事務所経営

第2の人生である税理士として、全力で「適正申告と経営改善」を支援したい

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猪俣公昭会員

猪俣公昭会員

令和元年7月、熊本国税局阿蘇税務署長を最後に定年退職後、同年の9月に税理士事務所を開業した猪俣公昭会員。猪俣会員は「第2の人生として歩み始めた税理士の立場で、オールTKCに取り組みながら、中小企業の適正申告と経営改善を全力で支援したい」と力強く語る。

熊本国税局査察部での強制調査も含めて主に調査業務に従事

──はじめに、税務官公署でのご経歴を教えてください。

猪俣 私は大分県出身で、昭和52年4月に熊本国税局に採用され、税務大学校東京研修所普通科に入校しました。期別は37期です。約10年間東京で勤務し、その後熊本に戻り、阿蘇税務署に勤めました。その後は熊本国税局査察部主査としての査察調査事務や、大分税務署総合特官として各税(法人・個人・相続・印紙)の総合調査事務等を経て、平成29年7月に熊本国税局竹田税務署、平成30年7月からは熊本国税局阿蘇税務署の署長を務めました。最終的に42年間勤め、令和元年7月に定年退職しました。

──税務官公署に勤められたきっかけは何ですか。

猪俣 もともと私は船乗りになりたかったのです。ただ、高校時代に視力が低下したので、断念し、大学進学を目指しました。結果的に、大学共通第1次学力試験を受ける前に力試しも兼ねて、税務職員採用試験を受験したことがきっかけで、税務官公署に勤める形となりました。

──国税局や税務署では、どのような業務をされていたのですか。

猪俣 さまざまな業務に携わりましたが、振り返ると調査に携わるものが多かったです。熊本国税局管内の調査事務や、査察部での強制調査等を経験しました。強制調査というのは、その字の通り、脱税が疑われる納税者に対して、裁判所の令状を得て強制的に行う調査のことです。

──よくドラマとかで見るような、踏み込んでいくようなイメージでしょうか。

猪俣 まさにそうです。相手を脱税犯として告発する。つまりその人の人生に犯罪歴がつくものですからすごく責任の重い仕事だな、と今でも思っています。
 実際に脱税の疑いで立件されたものは、1年かかったのですが、「子どもが小学校に通い始めました」というプライベートな話も聞いていましたから、正直、複雑な気持ちでした。私が接した経営者の方々は、とにかく商売に対する才覚は素晴らしかった。ただただ取り組み方が悪かったのです。定年退職しても、当時の事案はどれも鮮明に思い出せます。

──特に印象深い出来事はどんなことでしたか。

猪俣 とある肥料会社での査察の話です。当時、朝の8時半から夜が明ける直前の4時まで、ひたすら脱税の疑いがある「現金」を探し続けるという査察がありました。被疑者の方も寝ないといけませんから、一度解散はするものの、われわれはホテルに帰って少し休んでお弁当を食べて、また朝7時に集合ですよ(笑)。
 ところが、考えられる全ての場所を探しても一向に見つからないのです。最終的には被疑者に「こんな時間をずっと続けるのですか。どこにあるんですか」と聞いたときに「倉庫にあります」と。ただ、倉庫はもちろんみんな探しているのです。
 結局どこにあったかと言いますと、倉庫内の「劇薬触るな」と書かれている段ボールの中にあったわけです。「これは触ったら危険だ」と、誰も触れなかったわけですから、人間の思い込みというのは侮れないなと思いましたね。

税務当局のTKCに対する見方が大きく変わってきている

──在職中、TKCについてはご存知でしたか。

猪俣 『TKC会報』を届けていただいていたので、もちろん存じ上げていました。当時から税務官公署出身の先輩方のインタビューが掲載されていましたから、「先輩方、今は税理士として頑張っていらっしゃるんだなぁ」と拝見していました。
 毎年税務署訪問をする際に思いますが、昔よりも今の方が、『TKC会報』の中身をじっくり読んでいる税務当局の方が多いな、という印象です。去年税務署訪問をした際には「TKC全国会のDXへの取り組みというのは、具体的にどのようなことをされているのでしょうか」と質問をいただきました。これは、記事の中身をしっかり読んでいないと出てこない質問だと思います。

