企業にとっての永遠のテーマである"営業力"。近年、チームワークを重視する営業戦略やITを活用した仕組みづくりがもてはやされるなか、本特集では、あえてアナログの対人交渉テクニックに注目してみた。"人間力"溢れるスーパー営業マンたちの実態をリポートする。

Q&A 優れた営業マンってどんな人?

やっぱり決め手は人間力!敏腕営業マンの"交渉術"

 営業マンは"話し上手"であるべきなのでしょうか。

 "話し上手"であるか否かは、営業マンの適性とは何の関係もありません。むしろ、重要なのは"聞き上手"であることです。「話すは技術、聞くは器」「真の饒舌は口べたにあり」などという言葉もあります。本当に成約をとりたいなら、2割話して8割聞く...くらいがちょうど良いでしょう。
 どんなセールスも営業マンと顧客のお互いの関係性の上に成り立ちます。「時間をとっていただきたい」「説明させて欲しい」「商品を買ってください」――など、一方的な「欲しい・ください」的なアプローチは何も生み出しません。とにかくまず、真摯に耳を傾ける。お医者さんが患者の状況を聞くように、じっくりと顧客の"ウォンツ"、あるいは価値観や信条、お金の使い方などを聞き出す。本当に優秀な営業マンは「(購入を)決断してください」と言うところを「決断して本当に大丈夫でしょうか」と問いかけます。後者の方が決断を躊躇う理由を聞き出せる可能性があるからです。
 つまり、顧客を理解することにつとめること。その上で最適の提案をする方が、圧倒的に顧客のためになるということを肝に銘じてください。

 最初のアプローチの際に注意すべき点は。

 とっかかりの"セールスコール"は商品やサービスによって千差万別ですが、少なくとも最初の面談は「インタビュー」だと考えるべきです。決して商談成立を焦ってはいけません。あくまで情報収集を目的にしてください。
 たとえば、自動車のセールスマンであれば、「新型が出ましたので買い換えを...」ではなく、「いまお使いのお車はいかがですか」などと切り出して、現在の状況、ウォンツを探り出します。その上で、じっくりとそのウォンツを充たす形の提案をしていく。最初から「買ってください」オーラを出してしまうと、相手は引いてしまいます。目指すは「WIN-WIN」「Give&Be Given」の関係です。自分だけが得をしたいという意識が、相手への負のオーラとなるのです。

 「買ってください」オーラを抑えるにはどうすれば?

 私がまだ駆け出しの大手自動車販売会社のセールスマンの頃、どうしても関係づくりがうまくいかない顧客に「上司を呼べ」と言われ、その通り、超一流の営業マンだった上司を連れて行ったことがあります。すると、顧客が突然心を開き、上司に向けて「こいつは人の話をまったく聞かない」と話し始め、びっくりしました。私はそんなつもりはまったくなかったのですが、売りたい一心で商品の話ばかりしていたのでしょう。相手の心をつかむ努力をしていなかった。そのときの上司の「相手の態度は自分の鏡。他人のせいにしていたら営業マンとしての成長はない」という言葉が身にしみました。
 つまり、何が言いたいのかというと、「買ってください」オーラは、経験不足を主な原因とする無知から出てしまうものだということ。これを修正する有力な対策のひとつは「場数を踏む」ことです。場数を踏みながら、自分の言動を客観視し、相手の心をつかむ訓練をするのです。

 その「場数」、つまり経験不足を研修などで補うことはできないのでしょうか。

 ある程度は可能でしょうが、経験を伴わない研修で効果が上がるかどうかは疑問です。営業は水もので、同じシチュエーションはありません。紋切り型の会話術やプレゼン術をあらかじめ教えても、そのエッセンスを理解できていなければ、臨機応変の対応ができません。様々な苦難を経験し、"現場感"を育てて初めて、研修での先輩等の教えが腑に落ちるのだと思います。
 ちなみに私が新人の頃、1日100件の飛び込み営業をこなしました。やる気さえあれば、1、2年で十分な場数を踏むことができると思います。とにかく「質より量」です。さらに言えば、なるべく"新規見込み客"に対してアプローチすることが大切です。「既存顧客の単価を上げる」という戦略も経営的にはアリですが、新規見込み客へのアプローチの方が、より営業マンの成長につながります。新規に強い営業マンはどんな時代でも売ることができます。

 営業マンの成長とは具体的に何を指すのでしょうか。

 一言でいえば"自信"でしょう。失敗を克服することで自信がつくのです。会社に対する自信、職業に対する自信、セールス技術に対する自信、商品に対する自信、そして自分に対する絶対の自信。これらが、顧客との関係づくり、話し方、タイムマネジメントなど、業務上すべてのノウハウの獲得と連動してきます。
 そのためには、自分のなかで"証拠集め"をする必要があります。なぜ、会社に、職業に、技術に、商品に自信があるのか。どこが社会に貢献しているのか。その理屈を積み重ねていけば、最後には営業マンたる自分に自信が出てきます。自分に自信が出れば、顧客に貢献して、自己成長を実現する...という崇高な目標に向かって活動することができるようになります。人間のモチベーションは、お金や待遇ばかりではありません。他人や社会に役に立っているという意識が、営業活動の重要な駆動力になるのです。
 真に優秀な営業マンとは結局は志の高い人のことです。本気で情熱を傾けて仕事に取り組む人には、何事も中途半端に終始している人は絶対に叶いません。

 しかし、そのような"熱血"は、いまの若者には支持されない傾向もあるように思いますが...。

 私はそうは思いません。いまも、以前と同じ確率で"熱い"若者は存在していると思います。これまで、様々な会社をコンサルティングしてきましたが、良い会社はみんな営業力があります。つまり、熱い営業マンたちが数多くいるのです。そういう人たちは、巷の営業マンの負のイメージである「口が巧くうさんくさい」というイメージとは正反対です。愚直でへりくだっていて、真剣に仕事に取り組む人たちです。また、商品に惚れ込み、自分たちがどれほど顧客に貢献できるかを熟知しています。

 モノが売れない時代に売る営業マンとは。

 巷は売れない時代と騒ぎ立てていますが、どんな業界・商品にも見込み客は必ずいます。私の新人時代もオイルショックまっただ中でしたが、見事なほどに販売実績をあげている先輩は沢山いました。売れない時代だからこそ、自分にできることがあるのでは...と考えるべきです。
 解決策の一つは、繰り返すようですが「新規見込み客に当たる」ことでしょう。「他人はすべて見込み客」と考え、果敢にアプローチしてください。たとえば、従来は10分の5の成約確率が、いまは半分以下の10分の2になっているとしましょう。でも、その分、その営業マンは確実に成長します。成長した結果、要領が良くなり、仕事が早くなり、余った時間をまた新規営業に充てる。そしてますます成長していく...という正の循環ができればしめたものです。
 繰り返すようですが、口八丁手八丁のインチキ営業マンは、いまの世では通用しません。誠実に、そして真摯に顧客と向き合い、WIN-WINの関係を築き上げる姿勢――この営業マンとしての必要不可欠のベースを決して忘れないでください。

プロフィール
まつだ・ゆういち 1955年生まれ。大学卒業後、国内最大手自動車販売会社に入社。新人賞の受賞に始まり、年間優秀セールスマン表彰受賞など、数々の賞、タイトルを総なめ。1990年、米国系研修会社にトレーナーとして入社。その後国内能力開発研究会社に移籍、トレーニング部部長、取締役トレーニング部長を歴任。2002年10月、ASKグローバル・コミュニケーションを設立、代表に就任。毎年5,000人以上に研修を行い、これまで延べ154,000人に研修を提供。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2011年4月号