「法人税の実効税率引き下げ」というアドバルーンを掲げ、打ち出された平成23年度税制改正大綱。長びく不況で青息吐息の中小企業に、果たしてどんな影響を及ぼすのか。TKC会計人の今仲清氏に聞いた。
――平成23年度税制改正大綱は、近年にない“盛りだくさん”の印象です。
今仲 基本的に「高額所得者からもっと税金を…」というのが、今回の税制改正の考え方です。民主党政権は「最小不幸社会」「格差是正」を謳っています。政権交代がない限り、この傾向は、今後も続くと予想されます。
さて、第1のポイントは、ご承知の通り、法人税の実効税率が約5%(国税4.5%+地方税0.5%)引き下げられたこと。たとえば東京都の場合でいうと、40.69%から35.64%へと下がります。実は、当初財務省は、この税率ダウンと同時に課税ベースを広げて、増減をフラットにする意向だったようです。が、フタを開けてみると課税ベース拡大は、やや抑え気味となり、結果としてかなりの実質減税になりました。
また、所得800万円以下の法人に適用されている特例軽減税率18%(本則22%)は3%引き下げられて15%(同19%)に。特例期間も3年間延長(平成26年3月31日まで)されました。
たとえば所得800万円の中小企業の場合、法人税だけで24万円の減税効果、住民税を併せると約26万円キャッシュフローが改善することになります。
――経営者にとって朗報です。
今仲 ただ、諸外国と比べるとどうでしょうか。アメリカは約40%ですが、イギリス28%、中国25%、韓国24.2%、シンガポール17%と、とくにライバルとなるアジア諸国と比較すると、やはりまだまだ高い。1月に経団連の米倉弘昌会長が「もう一段の法人税引き下げを…」と発言された背景にはこんな現実があります。
もちろん、これで未来永劫法人税引き下げはない…ということではありません。さらなる引き下げは今後、俎上にのぼるべき重要課題です。が、財源の問題がありますので、消費税引き上げなどとセットにしながらでないと難しいとは思いますが…。
――このほかの減税施策はいかがでしょう。
今仲 次に影響が大きいのは「雇用促進法人税額控除制度」の創設でしょうね。今の政府の重要な政策課題として、雇用の創出がありますが、それを税制面で後押ししようというのがこの制度です。具体的には、前期から従業員(雇用保険の一般被保険者)を10%以上かつ2名以上増やせば、その増やした従業員1人当たり20万円を税額控除できるというもの。
この制度を活用するには、期がスタートしてから2ヵ月以内に公共職業安定所に、目標の雇用増加人数などを記入した計画書を提出する必要があります。そして期の終了後に公共職業安定所から確認書を受け取り、それを確定申告書に添付して適用を受けるというプロセスになります。たとえば、社員20名の会社だと2人増やせば10%増になるので、2人分40万円の控除を受けることができます。
ただ、「事業主都合による離職者がいないこと(リストラをしないこと)」や「当該事業年度における支払い給与額が前年度のそれよりも一定割合増加すること」などが要件となりますので注意してください。
――パートや派遣社員はどうなるのでしょう。
今仲 文面だけで判断すると、雇用保険の被保険者であれば対象になる、と読めます。
――このほか、活用可能な減税施策はありますか。
今仲 意外に使えるのが子育て支援税制の拡充です。これは、自民党政権時代につくられた制度で、子育てのための定時退社制度等の行動計画書の認定を受ければ、施設償却費の32%を割増償却できるというもの。従来は「従業員301人以上の事業所」は行動計画書を労働局に届け出なければならなかったものが、「101人以上」に引き下げられました。
影響大の「減価償却制度見直し」
――一方の「課税ベースの拡大」にも多くの項目が並んでいます。
今仲 今回の税制改正の目玉である法人税の引き下げは、これをもって企業戦略的にどうこうという話ではありません。それよりもむしろ、租税特別措置法による滅税措置を廃止・縮小する「課税ベースの拡大」つまり増税の部分に、経営者の意思決定の必要性がより出てくるのだと思います。
――具体的には?
