寄稿
「税理士の4大業務」における学際研究の重要性 『正規の簿記の諸原則』(飯塚毅博士)は、学際研究(会計学・商法学・税法学)の先駆け
税理士業務を支える理論的支柱を構築すべき
TKC全国会会長 坂本孝司
TKC全国会では現在、「税理士の4大業務(税務・会計・保証・経営助言)」の完遂を目指して、その実践と拡大に努めています。4大業務は飯塚毅博士の見解を基礎にして「税理士の本来業務」を深掘りしたものであり、「税理士の本質的な目的と性格」を明らかにしたものともいえます。我々は引き続き税理士の普遍的な業務として4大業務を実践し、「社会の納得」を得ることにつなげていく必要があります。
他方、問題となるのは税務・会計・保証・経営助言の業務が学問上、縦割りになっている点です。例えば、法学の中に租税法があり、会計学の中に中小企業会計があります。保証についても公認会計士が行う監査証明ではなく書面添付を中心とした税理士特有の業務であり、経営助言も経営コンサルタントのように経営全般ではなく税務と会計、財務の領域に関する助言です。さらに飯塚毅博士が論証された帳簿の証拠力、証拠法に関係しています。
このように4大業務は、税法学、会計学、監査論、経営学などに関連する極めて「学際的」な業務ということです。その幅の広さと奥行きゆえに税理士業務が社会一般の中で理解されにくい要因となっているといえます。換言すれば、三大プロフェッション(医師、弁護士、職業会計人)の一翼を担う税理士に関して、医師を「医療の専門家である」、弁護士を「法律の専門家である」と明確に定義づけるように、税理士業務の全容を税理士全員が納得するような表現で明確に定義づけることには多くの困難を伴っています。さらに、「中小企業の決算書の信頼性確保」の仕組みをいかに整備するか等の重要課題も、経済産業省、中小企業庁、金融庁、国税庁に関係する省庁横断的なものであり、いわゆる縦割り行政の壁に直面するテーマです。
しかし、税理士業務の本質を追求、明確にしていく上で、あるいは中小企業に今後どのような業務を提供していくべきかと考えた時、これらは解決しなければならない課題です。そしてその課題解決のためには従来の各専門家が自身の専門領域だけを突き詰めていくというアプローチでは限界があり、「学際研究」や「学際的なアプローチ」が求められます。具体的には税法学・会計学・監査論等の各専門分野における研究者の方々による理論的・制度的研究が不可欠となります。
その点において、飯塚毅博士による『正規の簿記の諸原則』(改訂版、森山書店、1988年)は、まさに縦割りの学問を乗り越えて、会計学、商法学、税法学の領域を網羅したわが国初の本格的な学際研究の専門書でもありました。ただし問題は、この書が世に出てからこれに続く研究が今日に至るまで全くと言ってよいほどなされていないことです。この状態は税理士業務を支える学理の欠落を意味し、税理士業務の理論的支柱が現在に至ってもなお確立しきれていないことと関係していると考えられます。保証業務として認知が進んでいる書面添付制度にしても、税法学と会計学、監査論の三つの領域が重なっており、全体としての学問的な裏付けがない状況です。
我々が現在取り組んでいる4大業務は飯塚毅博士のご見解を基礎としたものです。であるならば、今に生きる我々が理論として再構築し、よりシャープにしていくことは我々に課せられた重要な役割です。
飯塚真玄TKC名誉会長は、ドイツの税理士は「正規の簿記の諸原則」の守護者であると言われています。まさに飯塚毅博士はその視点から、「正規の簿記の諸原則」研究を通じて、税理士の本来業務とは何かを解明されようとしたのだと思います。
そこで今回、飯塚毅博士による学際研究の手法やその重要性について、『飯塚毅博士生誕百年記念 論文集』(TKC出版、2018年)に寄せた拙稿をもとに、今日的情勢も加味して確認したいと思います。
他の専門領域の知見を集約・統合する「学際研究」
(1) 学際研究の発展途上国である日本
飯塚毅博士による『正規の簿記の諸原則』は、ドイツの「正規の簿記の諸原則」(Grundsätze ordnungsmäßiger Buchführung, GoB)概念を解明したものです。同書において飯塚毅博士は次のように「学際研究(interdisciplinary research)」の重要性を強く主張されました。
わが国の関係学者の中で、ドイツにおける正規の簿記の諸原則に関して存在する、具体的な実定法規範の実在性とその多角性とを、指摘して論述する学者が殆ど皆無であった(飯塚(1988)、48頁)(傍点は筆者)。
