飲食業界を取り巻く現状は依然厳しい。ここ数年急成長を続けていた“飲食ベンチャー”たちにも、ひと頃の勢いが薄れてきた。客の舌は肥え、食の多様化が進むなか、中小飲食業には何が求められているのか――。今どきの繁盛店にスポットを当て、その儲けのコツを探った。

繁盛店に導く4つのキーワード

飲食店繁盛記

 飲食業界ほど栄枯盛衰が激しい世界はないかも知れない。

 バブル崩壊後、行き場のなくなった投資マネーが飲食業界に流れ込み、飲食店の空前の株式公開ブームが起きた。その代表が炭火焼肉酒家『牛角』を展開するレインズインターナショナルであり、和食レストラン『権八』などを運営するグローバルダイニングだ。権八は、2002年にブッシュ大統領が来日した際、小泉首相が招待した店として知られる。他にもイタリア料理をチェーン展開するサイゼリアなど、株式公開を機に大きく出店を加速したベンチャー的なチェーンレストランはかなりある。

 だが、その一方で、飲食業界全体のパイは縮小し続けている。外食産業総合調査研究センターの調査によれば、2003年の市場規模は前年より1.7%減少し25兆269億円と推定され、6年連続で前年実績を下回ったという。全体のパイが縮小するなか、こうした“新興飲食店”の台頭で、あおりを受けたのが既存の老舗飲食店やファミリーレストラン、ファーストフードなどだった。

 ところが、一昨年秋頃から風向きが変わり始める。それは、フランチャイズ支援事業を手がけるベンチャーリンクの株価が急落したことをきっかけに、“飲食バブル”が弾けたことだ。業界をリードしてきたベンチャー的な新興飲食店も、一つの踊り場を迎えたということである。そして今、彼らに代って“新しい担い手”が注目され出している。

消費者の不満を捉えて“新業態”を作り出す

 では、どんな飲食店がいま業界の注目を集めているのか。個人消費や法人の交際費が伸び悩むなかで、どういうチェーン店が繁盛しているのかをみてみたい。

 その第1のキーワードは「新業態」である。ここでいう新業態とは、単に商品やデザインなどが新しい店ということではなく、マーケティング的に新しい方向性を打ち出して成功した店を指す。その一例は、ファミリーレストランを利用する顧客をメーンターゲットにした「自然派レストラン」や「オーガニックレストラン」(3年以上石油化学合成肥料を使わない有機・無農薬を指し、第三者機関によって認定を受けた食品)だ。

 1970年代に誕生したファミリーレストランは、主に団塊の世代が牽引役となって急成長した。しかしファミレスが全国に行き渡り、いわば“定番化”すると、利用者はその便利さを感じながらも、「もっとこういうモノがほしい……」といった気持ちを抱くようになる。

 日本人は「食べ物」に関して非常に細やかな感覚を求める。その点、アメリカ人は大雑把だ。アメリカの小さなホテルなどに行くと朝食は年中同じだけれど、日本の場合はどんな小さな旅館でも毎日同じものを出すところはない。それが日本人には当たり前のことだからだ。

 それくらい食べ物に関してうるさいだけに、ファミレスが対応しきれない消費者の要求を見いだせば、これまでにない「店」を作ることが可能になる。つまり、不満を解消するところに“ニーズ”があり、それが自然食品やオーガニックだったわけだ。消費者の健康・安全志向への高まりを捉え、ファミレスというビッグ市場から、自然食品やオーガニックを切り口にして、ニッチなマーケット(新業態)をえぐり取ったということだ。

 この発想で成功しているのが自然派レストラン『泥武士』だ。同社の境真佐夫社長は“野菜のおいしさの伝道師”を任じ、熊本から東京に進出してきている。

 他方、アンチ・チェーン的な考え方で、洋風の総菜店を作り出したのが、エス・ジェイ・フーズが運営する『ニューズデリ』。若い女性をターゲットに店内にはサラダ、ジャガイモなど60~80種類の洋風総菜を並べ、カフェ的なスタイルで食べられることと、“スローフード”を持ち味にしている。

 スローフードとは「人々の食事の時間を大切にし、素材にこだわる店づくり」ということで、ファーストフードの対局にあるコンセプト。これが既存のレストランに物足りなさを感じていた人たちを引きつけ、2002年には雑誌『グルメぴあ』の1万6000店舗から読者が選ぶナンバーワンの店に輝いている。

店舗の“ハード面”での新しさを打ち出す

 第2のキーワードは、ハードウェアにおいて、新しいスタイルや機能を打ち出すことである。前述した新業態は食材・メニューなど「中身」にポイントを当てているのに対し、これは内装・外装など「ハード面」に軸足を置き、快適な空間を演出するものだ。その代表的な例は、昨年ブームになった「個室」をウリにしている和食居酒屋である。

