対談・講演

政策金融の使命と役割を踏まえ中小企業支援にむけて連携を強化したい

坂本孝司 TKC全国会会長 × 田中一穂 日本政策金融公庫総裁

株式会社日本政策金融公庫は、国の中小企業・小規模事業者政策、農林水産政策等に基づいて金融機能を発揮している政策金融機関である。平成29年12月に日本公庫総裁に就任した田中一穂氏は、重点事項に掲げる「民間金融との連携」と「事業承継支援」を積極的に推進している。田中総裁をTKC全国会坂本孝司会長が訪ね、中小企業支援への取り組みと税理士との連携について対談した。

司会:会報「TKC」副編集長 内薗寛仁
とき:平成31年2月28日(木) ところ:日本政策金融公庫本店

巻頭対談

大蔵省入省から財務次官退官まで37年間の官僚人生を振り返って

 ──本日は、日本政策金融公庫(略称:日本公庫)の田中総裁と、TKC全国会坂本会長に対談していただきます。

 坂本 先般はお忙しい中、TKC全国会の新春賀詞交歓会にお越しいただきありがとうございました。

田中一穂氏

田中一穂氏

 田中 こちらこそ感謝いたします。政界や官界などから多くの方々が出席されていて、非常に盛大な会でしたね。

 ──田中総裁は、昭和54年に大蔵省入省後、財務省理財局長や主税局長、主計局長など要職を歴任され、平成27年7月に財務次官に就任されました。

 坂本 そのご経験の中で特に印象的な事柄は何でしょうか。

 田中 37年間勤めた財務省では、主に税制づくり、予算編成、人事管理の仕事に携わりました。中でも、最も印象深いことと言えば、消費税です。
 当時の大蔵省で最初に配属になったのは主計局総務課で、企画係という予算編成にかかわる仕事につきました。上司の係長の机の上に、「付加価値税(VAT)導入にかかる留意事項」と書かれたペーパーが置かれていたことをよく覚えています。世の中ではすでに「一般消費税(仮称)」という名前で議論されており、はじめての付加価値税導入に向けて緊張感が漂う空間に身を置いていました。
 この「一般消費税(仮称)」は結局のところ法案にもならずにつぶれました。それからしばらくの間、政治は「増税なき財政再建」という路線を進み、その後売上税法案が提出されました。しかしこれも国会で審議されることなく廃案となりました。
 そのころ、私は大臣官房で法律の審査を担当しており、売上税法案も審査をしていたせいか、その直後の昭和62年7月に主税局に異動を命じられました。そこでは、消費税が議論の俎上に載せられる中で、担当補佐として消費税法の立案を担い、平成元年4月に消費税が導入されました。

 坂本 消費税法の立案に尽力されていたとは知りませんでした。初めてのことなので大変ではなかったですか。

 田中 税制の細かな検討など、非常に苦労しました。なぜなら消費税は、所得課税や資産課税などと違って、森羅万象、世の中のありとあらゆる取引に対して課税の有無を一つ一つ決めなくてはならなかったからです。
 その後、消費税率3%が定着して、5%になるときには消費税を直接担当しなかったのですが、安倍総理が税率8%への引き上げを決断され、その後2回、10%への引き上げが延期となる間、私は主税局長や主計局長、財務次官を務めました。そのため自分の官僚人生を振り返ると、消費税導入から増税に至るまでずっと消費税に関わってきたという実感があります。

 坂本 私がTKC全国会と兼務して会長をしているTKC全国政経研究会は、真面目に頑張っている経営者に光が当たるような税制等を目指して、日頃から政界や官界の方々に対して政策提言を行っています。
 消費税は、消費一般に広く公平に課税するというその本質に照らして単一税率とし、現行の帳簿方式をインボイス方式に変更する必要性はないと考えています。複数税率やインボイス方式の導入は、過重な事務負担等を中小企業に強いるためです。最後まで粘り強く問題点と代替案を提言していく考えです。

 田中 税理士の方々がそう考えるのは、よく理解しています。

トップとしてフィロソフィーを大切に現場を把握して指揮をとる

 ──その後、東京海上日動火災保険の顧問を経て、平成29年12月に日本公庫の総裁に就任されました。

 田中 実は、小泉内閣のときに理財局の財政投融資総括課長を務めたことがありました。日本公庫の前身の国民生活金融公庫や中小企業金融公庫、農林漁業金融公庫は、いずれも民間金融機関では対応しきれない部分の政策金融を担うための組織だったわけですが、構造改革の波の中で、民業圧迫をしていると相当たたかれました。

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 当時は「改革なくして成長なし」「民間にできることは民間に」などが合言葉になっていましたね。

 田中 ええ。それほど政策金融のあり方に課題があるなら、民間との両立を一体どう考えたらよいのかと思っていました。そして一昨年、日本公庫の総裁になることが決まった際に、再びこの課題に直面することを踏まえて、平成19年に施行された「株式会社日本政策金融公庫法」を読み返してみました。
 私はどのような仕事に当たるときでも、それを形作っている制度の根幹にある考え方やフィロソフィーを、常日頃から考えるようにしています。公庫の使命は法律に書いてありますが、政策金融とは何かをあらためて一から考えてそれを実際の仕事の現場で活かすにはどうしたらよいのか、自分の担っている仕事の根本的な使命は何かということを、自身の頭の中でしっかり考えることが大切だと思っています。

