対談・講演

「TKCモニタリング情報サービス」を起点に本業支援(資金調達×経営改善×事業承継)を強化

坂本孝司 TKC全国会会長 × 笹島律夫 全国地方銀行協会会長 常陽銀行取締役頭取

「TKCモニタリング情報サービス(以下、MIS)」は、企業の依頼に基づき税務署に提出したものと同じ決算書・申告書等を金融機関に開示する無償のFinTechサービスである。その利用申込件数が15万件(2019年10月時点)を達成した。MIS開発提供のきっかけを作った常陽銀行は現在、MIS利用で全国トップクラスの実績を挙げている。今回は現頭取で全国地方銀行協会会長も務める笹島律夫頭取とMISの爆発的な普及が金融機関と税理士の実質的な連携につながると力説する坂本孝司会長が、中小企業金融の課題を踏まえた両者の連携のあり方を語り合った。

巻頭対談

質の高い総合金融サービスの提供で地域とともに未来を創り続ける

 坂本 本日は笹島頭取とお会いできることを楽しみにしておりました。これからの中小企業金融のポイントや金融機関と税理士の連携による中小企業支援についてお話しできればと思います。

笹島律夫氏

笹島律夫氏

 笹島 こちらこそよろしくお願いいたします。

 坂本 始めにTKC全国会の紹介からさせていただきます。私どもは、税理士・公認会計士約1万1300名で組織される、わが国最大級の職業会計人集団です。現在、日本に会計事務所は2万8000件ほどありますが、そのうちTKC会員の事務所は9600件ほどあり、全体の3分の1以上をTKC会員が占めていることになります。
 TKC会員はいま、適時・正確な記帳にもとづく会計帳簿をもとに、全国約60万社の中小企業に対して「黒字決算の支援」や「決算書の信頼性向上を図るための支援」「企業の存続基盤を確かなものにする支援」を積極的に行っています。

 笹島 私ども常陽銀行は、国内183店舗、海外4事務所、従業員3320名を抱える、茨城県水戸市に本店を置く地方銀行です。2016年10月に足利銀行と経営統合して「めぶきフィナンシャルグループ」を立ち上げ、現在3年目を迎えました。めぶきフィナンシャルグループの経営理念は「質の高い総合金融サービスの提供を通じて、地域とともにゆたかな未来を創り続けること」にあり、役職員一同、日々汗をかき地域社会への貢献に励んでいます。私は、2018年より常陽銀行の頭取を務めています。また、2019年6月には全国地方銀行協会の会長にも就任しました。地方銀行を取り巻く経営環境は厳しさを増していますが、その役割は地域経済の発展と地域企業の持続的成長に貢献することにあります。これからも地域への円滑な金融仲介機能の発揮と質の高い金融サービスの提供に努めてまいります。

金融機関を悩ませる「情報の非対称性」中小企業の積極的な情報開示が必要

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 笹島頭取は、今日の中小企業金融における課題をどのように考えていますか。

 笹島 金融機関は企業から決算書など財務諸表を提出いただいて融資などの判断材料とするわけですが、2008年のリーマンショック以降、決算書の信頼性をどう見極めていくかが重要になりました。それは、経営の実体が正確に反映されていない決算書などが見受けられるようになってきたからです。このような「情報の非対称性」が金融機関にとって大きな悩みとなりました。当然ながらこういうケースがあると、決算書を疑って調査せざるを得ません。
 調査には時間もコストもかかるので金融機関にとっては負担ですし、企業側に経営者保証や不動産などの担保のお願いをするといったことにもつながります。ですから、経営者の皆様には、信頼性の高い決算書を開示いただけるようお願いしたいというのが正直なところです。

 坂本 同感です。上場している企業の場合、利害関係者に偽りのない正確な情報をディスクローズするのが責務となっていますが、中小企業はそこまで厳格に求められていません。笹島頭取も触れられていたように、現在は金融機関が調査をして正確な情報を得る、というのが当たり前のような風潮がありますが、むしろ中小企業の側が積極的に正確な決算書などを開示し「情報の非対称性」の解消に努めていく必要があると考えています。
 実は、こうした考え方から生まれたのがMISなのです。