今仲 すべての企業に影響が出るのが「減価償却制度の見直し」です。そもそも、減価償却制度は「日本は国際的に償却スピードが遅すぎる」ということで、平成19年に抜本改定されました。ところがいまでは、日本が世界最速の償却スピードになってしまった。「最速は行きすぎだから、少し戻してもいいのではないか」というのが、今回の改正の趣旨です。
具体的には、定率法の中身の見直しで、従来は、定額法の償却率(1÷耐用年数)を「2.5倍」した数が定率法の償却率だったものが、「2倍」に縮減されました。
たとえば、耐用年数5年、取得価額1000万円の設備があったとすると、改正前には定率法償却率が0.5だったものが、0.4になる計算。この場合、1年目の償却費は、「改正前」500万円、「改正後」400万円。2年目は「改正前」250万円、「改正後」240万円ということになります。つまり、この差額分だけ課税ベースが拡大しますから、企業は取得時直後に余分に税金を払わなければなりません。
――欠損金の繰越控除制度の変更(〔『戦略経営者』2011年3月号35頁〕図表2)はいかがでしょう。
今仲 この話が議論され始めたときに、正直「困ったことになった」と思いましたが、資本金1億円以下の中小法人は対象外ということでほっとしました。逆に、これは中小法人にとってはプラス材料です。
そもそもこの制度は、欠損金を翌期に繰越し、当期利益と100%相殺できるというものです。が、今回の改正で、資本金1億円を超える大法人は、所得の8割しか相殺できない。つまり利益の2割分は税金を支払わなくてはならなくなった。その代わり、繰越期間を2年間延ばし最大9年間とする措置がとられます。
一方、中小企業の場合、前段の控除限度額は現行通りで、後段の繰越期間の延長は適用されますから、プラスの影響しかない。課税ベースの拡大とはなりません。
――このほか、増税施策は?
今仲 「貸倒引当金の廃止」は産業界全体としては大きいと思います。引当金を損金扱いにできなくなるのでその分、支払う税金が増えます。しかし、これは資本金1億円以上の大法人が対象。中小法人は現行通りなので安心してください。
それから、「棚卸し資産評価の切り離し低価法の廃止」も、影響は少なくありません。低価法とは、取得価額と時価のいずれか低い方で棚卸し資産を評価する方法。そして、切り離し低価法とは、時価で評価損を計上して翌期に時価が回復しても戻し入れ益を計上しなくてもいいというもの。新税制ではこれを廃止し、期首には戻し入れ益を計上しなければならない「洗替え低価法」に統一されます。結果として利益が増えて増税となります。
また、研究開発投資減税の見直しも課税ベースの拡大といえます。平成23年4月1日以降に開始する事業年度では、それまでの税額控除の特例が外され、40%から30%に縮小されます。研究開発投資は、今後企業が生き延びていく上で必須の要件です。それだけに、影響は大きいのではないでしょうか。
さらに「中小企業等基盤強化税制」の廃止。これは機械等の投資に対して税額控除(7%)や特別償却(30%)が認められるというものですが、これも「租税特別措置を縮小する」という政府の方向性のなかで、廃止されました。
高額所得者の負担が増加
――次に、オーナーとしての経営者個人に影響を及ぼすであろう改正点を教えてください。
今仲 まず、給与所得控除制度の改正でしょう。
日本の給与所得控除の額は、諸外国に比べて、実はかなり大きい。たとえば2000万円の給与所得の場合、日本では270万円が控除されますが、フランスは171万円、アメリカ101万円、ドイツに至っては12万2000円に過ぎません。なぜかというと、「クロヨン」「トーゴーサンピン」などといった言葉に象徴されるように、自らの裁量でかなりの部分を経費として計上できる自営業者に比べて、所得の捕捉率が高い給与所得者は損ではないか…という不公平感を抑えるためです。ところが、所得捕捉率の格差も徐々に是正され、給与所得控除額の根拠を疑問視する声も出てきた。結果、今回の見直しということになったわけです。
図表3(『戦略経営者』2011年3月号36頁)をご覧下さい。1500万円までの所得には、従来通りの控除額が適用されますが、その時点の控除額は245万円。新税制ではここで頭打ちになります。
