中国人訪日客が100万人を突破。従来の“ドル箱”だった韓国、台湾人観光客の現象傾向を尻目に、右肩上がりを続けている。加えて個人観光ビザの発給条件の大幅緩和…。シュリンク一途の日本市場だけに、この“唯一の光”を逃す手はない。

中国人観光客を狙え!個人ビザ緩和でドル箱出現

――中国人観光客はここ5年で10倍、2009年で48万人(全訪日数は101万人)に上っています。

大西 今後はさらに爆発的に増えるでしょう。最大の理由は、やはり個人観光ビザの発給条件の緩和です。ご承知の通り、昨年7月、年収25万元(約340万円)以上の、一般に富裕層と呼ばれる人たちに、個人観光ビザの発給が認められるようになりました。加えて今年の7月、その条件が、10万元(約130万円)へと大幅に引き下げられたことで、それまでの10倍の1600万世帯が対象になるといわれています。さらにいえば、全人口の15%以上、なんと2億人近い人が、その範疇に入るという試算もある。彼ら中間層を富裕層予備軍、あるいは“新富裕層”と呼んでもいいでしょう。この層未満の所得世帯は、経済的に日本への観光は無理ですから、これはもう「来れる人はみんな来てもいいよ」と同義です。
 おそらく、日本人の想像をはるかに超える中国人観光客が、“大挙して訪れる”時代がやってこようとしているのです。

――しかし、年収100万円程度の人が、本当に日本に観光にやってくるのでしょうか。

大西 そこに日本人の偏見と誤解があります。中国人は、見かけの年収は低くても、物価が安いので可処分所得は意外に高いんです。たとえば、私も中国に12年間住んでいましたが、年収150万円で妻と子供1人を養い、お手伝いさんを雇い、年に1回ハワイに旅行に出かけていました。つまり、年収100万円~300万円くらいの中間層になると、思いのほか快適な生活を送ることができるし、デビッド機能のついた『銀聯カード』を使いショッピングなどを楽しもうという意欲が俄然高まります。十分に日本など海外への旅行の余力を持っていると見ていいでしょう。

ジャパンブランドへの信頼感

――中国人観光客は、なぜ日本にやってくるのでしょう。

大西 一言では難しいですが、あえていえば「質の高い選択肢がたくさん揃っている」からだと思います。たとえば、遊園地でいえば、東京ディズニーランド(TDL)、USJ、富士急ハイランドなどクオリティの高いものが点在しています。中国には寂れた地方遊園地みたいなところしかない。家電製品にしても、“ジャパンブランド”のクオリティの高さはいまだ健在です。百貨店やホテル・旅館もそう。日本の商品やサービスは概して質が良い。中国人のジャパンブランドへの信頼感は半端ではありません。パソコンも中国人観光客の人気商品ですが、彼らはわざわざ日本語対応の機種を購入したりします。立ち上げ時に日本語のロゴが出るのが「品質の良さを証明している」というわけです。
 面白いところでは100円ショップ。ここへ中国人を連れて行くともう狂喜乱舞です。「こんなに質の高いものがなぜ100円で!」と驚くわけです。100円ショップに並ぶ商品はほとんど中国製ですが、日本の会社のプロデュースで開発、製品管理がなされているので質が高い。これも立派なジャパンブランドなんですね。「しまむら」なんかも大人気ですよ。

――どんな商品・サービスが好まれますか。

大西 まず、メードインジャパンの製品です。品質、安全性ともに信頼性が高いですからね。電化製品や化粧品などは代表格です。そして、当たり前ですが、日本でしか買えないもの、あるいは中国にもあるが日本の方が安い商品。観光でいえば東京、富士山、京都、大阪といったいわゆるゴールデンルート。近年は大ヒット映画の舞台となった北海道の人気も高まっています。当然、周辺のホテルや飲食・小売業にはチャンスがあります。
 それから、抑えておきたいのが、中国人はコストパフォーマンスをシビアに考える傾向が強いということ。たとえば、御殿場のアウトレットなどに連れて行くと、高級ブランドのタグがついていても、彼らはきちんと品質を見ます。日本人のように、ブランド品に盲目的に群がるようなことはありません。その意味では、日本の中小メーカーにもチャンスがあるのではないでしょうか。ほとんどの大企業は、すでに中国に進出しています。トヨタしかり資生堂しかり。中国でも買えるわけです。しかし、中国に進出していない中小企業ならではのものをきちんと提示できれば、思わぬ大ヒットも夢ではありません。

ネット戦略で知名度アップ

――ただ、中小企業は知名度がありません。

大西 インターネットを利用すべきです。中国人は紙媒体はあまり読みませんが、インターネット人口はなんと3億人を超えており世界一です。ブロガーもアメリカを抜いて1億人を超えました。つまり、ネット上の情報に非常に敏感で、口コミサイトも無数にあります。いきおい「日本のこの製品はダメ」「このホテルは良かった」などの情報が氾濫することになります。口コミマーケティングには格好の舞台です。
 まず、自社の製品・サービスがどう書き込まれているかをリサーチします。そして、たとえば「壊れやすい」という書き込みに対して「こう使えば大丈夫」などとさりげなく書き込むのです。もちろん、中国人にはまったく知名度のない製品・サービスでも、うまく優位性を訴えれば口コミ効果が見込めます。その際、中国人の社員を雇い、マーティングに専任させるのも一考でしょう。ちなみに、影響力のあるサイトやブログを抽出するには、専門業者の力を借りる方がいいかもしれません。
 また、ECサイトに出ているランキング情報は狙い目です。「日本の家電量販店で中国人観光客に売れている商品」などというランキングの上位に入ろうものなら、一気に売上がアップします。
 それから、『百度(バイドゥ)』や『新浪網(シンランワン)』といった有名どころのポータルサイトに広告を打つという手もあります。しかし、その際、百度の主な利用者は比較的低年齢層、一方の新浪網はビジネスマンや富裕層…といった特徴をつかみ、売り込む商品・サービスによって使い分けることが必要です。それと、費用対効果も慎重に検討してください。