 居酒屋といえば、かつて大勢の宴会を取ることを中心にビジネスを組み立てていた。学生などのコンパを対象にした“ロット商売”だったわけだが、景気が悪くなるにつれて、マーケットは縮小の一途を辿っている。だからといって、「居酒屋に行きたい……」というニーズそのものがなくなったわけでない。会社の課長や部長が音頭を取る宴会には行きたくないが、親しい友人、サークル仲間、家族となら行きたいというニーズは依然としてある。

 つまり、居酒屋を利用するスタイルが変わってきたのである。儀礼的な宴会であれば2000円でも惜しいが、気のおけない仲間との飲食なら4000円でもいいというふうに、「大勢」から「少人数」へとトレンドが変わってきている。今、客単価2000円台の居酒屋が総じて苦戦を強いられているなかで、3500円以上の居酒屋に人気が集まっている理由の一つは、ここにある。

 当然、3~5人の少人数をメーン対象とすれば店の作り方も変わらざるを得なくなる。隣の顧客に気を使うことなく、楽しくおしゃべりするには「個室」の方が適している。さらには店内に水が流れ、庭があればなおさら雰囲気もいい。従来は、そんなスペース(余裕)があれば、客席にした方が得だと考えていたが、むしろそうした演出をした方が客単価を取れるわけである。

 この個室ブームを先導した一社がメッドグループだ。東京恵比寿に作った『忍庭』は、客単価が4500円にもかかわらず、一時、行列ができるほど評判になった。

できる店長を育てる仕組みづくり

 さて、繁盛店になるための第3のキーワードは、いうまでもなく「ヒト」あるいは「接客」である。

 もともと飲食店というのは経営形態がチェーン店であろうと、個人店であろうと、すぐ隣にある、同一商圏内の一店舗同士の戦いである。一対一の戦いであれば、店舗をコントロールする店長の才覚が大きくものをいう。昔から店長が変わったことによって、不採算店が黒字になったという話はよくある。

 また、そもそも何で飲食店を利用するのかといえば家庭では味わえない料理、雰囲気、接客サービスなどを堪能したいからだろう。誰でも高いお金を払って不愉快な思いをしたら、二度と行きたくはあるまい。

 つまり、できる店長をいかにして育てるかという、その仕組みづくりが求められているのだ。できる店長とは、一言でいえば何事もよく“気づく人”である。例えば40~50代のサラリーマン4人が来店したとすると、その場の雰囲気などから誰にオーダーを聞けばよいのか、誰が誰を接待しているのかなどを読まなければいけない。それを読み間違えると、不愉快な思いを与えることにかねない。要は、銀座のクラブのような接客技術の世界であり、そのセンスを磨かなければ顧客を唸らせるような持てなしはできないのである。

 京風串揚げの店『飯場』を展開するかぶらやグループでは、気づきを重視した社員教育、企業文化によって成果をあげているケースである。気づきは、ファーストフード店のようにマニュアル化できるようなものではなく、自発的に身につけるものだ。「仕事をやらされている」という意識では絶対に身につかない。そこで同社では、社員自身をマニュアル化(お手本)することによって、そのレベルアップをはかっている。

 一方、スターバックスコーヒーでは、コーチングをベースにした研修で若手社員の能力アップに取り組んでいる。同社には「ファシリテータ」と呼ばれる教育係がいて、例えばA店の店長がB店へ行って教えるのである。社内資格で「1」を取れば「1」を、「2」を取れば「2」の内容を教えることができる。

 そして、第4のキーワードは「情報技術」(IT)の活用である。ITの活用には、顧客とのコミュニケーションと店舗経営の効率化の2つの側面がある。前者は、携帯電話を使って店外から順番待ちを申し込めるようにしたり、顧客データベースを構築してイベント情報をマメに流したりすることを指す。他方、後者は『くら寿司』が好例だ。「実質飲食客係数」に基づく皿の流し方を独自に考案し、生産性を高めている。どちらにしろ、IT技術を生かす社内の経営ノウハウの蓄積が欠かせない。

 要は、それぞれのキーワードがバラバラではなく、有機的に結びついて初めて効果を発揮するのだ。顧客のニーズを捉えた新業態を開発するにも、店舗ハード面での新しいアイデアを生み出すにも、常に顧客と接する社員の声を生かすことが重要であり、それなくして革新することはできない。革新のタネは現場に転がっているのであり、それに気づく社員がいるかどうかで店の繁盛は違ってくる。

 飲食店に限らず、どんなビジネスでもそうだろうが、顧客の要求は常に変化していくため、それに対応できなければ、今どんなに繁盛していても、いつかは顧客に見捨てられてしまうのである。

(インタビュー・構成/本誌・岩崎敏夫)

掲載:『戦略経営者』2004年7月号