学際研究とは平たく言えば、単一の専門分野で扱うには広範すぎる、もしくは複雑すぎるテーマを研究する際に、他の専門領域の知見を集めて統合するプロセスをいいます。
一松信監修・赤司秀明著『入門 学際研究 超情報化時代のキーワード』(コスモトゥーワン、1997年)は、わが国における学際研究の振興を実証的に調査しています。それによれば「わが国の大学図書館に所蔵されている和図書・学術和雑誌の中でテーマやキーワードに学際という用語を冠する文献の数を調べるとわずかに72件であったが、これを洋図書・学術洋雑誌で multidisciplinary ないしinterdisciplinary を冠する文献数1,511件と比べるとかなり少ない」とし、「こうした数字を見るかぎり、米国をはじめとする英語圏に比較して日本における学際研究の振興は先進国レベルとは言い難いようである」と結論づけました(1)。
そして一松(1997)によれば、このことは学問の発展過程から考えると非常に重要な問題を投げかけているとしています。というのは、学際研究の振興の度合いは学問の発展段階と密接な関係にあるからで、すなわち、学問が細分化しながら発展し、ある一定の段階に達すると過度に細分化された個々の専門分野では対応できない事象が多くなり、そこで今度はある目的を中心として、それまでに細分化された専門分野が互いに協力、統合、総合、融合することが求められ、学際がかかわるような研究が要求されてくる。その結果として、学際領域の研究テーマも増えてくることになるといいます(2)。
つまり、わが国は、学際研究の発展途上の国であり、それは学問の発展が遅れていることを意味しています。
(2) 会計領域での学際研究
こうした中で、会計の領域で「学際研究」に焦点を当てている文献の存在を調べてみたところ、次のようなものが存在しました。
- 〇武田隆二「会計領域における学際研究(Interdisciplinary Approach in the accounting Theory)」(神戸大学『国民経済雑誌』、139(2)、1979年2月)
- 〇西澤脩「学際的管理会計の開発と新展開」(『早稲田商学』、第385号、2000年)
- 〇堀口真司、新井康平、鈴木新他「学際的会計研究の軌跡:Accounting, Organizations and Society, 1976-1985」(神戸大学『国民経済雑誌』、198(5)、2008年)
- 〇古賀智敏「新たな時代認識と会計研究の多様化・学際化」(中央大学経理研究所編『経理研究』「特集 会計研究のあり方」、57、2014年・Win) 他
堀口他(2008)によれば、「日本においては、学際という概念を直接的に取り上げてきた会計学者は非常に少ない」とし、財務会計の領域では武田隆二博士の武田(1979)を、管理会計領域では西澤脩博士の西澤(2000)を挙げています(3)。そして「日本においても、学際的会計研究の必要性は論じられてきたが、しかしそれらはまだ潮流として形成されるまでに至っていない(4)」と結論づけています。
このように未だ潮流となっていないとされる学際的会計研究ですが、堀口他(2008)の言及は、会計学と情報科学、会計学と社会学、会計学と理数系科学などを対象としたものであり、商法学、税法学、証拠法など法学分野を対象としたものではありません。すなわち、会計学、簿記学、商法学、税法学、証拠法などの領域を包含した学際的な会計研究は潮流になっていないどころか、無いに等しい状況です。
重要なのは、その研究対象に中小企業を包含した場合に、会計領域における学際研究の必要性が際立つということです。ドイツの「正規の簿記の諸原則」研究においても、それが商法および国税通則法を通じてすべての企業に関連するために、必然的に学際研究が必要となったわけです。
GoB(「正規の簿記の諸原則」)研究の学際性
(1)「正規の簿記の諸原則」の学際性
わが国におけるGoB概念の研究は、商法学者である田中耕太郎博士(元東京大学法学部教授)がその著『貸借対照表法の論理』(有斐閣、1944年)において示された、いわゆる実務慣行白紙委任説が唯一の先例となっていました。これに対して飯塚毅博士は、いわゆる三重構造説をもって批判の論陣を展開しました。飯塚毅博士の三重構造説について、黒澤清博士(元企業会計審議会会長、元横浜国立大学学長)は次のように解説されています。