お互いの差別意識を払拭する

――中小企業が中国人観光客をつかむ際の留意点は。

大西 事業分野として有望なのは、(1)宿泊施設、(2)小売・メーカー・商業施設、(3)レジャー・観光地…という順番だと思います。それぞれの留意点はありますが、誌面の都合上、ここでは共通のポイントを挙げてみます。
 まず注意すべきは、「お金」と「危険」に関することは、説明書を配布したり貼り紙をしたりして、周知徹底するべきだということ。必ずしもスタッフが中国語を喋れるようになる必要はありませんが、紙やボードなどできっちり説明できる体制は整えてください。たとえば、使えないカードやサインの必要性、あるいは商品券でおつりは出ないこと。それから、「立ち入り禁止」や「この上に乗るべからず」といった危険への注意喚起。これらを疎かにすると、取り返しのつかないトラブルに発展する危険性があります。
 加えて注意すべきなのはそれらを中国語と英語で表記すること。中国語だけで書かれていると、「なぜ中国人だけが問題視されるのか」というクレームにもなりかねないからです。

――デリケートな心配りが必要ですね。

大西 ご承知の通り、中国人は反日教育を受けており、必ずしも日本人好きとは限りません。そこに持ってきて、日本人側にほんのちょっとでも差別意識がかいま見えると、不愉快度が倍増してしまいます。
 先日、当社の中国人スタッフが来日し、ある商品交換券を持って百貨店に出かけました。それを店員に差し出したのはいいのですが、彼女たちはこそこそと「どうせほかのものは買わないよね、この人たち」としゃべり合っていたといいます。日本語のできるそのスタッフは何も言わずに帰ってきたのですが、非常に不愉快な思いをしたそうです。
 そんな差別意識はいまだに日本人のなかにあって、中国人=安いものしか買わない、という間違った考えを持っている人もたくさんいます。しかし、現実はというと、中国人の日本での買い物単価はトップクラスだともいわれています。

――つまり、日本人の意識改革が必要だと。

大西 それが次の留意点につながるのですが、そのような中国人観光客の現実を知らしめて、スタッフを正しい対応に導くマニュアルをつくるべきです。中国人はどういう考え方を持ち、どういう消費行動をし、どういう習慣を持っているのか…だからこう対応し、こう行動しよう…などといった最低限のマニュアルはスタッフに徹底させておかないと、せっかく訪れてくれた顧客に不快を与えてしまうことにもなる。
 たとえば、中国人は「面子」を大事にし「見栄」をはる傾向があります。何かを指摘する際にも細心の注意が必要なのです。その代わり、面子を潰さないように、あるいは見栄を満足させるようにスタッフが対応すれば、リピート来店や口コミの誘発に効果が期待できます。

相手の懐に飛び込んでいく

――各スタッフの接客の力が勝負を分けると…。

大西 欧米人がはしゃぐと「陽気」で、中国人だと「うるさい」になる。あるいは、欧米人が靴のまま家に入ると「習慣の違いでしょうがない」、中国人だと「行儀が悪い」となる。このような感情の動きは、必ずサービスや接客に現れます。まず、その心理の動きを潰した上で、相手の懐に飛び込んでいくことが大切です。
 それから、中国語は必ずしもベラベラである必要はありませんが、こんにちはの「ニンハオ」(ニイハオではなくニンハオ)、ありがとうの「シェイシェイニン」(シェイシェイでは失礼)、さようならの「ツァイツェン」の3つくらいは覚えておいて損はありません。ただ、正確に発音しないと失礼に当たる場合があります。いい加減に喋るのであれば、日本語できちんとあいさつした方がよほどましです。「こんにちは」や「ありがとう」という言葉を知らずにやってくる中国人はいません。日本人が欧米に旅行する場合と同じです。
 同様の文脈でいうと、宿泊施設などで、中国人観光客相手に、中華料理を特別につくって出すところがありますが、私はあまりお奨めしません。日本に観光に来ているわけだから、先方から要望がない限り、普段通りのメニューを出し、日本独特のおもてなしを提供する方が喜んでもらえると思うからです。
 ともあれ、日本の中小企業の皆さんが中国人観光客をつかむには、普段通りの日本的な良さを、人種を意識しないフェアな気配りとサービスで提供することが大前提なのではないでしょうか。その上で、自らの独自性と品質の高さを訴えるマーケティングを展開していく。幸い、行政も中国人客誘致に本気になりつつあるようです。「中国人大量来日時代」に備えて、しっかり準備をしてください。

プロフィール
おおにし・まさや 1963年兵庫県生まれ。大阪市立大学卒業後、リクルート入社。1995年、中国・大連で創業。出版制限の厳しい中国政府から異例の許可を取得し、在中日本人向けフリーマガジンを創刊。現在、中国4都市に拠点を置き、東京本社を起点に中国への日本広報事業を展開している。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2010年8月号