いまや中小企業も緻密かつ創造的なビジネスプランの作成が求められる時代。新分野進出、資金調達、パートナー探し、PDCAサイクルの導入など会社のステップアップにつながる「成功する事業計画」とは――。
新規事業への進出を志す際、やはり最大のポイントは「何をやるのか」である。つまり、事業の選択だ。当然のことながら、ここを間違うと成功は望めない。
中小企業の場合、既存事業(本業)の経営資源を生かす、あるいはシナジー効果が期待できる形での新分野進出の方が無理がないし成功の確率も高くなる。人材やノウハウ、システムなどをゼロから構築しようとすると、その業界でキャリアを積み上げてきた同業他社を相手に優位性を獲得するには、よほどの努力が必要となるからだ。
ただ、本業の周辺で新規事業を成功させるには、“自社の強み”に対して社長が自信を持っていることが前提となる。普段、われわれが経営者に「強みと弱み」を尋ねると、返ってくるのは弱みばかりで、強みはごくわずかしか出てこない。しかし、強みがあるからここまで生き残ってきたわけで、そのことを“正当に”認識できないままでは、新たな分野でも力を発揮できない。
本業で培ったノウハウ
実際の事例で見てみよう。
金物店を営むX社が、介護リフォーム分野へ新たに進出した。まったく畑違いの分野のように思えるが、実はその金物店には大工さんなど工務店関係者が頻繁に出入りしていたので、リフォームについての情報やネットワークが知らず知らずに蓄積されていた。しかも、介護リフォームはせいぜい数十万円単位の細かい工事が主なので、中規模以上の工務店はやりたがらないニッチ市場だった。そのことに気づいていたX社の後継社長は、いわゆるニッチ需要を巧みに吸い上げることで、この介護リフォーム事業を収益の柱の一つとしていった。やがて経営の承継が進むとともに、衰退産業だった金物店の事業から計画通り撤退することとなる。これは、本業で培ったノウハウと情報をうまく活用しながらスムーズな業種転換を成し遂げた好例である。
もう一つ。「やりたいことをやる」という社長の個人的な情熱も大事である。“あたためてきた夢を掘り下げ実現していく”ことは、経営者のモチベーションを大きく引き上げる。がんばれるし成長もできる。
ちまたで成長著しいとされる市場に飛び込んだとしても、こだわりや思い入れのない事業では長続きはしない。たとえば、いくらスマートフォン市場が急成長しているからといって、安易にスマホ販売店を出店して成功するとは限らない。逆に、成長市場は概して、競合も多いし変化も激しい。大手企業の独壇場であったりもする。中小企業は良くも悪くも社長の個性がものをいう。客観的なマーケティングリサーチも重要だが、その結果を盲信せず、“社長が情熱を傾けることができるかどうか”を大切にすべきだと思う。
数字で金融機関を説得する
やるべきことの当たりがついたら、次の段階として、その新事業全体を具体的に描くことが必要になる。(1)何を(何を商品・サービスとするか)、(2)誰に(誰を顧客ターゲットにするか)、(3)どのように(どのように商品・サービスを提供するか)、(4)どこで(どの領域で)、(5)いつから始めるのか……、そして、(6)それを実践するための条件は何なのか。この「5W1H」を実際にシートに書き出してみるといい。単なるイメージだったものにリアリティーを与えていく作業だ。
たとえば、(3)では、店舗販売か無店舗販売か、対面式かセルフサービスかなどの販売形態はもちろん、その商品・サービスの販売単価や個数も決定しなければならない。そのためには、売り上げや利益の具体的な目標が必要になってくる。
ここからがお金の話である。
まず、設備費や家賃、商品仕入れ、広告費、人件費など、イニシャルコストがいくらかかるかを確認する。金融機関からの借り入れが必要になるケースも出てくるだろう。その際に陥りがちなのが、社長のマインドが「お金が借りられるかどうか」に引っぱられ過ぎることである。これは順序が逆。実は、「借りられるかどうか」よりも「借りたら返せるか。また、借りた後に返済しながらキャッシュを増やしていけるかどうか」の方がはるかに重要だ。後者に経営者自らが手ごたえを感じ、そして金融機関にきちんと説得力を持って伝えることができれば、前者も容易になる。
その「説得力」は、当然のことながら、「根拠のある数字」によって担保される。利益を出せるかどうかが最大のポイントになるわけだから、まず、新事業の「損益分岐点売上高」を概算してみる必要があるだろう。損益分岐点売上高とは「赤字にならないために必要な売上高」のこと。固定費/限界利益率(限界利益は売上高―変動費、限界利益率は限界利益/売上高×100)で簡単に割り出すことができる。要は、予想される変動費、固定費を勘案しながら、赤字の出ない最低ラインの売上高を想定するのである。そうして導き出した損益分岐点売上高に、経営者が考える「必要利益」を加えることで、「目標売上高」を設定する。
その目標売上高からブレークダウンすれば売上個数や単価が見えてくる。それが、客観的に可能だと判断できるものであれば、金融機関など外部への強力な説得力となるというわけだ。
目標売上高に限らず、結局、決め手になるのは経営者の計数管理能力だと思う。適時適切な記帳に基づいた財務データを「読めて」「使えて」「見通せる」能力、つまり、管理会計、未来会計を社長自らが実践できるかどうかが、新規事業を成功に導く必要条件だといえる。この能力が低いと、よしんばうまく事業が立ち上がったとしても、PDCAを回すことができないため継続的に成長させることは難しい。
アイデアで市場を切り開く
さらに、注意して欲しいことがもう一つ。既存事業(本業)とのバランスである。新規事業への進出を“イチかバチかの博打”にしてはならない。要するに、想定されるリスクを、既存事業の収益力でカバーできる範囲内で、新しいことにチャレンジするべきで、土俵際にどこまで近づくかの判断は極力慎重に行わなければならないということ。ついつい、経営者は新規事業の華やかなイメージに舞い上がり、過大な投資をしてしまいがちになる。そこは、ぐっと抑えて、中小企業らしく「アイデアと行動力とスピード感」で市場を切り開いていくべきだろう。
こんな事例もある。
新築専門の工務店だったY社がリフォーム事業に進出した。ありがちな新分野への進出だが、これが収益構造の良化に大きく貢献することになる。まず、成熟した顧客層を相手にしている古びたショッピングセンターのなかにポツンと出店し、高年齢層の顧客にアピールした。通常の工務店が嫌がる網戸1枚のはり替えのような数千円の仕事も厭わず請け負った。多様な要望に細かく応えていくことで次第に数十万円規模の仕事もとれるようになり、結果的に経営の安定化に大きく貢献したのである。これなどは、一見地味だが、既存のフィールドでアイデアと行動力を活用しながら成功した例といえるだろう。
ともかくも、新事業のチャレンジに欠かせないのはまず「社長の情熱」。そして、その情熱のベクトルを正しく保つために「管理会計」「未来会計」が重要な役割を果たす。この“車の両輪”をしっかりと回すことが、成功への近道となる。
(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)