残業時間が会社に対する忠誠心のバロメーターだったのは、今は昔。残業代の不払い問題、従業員の精神疾患による労災認定など、長時間労働がもたらす負の側面が近年クローズアップされている。さらには「ブラック企業」というレッテルを貼られるリスクもつきまとう。就業時間内で成果を上げる仕組みをいかに構築するか。「残業ゼロ」実現に向けた有効な方策を専門家にきいた。
もし仕事が定時までに終わらなければ残業すればいい──。多くの日本人に長年染みついた行動習慣だ。
「残業は本来、臨時あるいは突発事由があるときだけ認められる、極めて例外的なものです」
こう主張するのは社会保険労務士の望月建吾氏。「望月式残業ゼロ」の方法論により、100社をこえる企業で残業ゼロ活動を支援してきた。「望月式」の特徴は、小手先の残業削減にとどまらないところ。半年以上にわたるコンサルティングを通し、従来以上の業績をあげる仕掛けを導入していく。その一端を紹介しよう。
はじめに目的ありき
納品を早めるため、コスト削減のため、あるいは従業員満足度向上のため……残業削減に取り組む理由はさまざまだろう。が目的を明確にしないかぎり、成功はおぼつかない。目的が腑に落ちていないまま残業削減を掲げても、従業員から「やらされている感」を払拭できないからである。残業削減自体が目的になってしまうと、定時に強制消灯などしても、結局は社外での持ち出し残業を引き起こすのがおちだ。
目的を明らかにした上で取り組むべきは、経営者が本気度を示すこと。望月社労士が「効果てきめん」とすすめるのが、経営計画やミッションの一環としてホームページなどに開示する方法。取引先や顧客に対し、残業ゼロを目指す企業としてのイメージアップも期待できる。
「クライアントの社長さんには『はしごを外さず覚悟を決めてください』とお願いしています。プロジェクトチームに丸投げではなく定期的にミーティングに参加したり、報告を受けるなどして当事者意識を持っていただきたいのです」(望月氏)
積極的な投資を惜しまないことも重要。使い古された機器で日々業務にのぞんでも士気は上がってこない。望月氏がかつて支援したスーパー店舗では老朽化したPOSシステムを刷新し、従業員のモチベーションが飛躍的に向上した事例もある。
残業ストラップで見える化
では残業ゼロに向けた施策をいかに現場レベルに落とし込んでいけばいいのか。ポイントは適度な時間制約感にある。朝礼で社員が予定を発表するさい、退社時刻を宣言させてしまうのもひとつの手だ。やむなく残業する社員には「残業ストラップ」を交付する。定時を過ぎて働く社員は、身につけることをルール化するのである。
「たとえば18時まで残業する社員には青色、19時までは黄色、20時までは赤色といったように3色に分けるのが一番わかりやすいでしょう。設定時間は徐々に早めていってください。自分だけ赤色をつけて遅くまで残っていると周りの目が気になってくるものです。バッジだと錆びてきたり、何色か確認しづらいのでストラップをおすすめします」(望月氏)
やみくもにストラップを乱発してはいけない。「残業申請書」が上司に受理された場合にかぎり交付する。未回収のままにしておくのもご法度だ。ストラップの励行状況を見回る担当者を曜日ごとに決め、違反常習者にはペナルティーを科す。
残業(・休日出勤)申請書の書式例を図に掲げた。一般的な申請書と異なるのは、詳細なスケジュールを記入する点。所属長は無条件に印鑑をつくのではなく、時間短縮のためのアドバイスを赤で書き込む。残業後には「残業(・休日出勤・所定休憩未取得)報告書」を提出させる。成果物と残業ゼロへの具体的対策欄があるのが特徴である。
繁忙期になると、ルーティンの書類作成は後回しにされがち。残業ゼロの風土を根付かせる最初の関門と言えるかもしれない。
「はじめのうちは作成、承認の手間がかかるし、従業員から抵抗もある。でもルールを守らないと残業ゼロにはなりません。残業は36(サブロク)協定が締結され、会社の指示があるとき、または所属長の承認があるときはじめて認められるべきものです」
習慣になるまで根気強く続けることが「残業は特別なこと」という意識を醸成する。
時間管理はどうする?
