事務所経営
大切な職員とともにコツコツと書面添付の標準業務化に努めたい
中井会計事務所 中井 宏会員(TKC北海道会)
北海道帯広市にある中井会計事務所の原点は、TKC北海道会の創設メンバーの一人である故・高橋聖元会員が昭和26年に開業した事務所であり、2代目の故・高橋献一元会員から平成18年に中井宏会員が親族外承継した。法人税書面添付の実践件数については令和2年末134件から令和4年末195件へと、特にこの2年間に大幅に増加している。中井会員にこれまでの事務所経営を含めて、書面添付推進への取り組みを聞いた。
地元帯広の会計事務所を親族外継承し3代目所長を務める
──はじめに、中井先生が税理士を志した背景を教えていただけますか。
中井 宏会員
中井 私の父と母は定時制高校に通いながら16歳から会計事務所に勤務していました。それが帯広市内で故・高橋聖先生が昭和26年に創業され、後にご子息の故・高橋献一先生が承継された高橋会計事務所でした。
私が高校3年生の頃、神奈川県の大学に進学が決まって間もないときに、父に喫茶店へ誘われました。そこで、会計事務所職員として働く父から税理士資格の取得を強く勧められたのです。子供のころから「自利利他」の考えや会計事務所の仕事の素晴らしさを聞いて育っていたので、勧められるがまま、まず簿記の勉強を始めました。そして、大学在学中に、日商簿記検定1級を取得しました。
大学を卒業後は、神奈川県にある会計事務所に勤めながら、税理士試験に挑戦しましたが、仕事と勉強の両立は難しく、事務所を退職して、大学院にも通って勉強に専念しました。結果、平成12年、29歳のときに税理士試験に合格できました。
今度は実務経験を積むために会計事務所に再就職しようとしました。そんな状況の中、帯広にいる父が、TKC帯広センター長から紹介していただいたのが、中村茂先生(神奈川会)でした。
TKC神奈川会会長を務められた中村先生の教えは大変厳しいものでした。しかし、中村先生がお話しされる理念や事務所での経験はいまの事務所経営にも役立っており、感謝しかありません。
そして、平成15年、税理士登録する際に、父と一緒に働きたいと、地元帯広での新規開業を計画していた折、父を通じて高橋献一先生から事務所を承継してほしいと強い要請をいただきました。悩みましたが、入所を決めました。
──事務所に入っていかがでしたか。
中井 当時の高橋会計事務所は、三つの課があり、創業の頃から在籍している3名の幹部職員(うち1名は父)が、独立採算制のもと、それぞれの課を率いていました。私は、副所長として入所したのですが、父がいるとはいえ、外部から突然来た私に、違和感を持つ幹部職員もいました。そんな状況でしたが、事務所の体制がしっかりしているので、経営についての意見はせずに、皆さんと少しずつコミュニケーションを取りました。
事務所に必要なことは職員に「お願い」する
──その後、親族外承継をしてからの事務所経営についてお聞かせください。
中井 平成18年に承継した際、それまでと異なる方針を打ち出すようなことはしませんでした。しかし、必要なことはコツコツと時間をかけて取り入れました。振り返れば、職員にとっては、いつの間にか変化していたという事務所経営だったと思います。
平成16年頃に事務所の将来像を記した計画書を作成しましたが、約20年経過した今、おおむねその通りになってきたと感じています。その過程には、TKC全国会の運動方針とTKCシステムが常にベースにありました。1件1件、関与先に事務所のサービス内容を説明し、翌月巡回監査の実践とFXシリーズによるタイムリーな業績管理を支援することにこだわり、少しずつ理想的な環境に近づいたのだと思います。
──これまで事務所経営で大事にされてきたことは何ですか。
中井 職員を大切にする事務所経営を心掛けてきました。これは無資格ではあるものの、関与先から「先生」と呼ばれるほど信頼の厚い父の影響もあるかもしれません。事務所は関与先のために現場で働く職員がいなければ成り立ちません。TKC会計人とは、会員に加えて職員も含まれていますので、当事務所では各種運動を推進する際は、業務命令的な形式ではなく、所長から「お願い」をする形式をとっています。また、働きやすい環境づくりの一環で、「課」から「部」への名称変更など、職員からの提案をすぐに採用したことがいくつもあります。
──所内の情報共有や意思統一方法はどのようにしていますか。
中井 事務所内の意思統一は、月1回の役員会と5名の部長による幹部会議を開催し、その後各部で開催される会議を通じて事務所全体に落とし込みます。書面添付の実践もこの流れでお願いしています。日常のことは、うちには所長室がないので、気になることがあればその場で職員に聞き、逆に何かあれば職員も相談に来ます。私自身は、どんなに忙しくても、手を止め、顔を上げて相談に応じることを強く心がけています。
書面添付で説明した方が税務当局に 親切と考えて実績を積み上げてきた
──中井先生の書面添付への取り組みをお聞きします。先生の事務所では、現在書面添付を195件実践されています。特に直近2年間(令和2年~令和4年末)で61件増えて、伸びが顕著ですね。
中井 件数は意識していなかったので、とても驚いています。6年ほど前から私の書面添付への考え方が変わり、地道に取り組んで来た結果だと思います。
