60歳以上の高年齢者をどういう形で雇用すればよいか――。定年引き上げ、継続雇用制度の導入、定年廃止の3つの方法があるが、このなかで、60歳定年後も希望者全員を継続雇用することを義務付ける「高年齢者雇用安定法」が改正、来年4月から施行されることになった。そこで、その内容と対応策について、人事・雇用問題に詳しい日本総合研究所の林浩二主任研究員に聞いた。

年金との絡みで高年齢法が改正

Q1.今年8月29日に「高年齢者雇用安定法」(高年齢法)が改正されましたが、その狙いと内容について教えてください。

 一言でいえば、《60歳以上の高年齢者が年金受給開始年齢まで、働き続けられるような環境を整備する》のが目的です。

 図表1(『戦略経営者』2012年10月号23頁図表1)を見てください。現在、会社員(男性)が加入する老齢厚生年金(報酬比例部分)は60歳から受け取れますが、13年度に61歳からとなり、25年度には65歳からとなります。定額部分については、01年度から段階的に支給開始年齢が引き上げられていますが、13年4月に65歳からとなります。この結果、来年4月以降に60歳定年を迎える人は、1年間、無年金・無収入となるおそれが出てきます。この空白期間を「制度的」にどう埋めればよいのか。その答えが今回の高年齢法の改正です。つまり《60歳定年後も希望者全員を雇用することを企業に義務付け》て空白部分を埋めようと考えたわけです。25年度には65歳までの雇用を義務付けています。

Q2.前回の高年齢法改正(06年4月施行)では、企業に(1)定年の引き上げ(2)継続雇用制度の導入(3)定年制の廃止のいずれかを選択させて、60歳定年後も働けるように環境整備しましたが、このうち(2)の一部分を、今回、主に改正したということでしょうか。

 そうです。この3つのなかで企業はどれを選択したのかというと、昨年、厚生労働省が行った調査によれば、(1)を選択した企業が全体(13万2429社)の14.6%、(2)が82.6%、(3)が2.8%となっています(『戦略経営者』2012年10月号23頁図表2参照)。とくに大企業(従業員301人以上)では9割以上が(2)を選択しているわけですが、その理由は、中小企業に比べて人数的ボリュームが大きいので定年の引き上げや廃止を行えば人事の停滞を招き、若い人にポストを与えられなくなるおそれがあると考えたからでしょう。

 この継続雇用制度には、「勤務延長制度(定年退職せず引き続き雇用)」と「再雇用制度(定年退職後に再び雇用)」があり、後者の再雇用制度には2タイプあります。一つは「希望者全員を再雇用する場合」、もう一つは「労使協定で一定の基準を作り、それに該当した人のみ再雇用する場合」です。前述の調査で(2)を選択した企業の内訳を見ると、43.2%が「希望者全員」で、残りの56.8%が「基準該当者」となっています。今回の高年齢法改正はここの部分、つまり「基準に該当した人のみ再雇用」を廃止し、「希望者全員を雇用することを企業に義務付けた」ということです。

Q3.労使協定によって作成される一定の基準とは……。

 そもそもなぜ一定の基準が設けられたのかといえば、いきなり希望者全員を65歳まで雇用することになれば企業負担が重くなりすぎると考えられたからです。そこで継続雇用制度を選択した企業の約6割が基準に該当した人のみを再雇用することにしたわけですが、その基準で一番多いのは労働政策研究・研修機構の調査によれば「働く意思・意欲があること」です(『戦略経営者』2012年10月号23頁図表3参照)。次が「健康上支障がないこと」で、3番目が「会社が提示する職務内容に合意できること」となっています。この会社が提示する職務内容というのは給与や仕事を指しますが、その条件でよければ再雇用されるということです。ただ65歳までの継続雇用といっても最初から5年契約を結ぶのはまれで、たいがいは1年ごとに労使で条件を確認し、合意すれば更新されるという仕組みです。

