東日本大震災や国会の衆参ねじれ現象などによる政治の混乱は、税制にも大きな影響を及ぼしている。話題の「社会保障・税の一体改革」も含め、税法の今と未来をTKC会計人の今仲清税理士に聞いた。

――毎年この時期に来年度の改正税法の解説をいただいているわけですが、今年はとても複雑ですね。

今仲 ややこしくて説明するのが大変です(笑)。
 まず、国会の衆参ねじれ現象や震災などの影響で可決が今年度(23年6月と11月)にずれ込んだ平成23年度税制改正(一部)の内容。それから、通常の平成24年度税制改正大綱の内容。さらに、いま大変な話題となっている「社会保障・税一体改革素案」。この3つを見ていく必要があります。ただ、平成24年度大綱の内容については、ほとんど見るべきものがありません。というのもご承知の通り、このところ政府は「社会保障・税一体改革」の方に重心がかかっているからです。消費税引き上げをもくろむ平成26年、27年で一気に変えてしまおうとしているようで、懸案を先送りした格好ですね。

法人税減税は復興増税で相殺

――平成23年度の改正税法についてですが、「目玉」の部分は、その施行が1年先送り(平成24年4月以降事業年度から適用)された形になりました。

今仲 とりあえず順に見ていきましょう。まず、昨年度の大綱で“鳴り物入り”で打ち出された法人税実効税率の5%引き下げですが、基本的には今年4月以降開始事業年度に適用されます。しかし、従来の案とは一つ大きな違いがあって、今回ここに「臨時復興増税」が加わっています。図表1(『戦略経営者』2012年3月号23頁)を見ていただければ分かりますが、法人税額の10%が3年間上乗せされる結果、実効税率は38.01%となります。
 また、年所得額が800万円以下の中小法人についても、軽減税率の特例18%(本則22%)が15%(本則19%)に引き下げられたものの、やはり3年間は復興増税が付加されるため、16.5%になります。

――それでも2%前後は減税になるわけですね。

今仲 そう思うでしょう(笑)。ところが、これに併せて課税ベースを拡大する施策が複数実施されますから、支払う税額はほぼイーブンになります。企業は、当面は従来と変わらぬ税額を払い続け、3年後にようやく数%の減税効果を得ることができるというわけです。

――課税ベース拡大の項目とは。

今仲 昨年も解説(2011年3月号)しましたが、まず、大きいのは減価償却制度の見直しです。具体的には「定率法」の中身の変更で、従来は定額法の償却率(1÷耐用年数)を「2.5倍」した数字が定率法の償却率だったものが「2倍」に縮減されます。その分、初期の課税ベースが拡大し、企業は取得時直後に余分に税金を払わなければならなくなります。このほか、中小企業等基盤強化税制の廃止(機械等の投資に対して税額控除〈7%〉や特別償却〈30%〉が認められなくなる)や、研究開発投資減税の見直し(税額控除の特例が40%から30%に)も課税ベースの拡大といえるでしょう。

――欠損金を翌期に繰り越し当期利益と100%相殺できる「欠損金の繰越控除制度」の変更も1年スライドして実施(24年4月から)されることが決まりました。

今仲 昨年も言及しましたが、最大繰越期間が2年延び(7年→9年)、しかも、資本金1億円以下の企業は今まで通り全額繰り越せるわけですから、これは中小企業にとって大きなメリットになると思います。ちなみに、資本金が1億円を超える企業については、欠損金の繰越控除は所得の8割に制限されることになります。

――相続税・贈与税については、平成23年度税制改正では大幅改正が打ち出されていましたが……。

今仲 相続税の基礎控除の引き下げや、子・孫が受贈者となる場合の贈与税の税率構造の緩和など多くの変更が盛り込まれていましたが、これらは「社会保障・税一体改革」のなかで実現を目指すことになりました。つまり、3年間の先送りですね。

