「時」が顧客を創造する――。キーワードは「時間帯」「スピード」「時間限定」。時間を武器にした奇抜な戦略で他社と差別化している事例企業7社を中心に紹介する。

時間マーケティング

 時間というものは、ビジネスを展開していくうえでの有効な武器になる――。そう言われても、すぐにはピンとこないかもしれないが、あらためて周囲を見回すと時間を武器にした戦略で躍進をとげている企業は意外と多い。

 朝や夜など「時間帯」に的を絞ることで斬新な商品・サービスを開発したり、「スピード」という利便性で顧客の評価を集めたり、「時間限定」の販売でユーザーの購買意欲を刺激したり…。その手法はさまざま。時間を武器にできるかどうかは、それぞれの企業のアイデアしだい。ライバルより先に時間を味方につけることができれば、それは大きな強みになるだろう。

「時間帯」に隠されたニーズ

 まずは朝、昼、夜といった「時間帯」に目を向けることが、新しい商品やサービスを開発していくうえでいかに重要かということを知ってもらいたい。ご存じのとおり新商品の企画を考えるに当たっては、「誰をターゲットにするか」というのは一つの大事な要素となる。これまで多くの企業が、対象とするユーザーを「性別」「年齢」「職業」「家族構成」などの属性別に分類(セグメント)して、それぞれに見合った商品提案をしてきたことだろう。だが顧客一人ひとりのライフスタイルが多様化してきた昨今、そうしたマスマーケティング的な対象の絞り方だけでは顧客の心をひき付ける新商品をなかなか生み出しにくくなってきた。そこで注目されるようになったのが、朝や夜などの時間帯別の行動パターンによって消費者の属性をさらに細分化していくというマーケティング手法である。そのほうが、より「あなただけ」に近い商品やサービスが提案できる。

 こうした視点にもとづいて、東京のある中小クリーニング店では「平日は帰りが遅いため、洗濯物を預けられない」というユーザーを想定して夜間集配のサービスをはじめたところ、新たな顧客の発掘に成功した。また、日中や夜は忙しくてなかなか髪を切りにいけないというユーザーのために営業時間を早朝にずらした途端、客足が増えたという美容室のケースもある。「アイドルタイムだから、この時間帯に来てほしい」というのは、提供者サイドに立ったムシのいい話に過ぎないのだ。この事実に気づくだけでも、ビジネスチャンスは大きく広がる。

 『時間単位の市場戦略』(講談社)の著者である、ジャパンライフシステムズの谷口正和氏がこう語る。

 「新しい価値創出の突破口は、いまや時間帯にあるといえます。顧客のライフスタイル要請を時間という視点から切り直したとき、そこに今までにないニーズとシーズが見えてくるはずです。ある特定の時間帯に相応しい“ストーリー”を考え、それを商品やサービスに落とし込んでいくことが今後、ますます重要になってくると思います」

 これは決して難しい話ではない。たとえばレディスファッションを扱うアパレル店が、時間帯によって店の前を歩く客層が変わることを踏まえて、ディスプレーする服を次々に入れ替えていくのも立派な時間マーケティング。どの時間帯にどの商品が一番よく売れるかを普段から観察し、店頭に配置すべき商品が何かを把握していれば、こうした工夫はすぐに行えるだろう。

 「まさに『時間が顧客を連れてくる』という発想が大事なわけです」(谷口氏)

「スピード」という利便性

 次に「スピード」も、時間を武器にするうえで見落とせないキーワードとなる。「タイムイズマネー」と言われるように、時間にはお金に匹敵するほどの価値がある。特急料金を上乗せしてまで新幹線を利用するのは、普通列車にくらべて何倍ものスピードで目的地に到達できるから。つまり「お金で時間を買う」感覚だ。「どうしても今すぐに手に入れたい」「この時間までに入手できないと困る」という顧客の要望を、スピードによって解決してあげられるビジネスが展開できれば、より付加価値の高い経営が実現できる。短納期を武器に、受注を獲得している町工場などは、その典型的なケースだろう。

 畳張り替え業者のTTNコーポレーション(『戦略経営者』2011年3月号14頁)も、スピードの重要性を深く理解する企業の一つ。たとえ畳が痛んできていても、お店を休業するわけにはいかないという飲食店(取引先)のニーズを知り、24時間対応のサービスを始めたところ多くの支持を集めた。店が閉まった深夜に畳を回収。それを夜通しかけて修復し、翌午前中の開店までに届ける。これなら店を休まなくても畳の張り替えができる。

