3.11以降エネルギーへの関心が高まっているが、そんななか業界に風穴を開けた人物に注目が集まっている。「マンション向け電気料金削減ビジネス」を開拓したアイピー・パワーシステムズの上農康弘社長(61)だ。いったいどんな経緯からこのビジネスを立ち上げ、普及させてきたのかを直撃した。

プロフィール
うえのう・やすひろ●1951年9月、熊本県生まれ。70年川崎重工業入社。86年熊本で設計事務所を開業。2002年に上京し、04年4月にアイピー・パワーシステムズ株式会社を設立、代表取締役社長に就任。

低圧と高圧の「単価差」を利用して電気代を低減

アイピー・パワーシステムズ代表取締役社長 上農康弘氏

上農康弘 氏

──昨秋以降、電気料金の値上げ(申請)ラッシュが起こっていますが、これによって御社の「マンション向け電気料金削減ソリューション」(電力一括購入サービス)に注目が集まっています。新築マンション向けに関しては業界トップを走っているそうですが、その具体的な仕組みについて教えてください。

上農 電気料金には高圧電力と低圧電力の電気料金があります。両者の料金単価は差があり、高圧のほうが低圧より安い設定となっています。私どもはマンション全体の電気料金を高圧でまとめて購入(仕入れ)して、電力会社と同様な低圧単価で供給(販売)することで高圧と低圧の単価差を生み出しています。その差益から電気代を安くするという仕組みです。
 低圧とは50キロワット未満の契約で、一般家庭の電気契約はこちらに入ります。高圧とは50キロワット以上の契約で、オフィスビルや工場用等の6,600ボルトのことです。電気料金単価というのは、発電所から家庭に送られるまでの間で、どれだけのコストがかかったかによって決まります。いわゆる「総括原価方式」を採用しており、高圧を変電して低圧をつくるため、必ず高圧のほうが安い設定となります。その料金差は3割程度で、その差額が当社の事業源泉となります。
 さて、当社を興すことになったきっかけは、ある検証を行ったことにあります。私は2002年に設計事務所を行うかたわら、独自に福岡県のあるコンビニで低圧から高圧に変えるとどれくらい差額が出るのかということと、その際のメーター検針を東京から遠隔操作で行うことができるのかを検証してみました。
 結果は、差額については前述したように3割ほど出ること、遠隔操作についても(このときは市販のメーターを使用)可能であることがわかりました。この2点が確認されたことで「事業化できる」と思い、最初はコンビニ業界にプレゼンしようと考えました。しかし、事業の将来性を考えると、コンビニよりマンション業界のほうが市場として大きいことから、こちらにターゲットを移して展開したほうが面白いのではと判断し、2004年4月に「アイピー・パワーシステムズ(略称IPPS)」を設立したのです。

──その事業がマンションを対象にした「電力一括購入サービス」(IPPSソリューション)なわけですが、一括購入とは何を指しているのですか。

上農 これはマンションの専有部分(住居)と共有部分(エレベーターや共用電灯など)で使用される電気を、当社が電力会社から一括購入していることです。
 電力会社には、「1敷地1受電」というルールがあります。1敷地1受電とは、仮にマンションの戸(部屋)数が100戸だった場合、東京電力の電柱から電気を供給できるのはマンション全体(1敷地)だけで、100戸ごとに引き込み線を引いて配電することはできないということです。
 これまで電力会社がマンションへ直接供給していた場合、図表1(『戦略経営者』2013年4月号73頁図表1参照)のように引き込み柱から受変電設備(電力会社が設置)に高圧電力を送り、ここで高圧から低圧に変えて各戸へ供給します。共有部分については、契約電力が50キロワットを超える場合、借室や引き込み柱からキュービクル(屋外型受変電設備)に高圧電力を送り、ここで低圧に変換してエレベーターなどに電気を供給します。このキュービクルはマンションを企画・販売する不動産デベロッパーが設置して、それを管理組合に引き渡します(所有権移転)。ちなみに共有部分の契約電力が50キロワット以上となるのは規模的にはだいたい70戸以上のマンションです。
 これに対し、一括購入サービスとは図表2(『戦略経営者』2013年4月号73頁図表2参照)のように、当社が基本的に1つの受変電設備を設置して電力会社から高圧電力を一括購入し、それを同設備で低圧に変換して住居部、エレベーターなどに供給するというものです。その使用量を自社開発のスマートメーター(次世代電力計)で遠隔検針して課金・集金しています。
 スマートメーターで測定されたデータは、無線でマンション内にある「収集装置」(サーバー)に送られ、そこからインターネット回線で当社へ送信される仕組みです。これによってお客さま(入居者)は、当社のホームページにアクセスすれば30分単位での電力使用量を見ることができます。これがいわゆる「電力使用量の見える化」ですが、当社では9年前から行っているわけです。