税務署へ電子申告した改ざんの余地のない財務データが金融機関に開示できる

 坂本 中小企業金融の円滑化を図る最大のポイントは「情報の非対称性」を会計で解消することだと思っています。MISは、TKC会員(税理士・公認会計士)が関与先企業側で月次決算した後、毎月企業を訪問し巡回監査を実施したうえで作成した月次試算表、決算書などを、企業経営者からの依頼にもとづき、無償で金融機関に開示するFinTechサービスです。
 このサービスは税務署へ電子申告した決算書や申告書と同じデータが金融機関に開示される仕組みであるため、財務データの改ざんの余地がありません。つまり「情報の非対称性」を解消できるのです。こうした点が金融機関から評価され、現在、すべての地銀(64行)で採用されています。さらに都銀・地銀・第2地銀・信金の9割以上でも利用されており、利用申込件数は15万件を超えました。

 笹島 当行でもMISを導人し、利用しています。現在、めぶきフィナンシャルグループの取引先企業における利用申込件数は約3500件(2019年10月時点)にのぼります。

 坂本 全国トップクラスの実績ですね。

MISのデータを行内システムに取り込み翌営業日には各支店や行員に展開

常陽銀行

株式会社常陽銀行の概要
創立   1935年7月30日
本店   茨城県水戸市南町2丁目5番5号
資本金  851億円
拠点   国内:183店(本支店153、出張所30)
     海外:4駐在員事務所
従業員数 3,320人
総資産  10兆5,626億円
預金   8兆7,291億円
貸出金  6兆5,947億円      (2019年3月31日現在)

 笹島 当行では、かねてから中小企業を支援するにはFinTechを積極的に活用する必要があると考えていました。そのような時に当時の当行のトップからTKC様に直接ご提案し開発していただいたのがMISであり、2016年4月に業務提携しました。
 先ほど坂本会長が言われていましたが、特に本サービスの前提にはTKC会員事務所が提供するサービスの高い業務品質があります。中小企業が日々仕訳を入力し、TKC会員事務所による巡回監査を通じて正確な財務データが月次、半期、決算へとつながっていく。この一連の業務が適時に適切に行われているところが信頼性のベースとなります。月次決算がきちんとできれば、決算もスムーズにすすみ、誤謬も防げる。そしてそれらの内容はTKC会員事務所が提供する「記帳適時性証明書」や「税理士法第33条の2に規定する添付書面」で信頼性が保証されています。こうして信頼性の高い決算書などの情報が税務申告書を税務署に電子申告するのと同時に、金融機関に提供されるところを高く評価しています。
 このようにMISで提供される決算書などのデータは、すでに信頼性が保証されたデータです。そのため、ダウンロードしたMISのデータは行内のシステムに自動で取り込み、その翌営業日には担当する支店や行員に展開されるようになっています。

 坂本 行員の方々からどのような感想がありますか。

 笹島 こうした環境になったことで「決算書などの授受にかかる時間を削減でき、生産性が向上した」「税務署に提出されたものと同じ内容の決算書であるため、信頼性がきわめて高い。定性情報も得られ事業性評価に役立つ」「お客様との面談前に分析できるため、課題の共有や深掘りに集中できる」「事業承継対策では決算書情報がすべてのスタートになるため、いつでもどこでも照会できる環境が整ったことが効果につながっている」など、各担当者から高く評価する声が聞かれます。

 坂本 私どもにとってそれは大いに励みになります。

円滑で的確な「事業性評価」ができ融資判断の迅速化につながる

 坂本 さらに言いますと、MISは、決算書一式だけでなく、
 ●どの税理士が関与しているのか
 ●月次巡回監査が実施されているのか
 ●電子申告した内容と同じ決算書等であるのか
 ●中小会計要領に準拠しているのか
 ●税理士法第33条の2による書面添付がなされているのか

 といった情報とともに「事業計画」や「ローカル・ベンチマーク(注)」も金融機関に送ることが可能です。
 これにより、たとえばいま赤字でも、将来、黒字化できるといった見通しが把握できます。円滑で的確な「事業性評価」が行えるので、金融機関にとっては融資判断の迅速化につながりますし、企業側にとっても前向きな融資を受けられる可能性がひろがります。
 以前、聞いた話によると、われわれと表裏一体の関係にある株式会社TKCは、昭和41年の設立から2年ほど赤字経営の状態で運転資金に事欠く状況でありました。多くの金融機関から融資を断られる中、資金提供をしてくれたのが常陽銀行様でした。常陽銀行様は、決算書の数字だけでなく「事業計画」を検討材料にあげてくれ、〝これならいける!”と融資に応じてくれたのです。事業性評価の〝目利き”は、包み隠さない正確な財務情報と「事業計画」などの添付があってこそのものと感じました。

