宮城ケーブルテレビ

右から阿部喜和顧問税理士、八木伸太郎課長、経理担当の
相田陽子主任、松田和明・阿部会計統括マネジャー

 宮城県塩竃市を中心に石巻市、東松島市、仙台市の一部など、宮城県沿岸部、1万2000世帯に番組を提供する宮城ケーブルテレビ。現場の総指揮をとる設楽泰久取締役事業統括部長は「今回の震災によって、地域に寄り添ったコミュニティーメディアとしての存在意義を再確認した気がします」という。

 震災の悲惨な映像を繰り返し流す民放各局。しかし、視聴者をいたずらに刺激するのではなく、被災者の気持ちを静かに思いやり、本当に“役に立つ”情報を提供することが地域メディアの役割である。

 「もちろんメディアとして震災・津波被害の状況は撮影していました。しかし、それを外に流したのは一度きりで、その番組がたまたま日本ケーブルテレビ大賞番組アワード特別賞をいただきましたが、再び流すつもりはまったくありません。被災者はそのような悲しい映像を繰り返し見たくないでしょうから」

 視聴率ありきの民放各局とは一線を画す考え方だが、これが宮城ケーブルテレビの地域メディアとしての生命線だし、そんな“使命感”は震災後のさまざまな取り組みにも顕著に現れている。

“災害FM”を立ち上げる

 3月11日、大きな揺れに「尋常でないもの」を感じた営業部の八木伸太郎課長は、10キロ離れた取引先から急ぎ本社に戻った。津波の懸念から在室のスタッフを高台に逃がし、順次戻ってきた社員2名と急ぎ2階へ。間髪入れずに波が1階を浸した。八木課長はいう。

 「映画を見ているようでした。すぐに日が暮れて、翌朝には室内外が一面泥だらけになっていました」

 幸いにも社員全員無事だったが、物的被害は大きかった。3月末決算での損失計上は3300万円。七ヶ浜町の中継施設や塩竃市内のショッピングセンター内のサービスセンターが深刻なダメージを受けた。さらに、非常電源装置である自家発電機と蓄電池がやられていた。だが、地域放送局のメンツにかけても地元のために情報は発信し続けたい……。

 「ちなみに発電機は水をかぶって配線が一部ショートしてしまっており、当社の技術スタッフがその部分を避ける形で直接ケーブルをつなぐ工夫を施して電力を供給。それで、地デジ放送に関しては震災2日後には何とか送信できるようになりました。その後、インターネット、衛星放送と復旧させ、フルサービスに戻すまで1週間程度かかりました」(八木課長)

 その間、「地元メディアとして何かをしたい」という思い。しかし当時、宮城ケーブルテレビに独自情報を配信する設備的余裕はない。そんなとき、近隣で同じく被災した「FMベイエリア」から“災害FM”を立ち上げるプランを聞いた。

 「同じ地域メディアの仲間ですから、行政も含めてみんなでやろうよと……。さっそく機器や設備を塩竃市庁舎に運び込み、被災地でほぼ初めての“災害FM”をスタートしました。被災から2日後の13日のことで、地デジを送信できるようになったのとほぼ同時でした」(設楽取締役)

 当時、仙台や石巻についての報道は潤沢だったが、塩竃近辺の情報は皆無だった。だからこそ、市役所の掲示板や窓にベタベタと貼り付けられた「○○は無事です」「○○を探しています」など安否情報のメモを電波で流す必要があったのである。思惑通り、効果はてきめんに上がり、後に各地で産声を上げる災害FMの嚆矢となった。

データバックアップに助けられた

 内なる困難は3月分の給与計算と3月期決算だった。1階のPCが波にやられ、データを取り出すことができなかったのだ。とにかくまず給料を支払わないとスタッフのモチベーションが下がってしまう。

 「これには困りました。でもどう計算していいかが分からない。そんなときに助けていただいたのが顧問の阿部喜和先生です」(八木課長)

 阿部会計事務所では、万が一に備え、関与先企業の前月までの財務データと給与データをバックアップしており、そのため2月までの給与情報をすぐに呼び出すことができたのである。

 「私が阿部会計さんに自転車で伺い、2階を貸してもらって3月分のとりあえずの必要事項を『PX2』(TKC戦略給与情報システム)に打ち込んで給与計算を行いました」

 もちろん財務情報も同様である。目前に迫っていた3月決算もつつがなくこなした。

 「もし阿部会計さんのバックアップがなかったら、データを探し回るばかりで、いまごろ路頭に迷っていたと思います」と設楽取締役。

 ちなみに、阿部会計事務所も被災しており、1階の事務所のヘドロ掃除をやりながら、3月18日からは2階で各関与先の給与計算や経理処理を行うサービスをはじめていた。

 「5年前に阿部会計さんにお世話になってから黒字体質が定着し、経営計画や資金計画の策定、月次管理の徹底などで先が見えるようになった。今回の震災対応においても、非常に心強い存在になっていただいてます」(八木課長)

“地域に寄り添う”姿勢を堅持

 4月の半ばには、いよいよ営業サイドが動き始めた。津波被害の深刻な沿岸部を1軒1軒訪ねて回ったのだ。女性スタッフがマッピングし、男性スタッフが2人1組となって400~500軒のローラー作戦を展開した。配信不能期間が長かった3月は利用料無料。さらに、4月以降も各戸の状況によっては課金停止の措置もとらざるを得なかった。

 ひどいところでは家の基礎も道路の形状もない。“ここだったと思われる”という案件もかなりあったという。非常に難しい状況のなかで、やはり100~200軒は、解約扱いとなりそうだ。

 さらにいま、同社が取り組んでいるのが災害危機管理、事業継続計画(BCP)の策定である。

 設楽取締役の話。

 「まだ完成途上ですが、安否確認からはじまって各人の役割分担、また何をすべきかのチェックリストなど一通りつくりました。今回のような“何をどうしたらいいか分からない”といった状況を繰り返すのだけは避けたいですからね」

 昨年8月には、NTT東日本とのコラボレーションによって光回線をつかった配信事業でエリアを大きく広げた宮城ケーブルテレビ。地震の予想震度と到達時刻を音声で知らせる「ケーブルテレビ緊急地震速報システム」も震災以降、利用者が急増している。

 「他のメディアのように“頑張れ”などと叱咤激励するつもりはわれわれにはありません。今後も、地域に寄り添いながら、地域の人たちと同じ目線、そして他にはできない視点で震災復興に本当に役立つ情報を提供していきたいと考えています」(設楽取締役)

 大手マスコミのだらしなさが喧伝される昨今、地域メディアの志がことさら新鮮に感じられる。

(取材協力・阿部会計事務所/本誌・高根文隆)

会社概要
名称 宮城ケーブルテレビ株式会社
所在地 宮城県塩竃市尾島町27-23
TEL 022-367-7711
売上高 3億8500万円(2011年3月期)
社員数 13名

掲載:『戦略経営者』2011年10月号