ここ数年、"パワーハラスメント"という言葉が人口に膾炙してきた。とともに、実態としてのパワハラ行為も猛烈な勢いで顕在化するという状況が続いている。中小企業経営者はどう対処していくべきなのか。パワーハラスメントという言葉をつくり巷間に広めた岡田康子クオレ・シー・キューブ社長に答えてもらった。

 「いじめ・嫌がらせ」などパワーハラスメント(パワハラ)にかかわる労働紛争が、急増していると聞きますが。

 厚生労働省が発表した2010年の個別労働紛争解決制度の施行状況(民事上の個別労働紛争相談件数24万6000件:『戦略経営者』2012年5月号24頁図表1)の内訳を見ると、もっとも多い「解雇」に関するもの(21.2%)の次に「いじめ・嫌がらせ」に関するもの(13.9%)が来ています。また、「いじめ・嫌がらせ」は前年度比10.2%増(3万9405件)と、他の紛争に比べて突出して増えています。当然、パワハラを受けた被害者が起こす裁判も多数あり、企業はいつ訴えられてもおかしくない状況だといえるでしょう。

 パワーハラスメントの定義を教えて下さい。

 私たちもメンバーとして参加した厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」(座長・堀田力 さわやか福祉財団理事長)では、今年1月に職場のパワハラを次のように定義しました。

 『同じ職場で働く者に対し、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為』

 つまり、正規社員、非正規社員の区別なく、職場内の何らかの優位性を背景にした、いじめや嫌がらせはすべてパワハラと定義するという国の判断が出たわけです。この判断によると、職務上の地位を背景に行われるいじめはもちろんですが、たとえば、部下が結託して上司に対していじめや嫌がらせをするという行為もパワハラの範疇に入ります。

 行為類型については(1)暴行・傷害(2)脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言などはもちろんのこと、(3)隔離、仲間外し、無視(4)業務上の過大な要求、あるいは逆に、(5)能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じたり仕事を与えないこともパワハラに当たります。また、(6)私的なことに過度に立ち入ることもダメ。しかし、(1)~(3)については、比較的判断しやすいのですが、(4)~(6)に関しては業務上の適正な指導との線引きが難しい場合もあります。業種や企業文化、あるいは、その行為が継続的であったかによっても判断が左右されるでしょう。各職場でその範囲を明確にしておくことが必要だと思います。

管理者はパワハラを行う宿命

 その「線引き」の部分、つまり、パワハラと適正な指導との境目はどこなのかが、われわれのもっとも知りたいところです。

 図表2(『戦略経営者』2012年5月号25頁)を読んでいただければだいたいのイメージがつかめると思います。まず言えるのは、"相手の成長を促す"目的で行われるものが「指導」です。一方、自分の目的の達成のためだけの言動は指導とは言えず、パワハラにつながる可能性があります。ただ、管理者は、企業の目標である業績を達成するために部下を通じてPDCAサイクルを回さなければなりません。これが回らないと修正が必要になりますが、その修正がうまくいかないとイライラや怒りがたまり、思いがけずパワハラ的言動が出てしまいがちになります。つまり、管理者の立場にある人は、"パワハラを行う宿命にある"と考え、絶えず自らの言動をチェックする謙虚さが必要でしょう。

 それから「業務上の必要性があるかどうか」もパワハラの重要な判断材料になります。個人生活や人格を否定するような言葉や行為は明らかに業務上の必要性がありません。また、たとえ業務に必要だったとしても、内容や量が不適切であればNGです。

 そして「態度」。これが意外に大きい判断要素になります。

 最近、公務員の職場において、内容的にはパワハラ的要素がほとんどないのに、人前で大声を出して感情的に叱責したことによる精神的ダメージに対して公務員災害(公災)の認定が下りたという判例がありました。人と人が意思伝達を行うなかで、純粋に言葉による部分は全体の10%以下という研究もあります。つまり、この場合、何を言ったかではなく、どう言ったかが問われたのであり、内容ではなく「言い方」によって適正指導がパワハラに転換してしまうこともあり得るということです。

 さらにいえば、社長など上司は、その地位によってすでにパワーを持っています。考えている以上にご自分の言動が威圧感を与えているということを認識してください。眉間にしわをよせてムッとしていたり、指で机をトントンたたきながら貧乏揺すりをするなども、不快な感情を押しつけていることになります。われわれが開催する研修などでよく遭遇するのは、管理者が、そんな自らの言動によって、部下に大きな影響を与えていることをまったく感じていないケースです。そのことを気づくだけでも、その後の上司と部下の関係性がかなり違ってきます。