また、会社役員の場合はよりシビアです。2000万円を超えると徐々に控除金額が減少し、2500万円で185万円。さらに、3500万円を超えると再度控除金額が減少し始め、4000万円で125万円にまで下がります。役員の場合、もともと自営業との“不公平部分”というのは考えなくてもいいのでは…という発想なのでしょう。
――オーナー経営者はダメージが大きいですね。
今仲 たとえば、年間4200万円の役員報酬には、いままで1168万4000円の所得税がかかっていました。これが、新税制では1270万4000円、つまり102万円、さらに住民税を含めると、127万円の増税になります。これは大きいと思います。
相続税の控除圧縮が懸念材料
――相続・贈与税関連ではいかがでしょう。
今仲 オーナーにとって事業承継は頭の痛い問題です。それだけに今回の相続税の基礎控除の引き下げの影響が懸念されます。
現行の相続税の基礎控除は、5000万円(定額部分)+1000万円×法定相続人数となっています。この水準は、物価と地価の上昇に合わせる形で徐々に引き上げられ、平成6年に現在の水準とされたものです。しかし、ご承知の通り、その後地価は大幅に下落しましたから、この水準を引き下げようという声が出てきたのも不思議ではありません。
で、今回、昭和50年(基礎控除定額部分2000万円)と平成22年の物価と地価を対比し、その割合から計算して「定額部分3000万円+600万円×法定相続人数」という改正案が導き出されたわけです。
配偶者と子供2人の家族を持つ人の相続を考えてみましょう。従来であれば控除額は8000万円になります。ところが新税制では4800万円。なんと4割減です。
――相続税では税率構造の見直しも行われますね。
今仲 民主党はもともと、相続税の最高税率が低すぎるという考え方で、22年度の税制改正大綱ですでに、最高税率の引き上げを含めて検討すべきとの文言が入っていました。これを受けて今回、6億円超にかかる最高税率を引き上げ、55%としました。加えて、1億円超~3億円以下のレンジ(40%)を、2段階に分け、2億円超~3億円以下が45%となります。つまり、2つのレンジで税率引き上げが行われたことになります(〔『戦略経営者』2011年3月号36頁〕図表4)。
相続財産5億円、配偶者、子供2人の例で考えてみましょう。
まず1次相続ですが、従来は5850万円だったものが、6555万円と、705万円増えます。そして怖いのが2次相続。配偶者が死亡した場合、2億5000万円にかかる相続税は、4000万円から4920万円に跳ね上がります。この場合、トータルで、1625万円もの増税となるわけです。
「死亡保険金にかかる非課税限度額の見直し」も無視できない施策です。現行の死亡保険金は、500万円×法定相続人数が非課税となっていますが、新税制では「法定相続人」が(1)未成年者(2)障害者(3)相続開始直前に被相続人と生計を一にしていた者…に限られます。ここ数年行われてきた、小規模宅地や個人年金保険の評価額の圧縮と相まって、経営者にとって少なからぬ重荷となるかもしれません。
それからもう一つ。相続時の「自社株式等の納税猶予制度」の見直しは、プラス要因です。この制度には、親族つまり「6親等内の血族、配偶者及び3親等内の姻族」が、上場会社の株式や風俗営業会社の株式を持っていたりすると適用が除外されるという問題点がありました。「6親等内の血族」などといわれても把握し切れないため、怖くて使えなかったのです。新制度では、この「親族」の規定が「生計を一にする親族」と改正されました。これによって、かなり使い勝手が向上したと思います。
――中小企業経営者は、今回の税制改正をどう活用すべきでしょうか。
今仲 厳しい時代だからこそ、研究開発や人材獲得・育成などの分野での“前向きの投資”のために税制をうまく使う意識が必要でしょう。加えて、オーナー経営者の視点でいうと、「所得税の課税強化はこれからが本番」であることを肝に銘じておくべきです。つまり、高額所得者に対する税負担は今後、より増えていく。そこをカバーするためにも、積極果敢な経営で売上・利益を創出していくしかないのです。
(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)