Q4. 基準に該当せず、継続雇用されなかった人はどの程度いるのでしょうか。

 先ほどの厚生労働省の調査によれば、過去1年間で定年を迎えた人は約43万5000人おり、このうち継続雇用された人は73.6%、継続雇用を希望しなかった人は24.6%、継続雇用を希望したが基準に該当せず離職した人は1.8%となっています(『戦略経営者』2012年10月号24頁図表4参照)。

 つまり、全体の約1.8%、約7600人が希望したが継続雇用されなかったということです。しかし、今回、高年齢法が改正(基準に該当した人のみ再雇用の廃止)されたことで、こうした形での離職者(約7600人)はなくなるとみられます。来年4月以降、希望者全員を再雇用しなければならなくなるからですが、それは企業に新たな負担を強いることを意味します。だから今、ここが大きくクローズアップされているわけですが、見落としてならないのは、継続雇用を希望しなかった人が約4人に1人いることです。

Q5.今後、継続雇用を希望しない人の割合が減り、継続雇用を希望する人が増えるということですか?

 そうです。例えば、これまでなら「どうも自分は基準に該当しそうにない」とか「嘱託再雇用で年収も大きく下がる」といった理由で、定年後も働きたい気持ちはあったけれど、諦めて退職した人がかなりいたのでないかということです。ここはより詳しくデータ分析しなければなりませんが、いずれにしろ比例報酬部分の支給開始年齢が来年4月に61歳から、16年4月には62歳からとなれば、今までなら「やめます」と言っていた人のなかで、「再雇用を希望」と言う人が相当数出てくるのではないかと考えられます。

注目される厚労省の「指針」

Q6.希望者なら、どんな人でも継続雇用しなければならないのでしょうか。

 厚生労働省では企業の負担が重くなりすぎないように、諮問機関の労働政策審議会で「指針」を作り、心身の健康状態が著しく悪い人などは対象から外せるようにすることを考えているようです。

 例えば、過去に懲戒解雇するほどではなかったが、セクハラやパワハラなどを何度か起こして周囲に迷惑をかけているような人の場合、「継続雇用の対象者に当たるのか」という議論がされたとしてもおかしくないでしょう。

Q7.65歳まで継続雇用義務化にどう対応すればよいのでしょうか。

 日本経済団体連合会が昨年公表した「希望者全員の65歳までの継続雇用が義務付けられた場合の対応」が、一つの参考になると思います。

 具体的には、「継続雇用者の処遇水準の引き下げ」「半日勤務や週2日勤務などによるワークシェアリングの実施」「60歳到達前の処遇水準の引き下げや退職金・企業年金の見直し」が3大対策として挙げられています。要は、60歳定年後に働く人(母数)が増えれば、それに伴って、個人に回す賃金と労働時間を減らさなければならないということです。それは高年齢者だけでなく、若い人にも関係してくる話です。

 また、こうした対策は企業規模に関係なく、基本的には同じだろうと思います。確かに従業員が100人以下の中小企業の場合、60歳定年者が毎年十数名も出るとは考えにくいですが、対策の中心は大企業だろうが中小企業だろうが、賃金と労働時間を従業員に、いかに公正・適正に配分すればよいかにあります。

Q8.今回の改正で、高年齢者の雇用に関しては「一段落した」と考えてよいのでしょうか。

 もう一回ありそうな感じがしますね。10年ほど前からいわれ続けている「65歳定年義務化」です。

 かつて初老といえば、40歳のことを指していました。40歳になれば第一線から退き、隠居する人もいました。それが平均寿命が延びるにつれ、働き方や社会的通念も変わってきたように思われます。明治のころの60歳と、今の60歳では元気さが全然違います。定年が過去に55歳から60歳に引き上げられたことを考えれば、今後、こうした世の中の変化を受けて65歳になったとしても不思議はないでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・岩崎敏夫)

掲載:『戦略経営者』2012年10月号