 「新たにスピードを意識したビジネスモデルを考案したいと思うなら、インターネットをうまく活用することもぜひ視野に入れてください」と語るのは、ウェブ・モバイル関係のマーケティングコンサルタントとして活躍する加藤崇氏(加藤・松本事務所代表)だ。

 「例えばネット書店のアマゾンが高い人気を得ているのは、『アマゾンではマイナーな書籍も置いてあるので、あちこちの書店を探し回る手間が省けるし、注文してからわずかな日数で自宅に届けてくれる』という利便性があるからです。いわゆるロングテールの強みを打ち出しやすいネット店の特性と、発達した物流網をうまく組み合わせたビジネスモデルがアマゾンを支える柱となっています」

 出前・宅配サービスのポータルサイト「出前館」(『戦略経営者』2011年3月号16頁)が利用者を増やしているのも、出前注文における時間短縮が図れるというメリットに理由がある。顧客と企業側とが情報のやり取りをスピーディーに行う手段として、インターネットに勝るものは現時点において見当たらない。これをどううまく活用して、新たなビジネスモデルを築いていくか。そこに成功の鍵が隠されている。

「時間限定」で衝動買いを促す

 さらに3番目として「時間限定」を訴えることで、消費者の購買意欲を煽るのも、時間を武器にするうえでの有効な手法だ。スーパーマーケットのタイムセールを思い浮かべてほしい。時間限定だからこそ「いま買わなくては」という購買意欲を刺激する。実は近年、オンラインショップを運営する企業のなかにも、これと同様の手法を巧みに取り入れているところがある。いわばネット上のタイムセールである。

 なかでも代表的なのが、AOSテクノロジーズの「超一品.com」(『戦略経営者』2011年3月号17頁)である。家電メーカーなどから“ワケあり商品”(型落ち商品)などを仕入れ、それを24時間限定で格安で販売する。同じ商品を再販することはなく、どれも1日だけの限定セール。「その日を逃したらもう買えない」という焦りを生むことで、購買への背中を押している。

 ちなみにこうしたウェブ上の“時間限定即効型”の販促手法は、「フラッシュマーケティング」と呼ばれている。一定時間内に一定の人数が集まれば、購入者は大幅な割引率のクーポンを取得できる「共同購入型クーポン」を使った販促手法もこの一類型。いわゆるグルーポンだ。

 お店側がグルーポンを採用する一番の狙いは、広告宣伝にある。レストランの場合なら、「まずは一度自分たちの料理がいかに美味しいかを知ってもらい、次回以降の来店を期待する」という、きっかけ作りのためのツールとされている。その一方で、超一品.comが目指しているのは、在庫品を短時間に売りさばくということ。1日限りのセールなので、市場に出回る同じ商品を値崩れさせる心配もない。メーカーが喜んで型落ち商品の販売を超一品.comに委託するわけは、この辺りにある。

 「どちらも『衝動買いを誘う』という点で共通していますが、在庫処分型の超一品.comのほうが衝動買いと相性がよい分、ビジネスモデルとしてよく洗練されていると思います。グルーポンは初回の来店を促すきっかけにはなるものの、そもそも衝動買い顧客のリピート化が難しいという構造的な難点を抱えています」(加藤氏)

 また、集客力がにぶる雨の日に「雨の日セール」を実施する居酒屋などがあるが、これも一種のフラッシュマーケティングといえよう。雨が降り出したら即刻、携帯メールやツイッターで雨の日セールの実施を顧客(会員登録済み)に向けて告知し、集客を図る販促手法だ。

 外食やホテルなど、労働集約型・設備集約型の産業では、客回転率や従業員の生産性が収益を獲得するための大事な要素となる。1週間以上も前からアルバイトのシフトを組んでいることが多い飲食店の場合、急に雨が降り出したからといって、アルバイトをすぐに休ませるわけにはいかない。だから人件費や地代家賃などの固定費をカバーするために、たとえ割引してでも集客を図る必要がある。ホテルでも空室状況にあわせて料金をディスカウントし、宿泊客を呼び込む工夫を取り入れているところがあるが、これも同様の理由からだ。

 谷口氏はこう語っている。

 「時間とは人間が生み出した抽象概念ですが、ビジネスを推進する企業にしてみれば、恐ろしいまでの具象概念といえます。時間という“物差し”を使って顧客をどう呼び込むか。すべてを時間という切り口で見直したとき、驚くべき発見があるはずです」

 時間という概念を経営戦略に取り入れ、厳しい不況を乗り切っていただきたい。

(本誌・吉田茂司)

掲載:『戦略経営者』2011年3月号