衣料用香り付け製品、香り付き柔軟剤、微香性防虫剤――。デフレなどどこ吹く風とばかりに、従来品に比べ単価の高い「香り付き」日用品が売れているという。アロマ空間デザインの日本での草分け的存在であるアットアロマの片岡郷社長(48)に、香りビジネスの現状と可能性について聞いた。
- プロフィール
- かたおか・さとし●1963(昭和38)年大阪府生まれ。近畿大学法学部を卒業後、総合電気機械メーカーのボッシュに入社、営業、システム改善、業務改善などに携わる。94年に退社し環境情報サービス(現ディーサーブ)を設立、OA機器や太陽光発電システムの販売を手がける。98年、アース・スタジオを設立、アロマ空間デザイン事業に乗り出す。08年にアットアロマに社名変更、現在に至る。著書に『五感に響く、香りマーケティング アロマのある空間』(日経BPマーケティング)。
片岡 郷 氏
――「香り付き」を積極的にアピールする商品やサービスが急増しています。
片岡 これまで無臭が当たり前だったものに香りを付けて販売する例がちまたで目立つようになりました。しかしそれは従来の香りブームとは性質が明らかに違います。
――というと?
片岡 文化としての日本の香りの歴史は、宗教的な儀式でお香などを使用したのがそもそもの始まりでした。近代に入り、体に直接香りをつける香水が西洋から伝わります。そして高度経済成長期になると、宗教やフレグランスとは違う使い方が出てきます。消臭のための「マスキング文化」ですね。日本の住宅構造上、トイレや玄関などで発生する足のにおいや、トイレの嫌なにおいがするのをカバーするための芳香剤が普及しました。イメージ的にはマイナスをゼロにするという考え方ですね。
――あくまでも不快なにおいを避けるためのものだと。
片岡 トイレタリー製品などで香りがついているもの自体は昔から珍しくありませんでしたが、それもデオドラントが主な目的です。シャンプーやリンスがかつてはすごく単純な香りだったのは、たばこや排気ガスなどにおいをめぐる環境が劣悪な時代があったからに違いありません。つまり「頭がくさいのをなんとかしたい」、という悩みを解決する使い方が高度成長期の前の時代の「香り」の役割だったわけです。
――そうすると、今は香水の普及段階ということでしょうか。
片岡 少し違いますね。香水はどちらかというと、異性に対するアトラクティブな要素として使いたいというニーズです。そこには「良い香りで男性/女性から魅力的な人物にみられたい」という欲求が潜んでいます。しかし最近の傾向をみると、他人に対してというよりも、自分自身に対して香りを使うという傾向が強いように感じています。
――それが最近の「香り」ブームの特徴ということですね。
片岡 香水の文化が消費者の間に根付き、さらに消費者はバリエーションとクオリティーを香りに求めるようになってきました。それに企業が応える形で製品ラインアップを充実させているのが現状です。BMWとベンツどちらかを選択する時に機能で決める人はいないと思いますが、柔軟剤も同じで、ただふんわりすればいいというのではなくて、プラスアルファの感性的な価値が消費者の購買意欲を刺激しているのです。決して安価ではないアロマオイルやアロマキャンドルも店頭では大変良く売れており、消費者は香りそのものに対価を払うようになってきました。マイナスをゼロにするのではなく、ゼロからプラスに引き上げる付加価値が現在の「香り」ブームの正体です。
――「無臭」「消臭」ばかりだった一昔前とは隔世の感があります。
片岡 実は今でも忘れられない悔しい体験があります。アロマの香りを漂わせ空間を演出する「アロマ空間デザイン」を事業化して間もない2001年、名門といわれるある東京都の老舗ホテルに営業をかけたところ、応対した役員から、「日本のホテルの空間は無臭を目指している。香りビジネスは国内では根付かない」とけんもほろろに提案を突き返されたのです。ところが、その後私たちのアロマ空間デザイン事業が軌道に乗った7年後、その老舗ホテルから「アロマによる演出をやってみたいから話を聞かせてくれ」と連絡が入ったではありませんか。その間社名も変わり、事務所も移転していました。にもかかわらず向こうから電話をかけてきてくれたのにいたく感激したのを覚えています。宿泊客が香りというものにプラスアルファの価値を見いだすことを感じ取った結果でしょうが、それだけ日本の香りの文化が成熟してきた証左でもあります。
「感じる脳」に直接伝わる
――五感の中でも「嗅覚」は、「視覚」や「聴覚」とは異なるメカニズムがあるのだとか。