 笹島 銀行冥利につきるエピソードをありがとうございます。今後も企業の成長に貢献できるような事業性評価をしていくためにも本サービスを活用していきたいと思います。

(注)経済産業省が企業の経営状態の把握、いわゆる「健康診断」を行うツール(道具)として策定した枠組み。

地域経済の発展に向けてMISの利用企業数をもっと増やしてほしい

 坂本 われわれTKC全国会は、誠実な中小企業が金融機関から正当に評価されることを目指し、会計帳簿をベースにした税務・会計・保証・経営助言の4大業務を実施しています。中小企業金融においては、財務情報と非財務情報が不可欠だと思いますが、金融機関がすべての融資先経営者に寄り添って事業性評価を行うのは、行員一人あたりの担当件数からみても難しいのではないでしょうか。だからこそ、金融機関の皆様にも日本の法人の9割に関与するわれわれ税理士をもっと活用してほしいと思っています。
 MISを活用して、金融機関と税理士の連携関係を構築し、中小企業の資金調達力の強化を図っていきたいと考えています。

 笹島 金融機関は資金繰りに関するご相談というかたちで中小企業との接点を持ちますが、税理士さんは常に中小企業の側にいて、会社の財務状態の課題にいちはやく気づくことができる立場にあります。経営者とは違う客観的な目で会社を良くするための指摘を行うことができる税理士さんとしっかりとコミュニケーションをとることは金融機関にとっても重要なことです。企業と金融機関と税理士さんは、これからますます協力しあい、地域経済の発展に尽くしていくべきだと考えています。
 そのためにも、MISの利用企業数をもっと増やしていただけるよう期待しています。

信頼できる決算書を通じて実質的な金融機関と税理士の連携を図ろう

 笹島 現在、日本の中小企業が抱える課題の代表的なものとして「事業承継」があります。特に後継者の教育のためには、自社の事業の中身、財務状況がどうなっているかを正しく把握する必要があります。
 一方、金融機関は「経営者保証に関するガイドライン」の趣旨を踏まえ、経営者保証に依存しない融資の促進を図っています。経営者に公私の区別をつけていただき、債務の状況を開示することにより、経営者保証の解除の可能性がより高まるものと考えています。そういう面でもMISを活用していければと考えています。

 坂本 いま笹島頭取よりお話がありましたとおり、中小企業の事業承継も深刻な課題です。TKC会員の多くの税理士が経営革新等支援機関としての認定を受けて、関与先企業の事業承継についてしっかりと支援しているところです。
 また、2020年4月より、資本金1億円超の法人は電子申告が義務化されます。電子帳簿、電子申告と税務や会計においてもデジタル化が確実に進んでいます。このような社会情勢の中で決算書の提出が電子化されるのは当然のことだと考えています。各種業務のデジタル化とあわせて関与先企業のコンプライアンス遵守やガバナンスの改革を支援していくのもまた税理士の重要な役割ですので、引き続き力を注いでいきます。

 笹島 円滑な資金調達や経営改善、事業承継などを、的確にアドバイスしていくためには信頼できる決算書が欠かせません。MISの活用をスタートラインとして、これからも双方が協力して中小企業の発展・成長のために尽くしていきましょう。

 坂本 わかりました。全力で取り組んでいきたいと思います。本日のお話をお伺いして、常陽銀行様が地域の取引先企業の本業支援にしっかりと寄り添い、地域経済の活性化に取り組まれている本気度が改めて伝わってきました。われわれも「会計で会社を強くする」ために、中小企業金融における税理士の役割を一層強化し、信頼できる決算書を通じた金融機関との連携をより実質的なものにするよう取り組んでいきます。

(構成/TKC出版 内薗寛仁・古市 学)

笹島律夫(ささじま・りつお)氏

昭和55年常陽銀行入行。郡山支店長、市場金融部長、経営企画部長、常務取締役、専務取締役等を経て平成30年6月取締役頭取。令和元年6月一般社団法人全国地方銀行協会会長に就任。

(会報『TKC』令和元年11月号より転載)