――それから、消費税関連にも改正がありました。

今仲 大きくは「免税事業者の要件の厳格化」と「仕入税額控除の95%ルールの見直し」の2項目です。前者は、図表2(『戦略経営者』2012年3月号23頁)を見ていただければ早いと思います。これまでは課税売上高が1000万円以下の事業者が、前期に1000万円を超えたとしても、当期を含めて2期は免税されていた。ところが平成25年1月1日からは、前期の前半で1000万円を超えることが明らかな場合は、当期から課税されることになります。
 後者の「95%ルール見直し」は、課税売上高の割合が全売上高の95%の場合、課税仕入れの税額の全額控除が認められるといういわゆる「95%ルール」を、24年4月1日以降開始課税期間からは年間課税売上高が5億円以下の事業者に限定するというもの。つまり、課税売上高が5億円を超える企業についてはこの優遇措置が受けられなくなるということになる(この対応策については、『戦略経営者』2012年2月号P30~31「経営相談室」を参照)。

目玉の少ない24年度税制改正

――さて、平成24年度の税制改正大綱ですが、いかがでしょう。

今仲 先に述べましたように“単純延長”がほとんどで目玉という目玉はありません。あえていうと、「特定の資産の買い換え特例」の内容については若干の注意が必要かもしれませんね。
 これは、基本的には「事業用の土地・建物を譲渡し、一定の要件に該当する土地・建物・機械装置等を取得して事業の用に供した場合には、その譲渡益の80%相当額の課税の繰り延べができる」という制度です。たとえば、10億円の土地・建物を売って(譲渡益8億円)、他の土地を購入したとします。すると、譲渡益8億円の8割、6億4000万円に対する課税を繰り延べることができるわけです。この内容自体は「延長」にすぎませんが、今回、適用対象の範囲が変わりました。

――どのように?

今仲 この制度の適用対象が面積300平方メートル(約90坪)以上の土地に限定されます。さらに、「事業活動に活用される建物等の敷地の用に供されるものであること」との条件がつきます。たとえば、購入した土地を青空駐車場にしておくことは許されません。ましてやほったらかしにしておくのはNGです。

――すると、これまでのように、とりあえず当面は駐車場にでもしておくか……などということはできないわけですね。

今仲 そうです。こんな時代ですから、企業が「選択と集中」戦略のなかで、土地・建物資産を譲渡し、より効率的な分野につぎ込むケースも増えています。そんな時、戦略の実行に余裕を持ったタイムラグを置くことができなくなります。また、300平方メートルという土地の広さも必要になることもやっかいなハードルです。企業経営者にとって、影響は大きいと思いますよ。

――そのほかには?

今仲 中小企業投資促進税制(2年延長)の対象資産に「品質管理の向上の資する試験機器等」が加わりました。これは一部製造業には利用価値があるかもしれません。また、同じく「デジタル複合機」の範囲も見直されるようですので注視しておく必要があります。
 個人に目を移すと「住宅取得等資金の贈与にかかわる非課税特例の見直し」の項目には注意が必要です。これは、「省エネルギー性または耐震性を備えた良質な住宅用家屋」の場合、非課税限度額が図表3(『戦略経営者』2012年3月号24頁)のように引き上げられるというもので、一定のメリットは期待できるでしょう。

――給与所得控除額の引き下げも23年度大綱からの懸案でした。

今仲 これは、諸外国と比べてかなり大きいとされる日本の給与所得控除の額を引き下げて国際標準に近づけようというものです。これまでのように給与所得が上がるにつれて控除額が上がり続けるのではなく、所得が1500万円を超えたところで、控除額は245万円で横ばいになります。また、23年度大綱では、法人役員に対しては2000万円を超えると段階的に控除額が減少する(125万円まで)というものでしたが、今回の案では、役員給与への課税強化は取り下げられました。

――つまり、高額の所得がある経営者個人にとっては有利な制度に修正されたわけですね。

今仲 実は、今回の改正税法は、民主党が自民党に対して“ベタ降り”した結果だといわれています。「最小不幸社会」「格差是正」をうたった民主党の理念に基づいた項目を棚上げし、自民党に寄せた大綱を上げてきた。ですから、今回は昨年のように法案成立できないという事態にはならないという見方が大勢です。

社会保障・税の一体改革

今仲 その代わりといいますか、野田政権がいま執念を持って取り組んでいるのが消費税引き上げを前提とする「社会保障・税の一体改革」というわけです。

――政府は2014年4月に8%、15年10月には10%まで消費税を引き上げるとしています。与野党ともに反対勢力もあるようですが……。

今仲 今後は政治の駆け引きでどう転ぶか分かりませんが、野党である自民党も公明党も基本的には消費税アップは必要との立場ですから、この数字通りに決着する可能性はあるのではないでしょうか。

――内容についてのポイントは?

