出す場を、一期一会や一座建立の精神によってつくりだしてきたわれわれ日本人。企業や商いといった経済活動で見ても、そのことがよく分かる。たとえば、飛鳥時代から続く金剛組、山梨県の旅館・慶雲舘は遣唐使の時代からいまなお続いている。1000年とまではいかなくとも、100年を超える歴史を持つ企業は日本には約2万社あるといわれている。これはダントツで世界ナンバーワン。これら老舗の共通点をみていくと、社訓、家訓を大切にしてきた会社が多い。しかも、その「訓」の中身に頻繁に使われているのが、「信」「誠」「真」といった言葉。いずれも「まこと」と読む。つまり、まことの心で顧客と向き合い、顧客がそれを感じ取る。この心の交流がおもてなしという言葉で表現されるものなのだと思う。

 たとえば、車を降りてドアを開け、帽子をとって頭を下げるタクシードライバー。あるいは百貨店で、チップなしでも笑顔で誠心誠意の顧客対応をする販売員。日本料理のこだわり抜かれた彩りや盛りつけ。どれもこれも日本人にはそれほど珍しくもないが、外国人から見ると、「すごい」といわしめるものである。これらは「サービスの品質」ではない。この人たちが真摯に仕事に向き合い、プライドを持って取り組んでいる結果の行為や立ち居振る舞いなのだ。欧米にもたとえばリッツカールトンなど、最高級のホスピタリティーを実践している企業は少なくないが、これは選抜された人たちを猛訓練して導いた結果である。日本人は、たとえ10代のアルバイト学生でも、おもてなしを実行できる素地を持っている。あらためてすごいことだと思うし、経営者としては、これを活用しない手はないだろう。

過去のCSが失敗した理由

 さて、「おもてなし経営」を実践するには、社員の創意工夫を引き出す場づくりや育成の仕組みが必要となる。

 20年ほどくらい前からだろうか、「顧客満足(CS)活動」という手法が流行し、企業はこぞってこれを導入した。ところが、ほとんど成果は残らなかった。なぜか。結局は売り上げや利益が第一義であり、CSは2番手、3番手の経営課題の位置づけでしかなかったからである。スタッフは評価の指標である売り上げ、利益で仕事を評価される反面、顧客満足の向上を要求されてきた。つまり、ダブルスタンダード。失敗するのは当たり前である。

 これを避けるためには、経営者が「本気」になること。トップが真剣に取り組まない限り、社員は動かない。

 では、何をもって本気というのか。おもてなしを指標化し、それを最大のものさしとして経営を行うことである。

 企業にとって、おもてなし自体が目的ではない。おもてなしによって顧客の自社に対する愛着度を増し、収益を上げていくことが最終的な目標であるはずだ。

 最近当社が行った8,800人の消費者アンケートによると、「おもてなし」といえるサービスを受けた人の70%以上が、その企業への愛着心が高まったと答えている。つまり、顧客の愛着心が高まれば、おもてなしができていると判断することができる。

 その愛着心をはかるにはやはり顧客アンケートが必要である。店頭でもネットでもかまわない。設問は二つだけ。1問目は、「この会社(店舗)にどれくらいの愛着を感じたか」を1~10までの数字で答えてもらう。2問目は「採点の理由」(自由回答)である。ちなみに、われわれは1問目で8~10点を相思相愛の「ラバーズ」、6~7を「フレンズ」、5以下を「ストレンジャーズ」と呼んでいるが、ストレンジャーズを減らし、ラバーズを増やすことができれば、間違いなく収益は上がる。なぜなら、ラバーズはリピーターとして繰り返し来店するし、口コミのハブ的存在にもなるからだ。

 そのためには、2問目の理由を十分吟味し、フレンズやストレンジャーの不満を解消する形の施策をとればよい。たとえば「あいさつがなかった」「身だしなみが悪い」などの意見なら、すぐに改善できる。簡単なようだが意外にも、ここをきちっと実践している企業は少ない。つまり、売り上げという目前の課題をあまりに重要視し過ぎた結果だが、長い目でみれば、おもてなしや顧客満足度を数値化して、その変遷を経営指標や評価指標に取り入れていく余裕が、より収益の拡大につながることは明らかである。

学びに目覚める場をつくる

 おもてなしの数値化と同時に、マネジメントが行うべきことは、「選抜したリーダーへの集中的な研修」である。

 たとえば、上海やシンガポールなどASEAN諸国でビジネスを展開する大手運送会社は、日本クオリティー、つまり、おもてなし精神を進出先に持ち込んで成功している。現地採用のドライバーに帽子と制服をきちっと着させてあいさつを徹底させる。また、丁寧な荷扱いを実践させ、運転のあらいシンガポールでは、自社独自のドライバー試験を採用条件にしているという。結果として、同業者と比べて価格は安くないが、利用者は増え続けている。

 当然、ポイントとなるのは現地スタッフの教育である。おもてなし精神を持ち合わせていない人たちをあまねく教育するのは至難の業だ。そのため、少数のリーダーを選抜し、彼らに特別な教育を施すことで他の従業員の手本にするという手法をとっている。これを実践できれば、国内外を問わず、「顧客の愛着度アップ」に大きな効果が期待できるだろう。

 そもそも、おもてなしの精神はマニュアルを押しつけただけでは身につかない。そのため、リーダーに徹底教育を施し、従業員が「あの人のようになりたい」と主体的な学びに目覚める「場」をつくってあげることが必要なのである。その上で、前述した指標によって評価し、数値の上がった人はほめてあげる。そうすることで、「おもてなし経営」を上手に回すことができるようになる。

 いずれにせよ、日本は世界に冠たるおもてなしの国である。中小企業経営者は、日本人のDNAに刻み込まれたこの精神を、もう一度再評価し、自らのマネジメントに取り入れることで、見えてくるものがあるのではないだろうか。

プロフィール
はまかわ・さとし 広告デザイン会社を経て、2004年マーケティング専門企業・カレンへ入社。以来、マーケティングプロデューサーとして一部上場企業を中心とした数多くの大手企業のマーケティングプロデュースを経験した後、2008年、きずなクラフトを設立。2012年社名をOMOTENASHIに。おもてなし感動研究所所長。

(本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2013年12月号