本書は、正規の簿記、帳簿の証拠性ならびに正規の簿記の諸原則を、正面から本格的に論究したわが国最初の文献であり、学問的価値はきわめて高い。「正規の簿記の諸原則」における簿記とは、単に簿記一般を技術的に指しているにとどまるものではない。正規の簿記の諸原則は、飯塚説に従えば、三重構造をもつ集合概念であって、これを規定する、商法、税法等の関係法条は、歴史的発展過程をたどって展開しつつある会計帳簿の証拠力に関する根拠法規である(黒澤清「すいせんの言葉」3頁、飯塚(1988)所収)。
「正面から本格的に論究したわが国最初の文献」(傍点は坂本)という指摘は、「会計学、商法学、税法学を網羅したわが国で初めての本格的な学際研究である」という意味です。しかしながら、飯塚毅博士が三重構造説を打ち立てて以後、これに続く研究は一部の例外を除いて(5)、存在しておらず、実務慣行白紙委任説と三重構造説の対立は温存されたままとなっています。やや哲学的になりますが、ヘーゲルの弁証法の理論でいうテーゼ(主張)、アンチテーゼ(反論)、ジンテーゼ(統合)という視点からみれば、いまだに主張と反論を統合したより高度な結論に達していない状況にあるということです。
両者の対立の本質は学際研究を採用するか否かにあります。GoBは学際性のある概念なのです。飯塚毅博士は、GoB概念の解明に当たって学際的アプローチを採用した理由を次のように述べています。
税法学が、会計学、経営学、簿記学、商法学は勿論、行政法学、国家学や法哲学までにも及ぶ、驚くほど学際的である点に、時には嘆息を禁じ得ないものがあった(飯塚(1988):「自序」2‐3頁、傍点は坂本)。
(2) お互いの専門領域を侵さないという暗黙のルール
GoB概念は多面性があり、各専門領域(会計学、商法学、税法学)からの個別アプローチでは、その一断面は説明できたとしても全体像を提示することはできません。多面性あるGoB概念の全容を把握するには、少なくとも会計学、商法学、税法学をカバーしなければ、「木を見て森を見ず」の結果となってしまうのです。
加えて、会計実務において、ドイツの各企業は、商法上のGoBのみを遵守するだけでは足りません。会計実務の現場は極めて学際的であり、各企業は、租税法上のGoB、経営経済学上のGoB、さらには税務行政が策定したGoBDなどすべてのGoBを遵守する必要があります。
一方、わが国で会計学、商法学、税法学などの領域を包含する学際的な研究が無いに等しい最大の原因は、「互いに他の専門領域を侵さない」という暗黙のルールが存在していることにあると考えています。
その研究スタンスに加えて、会計学と商法学は、税法を単なる手続き法としてみなしてこれを無視する傾向があります。田中博士の実務慣行白紙委任説は、このような立ち位置に立脚して構築された理論であり、税法規定をまったく無視して構築された理論であることに留意しなければなりません。これに対して打ち立てられたのが飯塚毅博士による三重構造説でした。
正規の簿記の諸原則の本質について、東京帝国大学の法学部教授であった田中耕太郎博士が、世紀的な誤解をなされてしまった真因は何か。筆者は、既に述べたように、博士の学問研究の方法論に、重大な誤りがあったことを指摘せざるを得ない(飯塚(1988)、295頁、傍点は坂本)。
わが国の会計領域における研究の一般的傾向
ここで、わが国における会計領域の研究の一般的傾向を示せば次のようになります。
- ①会計学は、商法学を意識し対抗するが、税法学を無視する。
- ②商法学は、会計学を意識し対抗するが、税法学を無視する。
- ③税法学は、商法学と会計学を意識する。
①会計学は、商法学を意識し対抗するが、税法学を無視する
次の黒澤清博士の見解は、「会計学者は、商法学に口を挟まない」という暗黙の作法を述べたものです。
(商法学者である田中耕太郎博士の実務慣行白紙委任説を批判しなかった点について=坂本注)法学者でない私が、あえて法学者を批判することは、専門領域を異にするものとしてはさし控えるのがアカデミシャンの当然の態度であると考えたからに過ぎない。(黒澤「すいせんの言葉」2頁、飯塚(1988)所収)。
②商法学は、会計学を意識し対抗するが、税法学を無視する
商法学者である田中耕太郎博士は、商法学と会計学とは相互にその立場を尊重すべきであるが、互いを侵犯すべきではないことを主張されています。
然しながら今や我々は貸借対照表論に於ける商法学と會計学との密接な関係を承認し、学者間の協力を肯定し、且つ一層促進することのみを以て満足することを得ない。我々は両者の関係が密接であればある程、両者の論理的関係の開明を要求するものである。我々は両者の使命の特殊性を明瞭にし、其の支配する分野を区別し、互いに他を侵犯することなからしむるを要するのである(田中(1944)、4頁)。