──大変ありがたいことです。

猪俣 加えて税務当局のTKCに対する見方が大きく変わってきている、とも感じています。例えば令和4年改正税理士法では、添付書面の様式が改正され、「6 その他」欄には「税理士が行う納税者の帳簿書類の監査の頻度」を記載することを求められるようになりました。これは、月次巡回監査を基本とするTKC全国会にとって大きなことですよね。
 また、令和4年の税制改正に伴い、税務署から税理士会の方にも、書面添付制度を積極的に推進するように、という呼びかけをするようになっています。国税庁としても税理士の方々に「書面添付制度」を活用いただいた方が、結果的に中小企業の適正申告につながり、圧倒的に事務負担が減るということが分かったのでしょう。
 まだまだ税理士全体で見ると、書面添付の実践割合は低いのですが、熊本ではTKC会員の方々の多くが書面添付制度に積極的に取り組まれています。ですから、税務当局からTKCに対する信頼度も結構高いのではないかな、と私は思います。
 例えば、先日届いた『TKC会報』の2025年5月号P32の記事「大阪国税局によるTKC会員事務所見学会が開催されました」を読み、こういう情報交換会が行われるようになったのは、とても画期的なことだなと思いましたし、税務当局からの信頼度が高まっている証しだとも思いました。時代が変わってきています。DXやデジタルインボイス(ペポルインボイス)への迅速な対応、そして日々の取引の記帳から決算書・申告書の作成までを一気通貫で行うTKCシステムならではのブランド力が、ようやく税務当局にも、少しずつ伝わり始めたのではないかと感じています。
 ですから中小企業の「黒字決算」と「適正申告」の実現を積極的に支援しているTKCにとっては、こうした税務当局の動きは、追い風になっていますし、非常にありがたいことです。
 今後は、税務当局の上層部だけでなく、税務調査を行う現場の方々にも、TKCシステムがデータの遡及的加除・訂正を禁止していることや、TKC会員が作成する決算書は、毎月の関与先企業への「巡回監査」を通した信頼性の高いものである、ということが、より伝わればいいなと考えています。

TKC入会をきっかけに開業時の不安が少しずつ取り除かれた

──再任用という選択肢もあったかと思いますが、税理士として会計事務所を開業された理由は何かあったのですか。

猪俣 私が定年退職した際、定年は60歳でした。現在は、令和5年4月に国家公務員法等の一部を改正する法律が施行され、定年が2年に1歳ずつ段階的に引き上げられています。そして、令和13年度には65歳が定年となります。
 定年退職時、年金を受給する65歳までの5年間、もちろん再任用という選択肢も考えましたが、「第2の人生として税理士にチャレンジして、頑張った分だけ実績に結び付くような仕事をしてみたい」という思いから、開業する道を選びました。あとはこれまで国税局や税務署の立場で納税者の「適正申告」を支えてきましたから、これからは税理士として民間の立場から納税者の「適正申告」を支えたいという思いもありました。

──実際に開業されて、不安だったことはありますか。

猪俣 私はこれまでの国税局・税務署での経験から「税務調査」に関しては、熟知しており、調査官がどこをポイントに見ているか等が分かりますし、今でもそれは税理士としての強みだと思います。ただ、会計システムを使って、確定申告書を作成した経験などはないわけです。ですからはじめは税理士としての業務を全うし、事務所経営ができるかが、不安でした。
 また、開業後半年でコロナ禍の環境となり、当時は他社システムを使用していたのですが、その会計ベンダーでは各種給付金等の情報を全く得られなかったので、正しい情報をお客さまにしっかりと伝えられるのかも不安でした。そういった不安が少しずつ取り除かれるようになったのは、TKCに入会してからです。

