尖閣問題による反日感情の高まりや、中国経済の先行き不透明感などから、中国事業の見直しを考える日系企業が増えている。中国の現地法人を整理し、撤退することも一つの選択肢だが、それを成功させるためにはどんなことが求められるのか。政府系金融機関のシンクタンク研究員と、中国事業の実務に詳しいコンサルタントのインタビューをもとに、そのポイントを紹介する。
ご承知の通り、中小企業の海外進出先はアジア、とりわけ中国が多い。これは、日本政策金融公庫総合研究所が昨年実施した「中小企業の海外進出に関する調査結果」(4,607社が回答)からも見て取れる。現地法人の設立または既存の外国企業への出資(いずれも出資比率10%以上)をした海外直接投資企業のうち88.7%が進出先はアジア(385拠点)と回答し、なかでも中国(218拠点)が最も多かった。
だが、成長市場とされるアジアで事業を積極的に展開する中小企業が存在する一方で、海外からの撤退を決断する中小企業もいる。日本公庫総研の丹下英明・主席研究員がいう。
「中小企業の撤退率は、大企業の撤退率よりも高いというデータもあります。2000年度に海外輸出を開始した企業のうち半数以上の企業が07年度までに撤退しています。また、海外直接投資の企業についても、撤退比率は年約4%と大企業を上回っています」
そして、この傾向にさらに拍車をかけているのが、昨年9月の尖閣諸島国有化によって火が付いた反日意識の高まりや、シャドーバンキングに代表される中国経済の先行き不透明感だ。
「さらに人件費の高騰もあります。これまで日本の企業、とくに製造業者が中国に期待していたのは、豊富な労働力と安い人件費でした。しかし人件費を上げようとする中国側の政策もあり、その魅力は以前よりも薄れつつあります」(丹下氏)
昨年11月に国際協力銀行が実施したインターネットを活用したウェブ調査(『戦略経営者』2013年10月号73頁・図表2)によると、「今後の中国事業について意識の変化はあったか」の質問に対し、7.6%が「見直しが必要と感じるようになった」、55.7%が「状況を見極め慎重な対応が必要と感じるようになった」と回答している。さらに、その2つの回答をした企業に「中国事業・市場に対する見通し」を聞いたところ、6.3%が「中国事業には大きなリスクがあると認識。見直しを行い、他国・地域での取り組みを強化する」、74.4%が「中国事業は継続するが、他国・地域へのリスク分散が重要と認識している」とした。
いますぐ中国からの撤退に動くというわけではないが、中国への投資は継続しつつも、並行してタイ、ベトナム、インドネシアなど中国以外でも拠点を開設する、いわゆる「チャイナ・プラスワン」の動きがますます進みそうな様子がこのアンケートから読み取れる。いくら中国の反日意識が高まったとしても、東南アジアの国々にくらべて中国国内のインフラ整備は進んでおり、しっかりとした生産体制や物流を期待したいのなら中国に一日の長があるのは確か。中国の存在は無視できないが、他の国に拠点を分散しておこうとする気持ちも分かる。
そうした中で、いま密かに人気を集めているのが“中国撤退セミナー”だ。ひと昔前は中国進出をテーマにしたセミナーが多かったが、最近は中国事業の見直しを解説するものも増えている。中国からの撤退は会社設立以上に一筋縄ではいかないところがある。実際に中国から撤退するかどうかはともかく、そうせざるを得なくなるときに備えて、事前に勉強しておこうというわけだ。
海外撤退の3つのスキーム
そもそも、中国事業から撤退するにはどんな方法があるのか。中国事業の実務に詳しい税理士法人名南経営の近藤充税理士によると、主につぎの3つの方法があるという。
(1)持ち分譲渡
(2)解散・清算
(3)破産
(1)持ち分譲渡とは、日本本社が有する現地法人の出資持ち分(出資金)を、第三者に譲渡する方法である。要は、中国の現地法人を他社に売り払ってしまうというものだ。M&Aのイメージに近いかもしれない。
(2)解散・清算は、平たく言えば資産額が負債額を上回っている状態で会社をたたむ方法だ。残余財産については、本社への送金も可能となる。主な手続きの流れは以下のとおり。董事会が会社の解散を決議後、関係当局に解散申請し認可を取得する。その後、清算委員会を設置、会社の資産を処分して債務を返済し、残った財産を出資者で分ける。なお董事会とは、日本企業における取締役会に位置づけられ株主会と並ぶ、中国企業の最高意思決定機関のことだ。
(3)破産は、債務超過の状態にある会社が、企業破産法にしたがって債務整理をする方法だ。
じつは破産については、中国企業はともかく、外資企業(日本企業)の場合、認められるケースはまずない。そのため現実的な選択肢としては事実上、持ち分譲渡か解散・清算の2つになる。
「まず目を向けるべきなのは、許認可が得られやすく、手続き完了までスムーズに進む可能性が高い、持ち分譲渡のほうです」(近藤税理士)
この方法を使えば、会社は存続するため、関税や所得税の追納や従業員の経済補償が発生しない。そのため手続きに要する時間も短い。最も摩擦が少ない方法なのだ。
「解散・清算だとその会社自体がなくなるわけで、中国当局としては今後そこから税金が徴収できなくなるし、現地の従業員の雇用が失われることになる。そうしたことから、そう簡単には許認可が得られず、撤退までの道のりが長期化するおそれもあります」(同)
また、会社の清算にあたっては董事会で董事全員の承諾を得る必要がある。とくに合弁会社の場合、董事会の構成は出資比率に応じて決められることが多いため、中国側の董事が一人でも反対したら清算できない。一方で独資の場合は、出資者間での利害対立が基本的にないため、手続きを合法的に進めれば比較的簡単に撤退できるとされている。しかしそれでも撤退のしやすさからいえば、持ち分譲渡のほうに軍配があがる。やはり、最初にめざすべきは、持ち分譲渡なのだ。