 「タイミング」も大事でしょう。過去の出来事をほじくり出し、ねちねちと繰り返すのはNGです。相手の受け入れ準備ができているタイミングをみはからって、"行為のみ"を叱るべきでしょう。

 それから、これはマネジメントの根幹に触れる部分ですが、会社の仕事に自分の夢を見い出せるような仕事の与え方をすると、組織内のパワハラ的素地は減少します。なぜなら、社員は自らの目標が明確化されれば動機づき、上司からのアドバイスも素直に聞くことができるようになるからです。"やらされ仕事"に汲々としている社員への一方的な叱責は、たんなるお説教、お小言に過ぎません。

 そして「感情」。これは前述の「言い方」にも関連しますが、いらいらや怒り、不安、嘲笑、嫌悪感を抱いていると、マイナスのオーラを部下に与えてしまいます。また、自らが不安感や嫌悪感にさいなまれていると、部下が失敗したときに「お前のせいで……」と爆発してしまう危険性が高まります。穏やかな気持ち、好意を持って部下に接することで、パワハラの芽を摘むことができるのです。

社長は断固たる姿勢を示せ

 パワハラが中小企業経営に及ぼす影響は?

 図表3(『戦略経営者』2012年5月号27頁)を見て下さい。パワハラには「法的責任」と「組織への悪影響」という二つの側面があります。法的責任ということでいえば、最近は、パワハラにまつわる労災認定や民事訴訟の例が増えています。たとえばパワハラを受けた側が自殺したり、重度の病気にかかったりすれば、企業の安全配慮義務違反が厳しく問われることもあります。少なくとも、労災が認められるような案件では、その後の裁判でも企業側に不利になる可能性が高いといえるでしょう。また、一度裁判沙汰にでもなれば、ネットなどでその記録は延々と伝えられることになります。

 "ブラック企業"としての烙印を押される可能性もあります。また、結果的に法的責任が問われなかったとしても、裁判には莫大な手間や費用がかかります。ネットやクチコミで悪い噂が広がるかもしれません。そうならないためにもパワハラの二つ目の側面である「組織への悪影響」を意識し、その要素をあらかじめ排除していく必要があるのです。

 今、どこの企業でも経営が厳しく、社員の働きがいなど考えている余裕はありません。また、自分の頑張りで会社を支えてきたという自負を持っている社長のなかには、感情的・攻撃的な叱責を日常的に行っている人も多く、それこそが会社のパワーの源泉だと考えている経営者も散見されます。しかし、よく考えてみれば、パワハラ的行為が組織に大きな悪影響を及ぼしていることが分かるはずです。

 まず、色んな意味で、いまは昔のように「気合い」や「根性」で業績の上がる時代ではありません。たとえば、上司が部下を呼びつけて1時間激しく叱責したとします。上司はその1時間を無駄にし、部下は意気消沈して少なくとも1日は仕事に手がつかなくなるでしょう。また、周囲の雰囲気も悪くなり、組織としての集中力も落ち込みます。社員は何も言わなくなり生産性は下がります。良いことはほとんどありません。人が病気になったり、しょっちゅう入れ替わったりする会社は、パワハラ的行為が野放しになっているケースがほとんどです。

 中小企業経営者は、どんな対策をとれば良いのでしょう。

 当たり前ですが、まず、社長自身がパワハラ的行為を行わないこと。そして、パワハラは絶対に許さないと宣言することです。さらに、中間管理職と一般社員との間の、経営者から見えない部分にパワハラが存在していないかどうか十分な注意を払って下さい。というのも、経営者にとって、パワハラをしがちな管理者は優秀に見えてしまうことが多いからです。この手の人は、部下に厳しい分、目上には礼儀正しいし、押しが強いので短期的な業績を目に見える形で上げるのは得意な人が多いようです。しかし、長期的に見ればデメリットが大きすぎます。社内の雰囲気は悪くなり、当然、人は育ちません。そのことを経営者がしっかりと意識することが大切です。