片岡 少し医学的な話になりますが、耳で聞いたものや目で見たものは、「考える脳」といわれる大脳新皮質を経由した後に、「感じる脳」といわれる大脳辺縁系に届けられます。喜怒哀楽を感じる前に判断のプロセスが入るわけですね。しかし五感の中で嗅覚だけは、電気信号に変換された香り成分の情報がダイレクトに「感じる脳」に伝達されるのです。これが嗅覚は五感のなかでも最も原始的な感覚器といわれているゆえんでしょう。たとえば腐っている食べ物を食べるのは動物にとって危険です。食中毒を起こすリスクが高まりますし、運が悪ければ死に至り子孫を残せなくなるかもしれません。なかなか腐敗しているかどうかは見た目では分かりませんが、動物はにおいによって「これを食べて安全なのか」ということを直感的に理解することができるのです。
――なるほど。人間の感覚にダイレクトに伝わる作用が、ビジネスでも有効だということですね。
片岡 その方向性には2つの軸があります。ひとつは、良い香りによって製品・会社のイメージや印象をよくするという顧客の感覚や情動に訴えかけるはたらき。そしてもうひとつは香り成分が持つ、リラクゼーション、抗菌、抗ウイルス効果など、物質的な機能をアピールする手法です。とくに1番目の感覚的な価値、情動に訴えるはたらきは、購買の意思決定に大きく作用するということがマーケティング分析で明らかになっています。ブランドらしさ、ブランドに対する情緒を大きく高める重要な要素となっていることは間違いありません。香りがあるかないかで、消費者がその製品に支払ってもよいと考える対価がかなり違うという調査結果も出ているほどです。
また空間に香りがあるということはコミュニケーションのツールになるという側面もあります。店舗にお客さまが来店したときに、店員はどこかのタイミングで「いかがですか」などと声をかけますよね。言葉という情報で語りかけるわけですが、香りがあると香りがすでに情報を発信していて、お客さまに非言語的情報を投げかける効果をもたらすのです。すでにファーストアプローチは済んでいるので、言葉による声かけがセカンドアプローチになるというわけですね。逆にお客さまのほうから「いい香りですね」という反応があったりして、店舗でのコミュニケーションが円滑に進みます。
――具体的な例を教えてください。
片岡 たとえばトヨタ自動車の高級車ブランド「LEXUS」ショールーム。そこでは四季に合わせたオリジナルの香りを漂わせているのですが、販売員から話しかけなくても、来店されたお客さまが開口一番香りのことについて質問されることが多く、なごやかな雰囲気づくりに役立っていると聞いています。また箱根の老舗ホテル「富士屋ホテル」ではヒノキなどの成分を配合した箱根の森をイメージしたオリジナルの香りを使用して販売もしているのですが、香りそのもののリピーターまで現れました。宿泊したときの香りが忘れられず、「近くでゴルフをしてきたついでに」とホテルに来て、まとめて10本以上のアロマオイルのボトルを購入したお客さまもいるそうです。
それからセレクトショップ「SHIPS」ではメンズ、レディースそれぞれの洋服のラインに合った香りを出していて、売り場を回遊すると香りが変わる仕掛けを施しています。SHIPSのファンは「香りも服と一緒にまといたい」と考えるのか、同じ香りのリネンスプレーやアロマオイルの販売が大変好調に推移しています。
――職場環境の改善という観点から、オフィスで積極的にアロマを導入する企業があると聞いたことがあります。
片岡 はい。最近かなり増えています。たとえば会社の印象をアップさせるためにエントランスロビーなどに使用するところもありますし、応接室や会議室、リフレッシュエリア、メンタルヘルスの相談室などに用いられる例も目立ってきました。店舗でもオフィスでも心地よい香りで従業員の満足度が向上すれば、笑顔が出やすくなったり表情が明るくなるといった効果を生み、それが結局顧客満足度の向上にもつながります。コールセンターのフロアで香りを導入した鳥取オンキヨーでは、導入後に従業員の欠勤率が大幅に低下したそうです。
国内初のディフューザー販売
――ところで片岡社長がアロマビジネスをはじめたいきさつについて教えていただけますか。
片岡 1990年ごろ、海外ウエディングが当時流行したときに、「ハネムーンでオーストラリアに行くカップルの土産物になりそうな商材を企画してほしい」と依頼されたのがそもそものきっかけでした。そこで調べたところユーカリという植物が大変興味深いことが分かったのです。コアラの食べ物として知られるユーカリ自体は実に600以上の種類があり、特定のものは強い香りを放ったり薬理効果を持っていたりします。それがお菓子の材料や医薬品原料などに用いられるなど人間の暮らしに密接に関わっていたのです。風邪や花粉症向けなど日本でもニーズが必ずあるはずだと考え、ユーカリオイルやユーカリ成分入りのキャンディーなどの輸入をはじめるようになりました。
――ユーカリとの出会いから香りそのものへと軸足が移ったのは?