残業ゼロ活動には従業員の時間管理力が求められる。「段取り力」をテーマにした著書も多い吉山勇樹氏はこう斬る。
「残業時間を自慢している人は、とりもなおさずセルフマネジメントができていないということです」
仕事で忙しいと感じるレベルは人それぞれ異なる。どんな仕事にどれだけの時間を費やしたのか、客観的に眺めることが欠かせない。吉山氏は残業削減のコンサルティングを行う際、まず現状を数値で把握するよう努めている。
「100円ショップで販売されているキッチンタイマーでもいいので、なんとなく時間がかかっていると感じる会議等で、実際に時間を計ってみてください。その後、部署ごとに目標時間を決め、削減に取り組みます」
目標を達成した部署を表彰するなど、意欲向上策を設けるのも大事な視点だ。
「会議の効率化」は中小企業から依頼を受けるテーマの筆頭だという。少ない人員で業務をこなしている中小企業にとって、会議時間の削減はより切実な問題だろう。期限ぎりぎりまで放置しがちな夏休みの宿題のように、誰しも余裕があると時間を浪費してしまうもの。吉山氏は「人間心理を逆手に取り、スケジュールを意図的にタイトにしてしまうのも得策」とアドバイスする。つまりおしりを決めてしまうのである。
ある企業では会議スペースを30分以上予約できないようにした。それまで2時間かけていた定例会議も議題ごとのショートミーティングでやるしかない。社員は事前に会議資料に目を通し、時短に取り組むようになった。
何のために会議をおこなうのか、目的を明確にすることも重要である。開催することが目的となっていないだろうか。
「目的や議題のない議論するだけの会議なら意味はありません。一歩立ち止まって、毎回目的を考えてみてください」(吉山氏)
軽視されがちな検証作業
介護サポートシステムの販売などを手がけるセントワークス(東京・中央区)では、ユニークな残業削減方法を取り入れている。毎月第3水曜日は「必達ノー残業デー」。全社員が18時に退社する。例外的に残業が認められた社員には、ちょっとしたお仕置きがある。「残業マント」の着用だ。オフィスに似つかわしくないいでたちがいやが上にも目を引く。残業できるのはもちろん残業申請が認められた上である。
「今では必達ノー残業デーに残業する社員はまずいません。セルフノー残業デーを設けている部署もあります」(大西徳雪社長)
カギは日々の時間管理にある。業務改善のアクションプラン、進捗を話し合う「カエル会議」では、あらかじめアジェンダや各人の発表時間を決めておき、机上にはタイマーをセットする。
「朝メール」には毎朝その日の予定を15分単位で記す。退社時は「夜メール」。予定と結果の差異、原因、気づきなどを入力し、部署のメンバー全員に送信する。記憶が新鮮なうちに振り返る時間を設けるのがポイントといえる。前出の吉山氏も「したことリスト」の重要性を説く。
「仕事が終わった後、15分刻みでその日取り組んだ仕事の内容を書き留めると、意外なほど無駄な時間があることに気づきます。毎日では疲れてしまうので、まずは3カ月に1度ぐらい定期検診を受けるつもりで、業務の棚卸しをするとよいでしょう。ToDoリストは作っても、したことリストをつけている人は少ないですからね」
セントワークスでは昨年4月以降、さまざまな労働生産性を高める施策を導入してきた。当初、残業時間が月45時間をこえる社員が全社員80人のうち1/4にのぼっていたが、今年の1月には全社の残業時間は半減。東京都中央区から「ワーク・ライフ・バランス推進企業」にも認定された。
報われる評価制度を
残業ゼロ活動が成果を生むには最短でも半年かかるというのが3者共通の見方である。経営者は中長期の視野をもち、評価制度も見直す必要があるだろう。自身の事務所で「毎日ノー残業デー」を実践している前出の望月社労士は訴える。
「事業主は残業という概念がないため、おそくまで残っていたり、土日まで出社したりしがちです。それが付き合い残業のもとになります。代表者こそ真っ先に帰るべき。また業績偏重の評価制度は長時間労働の温床になりやすい。等級に応じた役割責任や、残業ゼロへの取り組みを考慮した評価制度を整えることも大切です」
次ページ以降では会議時間短縮、効率的な書類作成のヒントを探ってみた。
(本誌・小林淳一)