対談・講演

苦境に立つ中小企業を共に支え再び成長軌道に乗せる

坂本孝司 TKC全国会会長 × 笹島律夫 常陽銀行取締役頭取 全国地方銀行協会会長

新型コロナウイルス感染拡大が地域経済に深刻な影響を及ぼすなか、全国地方銀行協会会長を務める笹島律夫常陽銀行頭取と坂本孝司会長がWeb対談し、資金繰り支援等の目下の緊急対応と、中長期的な視点からみた中小企業金融における決算書の信頼性確保の重要性、中小企業が再び成長軌道に乗るための認定支援機関制度の活用等について意見を交わした。

司会 TKC会報副編集長 内薗寛仁
とき:令和2年5月15日(金) ところ:常陽銀行本店、税理士法人坂本&パートナー、TKC東京本社

苦境に立つ中小企業のためにいち早く資金繰り相談窓口を設置

 ──早速ですが、現在、コロナ禍が地域経済へ深刻な影響を及ぼしていますが、地元企業の状況はいかがでしょうか。

笹島律夫氏

常陽銀行取締役頭取
全国地方銀行協会会長
笹島律夫氏

 笹島 業種によって影響の度合いは異なるものの全産業の問題となっています。
 茨城県は東京の消費の供給基地という面もありますから、東京の消費が落ち込むことによりさまざまな業種の企業に数珠つなぎで影響が広がっています。特に比較的規模の小さい宿泊業や飲食業などいわゆる日銭商売をされている方は影響を強く受けています。
 当行では年明けに、中国に進出している取引先で影響が出ているとの情報を得てから、各拠点において取引先へのヒアリングを実施してきました。当初は中国で取引がある企業の生産活動が問題の中心でしたが、影響が日本全国へと広がっていくなかで警戒感を持ちました。
 迅速な中小企業への資金繰り対応として、2月12日には相談窓口を設置し、3月11日からは休日相談を開始しました。そのようななかでTKC関東信越会茨城支部の皆さまには緊急融資のための事前ヒアリングの実施など、各支店と連携して積極的に金融支援に取り組んでいただいています。

 坂本 TKC全国会においても、コロナ禍の影響が全国的に拡大する以前の2月半ば過ぎから緊急融資に関する提言を政府や与野党の主要な方々へ行ってきました。
 また、2月25日にはTKCグループとして新型コロナウイルス緊急対策本部を設けて、国の政策等最新情報の発信を始め、TKCモニタリング情報サービス(以下、MIS)等を最大限に活用して全国の関与先企業の緊急資金繰り支援にあたっているところです。

有事にこそ取引先の事業維持に向けた銀行の本気度が試される

 ──5月1日から民間金融機関での「実質無利子・無担保・据置最大5年・保証料減免の制度融資」の取扱いが始まりましたが、その際も常陽銀行さんでは資金繰りの相談窓口をいち早く開かれて対応されたと伺っています。

 笹島 本制度については、すぐに動き出せるように、申込みに必要な書類等をお客様へ事前にご案内しました。
 また日本政策金融公庫の特別貸付を利用したいという方に対して、公庫の窓口がパンクしていて申請ができなければ我々が同じような条件で受けようと判断をしました。日本公庫へ移管することを念頭においた緊急対応ですが、移管できない案件が生じることは承知の上で、一定のリスクを取る覚悟を持ったということです。
 迅速に対応する体制を整えるとともに、政策金融の分については一歩踏み込んだ支援を行うという二本立ての方針で、困っているお客様へいち早くお金が届くように取り組んできました。

 坂本 いまは一時的に業況が悪化した企業への緊急融資等による支援が何より必要ですから、そのように自らリスクを取って手を差し伸べてくださっていることをありがたく思います。