──猪俣先生は、令和2年7月の入会ですね。

猪俣 はい。まず「会計事務所にとって必要な情報をすぐ調べられる」と知ったとき、非常に心強いなと思いましたし、情報収集がどこでもすぐにできるという点は、TKC入会のきっかけでもあります。おかげさまでしっかりと必要なお客さまに補助金、助成金、給付金等の必要な情報をお知らせすることができました。
 勤務時代は税理士が経営計画を策定するというイメージは正直なところ全くなく、税理士の方々は税務や申告に関連する書類を作成する、というイメージしかありませんでした。
 入会後、実際に継続MASで経営改善計画策定支援(405事業)の計画策定をしたことで、関与先の資金繰りに関する心配が無くなり、お客さまから「資金繰りはもちろん、財務的なことに関しても全て猪俣先生にお任せします」と言っていただけたとき、あらためて「TKCシステムはすごいな」と思いましたし、税理士の道を選んで、TKCに入会して本当によかったなと思いました。

FXクラウドへの移行・提案を進め、「ありがとうございます」と感謝された

──猪俣先生は入会後5年で、現在の関与先数が45件。順調に拡大されていますね。

猪俣 ありがとうございます。私は自宅開業ではなく事務所を借りての開業でしたので、毎月家賃や光熱費等の固定費が発生します。ですから、関与先拡大を通して、ある程度の収益を確保しなければ事務所経営が立ち行きません。その点は不安でした。
 ただ、妻が職員として入力作業を行ってくれるようになってからは、私自身が複数の関与先を回ったり、営業活動もできるようになり、ありがたいことに徐々に関与先件数が増え、収益も安定してきました。
 今後は、何名か職員を採用して、より一層関与先拡大や「経営助言」業務に取り組み、関与先企業と税理士業界の発展に貢献できれば、と考えています。

──今日はTKC全国会バッジを付けていただいていますね。バッジ会員になられた経緯や、何か特別に取り組まれたことはありますか。

猪俣 実は「TKC全国会バッジ」取得のために何か取り組んだということではないんです。
 例えば条件の一つである「TKC方式の書面添付の実践」に関して、私はその意義が、これまでの税務官公署でのさまざまな経験を通じてしっかりと分かっていますから、前向きに取り組むことができました。
 税務署というのは疑念を持っているところを解消すれば、税務調査には行きません。その疑念を解消するためにも、しっかりと中身のある書面添付を実践する必要があるわけです。
 その他の条件である継続MAS、FXシリーズへの取り組みや、TKCモニタリング情報サービス(MIS)の実践、生涯研修54時間受講済事務所であること、経営革新等支援機関の認定を受けていること等に関しては、関与先にとってどれも必要なことだと分かっていたので、とにかく取り組み続け、全てクリアすることができました。

──FXクラウドシリーズへの、移行・提案はいかがですか。

猪俣 4件以外は全て移行できています。また、そのうちの2件は、近日中に移行予定です。というのも、「証憑保存機能」や「銀行信販データ受信機能」の活用によって関与先の経理担当者から「事務負担が大幅に減りました。本当にありがとうございます」と言われることが多く、クラウドに切り替えたことによる生産性向上を肌で感じたためです。
 今後はFXクラウドシリーズのフル活用で、巡回監査の事前確認を終えておいて、現場では経営助言業務に取り組めるようになることが目標です。
 そしてもちろん、FXクラウドシリーズをフル活用し、生産性向上が実現した現在においても、月次巡回監査の重要性は変わらないと思っています。
 財務情報だけでなく、関与先で働く社員皆さんの顔を見て、会社や人の雰囲気を感じ取り、例えば「なんだかみんな暗い顔をしているな。何かあったのかな」と気付くことが大切だと思っています。こういった非財務情報が分かっていなければ、関与先の真の状況は把握できないですから。月次巡回監査に取り組み、しっかりと皆さんと会話することが、一番大事だと考えています。

