直近ではいくぶん改善されてきてはいるものの、全体として依然、厳しさが続く中小企業の資金調達環境。大半の中小企業経営者が、資金繰りに苦慮しているものと思われる。松崎堅太朗税理士は、「現状を抜本的に解決するには、財務経営力を向上させ、経営者自ら金融機関が納得する説明を行えるようになるしかない」と訴える。松崎税理士に中小企業の資金調達力向上のカギを聞いた。
- プロフィール
- まつざき・けんたろう●税理士・公認会計士 松崎堅太朗事務所所長。1996年10月中央監査法人東京事務所入所。97年3月学習院大学経済学部卒業。99年7月公認会計士松崎堅太朗事務所設立。2000年8月TKC全国会入会。07年1月に湯澤文弘税理士事務所を承継し、税理士・公認会計士 松崎堅太朗事務所に名称変更。
金融機関が中小企業に貸せないワケ
松崎堅太朗 氏
――資金調達に悩む中小企業は少なくありません。中小企業の資金調達は金融機関からの間接金融が中心ですが、中小向け融資の貸出残高は10年以上ずっと低調なままです。なぜ金融機関は中小企業に融資をしてくれないのでしょう。
松崎 正確には「貸さない」ではなく、「貸せない」のです。そもそも貸せる中小企業が少ないので、貸出残高が増えないし、金融機関はしかたなく国債で資産を運用しているのが実態です。
金融機関が中小企業に貸せない理由は大きく2つあって、ひとつは融資の基礎条件である決算書の信頼性が低いためです。有り体にいうと、粉飾決算のリスクが大きい。決算書を信じて貸しても、実は粉飾で、すぐ倒産するケースが少なくありません。帝国データバンクの調査では、平成23年度の法令順守違反を一因とした倒産のうち、実に約4割が粉飾でした。
――以前は土地などの物的担保があれば貸してくれましたが……。
松崎 以前とは中小企業金融を取り巻く状況が一変しています。現在は決算書の内容で格付けし、格付けの高い企業に融資するのが基本です。いわば“土地担保主義”から“決算書担保主義”へと変わったわけです。
一方、多くの中小企業の意識は、いまだ土地担保主義のままで、決算書の信頼性を意識していない。結果として「貸せない」状況に陥ってしまっているのです。
――2つ目の理由は何でしょう。
松崎 中小企業経営者が、金融機関に対して自社の現状や課題、さらに将来の見通しをうまく説明できないことです。
金融機関は、仮に赤字で債務超過の企業であっても、納得できる説明があれば融資します。金融機関を納得させるには、相手に伝わる言葉、つまり「数字」で説明しなければなりません。そこで必要となるのが、実現可能性の高い経営(改善)計画です。
信頼性の高い決算書と実現性の高い経営計画が、中小企業の資金調達に不可欠となってきています。
中小会計要領で「書ける」を実現する
――中小企業は、具体的に何をすればいいのでしょうか。
松崎 一言でいうと「財務経営力」の向上です。会計で会社を強くするという意味です。順を追って説明しましょう。
まず全体像は、図1(『戦略経営者』2012年10月号72頁図1参照)の通りです。財務経営力向上の要件とそれを支援する税理士の役割、さらに金融機関からの資金調達との関連性を図式化しています。
この図では、財務経営力の向上のために中小企業が取り組むべきこととして、(1)書ける(2)読める(3)使える(4)見通せる(5)話せるという5つのステップを示しています。
――「書ける」「読める」では、まるで小学校の授業のようです。
松崎 別に中小企業を見くびっているわけではありません。
「書ける」とは、正確に言うと「すべての取引につき、正規の簿記の原則に従って、適時に、整然かつ明瞭に、正確かつ網羅的に会計帳簿を作成する」ことです。要は「ルールに従って適切に記帳しましょう」ということです。
――拠り所となるルールとは?
松崎 平成17年に「中小会計指針」が公表されています。ただ、これは中小企業の経理実務に即さない面が多く、これまではほとんど活用されてきませんでした。
――それが“書けない”原因?
