いま、中小企業の後継者に求められるのは、手垢のついたビジネスモデルを刷新させる若い感性だ。先代の実績をベースにしながらも、新たな価値を付加しつつ飛躍を勝ち取った“跡つぎ”たちを取材した。

勇気を持って新領域に切り込め

跡とり社長が会社を変えた!二代目、三代目が仕掛けた事業革新

 イノベーションとは、つまりは新しい時代を切り拓くためのものである。また、社会のフロンティア(辺境)に勃興する先端的な部分にこそ、もっとも必要とされる。いま、日本、あるいは日本の産業界は、疑うべくもなくそのフロンティアに位置し、突破するためのイノベーションを渇望している。

 日本経済にもはや拡大が望めないのは衆目の一致する通りであろう。だとすれば、安閑として従来型事業だけに身を任せ続けることは、縮小から消滅への道筋を運命として受け入れていることと同義である。

 しかし、逆に見ると、いま日本は経営者にとって“面白い状況”にあるともいえる。市場は縮小するが、そこには必ず新しい社会や経済の枠組みが生まれる。その新しい枠組みに向けて、誰が臨界点を突破し、切り開くのか…。

 高度成長時代は「先代」が頼もしく支えてきた。そしていま、“代がわり”の時期を迎え、従来のビジネス手法が陳腐化し、捨て去られようとしている。二代目、三代目の若き後継者たちは力を振り絞り、勇気を出して事業をイノベートしていく必要があるのだ。

力を発揮できる環境づくり

 若き後継者たちが、新たなビジネスをものにするために必要な前提条件が一つある。彼らが力を発揮するための“環境作り”だ。

 まず、重要なのが“外野”の処理。継いだはいいが、親戚がぞろぞろと出てきたり、番頭格の古参社員などが旧態依然と居座っていたり…と、こんな会社では、せっかく若社長が改革を志向して動き初めても、あっという間に潰されてしまう。

 先代は、できるだけ後継者のやりやすい人事改革をしてから身をひくべきで、いったん譲ったらあとは任せる。居残ると、社員はどうしても先代の方を見てしまうからだ。

 また、後継者は、入社前から自ら採用に係わって、自分の息がかかった社員を増やす努力をしたり、若手の勉強会を開催して、味方をつくっておくことも必要である。

 さらにいえば、お金だけではない「理念」や「希望」を社員に示すこと。これも大事だ。先代の時代には地位や報酬が忠誠心の源泉だった。いまはそれに加えて、自己実現や社会貢献というやりがいを示してあげなければ、人はついてこない。 「人事」のみならず、「資金繰り」のノウハウを早めに後継者に承継しておくことも重要なポイントだ。

 中小企業の経営承継でよくあるのは、息子に「現場」と「営業」を任せることで、承継への準備ができていると考える「勘違い」。たとえば、その状態でいきなり父親が亡くなった場合、どうやって銀行と付き合い、手形を処理し、資金繰りを行ってよいかがまったく分からない後継社長が誕生する。あるいは、社内の人間関係や社員との向き合い方を知らない経営者が出来上がる。恐ろしい限りである。そんな状況で革新など起こせるはずがない。

とにかく“一番”を意識する

 さて、革新へ向かうために欠かせない次のポイントは、「後継者のマインド」である。

 親が社長という家庭で育った子供は、概して欲がなく、積極性や意欲に欠ける。要はボンボンなのである。

 今後、先代が育てたビジネスは確実に萎んでいく。だとすれば従来事業を守るだけでは立ちいかなくなる。積極的に新分野、新市場に打って出る気概と勇気が必要になってくる。私はよく、二代目、三代目の若い社長にこういう。

 「普通の家庭の子はサラリーマンになって終わり。あなたたちは恵まれている。素敵な人生じゃないか。せっかくチャンスがあるのだから、新しい世界に切り込んでいくべきだ」

 親からもらった資産は「守る」ものではなく、使うものである。なくなったらなくなったで仕方がない…くらいの感覚で突っ込まないと、難局を乗り切り、将来を切り拓いていくことはできない。

 そんな勇猛果敢なマインドを獲得するためには、「外を見る」ことが必要だ。いろんな場所に出かけ、様々な領域の人と交わること。私は全国約20ヵ所の「後継者塾」を主催しているが、その塾生たちをつれて頻繁に海外をれる。しかも中国の深センなど成長している最先端の“現場”だ。活気は尋常ではない。そこに身を置いた塾生たちは確実に目の色を変える。日本では“ゆでがえる現象”でボンヤリしていた頭の中が、一気に覚醒し、「俺も何かやらなければ」という気になるのだ。

 大事なのは、最先端そして「一番」に触れること。他をぶっちぎりで離す一番を目の当たりにして、奮い立たない経営者は見込みがない。

 イノベーションも「一番」を目指す試みから生まれる。一番といっても広い業界で一番を目指す必要はない。ニッチな市場でも一番は一番だ。たとえば、墨田区のある刻印機メーカーの二代目社長は、日本に見切りをつけて数年前から東南アジアに市場を求め、現地で陣頭指揮をとり始めた。結果、じわじわと市場に浸透し、刻印機では世界でトップクラスのメーカーとなった。刻印機とは、金属に、数字や文字を刻印する機械のこと。極めてニッチな市場だが、トップになれば確実に利益を稼ぐことができる。しかも、経営者にとっては事業自体にやりがいが出て面白くなる。父親の急逝でやむを得ず跡を継いだこの二代目社長だが、いまや嬉々として経営の醍醐味を満喫している。

市場が存在するところで勝負

 トップになれそうな業種や製品、サービスを選択する。そしてそれを、市場のあるところに投入する。この2つが、革新への絶対条件である。

 もうひとつ実例を挙げてみよう。

 北海道の船舶機器関連メーカーの話である。この会社の先代は、後継者たる息子をまず、地元の工業試験所に修業に出した。自社製品には将来的な見込みがないと判断した結果だった。そして、この後継者は「真空」技術と出会い、技術的にものにしていく。そして、新社長就任後、この会社は真空機器メーカーとして生まれ変わった。いまでは船舶機器分野の売り上げはごくわずか。代替わりを機に、会社を完全に革新してしまった好例である。

 市場が萎んでしまった業界や製品にしがみついて頑張る必要はまったくない。たとえば、既存製品で勝負したければ、前述の刻印機メーカーのように市場のあるところに出かけていけばいいのだ。これだって成就すればマーケティングのイノベーションである。

 たとえば中国。日本の中小企業は、中国を生産拠点ではなく市場として考えているところがほとんどない。技術は持っているのに勇気がないのだ。リスクをとりたがらない島国根性が災いしているといえるだろう。

 海外がどうしても嫌なら日本で新しい市場を探せばいい。高齢者市場などは前途有望である。あるいは、従来にない製品やサービスを投入して、新市場を喚起するのも面白い。

 いずれにせよ、勇気を出して新しい枠組み、領域に切り込んでいくこと…好むと好まざるとにかかわらず、それこそが後継社長に課せられた役割なのである。

プロフィール
せき・みつひろ 昭和23年 富山県生まれ。成城大学経済学部卒業、同大学院博士課程修了。東京都商工指導所、東京情報大学講師、助教授を経て、平成7年から現職。「地域経済と地場産業」(新評論)、「フルセット型産業構造を超えて」(中公新書)、「地域経済と中小企業」(ちくま新書)など著書多数。現場主義を貫く中小企業論、地域経済論の第一人者。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2010年4月号