「最も収まりがよいのは、譲渡先として日本企業、つまり外資企業を選ぶことです(『戦略経営者』2013年10月号74頁・図表3のパターン)。譲渡先が中国人(内資企業)の場合も形式的には譲渡ですが、中国当局の扱い方がだいぶ違ってきます。外資企業をいったん清算してから内資企業をもう一度作るという手順となるため、事実上、解散・清算と同様の手続きとなる可能性があります」(同)
とはいえ、持ち分譲渡にもデメリットがないわけではない。そもそも譲渡先を自分たちで探せるかどうかの問題があるし、過去の運営状況によるリスクが高ければ、買い手がつかないこともある。
そうなると、自ずと解散・清算に目を向けざるを得なくなるが、董事会の承諾のほか、労働者の集団争議が起きた場合はそのケリをつけなければならなかったり、未納分の税金をきちんと納める必要があるなど、クリアしなければならない課題はいくつもある。
「とにかく解散・清算するためには、現地でもめ事を抱えていないことが大前提になります。“負”の置き土産を残したまま中国から撤退することはできないのです」(同)
だったら「夜逃げ」という選択肢はどうか、と考える人もいるかもしれないが、これはやはり“禁じ手”だろう。「そうした相談がたまに来ることもありますが、実務的にできるできないと、道義的にできるできないはまた別の話。いまのところ中国当局は、日系企業はそのあたりは誠実に対応してくれると見ており、それがひいては他の日系企業の運営を助けている側面もあります。『立つ鳥跡を濁さず』ではないですが、ほかの会社のためにも撤退にあたってはきちんと法的手続きを踏んでもらいたいものです」と近藤税理士は話す。一度、中国から撤退したとしても、別の事業で再び中国に出たくなることがあるかもしれない。その可能性を残しておくためにも、夜逃げは避けたほうがよい。
海外での経験は国内で生かせる
さて、日本公庫総研では「中小企業の海外撤退戦略」というタイトルのレポートをまとめるにあたって、中国からの撤退経験をもつ中小企業4社にヒアリング調査をおこなった。平山開発(青森県北津軽郡中泊町)はそのうちの1社である。
同社は、青森県津軽地方を地盤に一般土木工事業を営む平山建設の関連会社で2001年に中国大連市にコーヒーショップを出店した。日本人が日本茶がわりにコーヒーを飲む人が増えたのと同じように、中国茶が主流の中国でもコーヒーが浸透するのではないかと考え、出店を決意したという。国内のコンサル会社2社に依頼し、1年以上にわたる入念な市場調査をしたうえで「平山珈琲店」の名前で店を出した。
トイレに温水洗浄便座を設置するなどして「日本人が経営する店」であることを前面に押し出したことがブランド構築につながり、なかなかの集客ぶりを誇ったが、03年のSARS流行を機に来店客数が激減。売り上げ回復の見込みが立たず、撤退を決意した。
合弁会社の清算にあたって幸いだったのが、パートナー企業から理不尽な請求をされることがなかった点だった。もともと、割り箸などを製造する現地のパートナー企業と知り合ったのは、コンサル会社の紹介を通じてだった。自分たちが1,000万円、相手が200万円を出資して合弁会社を設立したのだが、コンサル会社が紹介してくれただけあって、タチの悪い企業でなかったことが結果としてよかった。
ただ、撤退にあたってトラブルがまるでなかったわけではない。従業員を全員解雇するにあたり、退職金の額をめぐって若干のごたごたはあった。しかし店舗内にあるお酒類を売却することで十分な資金を捻出することができ、大きな問題にはならなかった。結局、中国に進出してからの合計で約2,000万円の損失が発生したが、日本国内で得た利益でカバーできる範囲だった。
「同社は中国から撤退した翌年、日本でグループホーム事業に乗り出しました。中国でのコーヒーショップを運営していたとき、現地スタッフに任せきりにしてしまい、従業員の不正(横領)を招いてしまった経験をふまえて、グループホームの建設にあたっては本社からの目が届く隣接地にこだわったといいます。狙いどおり、従業員は高い意識とモラルを持って業務に取り組んでおり、今では順調に事業が拡大しています」(丹下氏)
このように海外での経験を国内で生かし、新事業を成功させている企業もあるのだ。これは平山開発だけに限らず、日本公庫の同レポートで紹介されているB社のケースでもそう。B社は、96年に上海に合弁で家具工場を設立したが、約3年にわたる董事会との交渉を経て01年に撤退。しかし間もなく、独資に切り替えて再び中国に進出した。合弁会社では制度上、真面目に働く者が多い農民工を雇用できなかったため独資にこだわったのだが、この戦略が見事当たった。再挑戦した中国事業は今日に至るまで続いている。
「海外への進出にあたっては、撤退の影響が国内事業におよばない仕組みを構築しておくことも重要です。国の補助金を使って『投資負担を極力抑える』ことや、技術供与や生産委託を活用するなど『進出形態を慎重に選択する』こと、あるいは出資ではなく貸付金として供与し毎月返済してもらう仕組みにするなどして『投下資金を早く回収する』といった事前の工夫が、結果的に撤退時のリスクを軽減します」と、丹下氏はアドバイスを送る。
日本企業の進出先として中国はまだまだ魅力のある国。だが、中国に進出すればバラ色の未来が約束されているというわけではない。撤退することも想定しながら、リスクヘッジを図っていくことが必要だろう。
(本誌・吉田茂司)