東日本大震災に蹂躙された日本だが、さらに、東海地震、南海トラフ沖地震、富士山噴火など切迫が懸念される大災害は少なくない。にも関わらず、中小企業はといえば大半が“我関せず”の態度。そろそろ防災やBCP(事業継続計画)策定に本腰を入れる、待ったなしの時期に来ているのではないだろうか。

 中小企業にとって、目前に山積する経営課題に四苦八苦し、防災対策やBCP(事業継続計画)、BCM(事業継続マネジメント)どころではないというのが正直なところかもしれない。しかし、災害への備えは、有事の際に他社に先んじて動くことで、機会損失を防ぎ、顧客の信頼を獲得することができるだけでなく、企業のあり方を根本的に見直すチャンスにもなる。

 東日本大震災の前年、当社は東京都の委託事業で中小企業35社のBCP作成をお手伝いした(以降、今年度までに185社を支援)。震災後、各社に問い合わせてみると「BCPを作成していて本当によかった」という回答が多数寄せられた。たとえば、35社のうち4割以上の会社の社長が震災時に外出していたが、BCPによって代行のリーダーや行動基準があらかじめ決められていたことで、スムーズな業務回復ができたという。

 BCPやBCMというとやっかいなことをしなければならないと敬遠される経営者の方も多いだろう。事実、事業影響度分析、ハザードマップ分析、施設・顧客の分散化、リスクアセスメントなどといった専門的で高度な言葉が羅列され、素人には難解なその手の書籍やサイトもある。もちろん、大企業のなかにはコストをかけてきっちりとそれらに取り組んでいるところもあるにはある。が、それをそっくり中小企業に当てはめる必要はまったくないと考えるので、ここでは難しい方法論は省いて以下、論じることにする。

Ⅰ まず命を守る

 中小企業がBCPにおいて行うべきことはたった二つしかない。

 まず、「命を守る」こと。当然だが、企業は人である。社員、社員を支える家族、取引先がいてはじめて事業は継続できる。つまり、人の命を守る――まずここから取りかかるべきである。

 簡単なところでは転倒防止策など、オフィスや工場内部の補強策。「そんな当たり前のことをいまさら」という声が聞こえてきそうだが、これが意外にできていないのである。震度6を超えると、固定していないものは「飛んでくる」と考えた方がいい。たとえば未固定のキャビネットの上にさまざまなものが積み重ねてある状況は、オフィスでは見慣れた風景であるが、その前で平気で仕事をしている社員たち。これでは会社がケガをしてくださいと言っているようなものだ。また、転倒防止策はオフィスだけでなく家庭でも実践するよう教育すべきだろう。オフィスでも家庭でも社員がケガをすれば会社が損失をこうむるという事実は同じである。

 当社がコンサルした例では、いかにも脆いガラスの仕切りの下で幹部が並んで仕事をしている会社があった。極めて危険だと判断し、補強工事を施したのがなんと2011年3月11日の午前中。数時間後、東日本大震災が起き、その会社では天井が一部崩落したが、けが人は出なかった。少しでも補強が遅れていたら危なかったと背筋が凍える思いだった。

 有事にやるべきことを共有化しておくことも、命を守るための大切な条件である。これは、業種業態によって変わる部分もあろうが、基本的には、まず自分の身を守ること。次に家族、最後に会社のことを考えればよい。家にいるなら出社には及ばず、会社にいればむやみに帰らない。動き回ると復旧の邪魔だし、二次被災の可能性もあるからだ。このような意識を普段から共有化し、ある程度の対策をとっておくこと。そうしないと、つい疑心暗鬼になり、必要もないのに会社に出てきてしまったり、連絡がとれない家族を心配し何キロもの道のりを歩いて帰るという暴挙に出たりする。事前に緊急時の動き方を決めておき、連絡手段の対策もとっておけば、このようなことはなくなる。

