川村秀夫社長

川村秀夫社長

「今回は天が与えてくれた試練。これを乗り越えれば必ず新しい光が見えてくると思う」と快活に語るのは川村自動車販売の川村秀夫社長(61)。同社は震災・津波と原発事故という2つの大災害を同時に被った不運な企業だけに、ふさぎ込んだ雰囲気を予想しながら取材に向かったのだが、あにはからんや。川村社長のニコニコとした表情にとりつくろった不自然さは皆無。震災のショックはみじんも感じられない。

「よくみなさんに不思議がられます。私は1人で会社を立ち上げ、これまで常に前向きに事業を進めてきました。途中でくじけたことはないし、根が楽観的なんでしょうね。それと、あまり難しいことを考えない性格なもので…(笑)」

まさか津波がくるとは…

 津波はいきなりやってきた。

 長く激しい揺れがようやく収まって、川村社長はじめ本社スタッフたちは、事務所の片付けに動き始めた。なぜかサイレンも警報も聞こえてこない。しかし、30分後。建屋裏の川が激しい勢いで逆流してくるのを川村社長の次男が目撃する。

「当社は海岸線から約2キロありますから、まさか津波がくるとは思っていませんでした。でも、逆流する川を見てこれは尋常じゃないと。気がついたら、従業員に“片付けをしている場合じゃないから早く逃げろ”と叫んでいました」

 自宅に戻って家族を車にバタバタと詰め込み、急いで近くの陸橋まで上ったが、そこからの景色は信じられないものだった。

「家々を飲み込んだ黒い流れがどっと押し寄せて来ていました。冷や汗がでましたね。あと1分逃げるのが遅れたら我々も危なかったかもしれません」

 本社と6号店、そして工場のすべてが浸水(『戦略経営者』2011年7月号22頁・写真参照)。翌日、展示会を控えていたことも不運だった。新車、中古車併せて120台もの商品を失い、整備機能も失った。建物を含めた被害総額は、少なく見積もっても1億3000万円。なかには翌日納車予定の15台、約2000万円相当の車も含まれている。ちなみに、自然災害による被害なので保険はおりない。

 さらに追い打ちをかけたのが福島第1原子力発電所の事故だった。同社と川村社長の自宅は、いずれも福島第1原発から20キロ以内の「警戒区域」に入っている。すぐさま避難指示が出た。一家は着の身着のままでいったん山形県に避難。その後、知人の世話で猪苗代湖畔の仮住まいに移った。

「当初は、会社の存続は難しいかなとも思っていました」という川村社長。しかし、同社を頼りにしている顧客を切り捨てるわけにはいかない。また、福島県中古自動車販売商工組合(JU福島)の理事長をつとめ、オークション事業などを手がけている関係上、その責任を放棄するわけにもいかない。

すべての預かり車両を整備

 “再起”を志した川村社長。先立つものは店舗である。もちろん警戒区域内には戻れない。方々手を尽くして、20キロ超30キロ以内の「緊急時避難地域」に当たる原町区に仮店舗を借りることができた。震災からわずか1カ月後の4月13日に、事業を再スタートしたのだ。

「とにかく、ここでは事業を“つなぐ”ことです。震災時にかなりの予約が入ってましたからね。お客様とのつながりを切らないよう、サービスを継続することが第一だと思っています」

 実は、震災時に川村自動車には20台ほどの預かり車両があった。震災・津波被害による車両損傷は、販売店側に保証する義務はない。ところが、同社では「すべての車両の整備を済ませて引き渡した」(川村社長)という。

「水に漬かったので足回りがさび付いた車もあり、きっちりした整備を行いました。とにかく責任だけは果たしたかった。我々のような地域に根ざしたサービス業は信頼がベースですから“この場合はダメなんです”とはなかなかいえません」

 川村社長のビジネスに対する真面目さ、顧客第一主義がうかがえるエピソードである。

 また、従業員は本人の意向で退職した者を除き、継続して雇用を続けている。しかし、規模的には5分の1に縮小し、売り上げが激減するなか、給料を払い続けるのは至難の技。そのため、雇用調整助成金の申請のための調整作業を、平間廣顧問税理士の協力を得ながら進めている。

「平間先生は、いざという時の神頼み(笑)じゃないけど、良き相談相手です」と川村社長はいう。

 実は、平間税理士の事務所も「緊急時避難準備地域」にあり、週3日の勤務体制に変えて雇用調整助成金を利用しながら事業を継続している。

 平間税理士はいう。

「こんな時期なのに、顧客本位の姿勢を崩さず、従業員にも手厚い。なかなかできないことだと思います」

 経営者として気になるのは、やはり直近の資金繰り。雇用調整助成金もそうだが、震災対策特別資金(上限8000万円)や福島県原発災害経営支援資金(上限3000万円)など公的助成策を活用しながら、乗り越えていく考えだ。

「ふさぎこんでいる暇はない」

 さて、とりあえずの「つなぎ」として、現在の仮店舗に越してきた川村社長。本格的な復活を期して新たな場所を探しているが、ガソリンスタンド跡やコンビニ跡などすでに数件が候補地に上がっている。

「できれば、これまで別々だった整備工場と展示場が一体化した店舗をつくれないかと考えています。跡継ぎの長男(川村英則店長)が、心機一転、再スタートが切れるようなお膳立てをしたいですね」

 今回の震災で、同社の顧客のうち、少なくとも50人程度は亡くなったという。避難や自主移転した顧客も多い。水に漬かった顧客データベースは近日復旧の予定だが、今後は新たな顧客層の開拓も経営の大きな課題となる。すでに「経営者としての業務の90%を受け持っている」(川村社長)英則店長にとって、いばらの道が続くが、川村社長は「むしろ良かったと考えたい」という。究極のプラス思考だ。

「いままでは、店長には経営者として甘い部分があった。今後は一から力をためて会社を元に戻していく作業が待っています。簡単なことではありませんが、地道に努力を重ねていけば必ずできると思う。ふさぎこんでいる暇はありません」

 前年度の年商は約8億円。相馬地方ではナンバーワンの中古車ディーラーでもある川村自動車販売は、不屈の経営者魂を持つ川村社長のもと、復活に向けて着実に動き始めている。

(取材協力・平間廣税理士事務所/本誌・高根文隆)

会社概要
名称 川村自動車販売
所在地 福島県南相馬市小高区大井字観音前15-2(本店)
福島県南相馬市原町区金沢字堤上135-3(金沢店)
TEL 090-7320-8285
売上高 約8億円(前年度実績)
社員数 10名
URL http://www.k-4790.com/

掲載:『戦略経営者』2011年7月号