これに対して飯塚毅博士は次のように指摘されました。
民商法学者は、税法を、単なる手続き法として蔑視する傾向をもつ。しかし、わが国の商法学者が、ドイツで制定されて以来何十年も続いている税法条文を無視ないし看過して、法律的に何ら定義づけられていない白紙規定だと断定するのは、税法を法として認めていなかったからか、いずれにせよ、一国の法規範を全体的視野で見ない、という結果でしかないと思う(飯塚(1988)、23頁)。
田中博士は、正規の簿記の諸原則という概念が、商法上の概念であり、会計学上の概念であると同時に、むしろ発生史論的には、実に税法に淵源していた概念であった事実にまでは気がつかれず、したがって、その点では善意で、税法プロパーの諸文献は、これを殆ど使用しないまま、ご自分の理論構成を進めてしまったものと認められる(飯塚(1988)、45頁)。
黒澤清博士も次のように言及されています。
しかし彼(田中耕太郎博士=坂本注)が参照したものは、ドイツ商法の総則第38条ただ一つにすぎず、所得税法第5条の規定も、ドイツ国税通則法(RAO)の関連規定も、その他多数の関係判例をもまったく看過していたのである。必要な資料をすべて黙殺して、このような短絡的謬見におちいった田中法解釈学を、飯塚氏は見過ごすことはできなかったわけである。田中説は、いわばその不当な権威力によって、タルドの模倣の法則にしたがい、無数の学者、政策担当者たちに、悪影響を及ぼしたからであった。飯塚氏の破邪顕正の批判の論法はここから生まれた(黒澤清「すいせんの言葉」2頁、飯塚(1988)所収)。
③税法学は、商法学と会計学を意識する
税法学では、一般的に、「商法上のGoB」概念を基本にして「税法上のGoB」を論じることが多くあります。それは税法学が内包する学際性によるものです。東京大学の中里実名誉教授が著された東京大学法学部助手論文(1983年)によれば、ドイツのGoB概念は各論者によってその法的性格や区分の仕方がさまざまであるといいます。
正規の簿記の諸原則の法的性格の問題と、その内容を、誰が、何をもとに、どのように発見するのかという問題は相互に密接な関係があるために、それぞれの問題を明確に区分して議論することが難しい。区分の仕方も論者によりまちまちである。次に、これらの問題は、商法学者、租税法学者、及び経営経済学者により、各々異なった立場から議論されており、文献も多い。さらに、これらの問題は、必然的に、法源、商慣習、条理等をめぐる法解釈上の基本的な問題と関連している。実際、正規の簿記の諸原則の法的性格及び発見の方法をめぐる問題は、それ自体で一つの大部な論文のテーマとなりうるほど複雑なものである(6)。
税法学の隣接科学である税務会計論に関して、武田隆二博士は次のように解説されています(7)(傍点は坂本)。
会計学の領域のなかでの境界科学として成立した「税務会計」はいわば学際研究の所産であったといってもよい。もっとも学際研究によって生み出されたというよりは、かかる専門領域の成立基盤が先にあって、それを体系づけるために成立した研究領域であるといってもよいのではないかと思う。
武田隆二博士は、わが国の会計領域において、初めて学際研究の必要性を主張された研究者です(8)。税務会計論は、税法学と並び、会計学、金商法会計・会社法会計、法人税法をその射程におさめる研究分野です。武田博士が学際研究の必要性を主張された背景に、武田博士がわが国の会計学の権威であるとともに、学際領域である税務会計論の権威でもあったことが影響していると考えられます。
飯塚毅博士のメッセージ「自我忘却的客観性を保持し、先学を越えよ」
(1) 会計領域の研究における一般的傾向
先述したように、ドイツの各企業は商法上のGoBのみを遵守するだけでは足りません。会計実務の現場は極めて学際的であり、各企業は、租税法上のGoB、経営経済学上のGoB、さらには税務行政が策定したGoBDなどすべてのGoBを遵守する必要があります。これが会計の現場であり、この状況はわが国の会計実務でも同様です。我々税理士は決算書・申告書を作成するとき、税法はもちろん、中小会計要領などの会計基準、商法、会社法、証拠法などその会社に関係する法令や規則のすべてを前提にして実務にあたる必要があります。税理士業務そのものが異なる領域にまたがる職業であるわけで、学際性があることが分かります。飯塚毅博士の問題意識の基本はここにあります。ドイツのDATEV社の創業者であるハインツ・セビガー博士(Dr. Heinz Sebiger)も次のように述べています。