時系列に振り返ってみると、平成15年に私が事務所に入所した頃、書面添付は一部の関与先のみで実践しているだけで、ほとんど推進されませんでした。それは、書面添付を実践している関与先とそうでない関与先を区別することになってしまうという考えが所内に根強くあったからです。そのような中、私自身も平成27年に初めて意見聴取を経験し、その時に、調査官から開口一番「調査に移ります」と言われ、書面添付を実践しても無駄なのかと無力感を持ちました。
──推進へと気持ちが変わったのはいつ頃からですか。
中井 平成29年、ある関与先の決算説明会でした。職員が売上高、利益率等について前年からの増減理由を説明しているのを横で聞いていて、「きっと税務署が決算書と申告書を見ただけでは疑問が生じるだろうな」と思ったのです。それならば、「初めから書面を添付し、説明を加えた方が調査官に対して親切になるのでは」と考え直して、なるべく書面添付を実践しようと思いました。
そして、平成30年に、TKC北海道会から法人・個人の書面添付推進の強化が発表されたことも後押しになりました。
令和元年に書面添付を実践した関与先で税務署から調査したいとの連絡がありました。書面添付を実践していることを説明すると税務署の手違いだったことが判明し、調査はもちろん意見聴取も行われなかったという出来事がありました。同年、TKCの帯広支部長に就任し、数値目標に責任を持つ立場になりました。職員にも「支部長になったから協力してね」と言いやすくなりました(笑)。
初めて意見聴取で終わったケースがあり 所内に書面添付推進の機運が高まる
中井 さらに、令和2年、前年に税務署の手違いで調査したいという連絡があった同じ関与先について、今度は意見聴取の連絡がありました。職員が何を説明しても調査官は腑に落ちない様子で「調査に移行します」と部屋を出ました。すぐに職員と話をし、調査官が知りたいことは、社長個人のことで書面には記載しなかった、個人口座の預金が増加した理由かもしれないと推察し、調査官にその旨を説明した結果、「それが知りたかったのです」と調査省略になりました。これが事務所として初めて意見聴取で終わったケースとなりました。
意見聴取で終わることは自分たちが作成した決算書、申告書、添付書面が正当に評価されたことを意味しており、これをきっかけに、事務所全体が前向きな気持ちになり、書面添付実践機運が高まりました。月次巡回監査や決算申告業務の質も向上し、全体に好影響をもたらしています。
──書面添付を事務所全体で推進する際、具体的に何に取り組みましたか。
中井 書面添付を推進するために事務所の運営方法を変えたことは特にありません。強いて言うならば、会議や日常の会話で書面添付推進の意義を職員に言い続けることを貫いて、意思統一を図ってきたことです。また、決算を迎えるつど、職員は所長宛に決算書と申告書を提出するのですが、書面添付で説明を加えた方が調査官に対して親切だなと思ったら、職員に作成を促しています。これをコツコツと繰り返して、着実に件数が増加しました。そして、未実践の関与先にも積極的に実践するような所内キャンペーンによって盛り上がりました。まだまだ担当者によっては温度差があるので、熱意をもって言い続けます。
また、書面の記載内容の質の向上を図っています。「添付書面文例データベース」は非常に参考になるので、所内研修を開催し、職員が日頃から使用できる環境を作っています。
日本一労働時間が短く、一人当たりの売上高・給与が高い事務所にしたい
JR帯広駅から1.8キロ。
車で約5分の場所に位置する中井会計事務所
──これから書面添付に取り組もうとしている方にメッセージをお願いします。
中井 かつて「TKCモニタリング情報サービス」が新たに提供されたときに、関与先は積極的に正しい情報を開示し、会計事務所と金融機関とが三位一体となって関与先を支援することが大変重要だと感じました。中小企業金融の面でも貢献できています。同じように書面添付も税務署に対して積極的に情報開示することで双方に大きなメリットをもたらしています。実践する前にはいろいろと考えてしまうかもしれませんが、いざやってみれば税務行政の円滑化にもつながり、税理士の使命をより一層果たすことになりますし、職員の成長を通じて、事務所もワンランク成長していることを実感します。
──今後の抱負をお聞かせください。
中井 先日、全国会の支部長会議に出席し、私の事務所は継続MASの取り組みが弱いと気づかされました。書面添付と同様に、所内で言い続けて、経営助言業務の拡大を目指します。
これまで妻や家族の支えがあったからこそ事務所を経営することができました。また、職員のためにも日本一労働時間が短くて、一人当たり売上高や給与が高い事務所にしたいですね。そのためにはFXクラウドを駆使して生産性を向上させることが必要です。今後も新たに対応しなければならないことは次々と出てきますので、書面添付の標準業務化など、今できることは早めに取りかかり、職員とともに付加価値の高い業務に取り組みたいと思います。
(インタビュー・構成/TKC全国会事務局 多田篤史)
事務所名 | 中井会計事務所 |
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所在地 | 北海道帯広市東3条南4丁目5番地 |
職員数 | 24名(内、巡回監査担当者23名) |
関与先件数 | 385件(法人300件・個人85件) |
(会報『TKC』令和5年10月号より転載)