スマートメーターによるメリットとは何か

──このようなビジネスは電力の自由化によってできるようになったのでしょうか。

上農 自由化とは関係がありません。実は、お手本があって、それはテナントビルのオーナーが以前から、このようなサービスを行っていたということです。
 つまり、ビル所有者は電力会社から一括で高圧電力を購入し、それを受変電設備で低圧に変換してテナントに供給する一方、その使用量を自分で取り付けたメーターで検針し、電気代を支払ってもらっているわけです。このビジネスモデルを、マンションに置き換えて事業展開したわけです。

──それまでマンション向けのものはなかったのですか。

上農 なかったです。空白地帯でしたね。

──どうしてですか。

上農 電力会社が強すぎるということと、予想以上に手間ひまがかかることも一因かもしれません。管理組合や入居者全員と契約を結ばなければなりませんからね。

──ではIPPSソリューションを導入すると、いったいどんなメリットを享受できるのかを説明してください。

上農 マンションを企画・販売するデベロッパー、管理組合、入居者の3者それぞれにメリットがあります。まずデベロッパーのメリットですが、前述したようにキュービクルが不要になるため、マンション建設コストが低減されることです。管理組合のメリットは、管理組合保有のキュービクルがないため、法定点検費用やメンテナンスコストが軽減されることです。それによって入居者が支払う管理費の低減につながります。
 一方、入居者のメリットは、第1に図表3(『戦略経営者』2013年4月号74頁図表3参照)のように一括購入によって生じた差額分から、電気料金の5%割引という形で還元されること。簡単にいえば、それまで電力会社に支払っていた電気料金より5%安くなるということです。
 第2に、業界に先駆けて開発した当社独自のスマートメーターによるメリットを享受できることです。具体的には、(1)遠隔検針(2)遠隔閉鎖(3)遠隔契約容量変更(4)30分単位での電力使用量の見える化などです。
 お客さまは30分、1日、1週間、1カ月単位での電力使用量をウェブ上でつかむことができるため、仮に使用量が非常に多い日や週があったとすれば、その原因を特定して手を打てば電気代をより節約することができます。

──これまでの導入実績はどれくらいですか。

上農 全国で新築マンションが217棟3万519戸、既築マンションが68棟7,380戸、商業施設が11棟となっています。新築に関しては、2位業者が1万5,000戸くらいなので、大差をつけています。

──新築物件をメーンターゲットにしてきたということですか。

上農 そうです。設立当初のメンバーは、私を含め7名と小所帯でしたので、あれもこれもというより、新築に的を絞ったほうが効果的と考えたからです。同時に対象エリアも、首都圏をベースに営業展開していく戦術を立てました。