今仲 まだ素案の段階ではありますが、何と言っても注目は「簡易課税制度の見直し」でしょう。
 ご承知とは思いますが、簡易課税制度とは、「前々期(前々年度)」の課税売上高が「5000万円以下」で、「簡易課税制度の適用を受ける旨の届出書」を所轄の税務署に提出した場合に、課税仕入れなどの税額を計算する手間を省いて、課税売上高から一定の割合の「みなし仕入高」を引くことによって、消費税の税額を計算することができる制度のことです。
 たとえば、サービス業でいえば「みなし仕入率」は現行50%です。サービス業の場合、一般に課税売上高に対する課税仕入れの率は小さく、A社では20%だったとします。すると通常では80%を納税しなければならないのですが、簡易課税制度を使えば50%で済み、残りの30%は益税(消費税額の一部が事業者の手元に残ること)になります。
 「社会保障・税の一体改革」では、このみなし仕入率を「業種ごとの実態調査を実施し、必要な見直しを行う」としています。たとえば、サービス業の実態調査を行えば、50%という従来の数字は引き上げられることが予想され、中小企業者の経営を圧迫する可能性があるということです。

――どのような業種に影響が大きいですか。

今仲 サービス業全般ですが、個別にいうと、不動産賃貸業者などは影響が大きくなるかもしれませんね。仕入れが小さく、内税表示なので値上げもなかなかしにくいでしょう。加えて、前述しましたが、「特定資産の買い換え特例」に青空駐車場がひっかかってしまうので、何かと不都合が出てくる可能性もあります。
 そもそも、不動産業者に限らず事業者は消費者に対して内税表示が原則なので、価格に転嫁しにくい現状があります。ここをどうクリアするかがポイントでしょう。

「給付付き税額控除」の効果

――企業経営とは直接関係ありませんが、「給付付き税額控除制度」の導入も話題になっていますね。

今仲 これは、今回の通常国会に法案が提出された「マイナンバー(社会保障・税の共通番号)制度」と一体となった施策です。税額控除と現金給付を組み合わせたものであり、要は、これまでは扶養・配偶者控除のような人的所得控除だったものを、人的税額控除に転換しようという試みです。
 具体的には、控除額が所得税額を上回る場合、控除しきれない額を給付する形になります。例えば、10万円の税額控除を行う場合、所得税が20万円の人は10万円が控除され10万円を納付。一方、所得税が5万円の人は差引きマイナスになる5万円が、ゼロの人には10万円が支給される。実は、この制度は消費税の逆進性を防ぐ働きがあります。

――もう少し詳しくお願いします。

今仲 扶養控除の38万円を例にとってみましょう。所得控除の場合、高所得者ほど所得税率が上がります。たとえば、高額所得者Aさんの税率は40%。つまり15万2000円が減税されることになります。ところが、低所得者で税率が5%のBさんはわずか1万9000円の減税に過ぎません。一方、10万円の税額控除が実施されたとすると、Aさんは5万2000円分減税額が減り、逆にBさんは、8万1000円の給付を受ける。結果的に、高所得者から低所得者への所得の再分配が行われたことになります。その代わり、低所得者層の所得もしっかりと把握し、納税してもらう。その意味でもマイナンバー制度が必要だというわけです。
 それともうひとつ。消費税を10%に引き上げるのと同時に、最低限の生活に必要な消費税を給付付き税額控除に加えれば、理屈的には誰も生活維持に必要な消費税を負担していないことになる。導入の大義名分も立つというわけです。
 この給付付き税額控除制度は、10%への消費税引き上げ(2015年10月)時にも導入される可能性が高いと思います。

――「社会保障・税の一体改革」は世の中をガラッと変えるかもしれませんね。

今仲 少なくとも、今のままでは日本経済が立ち行かなくなるのは明らかです。さまざまな意見はあるにしても、消費税を上げ、より公平で透明な仕組みのためのインフラづくりに早急にとりかかるべきでしょう。「社会保障・税の一体改革」は、その骨格となるべきもの。われわれ国民は、継続して注視していく必要があると思います。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2012年3月号