 よく、中小企業の経営者は、「俺たちの若い頃はこれで良かったのに……」と言われます。ある意味ではおっしゃる通りですが、明らかに時代は変わっています。高度成長時代は、社会に希望がありました。その希望を目指して、経営者と社員が一体となりながら歩んできたのです。そのため、多少の叱責や厳しい態度も、デメリットを上回るメリットが見込めたのです。ところが、いまは低成長時代であり、若者たちの気質や価値観も変わりました。昔のやり方をそのまま踏襲していてはパワハラになってしまう確率が高まってしまいます。ともあれ、「昔は許されたが、今日からはダメ」と、社長がびしっと宣言する、そして、それに違反する行為は一刻も早くやめさせ、それにかかわった人は懲戒処分にする――そんな断固たる姿勢を示すべきです。

メールによる叱責が名誉毀損に

 不法行為となったパワハラの具体例を教えて下さい。

 昨年の10月に出版された『パワーハラスメント』(日系文庫 岡田康子・稲尾和泉著)に詳しく書きましたが、そこから少し抜き出してみましょう。

 まず「暴言」の例では、2007年に判決が出た事件があります。被害者は上司から、「存在が目障りだ。いるだけでみんなが迷惑している。お前のカミさんの気がしれん。お願いだから消えてくれ」「車のガソリン代がもったいない」「お前は会社を食い物にしている。給料泥棒」「肩にフケがべたーとくっついている。お前病気と違うか」などの暴言を受け、自殺をしてしまいました。裁判では、「過度に厳しく、キャリアを否定し、人格・存在自体を否定するものだ」と判断されました。また、上司には被害者に対して「嫌悪の感情」があり、それが部下をさらに追いつめたとも指摘しています。このようなケースの場合、上司側がいくら「叱咤激励のつもりだった」と主張しても、行為をした上司はもちろん、日頃の部下指導の問題点を見過ごした会社側が責任を問われることになります。

 暴言以外でも違法と判断されることもあります。2010年の事件では、上司が気に入らない部下に対し、真冬に扇風機を当て続けたというものでした。また、「明日からこなくていい」や妻をばかにした発言もあり、被害者が有期雇用(契約社員)であったことも相まって、「今後の雇用に著しい不安を与えた」と判断。不法行為としました。また、この裁判では、会社の使用者責任も認め、暴言や暴力行為だけでなく、上記のような嫌がらせに対しても会社に責任があることを認めました。これは、正規雇用者よりも有期雇用者の方が、同じ嫌がらせを受けても心のダメージが重くなることを示唆しています。その意味でも非正規雇用を増やさざるを得ない企業にとってのリスクは高くなるといえるでしょう。

 変わったところでは、メールによる叱責が名誉毀損に当たると判断された2005年の事件があります。この事件は、上司が「意欲がない、やる気がないなら会社を辞めるべきだと思います」「あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか」などのメールを、対象の部下だけでなく部員数十名に送ったというもの。これは、「ただちにはパワハラとまではいかないが、人の気持ちを逆なでする侮辱的言辞と受け取られてもしかたがない」と判断され、不法行為となりました。

 一方で、パワハラを利用する若者の甘えを指摘する向きもあるようですが。

 昨今の労働者のなかには、権利を主張するばかりで義務は忘れている人が増えているのは確かだと思います。組織の枠組みのなかで、人との関係性を創り上げながら自らの立ち位置を定めていくという、昔であれば当たり前にできたことができなくなっています。ひとつには、それを丁寧に教育する余裕も人材も、企業のなかになくなっているというのが大きいのでしょう。

 だからといって、この状況を放置するわけにはいきません。いま、メールなどの影響もあって会社での会話が少なくなっています。昔は10あった会話がいま5くらいになっている。その「5」のなかには叱責だけが残り、以前は半分を占めていた「褒め言葉」は廃棄されてしまっているのが現状でしょう。そうなると、部下のなかに、上司の叱責などの言動をパワハラと捉えてしまう心理的な傾向性がよけいに出来上がってしまいます。そうならないよう、少なくとも叱責するのと同じ分だけ褒める、あるいはフレンドリーに話しかけることが必要です。赤信号ばかりだとどこへ向かえばいいか分かりませんから、たまには青信号も出してあげないといけません。そのような人と人とのコミュニケーションの充実が、結果的にパワハラを減少させていく大きな要素になると思います。

プロフィール
おかだ・やすこ 中央大学卒業、早稲田大学MBA。1990年、メンタルヘルスの相談と研修を行う株式会社クオレ・シー・キューブを設立し代表取締役に就任。パワーハラスメントという言葉をつくり出し、公的機関や企業への研修をこなす一方、職場のハラスメント防止対策プログラムの開発を行う。『上司殿!それはパワハラです』(日本経済新聞出版社)『パワーハラスメント』(日経文庫)など著書多数。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2012年5月号