松崎 大きな要因のひとつです。
そこで今年2月に、すべての中小企業が利用できるルールとして、「中小会計要領」が公表されました。中小会計要領に従った会計処理を行うことで、自社の財務状況を正確に把握できるようになり、さらに決算書の信頼性の向上も図ることができます。
――中小会計要領の指導を会計事務所はしてくれるのですか。
松崎 もちろん指導します。中小会計要領に完全準拠した財務会計システムの導入を支援し、月次巡回監査で毎月、帳簿のチェックなども行います。
加えて、決算書の信頼性をさらに向上させるために、決算書(申告書)への「税理士法第33条の2第1項に規定する書面」と「記帳適時性証明書」の添付を実践しています。税理士法第33条の2第1項に規定する書面とは、税理士が企業の申告書に添付するいわば“品質保証書”です。また記帳適時性証明書は、企業の会計帳簿が適時に作成されたことなどを第三者である株式会社TKCが証明するものです。これらの証明行為により、決算書の対外的な信用力が格段に向上します(『戦略経営者』2012年10月号74頁図2参照)。
――実際にはどれくらい信用されるようになるのでしょう。
松崎 中小会計要領の活用や、税理士による書面添付の実践、記帳適時性証明書の提出などで貸出金利を優遇する金融機関が増えています。それだけ信頼性の高さを認めているのです。
一部の不埒な経営者が行う粉飾行為によって、正直な中小企業の決算書まで疑われている現状は、決して健全とはいえません。中小会計要領などを活用し、自社の決算書の信頼性の高さを積極的にアピールしていくべきです。
数字に強くなる秘訣は月次決算の実施
――次の「読める」については?
松崎 読むといっても、1年に1度、決算書を読むということではありません。適時、正確な記帳によって月次決算が可能になりますから、毎月、試算表で経営状態を把握し、課題があればそれを早めにつかむようにします。
これが「読める」の意味です。
――数字アレルギーの経営者には難しいかもしれません。
松崎 数字に強くなる秘訣は、月次決算です。中小企業の社長さんは、会社の最強の営業マンだったり、最強の技術者ですから、現場のことはすみずみまで熟知しています。なので、例えば月次試算表で先月の売り上げが前年同月より何%低下したといた事実が判明したら、「それはあの仕事を失注したからだ」などとすぐに原因がイメージできる。月次決算体制によって、現場感覚と事業業績を結びつけやすくなります。月次決算を継続することで、社長さんはどんどん数字に強くなっていくのです。
――原因が分かっても、改善策を考えるのが難しそうです。
松崎 改善実行は「使える」(管理会計)の部分になります。確かにこれは難しいので、われわれ会計事務所がお手伝いをします。
まず、業績の「良い」「悪い」を判断するための基準を設けます。具体的には、年度予算計画を作成して予算と実績の乖離を見たり、同業他社との業績比較分析をするといったことを支援します。
一例を挙げると、管理会計で重要な指標である限界利益率(粗利率)が予算を下回っているケースであれば、売上高に対する仕入高や外注費の割合を同業の優良企業と比較し、過剰であれば仕入れ先への値引き交渉や外注の内製化などの助言をします。
また、このような検討の場として、会計事務所を交えた四半期業績検討会の開催をお勧めします。この業績検討会に金融機関を招き意見をもらえば、資金面の検討も一緒に行えます。
――4番目は「見通せる」です。
松崎 会社の将来展望を数字で表すことです。先に述べた実現性の高い経営計画の策定ですね。
通常、経営計画は3年から5年の中期計画を作成します。もちろん、単なる数字あわせの「絵に描いた餅」ではなく、社長の魂が込められたものでなければなりません。厳しい経済環境のなかで売り上げが横ばい、あるいは減少しても利益を計上することを念頭に、数値目標と行動計画を立案します。
また、経営計画の目標を達成するには、資金計画が不可欠です。どれくらいの資金需要があるのかを前もって見積もり、必要資金の調達方法を検討していきます。
資金計画を策定していない企業でままあるのが、長期借り入れでまかなうべき設備投資資金を短期借り入れで調達してしまうケースです。これでは、購入した設備が収益を獲得する前に返済期限がきてしまい、資金ショートのリスクが高まってしまいます。こうした過ちを犯さないためにも、経営計画と資金計画が非常に重要です。
専門家の知識サポートを活用せよ
――この4つのステップをクリアすれば、説明能力の高い「話せる」経営者になれるのでしょうか。
松崎 実力的には十分ですが、さらに経験も必要です。金融機関とのやりとりになれていない社長だと、変に臆したり、逆に虚勢を張ったりして、交渉が不調に終わるケースがあります。
こうした傾向は2代目社長に多く見られますね。先代が資金調達の交渉全般を仕切っていて、金融機関との接触機会が極端に少なかったことなどが原因です。
――普段からのおつきあいが重要だということですね。
松崎 金融機関担当者を四半期業績検討会に招くだけでなく、毎月、金融機関に出向いて月次業績の説明をしている社長もいます。
――実態を知られたくないと思っている経営者もいるのでは?