 坂本 トップの心構えとしてフィロソフィーを大切にするということですね。

 田中 そうです。また、現場で起こっていることが全てなので、実際にはどのような問題があるのかを常に把握するように心がけています。例えば、「お客さまとの間でどのようなやり取りが行われ、お客さまに不満が生じていないか」、「民間金融機関との間でどのようなやり取りがなされ、関係が悪くなっていないか」など、現場の状況などをしっかり把握して指揮をとっていかなければならないと思っています。

 坂本 同感です。私もTKC全国会の会長になってからずっと主張していることがあります。それは、税理士としてこれからも世の中に貢献していくためには、税理士法第1条に規定されている税理士の使命を踏まえることはもちろん、フィロソフィーや目指すべき理想像を明確にしておかなければならないという点です。具体的には、会計帳簿を基礎とする税務・会計・保証・経営助言という税理士の4大業務を繰り返し社会に伝えていくと共に、新たな業務にも果敢にチャレンジしていきたいと思っています。

民間金融機関の経営層を訪問して対話による協調融資を進める

 ──日本公庫さんにおける中小企業支援のポイントを教えてください。

 田中 私どもは日本公庫法第1条にあるとおり民間金融機関を補完する立場ですから「民間金融機関との連携」を重点事項に位置付けています。平成29年度の融資金額別の構成割合を見ると、事業資金の貸付件数約30万件のうち貸付金額500万円以下の案件が約50%、3000万円以下で約93%となっています。この中で平成30年度上半期の協調融資の実績は、1万5812件(前年同期比142%)、5672億円(同152%)に達しています。

 坂本 かなりの勢いで伸びていますが、どのような取り組みが有効でしたか。

 田中 お互いに顔の見える関係を構築するために、現場の支店長はもちろんのこと、私も含め役員も民間金融機関の経営層を訪問して、今後の連携の方向性や地域が抱える課題についての意見交換を積極的に実施しました。
 一方で、日本公庫から全額借りたいというお客さまに対しても「民間の金融機関もご利用されてはいかがですか?」と、できるだけ協調融資の提案をしています。
 こうした取り組みが民間金融機関の現場にも徐々に浸透してきました。例えば、あるメガバンクの頭取が部支店長会議で「地方創生に向けて日本公庫との連携をさらに進めよう!」と檄を飛ばしてくださったり、ある地銀の頭取が公の場で「日本公庫との関係は競合から協調に変わった」と述べてくださったりしています。対話を通じてお互いの信頼関係ができて、お客さまにとって本当に必要な金融サポートができるようになったと感じます。
 もう一つ、重点事項に位置付けているのは、「事業承継支援」です。ご承知のとおり事業承継には極めてセンシティブな側面があります。金融機関が経営者に対して「あなたはいつ会社を後継者に譲るのですか?」とか「後継者がいないのなら会社を売りませんか?」などと気軽に口出しできるものではありません。しかし何の準備もないまま、経営者が突然お亡くなりになって、廃業に追い込まれるケースも少なくありません。

 坂本 大切なのは、早期に経営者に問題提起することですね。

 田中 そのため当公庫では国税当局や税理士会と連携して全国135カ所での「事業承継税制説明会」の開催を計画しました。今年の1月末までに133カ所で開催し、経営者・後継者のほか、税理士や民間金融機関、商工会等の支援機関などから約9000名の方々にご参加いただきました。
 また、TKC会員の皆さまとは、国民生活事業において平成21年度から「中小企業経営セミナー」を共催するなどの連携を進めており、今年度は事業承継をテーマに全国54カ所でセミナーを開催しました。今後も中小企業の円滑な事業承継に向けて、密な連携をお願いします。

 坂本 承知しました。TKC全国会では昨年4月から「特例事業承継税制対応プロジェクト」を設置し、事業承継支援に力を注いでいます。日本公庫さんとの連携をさらに強化することで、事業承継をはじめ多様な中小企業支援において大きな成果を挙げられると思います。

「決算書は識別可能」であることを金融機関に理解してほしい

 ──日本公庫さんは国民生活事業においてTKCモニタリング情報サービスを昨年10月から利用されています。

 坂本 短期間ながらすでに6000件近くの利用申込があると伺っており、嬉しく思います。

 田中 当公庫がTKCモニタリング情報サービスを採用した最大のきっかけは、お客さまへのサービス向上に資すると考えたためです。国民生活事業の取引先は全国約87万先と膨大であり、この方々とどう効率的に実のある取引をしていくかは、当公庫にとってとても重要な問題です。実際、取引開始後に全てのお客さまを訪問して決算書等を提出いただくことは困難です。一方で、持参や郵送といった方法はお客さまに負担が生じます。その点、TKCモニタリング情報サービスを使えば、決算書等を電子データでタイムリーかつ容易にご提出いただけるようになり、何よりお客さまの利便性が向上します。
 もう一つのきっかけは、デジタライゼーションの流れです。国民生活事業では、これまで「紙」媒体で管理していた書類のデータ化を推進しています。その一環としてTKCモニタリング情報サービスの利用を開始してから、この2月初旬の時点で5843件の決算書データを受領しています。今後、民間金融機関との連携や事業承継支援はもちろんのこと、様々な場面で提供いただいた決算書等のデータを有効活用していきたいと思います。