Ⅱ 事業を継続する

 「命」を守ることができてはじめて事業継続への取り組みのスタートである。まず、対策本部の行動基準だ。対策本部を設置した際、本部長が誰になるのか。通常は社長か専務あたりだろうが、両者ともいないケースも十分考えられる。優先順位を決めて5、6名は準備しておく必要がある。そして、有事には、そのとき会社にいた最上位の人の指示のもと、全員が動くわけだが大事なのは、その動く内容をあらかじめ決めておくこと。どんな情報を収集・発信し、誰が何をするのか。ことが起きてから「あのリストどこにあるんだよ」では何もできない。

 具体的には、まず、自社の被害状況を確認する。それから業務の継続を考える。これは、早ければ早いほどいい。たとえば、東日本大震災の時、関東のある中小メーカーは翌日からの土日を使って、約80軒の取引先にFAXで「被害はほとんどありません。注文にはすぐに対応できます」という情報を流した。すると、他社に先んじたすばやい対応に注文が殺到、「特需」が起きたという。あるいは、大手メーカーの下請け部品製造会社は、やはり、震災直後にそのメーカーの担当者にすばやく連絡をとり、無事であることを伝えると、普段小言ばかり聞かされているその担当者から、大変に感謝されたという。大手メーカーにとっては、部品供給がままならなければ製品生産に支障をきたすため、震災直後は不安で仕方がない状況。それだけに、この部品製造会社のようなすばやい対応は思いのほか喜ばれる。

 それから緊急時の業務マニュアルもつくっておいた方がよい。当社の例でいえば、自宅からクラウド上で機密データにアクセスできるような仕組みや、管理部門の給与支払いの代替案も作成している。とくに給与は、中小企業では、担当者が1人のケースも多いので、有事における代替案は用意しておくべきである。

 別に分厚いマニュアルは必要ないので、プライオリティーをはっきりさせ、必要最小限のことを確実に実践できる程度の内容を記し、ポケットブックのような印刷物にして各人に所持させておくべきだろう。

Ⅲ 演習の重要性

 さて、いくらマニュアルをつくっても、うまく実践できなければ意味がない。スムーズに事を運ぶには、一にも二にも演習である。普段から訓練をしておかないと、社長あるいは会社が何を大切にし、どういう決断をしようとしているのか共有できない。基本的には全社での練習がベストだが、当初は社長を含めた対策本部のメンバーで行い、徐々に広げていく方が現実的かもしれない。年に1回、1日かけてやるよりも、1カ月に1回、1時間でもいいから、頻繁に実施する方が、社員への意識付けとしての効果が期待できる。

 たとえば、「いま大地震が起きました」と宣言し、時間を動かしながら誰が何をするかをシミュレートするのである。もし、家族と連絡がとれないので帰りたいという社員がいたら、どうして事前に連絡対策をとっておかなかったのかなど問題点も浮き彫りになる。あるいは、発災3日後の状況をシミュレートしてもよいだろう。そのなかで、「自家発電装置が必要」「一時代替生産のための協定を他社と結ぶべき」「耐震補強工事を行うべきでは」などといった切実な課題が見えてくるかもしれない。一方で、演習を通じて話し合うことで、はからずも社内の別の問題点があらわになったり、あるいは団結力の向上も期待できる。

 BCPの導入企業には「リスクを全社で考え、みんなで話し合うことで会社としての業務の品質が上がった。それが一番の成果」と強調する経営者も珍しくないのである。

プロフィール
そえじま・かずや 日本IBMに8年間在籍。アジアパシフィック社長賞を2回獲得。1998年より、英国で災害対策や危機管理、事業継続マネジメントなどのコンサルティングファームの立ち上げに参加。代表取締役に就任し、BCPやDRPソリューションを提供。ロンドン同時多発テロや、バンスフィールド爆発事故からのBCP発動も経験。2006年、現在の会社を日本で設立し、代表取締役に就任。日本でも多くの企業のBCMS構築支援を実施。東日本大震災でも多くの企業を支援した。

(構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2013年9月号