松崎 経営実態が把握できないと、金融機関は適切な支援が行えません。成長発展する企業とそうでない企業との差は、必要なときに適切な資金を調達できるかどうかです。日頃から金融機関に自社の業績を正しく開示して良好な関係を構築しておくことが肝要です。
もっとも、業績が良くないと心情的に開示しにくいのは理解できます。だからこそ、財務経営力なんです。実は、会計を重視する企業ほど黒字割合が高い傾向があって、TKC全国会が推奨するKFS(K=経営計画策定、F=TKC財務会計システムによる管理会計、S=税理士法第33条の2第1項に規定する書面添付)実践企業の黒字割合は50.9%にもなります。国税庁発表の黒字申告割合が25.2%ですから、データからも財務経営力が業績に関係することがわかります。
――「話せる」レベルの経営者は、どれくらいいるのでしょう。
松崎 肌感覚でいうと、全体の3割といったところでしょうか。
――かなりハードルが高そうです。
松崎 レベルアップには外部専門家の知識サポートを積極活用すべきです。
例えばTKC会員税理士は、この10月から全国2000超の会計事務所で「TKC経営支援セミナー2012」を開催します。このセミナーでは「決算書で自社を語ろう!」をテーマに、いま述べた5つのステップなどをご紹介しています。
ほかにも「経営者塾」といった継続研修も実施していますし、「月次経営チェックノート」などのツール類も提供しています。このようなサービスをぜひ、活用いただければと思います。
目指すのは中小企業のあるべき姿
――経営者自身の成長は大事でしょうが、一方で国の支援も重要なのでは?
松崎 これまでも国は、中小企業に対しさまざまな支援を実施してきました。確かにそれらは一定の効果がありましたが、デメリットもありました。その典型が、信用保証制度です。信用保証制度とは、信用保証協会が、中小企業が金融機関から融資を受ける際に融資金を債務保証し、もし倒産などで返済不能となった場合には返済を肩代わりする制度です。
この制度で多くの中小企業が救われた一方で、本来なら貸せない先にまで融資が行われ、その結果、企業の資金調達力向上への自助努力が阻害された面があったといえます。また金融機関は、貸し倒れリスクが小さい協会保証付き融資を増やし、プロパー融資(協会保証なし)を減らしてきました。つまり、国の支援に頼ったことで、企業も金融機関もあるべき姿から離れてしまっているのです。
こうした背景もあって、今年8月末に「中小企業経営力強化支援法」が施行されました。内容は、地域金融機関や税理士法人などを中小企業の支援機関に認定し、それら機関が連携して中小企業の財務経営力と資金調達力の向上を支援するというものです。
――“あるべき姿”に向かうことを後押しするわけですね。
松崎 今後、これまで以上に中小企業の資金調達環境は厳しくなると予想されます。それを突破するには、財務経営力を高めて自ら経営状態を把握し、金融機関に数字で説明できる経営者となっていく必要があるのです。
(インタビュー・構成/広報部・千葉博文)