 笹島 お客様から話を伺うと、最優先課題は資金繰りでしたが、同時に製造業等ではサプライチェーン寸断などお金以外の問題も抱えておられました。そうした実態を踏まえ、我々の全ての店舗の担当者が、全ての取引先に接触して、いまお客様に何が起きているのか、そして資金の手当てを始めいま何が必要なのかをよくお聞きし、手立てを講じることに全力を傾けています。
 こういう緊急事態のときこそ我々は伝統的な金融仲介にとどまらず、取引先の事業の維持・発展に向けたコンサルティング機能を発揮していかなければなりません。いままさにお役に立つことができなければ我々の存在意義はないのです。坂本会長は「いままさに、職業会計人の真価を発揮する時!」と述べられましたが(『TKC会報』2020年5月号「巻頭言」)、我々もいままさに金融機関の真価が問われる時という認識で取り組んでいます。

 ──国税庁はコロナ禍の影響を踏まえ、個人、法人、社会福祉法人等非営利法人など全ての組織の申告期限延長と納税猶予の特例を設けました。その結果、金融機関への決算書や申告書の提供がMISも含めて遅れるケースが増えると思われます。

 笹島 納税猶予を申請する際は、いつまで猶予するのか、つまりいつ納税するのかを金融機関に教えてもらえると助かります。金融機関は融資先企業の決算時に必ず格付け作業を行うので、それがあれば格付け作業のスケジュール等の見直しを考えることができます。これは金融機関の現場にとって意義があることと思いますので全国のTKC会員事務所の皆さまにお願いしたい点です。

「粉飾決算が増えている」と指摘 その引当金が与信コスト増の要因

 ──笹島頭取は全国地方銀行協会会長のお立場で、昨年11月13日の定例記者会見の際に「融資先で粉飾決算が増えている」と発表され、その背景には、融資先の貸し倒れに備えた引当てが与信コスト増加の一因になっているという趣旨の説明をされました(『TKC会報』2020年6月号10頁資料)。

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 私はこの記事を見て「よくぞ言ってくださった」と感銘を受けました。
 というのも、地域金融機関と税理士業界はいわば水と油という関係が長く続いてきたからです。その要因は金融機関がごく一部の粉飾決算に遭遇したことで、中小企業の決算書や税理士は信用できないというレッテルを貼ってしまったことにあります。相互に信頼関係が築けず、結果として経営者は赤字になれば融資を引き上げられるという恐怖心からさらに粉飾を重ねるといった悪循環が、一部ですがいまだに繰り返されているとも聞き及んでいます。
 TKC全国会では、中小企業、金融機関、税理士が手を携えてその成長を共に後押しすることで成果も上がっていますが、残念ながら業界全体でみると騙し合いともいえる関係が一部で残っているようです。
 結論を申し上げますと、税理士が関与先企業をしっかり指導して、納税においては「1円の不足も、1円の納めすぎもあるべきではない」という信念に基づき税務申告書を作っていく。そうしてできあがった決算書や税務申告書があれば、金融機関は個々の企業の経営状況をタイムリーかつ正確に把握することができます。そして、残った時間を事業性評価や目利きの実施に当てていただく。それにより、日本経済全体からみた与信コスト増加というロスは相当程度解消されるのではないかと考えています。
 ですから笹島頭取の「粉飾が増えている。信用リスクが高まっている」という新聞記事を目にして、驚くとともに大変ありがたいご指摘だと思ったのです。タブーともいえるテーマに勇気をもって問題提起してくださったと。全国地方銀行協会会長としてのこのご発言を我々は真摯に受け止め、受けて立とうという思いでいます。

 笹島 ここ数十年、政府や日銀の金融政策の振れ幅が大きかったといえます。一方で、与信コストが増えているのは銀行の融資に対する規律が緩んでいるからだといった指摘も耳にします。はたして本当にそうなのか。さまざまな要因はありますが粉飾決算は与信コスト増加における極めて大きな要素であり、円滑な融資における最大の妨げであることをしっかり伝えておきたいという思いがあったのです。
 もう一点、我々地方銀行は逃げも隠れもできません。私たち自身が地域の住民でもあるわけで、地元から後ろ指を指されるようなことは決してできないのです。

 坂本 そうですね。それは顧問税理士も同じです。

 笹島 したがって融資先企業とは平たく言うと一蓮托生の関係です。それは顧問税理士さんも一緒ではないでしょうか。逃げも隠れもできないからこそ、逆に言うと信用できる方と付き合っていきたい。その点について覚悟を決めていくしかないと思っています。

