健康ランドという“不況業種”ながら、さまざまな工夫でしぶとく生き残ってきた「ファミリー湯宴ランド小岩」。運営する株式会社エイ・エム・アールの秋月正一朗社長(57)は、緻密な計数管理にもとづいた臨機応変な経営で固定客を引きつけてきた。財務面の参謀である坂部達夫顧問税理士をまじえて話を聞いた。

“事業再生”によって蘇った都市型健康ランド

エイ・エム・アール:秋月社長(中央)

エイ・エム・アール:秋月社長(中央)

――創業の経緯を教えてください。

秋月 そもそも、老舗のスーパー・ナコスの一事業部門だった健康ランド(「ファミリー湯宴ランド小岩」)と居酒屋(「北酒場」など2店舗)を、同社の倒産を契機に私を含む幹部社員3名が買い取る形で平成11年に株式会社エイ・エム・アールを立ち上げました。従業員も社員40名、パート80名、計120名を引き受け、負の遺産は切り離しての再出発でした。

――いわゆる「第二会社方式」による企業再生ですか。

坂部達夫顧問税理士 それに近いと思います。簡単にいうと、秋月社長らナコスさんの元幹部社員が、破産管財人と粘り強く交渉しながら、競売にかけられたこの事業(建物と営業権)を買い取ったわけです。事業再生の一形態ですが、非常にうまくいったレアなケースではないでしょうか。

――再生する自信はおありになったわけですか。

秋月 長い間、この事業の営業部長をやってましたんでね。そもそも健康ランドは設備産業なので、初期投資が負担となってなかなか利益が出せないのがネックでした。しかし、1日平均1000名前後のお客様があり、営業利益自体はしっかりと出ていたので、負の遺産を切り離すことさえできれば利益を出せることは分かっていました。

――健康ランドといえば、斜陽産業ともいわれていますが……。

秋月 「スーパー銭湯」という業態が各地にできたこともあり、業界全体として厳しい時代に入っています。そんななかで当社が生き残ってきた理由はいくつかありますが、まず挙げられるのは当ランドの代名詞となっている「湯宴座」(7階)でしょうか。「都内で唯一、観劇できる健康ランド」として、月替わりで東京や大阪、九州の大衆演劇団がこの湯宴座(450名入場可能)で演劇を披露しています。

――そこに固定客がついているわけですね。

秋月 はい。年配の女性のファンが多く、この方たちは景気に関係なく安定してご利用いただいています。それから、3年前に開設した岩盤浴も好評です。そもそも岩盤浴がブームとなったのは7、8年前ですが、その当時、当社は静観していました。ところがご承知の通り、ブームがまもなく終焉し、ほとんどお店がなくなってしまった。そんなとき、当社ではちょうど、健康ランド内の居酒屋を閉店するところだったので、そこを岩盤浴にしたのです。すると、行き場を失った岩盤浴ファンがウチに集まってきた。どうせつくるなら大きなものをと3部屋70床を備え、従来の客層とは違う若い人たちにも利用していただいています。

――駅近(歩いて数分)というメリットは?

秋月 割引料金で入れば深夜料金を加えても2400円程度で1日をすごせますから、サラリーマンなど宿泊目的のお客様も多いですね。あるいは、身の安全のために宿泊される一人暮らしの高齢者の女性も少なくありません。ただ、都会立地なので駐車場が少ないのが弱点といえば弱点でしょうか。

――居酒屋事業(北酒場)の方はいかがですか。

秋月 厳しいですね。「北酒場」は全500席で、8つの宴会場もそろえていますので、この近辺のビジネス需要には十分に応えていると思いますが、数年前の飲酒運転の取り締まり強化がきっかけで業績は下向きになっています。リーマンショック以降、客単価もかなり落ち込んでいますしね。実際、前述しましたが、健康ランド内にあった居酒屋は3年前に閉店しました。現在、居酒屋事業の全売上高に占める割合は20%程度になっています。

日次・月次の二重チェックで経営課題をすばやく解決

――ところで、2事業をどのような形で管理されていますか。

坂部税理士 基本的には創業とほぼ同時に導入した『FX2』の部門別管理機能を使って、2事業の月次管理を着実に行っています。
 一方、秋月社長は非常に数字に明るい方なので、月次管理だけでは満足されません。そこで、日々の出入金を記録した「資金管理表」をつくられ、当事務所のコンサルタントも協力させていただきながら、日次での計数管理をされている。これはすごいことだと思いますね。その日次の数字が積み上がったものを、『FX2』による月次管理といういわば二重のチェック機能で確認していくというスタイルです。

――予実管理にも徹底して取り組まれているとか。

坂部 まず、社長がまとめられたデータをもとに、『継続MAS』の機能を一部使いながら単年度経営計画(予算)を立てます。

秋月 そして、その数字を月別だけでなく日別に展開します。それを日々、予実対比させながら確認していくわけです。その際、売上高などは予想の95%と低めに設定して、思わぬ資金ショートを招かないようにしています。

坂部 ようするに、秋月社長にとって「月次管理では間に合わない」ということです。変化の激しい時代ですから「異常値」などには即座に対応していかないと、致命傷になりかねないですからね。

――すると、経費のチェックなどは相当緻密にされている?

