中山土史社長

中山土史社長

 大地震当日、そのハンズホームのオフィスでは経理担当の女性がひとり、机の下でひたすら揺れが終息するのを待っていた。ウインドーのガラスが割れるほどの揺れ。その長い揺れが収まって一息つき、周りを片付けようと動き始めたところに、外から“10メートルの津波が来てるぞ、早く逃げろ”の叫び声。なんとその女性は「中のものが流れ出さないよう」急いでシャッターを下ろしてから、高台へと駆けた。

「もし、シャッターを下ろしてなかったら、すべて流されて事業再開に大きな支障を来したと思う」とは、渋谷税理士。

 一方、中山社長は、地震発生当時、県南部に位置する白石市の現場に向かう車のなかだった。すごい揺れに思わず車から降りると、まわりはグルングルンと揺れている。倒壊していく建物も目に入った。

 現場に行こうにも事務所に戻ろうにも渋滞で身動きがとれない。仕方なく数時間を費やして自宅へ戻った。しかし、電話はまったく通じない、従業員とはメールでかろうじて連絡をとり、全員無事を確認した。

 翌日、経理担当の女性が塩釜の自宅から自転車で事務所を訪れ、のぞいてみると、室内は浸水してものが散乱し、泥だらけになっていた。各種書類はもちろん、パソコンも水浸しで、現状復帰どころかPCのなかのデータも「おそらくダメだろう」と見切りをつけて帰宅したという。

 翌月曜日、ようやく電話がつながると、冒頭の渋谷税理士の事務所に、ハンズホームから連絡が入った。渋谷氏は言う。

「無事と聞いて事務所のみんなで飛び上がって喜びました。そして、財務データが大丈夫であることを経理の女性に伝えました」

 すると、その担当者は「良かった。本当に良かった」と絶句した。

 実は、ハンズホームでは、昨年7月からTKCの『データアップロードサービス』を採用しており、自計化ソフト『FX2』から常に最新の財務データが自動的にTKCデータセンター(TISC)にバックアップされている。そのため、社内のパソコンが被災しても、前日までの財務データは丸ごと「生きていた」わけだ。中山社長はいう。

「バックアップの必要性は分かっていたつもりですが、業務の基幹システムについては、バックアップを数カ月さぼったり、また、そのバックアップデータも同じ事務所に置いていたりと、処置がおろそかになっていました。専門業者にお願いして何とか復旧しましたが危ないところだった。一方、TKCのアップロードサービスは、自動的に違う場所にバックアップされるので、心強いシステムだとあらためて感じました」

応急手当てに走り回る

 3月23日、震災以来、初めて社員全員が事務所にそろった。中山社長は「すべてのエネルギーを顧客対応に振り向ける」よう指示。というのも、震災直後からハンズホームにはOB顧客を中心に震災被害の修繕依頼が殺到していたのだ。そのため、実際にはすでに、その5日前の18日から業務を再開していた。

 中山社長はいう。

「崩れた壁や穴のあいた床をふさいだり、壊れた屋根にブルーシートをかけたりと、応急的な手当てに走り回りました」

 当初は、道路が障害物でふさがり車が使えなかったため自転車で顧客を回らざるを得なかった。また、車が使えるようになっても、ガソリンが手に入らず、お客さんに軽油を分けてもらってトラックを走らせたりということもあった。

「当社の復旧は二の次です。まず、困っているお客様に、一人残らず精一杯対応すること。渋谷先生にも“すべての注文を断るな”とアドバイスをいただきました。それが、ひいては地域の復興のためになると考えています」

 とはいっても事務所は必要である。旧オフィスは中がメチャメチャに散乱し、建物自体も損傷が激しく、早期復旧は難しい。つてを頼って隣の塩竃市の一軒家の1階を借り、とりあえずの拠点とした。

 渋谷税理士は、業務再開を促すためにとりいそぎ3台のパソコンを送った。前述の通り、財務データはすべて生きている。現金や書留類も、経理担当者のシャッターを下ろした機転で津波に流されることはなかった。そのため、直後に控えていた4月決算もスムーズにこなすことができた。

公的制度で運転資金調達

 中山社長は、室蘭工業大学建築システム工学科大学院修了後、大手建材メーカーに就職。若いころから「自分で工務店をやりたい」との思いを持ち続け、4年前にその夢を叶えた。1級建築士の社長自身が設計を手がけ、大手ハウスメーカーにはできない、細やかで配慮の行き届いた高気密高断熱住宅を供給する工務店として、徐々に顧客からの支持を増やしつつあった。

「昨年の4月期でようやく若干のプラスが出て、今年の4月期はいよいよ突き抜けて、かなりの利益を出せると見込んでいました」

 ところが、好事魔多しとはこのことである。最後の最後になってこの大震災。年度内完工予定の2件が先送りになってしまった。

「波に乗ってきた矢先でしたから、正直、悔しい思いはありますね。ただ、周囲を見ればぜいたくはいってられないですよ」

 仕事量はある。問題は運転資金つまり資金繰りだ。中山社長は渋谷税理士のアドバイスを受けながら安易な返済猶予やリスケの依頼をあえて行わず、震災関連の有利な融資制度が発表されるのを待つことにした。

 そして「東日本大震災復興緊急保証制度」の発表と同時にメーンバンクの七十七銀行と折衝。現在、低利資金1000万円を借りるべく交渉中だ。

「この1000万円に加えて、請負額見合いのひも付き融資もいままで通りお願いできれば、今期は十分に回せると思います」

 さて、既述の通り現在のハンズホームは社長を含め、顧客の震災被害対応に東奔西走している。中山社長には「復興景気」に乗っかろうという意識は毛頭ない。創業の地、多賀城市や塩竃市の惨状を見るにつけ、会社を良くしようという気持ちよりも、ただただ「お客様を助けたい」と思うようになったという。

「会社は社会の公器」という概念は、震災の地の小さな工務店にしっかりと息づいている。

(取材協力・渋谷税務会計事務所/本誌・高根文隆)

会社概要
名称 ハンズホーム
所在地 塩竃市白菊町5-8(仮事務所)
多賀城市大代1-3-3(本店)
TEL 022-393-6422
売上高 1億2000万円(今期見込み)
社員数 4名
URL http://www.hands-home.net/

掲載:『戦略経営者』2011年7月号