片岡 さらに同じオーストラリアにアロマオイルを取り扱いながらディフューザー(香りを空間に広げるための噴霧器)を販売する会社があることも知ったのです。ユーカリビジネスを開始した当初からの一番の課題はその使い道でしたが、それを見て、香りで空間を演出するために使うのが最適だろうと考えるようになりました。それでディフューザーの輸入販売を2001年からはじめたのです。当時日本には、オイルをそのままたらして置いておくアロマポットはありましたが、ディフューザーはほとんど手に入らない状態でした。ですから当社は日本におけるディフューザービジネスの先駆け的存在であると自負しています。
――どのように顧客開拓を進めたのでしょう。
片岡 最初はなかなか理解が得られず苦しい思いをしました。トイレや玄関の芳香剤と何が違うのか、と言われることが多かったですね。そこでそうした問題を解決するために前述の2つの軸で営業を展開したのです。1つは空間デザイン/感性に訴えるものですが、こちらは結婚式の演出に採用されることで実績をつくることができました。2つ目は機能性ですが、こちらは補完代替療法の一環としてアロマ自体をメディカルに使ってみようという機運が高まっていたため、アロマセラピー学会などにディフューザーとアロマオイルをセットでアプローチし、成功しました。室内の空気の環境を改善し感染症予防などにも期待できることが評価されたのです。このように機能性とイメージをぐっととがらせることで芳香剤との差別化をコツコツと訴えてきました。
――現在ではどんな事業コンセプトになっていますか。
片岡 2つの考え方でアプローチをしています。1つは「バック・グラウンド・アロマ」という考え方。これはバック・グラウンド・ミュージック(BGM)と同じように、大空間や不特定多数の方が過ごされる空間での香りをデザインするやり方です。
もうひとつは「アロマ・オン・デマンド」という考え方で、使いたい人が自分の目的に合わせて選択をし、いつでもどこでも気軽に使える香りを目指すものです。家のリビング、寝室、車の中、どこでも好きな香りを使うことができる――ウォークマンやiPodの香り版だと考えていただければイメージしやすいと思います。
――今後の抱負について教えてください。
片岡 もともと当社は輸入販売からスタートしたのですが、だんだん輸入製品が日本の土壌にあわないことが顕在化してきたため、08年から自社ブランドを立ち上げ日本人に合った日本オリジナルの香りを国内で展開してきました。昨年あたりからようやく自社ブランドの道筋が見えたところなので、いよいよ中国、ヨーロッパ、北米など海外へ発信していく準備を進めています。実は「メゾン・エ・オブジェ」(フランス)や「アンビエンテ」(ドイツ)などヨーロッパの大規模な展示会に出展したばかりなのですが、かなりの手応えを感じたのでヨーロッパに現地法人を設立する計画を立てています。リーマンショック、震災、円高という外部要因もあり業績は足踏みしていますが、いまはちょうどメーカーへ脱皮した再スタートの時期。メード・イン・ジャパンの香りを世界に広めるグローバルな展開を成功させ、売上高は100億円以上を目指したいですね。
(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)
名称 | アットアロマ株式会社 |
---|---|
所在地 | 東京都世田谷区玉川2-21-1 二子玉川ライズオフィス15階 |
TEL | 03-5717-9211 |
年商 | 約6億円 |
社員数 | 約40名 |
URL | http://www.at-aroma.com/ |