──小所帯ゆえにスマートメータで遠隔検針できる体制にしなければならなかったということですか。

上農 それもありますが、“ハイテク”を武器にしなければ、電力会社の牙城を切り崩せないとも考えていました。

──事業はすんなり軌道に乗ったのですか。

上農 最初の2~3年はかなり苦労しました。当社が営業をかけるのは主にデベロッパーなわけですが、「IPPSソリューションを導入すれば建設コストが下がり、入居者の電力料金も5%安くなります」と説明すると、「いいね」とみなさん言ってくれます。でも必ず「もしお宅がつぶれたら電気の供給はどうなるのか」という話になり、最終的に「しばらく様子をみる」と言われてしまうのがほとんどでした(笑)。電気はライフラインとして絶対に失ってはならないものであり、これがなくなることの怖さから話(メリット)はわかるけれど、なかなか導入に結びつかなかったわけです。
 要するに、当時は当社に信用力がなかったということです。電力会社なら、つぶれる心配はなく、安心して電気を供給してくれるのに、何でリスクを冒してまでベンチャー企業に切り替えなければならないのかと。しかも、当時はマンションが飛ぶように売れていたので、なおさら変える必要はないとみられていました。

3つの追い風が吹いたことで問い合わせが殺到

──風向きが変わり始めたのは。

上農 1つはリーマン・ショック以降、マンション市況が一変したことです。大手も新興デベロッパーも、より魅力的なマンションを企画・建設しなければ、お客さまを引きつけるのが難しくなったため、IPPSソリューションを導入して差別化をはかるという動きが顕著になってきました。
 2つ目はそれと関連しますが、3.11以降、スマートメーターを使った「電力使用量の見える化」が注目されるようになったことです。背景には“デマンドレスポンス”があります。デマンドレスポンスとは、例えば猛暑で電力供給量が逼迫したとき需要家(企業や家庭)に節電を促すというものですが、そのためにはスマートメーターを需要家ごとに取り付けて、30分単位での電力使用量を把握できる体制にする必要があります。最近、総務省が2020年をメドに全国約5,000万世帯にスマートメーターの設置を計画したのも、そのためでしょう。
 3番目は昨秋以降、電気料金の値上げ(申請)ラッシュが起こっていることです。この3つの追い風が吹いたことで、今、IPPSソリューションに対する問い合わせが殺到しています。
 当社の売上高は電力会社とまったく同じ構造で、エンドユーザーが支払う電気料金です。このため契約件数の増加に比例して、売上高も増えます。2012年3月期の売上高は約38億円でしたが、来期は約60億円を見込んでおり、15年3月期には100億円の達成を目標にしています。

──そうしたなかで、2年前に伊藤忠エネクスと資本提携されましたが、その狙いは何ですか。

上農 電力業界において伊藤忠エネクスは、高圧電力の販売を行う「新電力」(特定規模電気事業者)で「風上」にあり、当社は一般家庭をユーザーに持つ「風下」に位置します。
 当社からすれば、電力の調達先が新たに1つ増えたということであり、実際、広島県内のマンション2棟向けの電力を伊藤忠エネクスから購入しています。他方、伊藤忠エネクスにとっては電力の売り先を安定確保できるというメリットがあります。伊藤忠エネクスという“後ろ盾”を得たことで、デベロッパーや入居者に対して、より安心感を与えることができるのではとみています。

──現在の陣容は……。

上農 組織は営業部門、保守管理を行うエンジニアリング部門、遠隔検針などを担当するシステム部門、管理部門からなり、社員は約40名です。保守管理に関しては専門業者と全国提携しており、万が一お客さまの部屋が落雷などで停電に見舞われた場合、保安員がすぐに駆け付け、対応できる体制にしています。

──今後の事業展開をお聞かせください。

上農 IPPSソリューションを拡販するうえで、1つの課題は受変電設備の設置などイニシャルコストがかなりかかることです。そこで、今後は2つの方法で事業展開することを考えています。
 具体的には、(1)事業主体供給と(2)OEM供給とに分け、(1)は従来通り受変電設備の設置(投資)から運営までを当社が行うパターン、(2)はゼネコンやデベロッパーと提携して、提携先に事業主体(設備投資と供給窓口)になってもらい、その運用を当社に任せてもらう方法です。
 ここにきてライバルとの競争が激しくなっており、それに打ち勝ち、IPPSを広く普及させていくためには、ビジネス展開の速度を上げていくことが何よりも重要だと考えています。

(インタビュー・構成/本誌・岩﨑敏夫)

掲載:『戦略経営者』2013年4月号