坂部 固定費は大変細かく見ておられます。とくに金額の大きい水道光熱費は重要なチェック項目です。

秋月 ガス代と電気代が月400万円ずつで計800万円、水道代で300万円くらい払っていますから、ここを注視しておかないと大変なことになります。これまでは、燃料を重油からガスに変えたり、行政の補助を受けながら節電効果の高い新たな装置を導入したりしながらなんとかしのいできた感じです。

――役員会議を毎週開催されているとのことですが。

秋月 坂部会計の中小企業診断士・伊藤恒人氏にも参加していただいて、財務を含めた経営全般について話し合います。そこで、上記のような固定費の圧縮、あるいは設備の更新など経営事項を決定するわけですが、重要視するのはやはり財務の視点です。限られた設備を有効利用しながらいかに入場者数を維持し、売り上げ、利益を出していくかが、経営者の役目ですからね。

付加価値のついたサービスでより高い利益率を……

――価格政策にも工夫をされているとお聞きしました。

秋月 入館料は基本的には2415円(小人1260円)で、創業当初から変わらないのですが、臨機応変にクーポンなどを発行しながら集客を行っています。たとえば、会員になっていただければ3カ月に1度、3カ月分のクーポンのついたDMを送り、それを使えば1200~1500円程度で入館できる。また、「レディースデー」「シルバーデー」「夫婦の日」などのサービスデーを設けたり、岩盤浴とのセット券などで戦略的に割引しながら、なんとか集客数の増加を図っているわけです。定価を2415円に据え置いているのも、割引施策を活用しながらこちらで集客数と利益をコントロールするためです。

坂部 このように多彩な施策を連発される秋月社長の創造力とリーダーシップにはいつも感心させられます。その背景にあるのが、繰り返すようですが、日々の計数管理なのだと思います。

――今後はいかがでしょう。

秋月 先の震災以降、がくっと減った入館者数も、このところ元に戻ってきましたので、さらに観劇他の付随サービスを企画して向上させていきたい。また、単価も下落気味なので、食事やイベント、クーポンなどを組み合わせながらより付加価値のついたサービスを展開していきたいと思っています。
 さらに、将来的には新たな店舗をつくるなどして事業展開を横に広げていけないかと考えています。健康ランドと居酒屋のドッキングした業態もウリにできるかもしれません。そして、私が社員から経営者になったように、いまのスタッフたちに順次経営をまかせていく。そんな流れをつくっていくことができれば理想的ですね。

(本誌・高根文隆)

会社概要
名称 株式会社エイ・エム・アール
業種 健康ランド・居酒屋運営
代表者 秋月正一朗
設立 1999(平成11)年8月
所在地 東京都江戸川区南小岩8-11-7
売上高 約10億円
社員数 40名
URL http://www.yuenland.com/

CONSULTANT´S EYE
きめ細かなシステムの構築と運用をサポート
監査担当 石塚健二
坂部達夫税理士事務所
東京都墨田区太平3-9-5 電話03-3829-5061
URL:http://www.abcnetwk.co.jp/

 事業再生によって生まれた会社で、当初から担当者として関与しています。健康ランドと居酒屋を部門別損益管理で、それぞれの業績をリアルタイムで把握。現場のレジシステムによる売上集計および仕入管理システムによる飲料・食材などの買い掛け支払いと原価集計のデータを効率よく『FX2』に取り込み、計数管理の仕組みが構築されています。経理部門の担当者が、これらのシステムを駆使して、毎月10日までには、前月分の残高試算表を出力しています。このように鮮度の高い業績データをもとに、役員会議を行っているので、問題点の発見や改善施策が遅れることはありません。日々の売り上げが勝負なので、できるだけ早い業績の把握を役員ほか現場のスタッフも強く望んでおり、それに応える経理のシステムを構築してきました。

 経営計画は、「くつろぎ(安全・安心)の雰囲気・空間・サービスを総合的に提案し、改善してゆく」という事業コンセプトの下で、中期3カ年計画と年度計画を策定しています。経営施策としては、売り上げ対策、粗利対策、経費対策というジャンルに分けてそれぞれ具体的に検討していますが、たとえば売り上げ対策では、サービスデー、割引券、会員拡大、イベント企画、DMなど販売促進策のほか、上演劇団、テナント業者の拡充・指導、飲食メニューの改善、接客サービスの向上などを検討しています。粗利対策では、ドリンクと食材の仕入削減を検討し、経費対策では、原価的な要素が強い変動費の水道光熱費、温浴施設消耗品などの削減、経費ではシフトの工夫による人件費削減、広告宣伝費の削減などを検討しています。

 予算の策定では前年度実績をもとに、各担当者が今年度の変動要素を細かく検討して緻密につくっています。その予算と実績を比較するので、正確に問題点を把握できるわけです。大きな売り上げの伸びが期待できない現状、このようなきめ細かい管理が勝負を決める経営の重要な要素になってきます。

掲載:『戦略経営者』2012年4月号