猪俣公昭会員

経営者が抱える疑問には「TKC経営指標(BAST)」を活用

──TKC全国会では、入会後にニューメンバーズ・サービス委員会によるフォロー体制がありますが、その点に関してはいかがでしょうか。

猪俣 とにかく感謝です。熊本支部は、松村義之先生がニューメンバーズ・サービス委員長を務められています。
 実は松村先生は、入会間もない私の決算書作成を一緒に手伝ってくださいました。しかも、他社システムのです。税務官公署出身者は、数字の見方は分かりますが、決算書等をどうやって作成するのか、それは全く分からないことなのです。松村先生はその日、昼から夜22時過ぎまでともに試行錯誤しながら手伝ってくださいましたので、本当に心強かったです。
 実際に他社システムを使用していたとき、こういったフォロー体制はもちろん無かったですし、情報収集にも苦労しました。ですから、何度も言うようですがTKCに入会して本当によかったです。
 ニューメンバーズ・サービス委員会の方々は、今でも分からないことや、事務所経営のノウハウも惜しみなく教えてくださいますから、あとはそれを愚直に取り組み続けるだけです。

──今後、取り組みたいことはどんなことですか。

猪俣 まずはTKCシステムのフル活用です。そして月次巡回監査を通して、税理士の4大業務を同一企業に同時提供できるようにしたいと考えています。
 特に「経営助言」業務については、しっかりと取り組みたいです。そして、経営者の方々に「月次決算」の重要性を理解してもらった上で、「変動損益計算書」を重視して数字への意識を持っていただけるよう支援してまいります。
 よく「先生、うちは何で赤字なんですか」と経営者の方々から聞かれるので、現在は「TKC経営指標(BAST)」を活用して説明しています。また、「黒字にするにはシンプルに売上を上げればいいんでしょう」とよく言われるので、「例えば売上を5%上げるためにどれだけ値上げをする必要があるか。もしくは人件費等の固定費を削るか、一緒に考えましょう」と説明しています。やはりBASTの黒字企業の固定費等と比較することで、原価がだいぶ高いだとか、経営における具体的な改善点が分かりますから。

熊本市内にある猪俣公昭税理士事務所。

税務官公署での実務経験を民間側から活かせるのが税理士

──最後に、開業を考えられている税務官公署の方々にメッセージをいただけますか。

猪俣 私自身、入会して感じたことは、TKCは、「自利利他」の精神のもと、正しい会計を通じて中小企業の経営支援を行い、中小企業の発展と日本経済の健全化に貢献することを使命としているということです。これはまさに、国民の納税義務の適正な実現を担ってきた税務官公署の皆さんの思いと根底でつながっているものと確信しています。
 税務官公署の皆さんにお伝えしたいのは「税務署における実務経験を、今度は民間側から中小企業や地域社会を支える力として活かしてみませんか」ということです。
 私はもっともっと国税OBがTKC全国会に入ってほしいですし、月次巡回監査や書面添付制度の推進をはじめとした活動を知ってもらい、税務調査の現場にいる方々にも、TKCの取り組みについて理解していただきたいと考えています。
 TKC全国会には、心ある税理士が集い、ともに学び、切磋琢磨する環境が整っており、事務所を日々成長させることができます。これは、TKC全国会ならではの環境です。また、税理士という職業は、定年などもなく、生涯現役として働き続けることもできますし、自らの力で社会貢献できる道が開けています。
 初めのうちは「税理士登録してみたものの、お客さんをきちんとお迎えできるのだろうか……」という不安を誰しもが抱えると思います。ただ、TKCにはニューメンバーズ・サービス委員会をはじめ、さまざまなサポート体制が整備されていますので、まずは素直に周りの先生方に「どうやって取り組まれているのですか」と聞くことが肝要です。
 そして教えていただいたことを、自分なりに実践することで安定した事務所経営ができる、というのがTKCの素晴らしいところだと私は思っています。
 これからもTKCシステムをフル活用して、第2の人生である税理士として、民間の立場から中小企業の「適正申告と経営改善」を全力で支援できるよう、取り組み続けてまいります。

(インタビュアー/SCG営業本部 三村俊輔、構成/TKC出版 米倉寛之)

事務所概要
事務所名 猪俣公昭税理士事務所
所在地 熊本県熊本市東区尾ノ上1-44-16 3B
開業年 令和元年9月
職員数 1名
関与先数 45件(法人15件、個人30件)

(会報『TKC』令和7年7月号より転載)