決算書の信頼性が識別可能となれば誠実な経営者が報われる

 坂本 私はアメリカとドイツの中小企業金融における税理士、会計の役割の研究をしています。税理士業界と金融機関の関係性についてもう少し述べますと、アメリカにおいても税理士と金融機関の騙し合いのような関係はありました。それが1966年に米国銀行家協会と米国公認会計士協会がお互い手を組もうとなり、会計事務所が出す監査証明書あるいは決算書の読み方等について意見交換し相互理解を進めたことにより、連携関係ができあがりました。
 ドイツも、1961年の信用制度法(日本の銀行法・信用金庫法)で、金融機関は企業に融資する場合には決算書を徴求しなさいという義務規定が設けられました。3年後の1964年には、連邦金融制度監督局(日本の金融庁)が、金融機関が徴求する決算書には税理士等による決算書の作成証明書(Bescheinigung)を付けなさい、付けない決算書は信用制度法第18条に規定する決算書に相当しないという通達を発したわけです。
 いまから50年も以前に、アメリカもドイツも、企業の決算書の信頼性確保に向けて金融機関と税理士の連携が進んでいたのですね。

 笹島 私も大学では会計学を勉強していましたので、いまのお話には大変興味があります。
 決算書が信用できないということが何をもたらすか。粉飾の真偽を確かめるために銀行は多大な労力をかけてさまざまな確認をするわけですから、さきほど坂本会長がおっしゃった通り、日本経済全体でいえば大きなロスです。
 本来はもっと企業の前向きな面に目を向け、担保・保証人に依存することなく将来性をよく見ていかなくてはいけないのに、それ以前のところに時間や労力を多くとられている。そして決算書の信頼性に不安のあるところについては担保・保証を求めざるを得ない。
 見方を変えると、真面目にやっている事業者はその余波を受けて負担を強いられていると言ってもいいと思います。

 坂本 誠実に経営に取り組んでいる経営者は、余分なことに労力をとられることなくさらなる成長に向けて経営に専念できる環境を我々認定支援機関が作っていかねばなりません。顧問税理士の立場からは、税務署に提出したものと同じ決算書や中小会計要領または中小指針の適用に関するチェックリストなどを、MISで金融機関に提供することによって信頼性は担保されていくと考え、「決算書の信頼性は識別可能である」ことを常々発信しています。

 笹島 結局のところお金をお貸しする金融機関にとって何より重要なのは「信用できるお客様であるかどうか」です。そのため「情報の非対称性」の解消が極めて重要であり、それをMISで実践できることはすでに確信をもっているところです。TKC会員事務所の皆さまには一層、その推進にご努力いただきたいと思います。

巻頭対談

「仕訳を理解すると取引の実態が分かる」バンカーとしての原点は簿記と会計にある

 坂本 笹島頭取はさきほど大学時代に会計を学ばれたとおっしゃっていましたが、経歴を拝見すると早稲田大学商学部のご出身ですね。話は少し脱線しますが早稲田大学には100年を超える会計教育の歴史があり、伝統的に会計を重んじる学風があると感じています。また笹島頭取は国際金融のご経験も豊富であり、インターナショナルの良いところと悪いところをしっかり峻別し、ドメスティックな金融の世界に活かされている点に感銘を受けています。

 笹島 私自身は銀行に入り海外の現地法人への赴任も含めて、有価証券の運用や為替ディーラーなども経験しましたので、時価でものを見ることの必要性は理解しています。ただ、会計の視点からみた場合、それをどこまで適用するかという点が重要だと思います。その意味でアングロサクソン流の時価主義一辺倒などは腑に落ちませんでした。
 簿記、会計は本当に大事だと思います。若い行員に言っているのですが、新しい融資先ができたらまずは自分でその融資先企業の仕訳を確認してみなさいと。そうすると表面的ではなく、取引の実態が見えてきますよと。