簿記の問題は、飯塚氏にとって単なる一つの問題というのではなく、日常業務の重要な事象なのである。私がこう断言する背景は、飯塚氏が内外の指導的学者の「正規の簿記の諸原則」に関する重要な学説や、記帳義務に関する様々な法規定を取り上げ、分析していることからも明白である(ハインツ・セビガー「ドイツ語版への序文」1頁、飯塚(1988)所収)(傍点は坂本)。
しかしながら、わが国の会計領域の研究においては、次の2点がその一般的な傾向として挙げられます。
①学際研究、とりわけ会計学・商法学・税法学を網羅した学際研究の不足
学問が細分化しながら発展して一定の段階に達すると過度に細分化された個々の専門分野では対応できない事象が多くなってきます。すると今度は細分化された専門分野間(会計学、商法学、税法学等)の協力、統合、総合、融合が求められ、学際研究が要求されてきます。学際研究を遂行するためには、「互いに他の専門領域を侵さない」という学問遂行上の作法を否定し、飯塚毅博士が指摘されたようにこれを乗り越える必要があります。
②著名な大学教授の学説は疑わない
「著名な大学教授の学説は疑わない」という暗黙の作法の打破は、「先学を越えよ」というメッセージです。飯塚毅博士は次のように指摘しています。
日本の学者諸公は、著名な大学教授の学説は疑わない、という一般的傾向を持っているようで、それが災いしてか、残念ながら、これまでにわが国には、田中説に反論する学者は出なかったのである。わが恩師中村常治郎教授が筆者に「これはきみ、わが国の学会の大事件だよ。誰も君の理論に反駁できるものはいないな」。といわれたのは、ある意味で、わが国の学者諸公が陥っていた欠陥の存在を指摘された言葉だったのである(飯塚(1988)、298頁)。
人間は生かされて生きる、との本質をもつ。だが、学問の世界では、とりわけ、先学の教えを吸収消化し、それによって育てられ、かつ、それを乗り越えてゆかねば、学問の発展は期待し得ず、また、学恩を感謝したことになるまい(飯塚(1988)、「自序」1‐2頁)。
(2)飯塚毅博士のメッセージ
飯塚毅博士のメッセージは次の内容に凝縮されます。
日本の商法学界を代表するほどの碩学田中耕太郎博士は、ドイツ商法第38条所定の正規の簿記の諸原則の概念探求に当たって、1919年に成立したエンノー・ベッカーの作案に係るライヒ国税通則法の実在に気がつかず、シュマーレンバッハの動的貸借対照表論(Dynamische Bilanz)第5版、362頁の所論に惑わされ、田中博士が「貸借対照表法の論理」を出版された年より25年も前に、ドイツにあっては、既に正規の簿記の諸原則の各論的な細部にわたる実定法(1919年ライヒ国税通則法第162条のこと=坂本)が実在していたにもかかわらず、(中略、坂本)、方向違いの誤解を犯してしまい、この誤解が、我が国の多くの商法学者、会計学者諸公の、その後の誤解の連鎖反応を引き起こし、そしてその誤解の連鎖反応が、日本会計人界の数十年にわたる知的な重大損失、いな、会計人の損失に止まらない国家の会計制度上の重大欠陥を結果した国民的誤解の基因を成した(飯塚(1988)、106頁)。
つまり、研究者の「一国の法規範を全体的視野で見ない」、「著名な大学教授の学説は疑わない」という避けがたい二つの傾向が、「国家の会計制度上の重大欠陥を結果した国民的誤解の基因を成した」のです。そしてこれが、税理士という専門職業が、大学教授をはじめ、国民一般に理解し難いものとなっている主要因でもあります。
人間のすべての学問的な営みは、意識すると否とに拘わらず、その根底に特定の人間観を含んでいるようであります。人間というものを、どう掴んでいるのか、との見解を包蔵しているようであります。(中略、坂本)。社会科学の領域では、この人間観の相違が、理論の性格を、その根底のところで、大きく規定している、と感じられます。勿論、大多数の労作は、必ずしもその固有する人間観を、表面には出してきていません。然し、何らかの人間観が、その立論の性格や方向を、根底で規定している点は動かし難い事実のようであります(飯塚(1975)、1頁)。
筆者は、この研究論文中で、日本といわず、欧米といわず、不遜にも、百名を超える学者の諸説に反論を加えた。それは、ベルリン大学の法哲学教授グスタフ・ラートブルッフが、「人は自我忘却的客観性を通して人格となる」といった言葉に触発された結果に他ならない。同時に、禅は、固定的実在としての自我の非実在性の確証体験を、根本的に要請している。一脈通じているのだ(飯塚(1988)、「自序」2頁)。