 坂本 TKC会員事務所は、これまで関与先への月次巡回監査の実施、改ざんできない会計ソフトの提供、税理士法第33条の2の書面添付の実践等を通じて、信頼性の高い決算書を金融機関に提供することに努めてきました。しかし残念ながら、その意義が金融機関側には十分に伝わっていません。
 そこで、TKCモニタリング情報サービスを使って信頼性の高い決算書を金融機関に大量に提供することを今年から徹底的に行います。そのことによって、中小企業の決算書の信頼性は外部から識別可能であり、その信頼性にはグラデーションがあるということを金融機関側に理解いただけるものと考えています。

 田中 それは有意義な活動です。そもそも当公庫には預金機能がなく、お客さまの日々の資金の流れの把握は困難で、資金の流れをつかむ糸口となる決算書は極めて重要です。TKCさんによる改ざんできない会計ソフトの提供は、われわれ金融機関にとってとてもありがたいことであり、月次巡回監査や書面添付の実践なども決算書の信頼性向上の取り組みであると認識しています。
 実は、TKC会員の方々が、そうした改ざんできない会計ソフトを使いながら経営者を熱心に指導されているということを以前から聞いていました。というのも、私には20年くらい親しくしているTKC会員の税理士さんたちがいるからです。彼等とは平成10年ごろ、ある大学院に頼まれて税制の講義をしたときに出会いました。彼等とはいまも定期的に会っていて、一度、事務所訪問したこともあります。その際に改ざんできない会計ソフトの意義などについて、熱く語ってもらいました(笑)。

書面添付は取引先の審査や対話に有効 税理士のプレゼンスはますます強まる

 坂本 TKC全国会は現在、「TKC方式の書面添付」の推進を運動方針の一番目に掲げて取り組んでいます。中小企業金融における税理士の役割を果たすためには、税理士の4大業務のうち、特に書面添付による保証業務がカギを握ると考えています。
 書面添付は税務申告書の信頼性を税理士が資格をかけて保証するものですが、確定決算主義のもとで書面添付が行われれば、間接的にではありますが、決算書の信頼性が与えられるというロジックが成り立ちます。このロジックを前提として、書面添付に注目した融資商品が数多くの金融機関から提供されるようになっています。また、「経営者保証に関するガイドライン」を適用するか否かの判断材料として、書面添付の記載内容を重視する金融機関も現れています。

 田中 当公庫においても、税理士の方々による書面添付は、審査やお客さまとの対話の際に参考になるものだと考えています。また、経営者保証に依存しない融資については、当公庫も積極的に進めており、すでに中小企業事業ではその実績は金額ベースで95%を超えており、国民生活事業においても「経営者保証免除特例制度」の拡充を予定しています。

 ──関連して申しますと、中小企業庁から昨年末に公表された政府系金融機関(日本公庫・商工中金)における「経営者保証に関するガイドライン」の活用実績(平成26年2月から平成30年9月末まで)は、新規融資に占める経営者保証に依存しない融資割合で累計件数の約3割(27万8699件)、累計金額の約4割(10兆4921億円)に及んでいます。

 田中 このような対応を含めて中小企業金融における役割を果たしていくためには、まずは中小企業の実情をよく知ることが重要です。それには、われわれが長年受け継いできた三つの基本動作、①財務書類の精査②お客さまとの対話③現場に足を運ぶこと──を徹底させながら、個々の中小企業の実情をよく知る税理士の方々との連携を強化することが欠かせません。税務はもとより資金繰りや経営計画の策定、資金調達などの相談に応じるなど、中小企業にとって税理士の方々は頼りになる存在だからです。
 TKC会員をはじめとする多くの税理士の方々が、日本各地で中小企業を支える経営革新等支援機関に認定されています。多様な課題を抱える中小企業にとって、皆さまのプレゼンスはますます強まっていくものと考えています。

 坂本 法人の約9割に関与している税理士は、日頃から経営者の一番身近におりますから、ぜひとも私たちを中小企業支援の現場で最大限に活用してほしいと思います。

 田中 これからも中小企業に寄り添い、よき相談相手となることに期待しています。日本公庫もこれまで以上に税理士の皆さまとの連携を深めていく所存です。

 ──本日は、ありがとうございました。

(構成/TKC出版 古市 学)

田中一穂(たなか・かずほ)氏

東京都出身。昭和54年4月大蔵省入省、平成23年財務省理財局長、24年主税局長、26年主計局長、27年事務次官、28年東京海上日動火災保険株式会社顧問、29年12月株式会社日本政策金融公庫代表取締役総裁に就任。

(会報『TKC』平成31年4月号より転載)