 坂本 すばらしいですね。私は大学に入ってから独学で簿記を勉強したのですが、初心者にとって簿記は3級でも非常に難しかったことを覚えています。

 笹島 私も会計学を勉強する際に基礎になる簿記論を勉強しましたが最初は理解しづらかったです(笑)。しかし複式簿記の考え方が理解できてくると、物事の見え方がずいぶん違ってきたと思います。

 坂本 金融機関の皆さまと我々会計専門家の共通用語はおそらく簿記、特に仕訳ですね。それが分かると、共通の土壌でお客様を交えて経営についてさまざまな話ができるようになります。

 笹島 そう思います。私自身、入行3年目に融資担当を命じられて、規模の小さい取引先に、融資の話をしに行きました。当時の国民生活金融公庫から融資を受けていた本屋さんでした。その経営者は、自分は公庫から初めて金を借りるときに事業計画を3パターン作って説明したと。一つは自分の描くメインのシナリオ、二つ目はもう少しうまくいくシナリオ、三つ目がうまくいかないシナリオ。
 この最後のうまくいかないシナリオでも何とか借りたお金が返せる内容となっていて、公庫の担当者から褒められたのが自分の自慢だと話していました。私も思わず社長に大変すばらしいとお伝えしたことを思い出します。
 私に複式簿記の考え方などがベースにありましたから、その社長と売り上げや借り入れなどについて具体的な話ができましたし、ヒアリングしながら数字で自分の事業を語っていただいたり、こちらから問題提起ができたりしました。そういう経験が私の原点ともいえます。企業が健全に発展していくために、簿記と会計を用いてきちんと事業を数字で語れることが極めて大切だと感じています。

中小企業が再び成長軌道に乗るために共に認定支援機関として本業支援を

 坂本 いまは二つの視点が必要だと考えています。一つは先ほど来話に出ている当面のこの危機を乗り越えるための視点。もう一つはコロナ禍が収束したのちに再び事業を成長軌道に乗せていくために必要となる中長期的な視点です。
 中長期的な視点としては、中小企業金融における「情報の非対称性」の解消に向けて、また経営改善などに地域金融機関と税理士が連携して本業をサポートしていくことが重要と考えています。
 今後、コロナ禍の関係で融資が増加していくと思いますが、我々は、融資額に応じた期間や頻度の経営計画とモニタリングを要件として、それらの支援に認定支援機関を有効活用すべきと考えています。中小企業の資金調達や収益力向上に、認定支援機関である我々税理士が地域金融機関と力をあわせて共に伴走支援していきたいと思っています。

 ──最後に、TKC会員事務所へのメッセージをお願いします。

 笹島 税理士の皆さまと地域金融機関である私どもの関係は、取引先に対して担う役割は違うかもしれません。しかし取引先と一連托生の存在として、事業を伸ばすという共通のゴールに向かって仕事をしていくことに変わりないと思っています。
 冒頭に申し上げたように、このような非常事態にこそ地域金融機関の真価が問われると認識しています。
 厳しいことを申し上げると、我々金融機関も税理士の皆さまも、いざというときにお客様の役に立たないのであればそれは何の役にも立っていないのと等しい。そのためにも中小企業に寄り添い税務、会計、保証、経営助言業務などの指導を目指されているTKC会員事務所の皆さまとの普段からの緊密な連携が大変重要だと実感しています。
 共に覚悟を持って、地元中小企業が危機を乗り越え再び成長軌道に乗るよう全力を尽くしていきましょう。

 坂本 2我々税理士も今回の危機に対して中小企業にとっての「親身の相談相手」となれるかどうかが試されています。共に地域で中小企業を支える存在として連携を深め、中小企業、ひいては地域経済の活性化に取り組んでまいりたいと思います。本日がそのスタートとなることを心から願っています。

笹島律夫(ささじま・りつお)氏

昭和55年常陽銀行入行。郡山支店長、市場金融部長、経営企画部長、常務取締役、専務取締役等を経て、平成30年6月取締役頭取。令和元年6月一般社団法人全国地方銀行協会会長に就任。

(会報『TKC』令和2年6月号より転載)