「特定の人間観」は、好み・メンツ・過去の経験などに根ざしています。そして、「自我忘却的客観性」の保持とは、人間観の探求、学問における最も根底的なるものへの正しい理解です。このような人格を得た者であれば、「互いに他の専門領域を侵さない」とか「著名な大学教授の学説は疑わない」という作法や思い込みにとらわれることはありません。これらは研究者に向けた言葉ではありますが、我々職業会計人にも大変な示唆を与えてくれるものです。
書面添付制度の理論的・制度的研究をお示ししたい
以上、飯塚毅博士が『正規の簿記の諸原則』(改訂版、森山書店、1988年)で強調されていた学際研究の重要性について確認しました。飯塚毅博士は、「租税正義の実現」のためにも、すべての関係法令を遵守して税理士業務を行わなければならないとの強烈な使命感が根底にあり、だからこそ学際的アプローチによってGoB概念を解明する必要があると考えられたと思います。
我々に求められているのは、「自我忘却的客観性を保持し、先学を越えよ」という飯塚毅博士の教えを重く受け止め、税理士の職業イメージと税理士業務を支える理論的支柱を、学問上そして実務上確立していくことです。と同時に、近未来の巡回監査の手法をいかに現場の実務に落とし込むかという実践論も必要となります。
これに関して、現在、TKC全国政経研究会からの委託事業として、河﨑照行甲南大学名誉教授が会長を務める中小企業会計学会において、「書面添付制度に関する理論的・制度的研究」が行われています。また監査論の松本祥尚先生(関西大学大学院会計研究科教授・日本監査研究学会会長)、会計学の河﨑照行先生、租税法の増田英敏先生(専修大学法学部教授・弁護士)をはじめ一流の研究者によって学際的研究が鋭意進められており、それは「税理士の4大業務」の理論的支柱の構築にもつながるものです。今年、増田先生や松本先生と意見交換させていただいているのもその一環です(会報『TKC』令和6年7月号、10月号)。然るべき時期に研究の成果をお示ししたいと思います。どうぞご期待ください。
●本稿の完全版は 『飯塚毅博士生誕百年記念 論文集』「飯塚毅博士の『正規の簿記の諸原則』論─その歴史的位置づけと現代への提言─」(TKC出版、2018年)に収録されています。
- (1)一松(1997)、79‐80頁。
- (2)一松(1997)、79‐80頁。
- (3)堀口他(2008)、50頁。
- (4)堀口他(2008)、52頁。
- (5)例えば坂本(2011)は学際的なアプローチを採用している。
- (6)中里(1983)、100‐101頁。
- (7)武田(1979)、102頁。
- (8)「日本においては、学際という概念を直接的に取り上げてきた会計学者は非常に少ないが、例えば、財務会計の領域では、武田(1979)が『会計領域における学際研究』という論文を執筆している」(堀口他(2008)、50頁)。
- ・飯塚毅(1975)「学問における根底的なるもの」『TKC会報』1975年7月号
- ・飯塚毅(1988)『正規の簿記の諸原則』改訂版、森山書店、1988年
- ・一松信監修/赤司秀明著(1997)『入門 学際研究 超情報化時代のキーワード』、コスモトゥーワン、1997年
- ・坂本孝司(2011)『会計制度の解明─ドイツとの比較による日本のグランドデザイン─』中央経済社、2011年
- ・武田隆二(1979)「会計領域における学際研究(Interdisciplinary Approach in the accounting Theory)」神戸大学『国民経済雑誌』139(2)、1979年2月
- ・田中耕太郎(1944)『貸借対照表法の論理』有斐閣、1944年
- ・中里実(1983)「企業課税における課税所得算定の法的構造(一)~(五完)」『法学協会雑誌』第100巻1号(1983年1月)、3(1983年3月)、5号(1983年5月)、7号(1983年7月)、9号(1983年9月)
- ・西澤脩(2000)「学際的管理会計の開発と新展開」『早稲田商学』、第385号、2000年
- ・堀口真司/新井康平/鈴木新他(2008)「学際的会計研究の軌跡:Accounting, Organizations and Society, 1976-1985」 神戸大学『国民経済雑誌』198(5)、2008年
(会報『TKC』令和6年11月号より転載)