対談・講演
我が国における「保証業務」の普及に向けて
松本祥尚 日本監査研究学会会長 関西大学大学院会計研究科教授 × 坂本孝司 TKC全国会会長
日本監査研究学会会長(対談当時)で日本を代表する監査論研究者の松本祥尚(よしなお)教授(関西大学大学院会計研究科)は、「監査の社会的認知レベルを向上し、ひいては保証業務を社会的に普及させる」を主題に研究を進められている。坂本孝司TKC全国会会長との対談では、保証業務が米国で生まれ基準化された経緯、その意義を踏まえて、我が国における保証業務の普及について意見を交換した。
進行 TKC全国政経研究会事務局長 内薗寛仁
とき:令和6年9月6日(金) ところ:TKC東京本社
高校時代に公認会計士を目指す全国公開模試の「監査論」で全国1位
──松本先生とは、先生が会長を務める日本監査研究学会第46回(2023年度)全国大会「統一論題:わが国会計専門職の現状と将来展望─公認会計士と税理士に相克はあるのか─」に坂本会長が税理士として初めて登壇、発表したことがご縁の始まりでした。その時の模様は本誌2023年11月号と12月号で紹介させていただきました。また、2024年3月号では「保証業務の普及と拡張」をテーマに提言をいただいています。
坂本 松本先生とじっくりとお話しするのは初めてですので今日の対談をとても楽しみにしていました。
松本 こちらこそお招きいただきありがとうございます。
──さっそくですが、松本先生は監査論の権威で、日本を代表する保証業務の研究者としてご活躍されています。まずは、どのような経緯で研究者の道へ進まれたのか教えていただけますか。
日本監査研究学会会長
関西大学大学院会計研究科教授
松本祥尚氏
松本 きっかけは高校時代に公認会計士を目指したことでした。その後、公認会計士受験支援委員会という大学独自の支援組織を持つ関西大学の商学部に入学して、ドイツ監査報告論がご専門の故・高柳龍芳先生のゼミに入り、2年生の後半から試験勉強を始めました。
3年目で試験に合格したのですが、その間、監査論の成績だけはずっとよくて、2年目には大手予備校が主催する全国公開模試で全国1位になったことがありました。
坂本 それは素晴らしいですね。
松本 それで「監査論をこのまま勉強してみたい」と思って、高柳先生に大学院への進学を相談したところ、「せっかく大学院に行くのなら、(国立大学の)神戸大学に行きなさい」と言われ、故・森實(みのる)先生を紹介していただき、森實先生のもとで研究がスタートしました。
坂本 森實先生は監査論の権威で、もともと香川大学で研究されていて、その後、神戸大学に移られたのですよね。
松本 そうです。監査論を担当されていた故・高田正淳(まさあつ)先生が会計学総論のポストに移られたので、故・武田隆二先生(TKC全国会第3代会長)が森實先生を招聘されたと聞いています。森實先生は、独立性に関する論文をたくさん書いておられて、私も最初は先生の研究をフォローする形で、英米における独立性の歴史について修士論文をまとめました。
坂本 大変興味深いお話ですね。私も神戸大学出身で、拙著『職業会計人の独立性──アメリカにおける独立性概念の生成と展開』(2022年、TKC出版、以下『職業会計人の独立性』)の執筆にあたって森實先生のご著書や論文は大変参考になりましたので、深いご縁を感じます。ご縁を感じるもう一つの出来事があります。1978年(昭和53年)10月3日、TKC全国会の創設者である飯塚毅博士が西ドイツ連邦大蔵省に招聘され講演と公開討論が実施されました(『TKC会報』1978年11月号)。この時、故・黒澤清先生(企業会計審議会会長、TKC全国会最高顧問等歴任)の推挙で、飯塚博士の指導教授として同行されたのが、神戸大学の高田正淳先生と武田隆二先生のお二人でした。
松本 そのような深いご縁もあったのですね。
──松本先生の研究内容について教えていただけますか。
松本 今は、保証業務を中心に研究していますが、もともとは、職業監査人の正当な注意義務(Due Professional Care)について研究していました。例えば、取締役は善管注意義務を負っていますが、同じように公認会計士も公認会計士法(第30条の2・3)で「相当な注意」義務を負っています。「正当な注意」は監査基準(一般基準の3)で求められています。
「どのような監査手続の瑕疵で正当注意義務違反が認定され、行使された注意義務の程度に応じて、どれくらいの責任(訴訟リスク)が発生するのか」というのを客観的に証明できる方法がないかを、英米法を学んだ上で、米国や英国の判例を集めて研究し、ケーススタディとしてまとめました。
世界で定着している保証業務を日本でも普及・拡張させたい
──保証業務をどう捉えるかについてお二方にお話しいただきたいと思います。
松本 保証業務(assurance engagement)は、国際的には浸透している業務ですが、日本ではまだまだ馴染みがない言葉かもしれません。
坂本「保証」という言葉からの誤解もあるように思います。
松本 まず保証業務の内容を説明させていただきますと、保証業務は、1997年(平成9年)にAICPA(米国公認会計士協会)のエリオット委員会が世界で初めて提案しました。その報告書によると、保証業務は「想定される意思決定者に対し、情報の質、或いはその内容を改善する独立した職業専門的業務」と定義されています。その後、IFAC(国際会計士連盟)が枠組みや基準を制定したものを、日本の企業会計審議会が2005年(平成17年)に国内化しています。しかしながら、我が国では保証業務が広く定着することなく、今日に至っています。
坂本先生がおっしゃる通り、我が国で「保証」という用語は、一般的に、損害が発生した場合にそれを補償する約束といった意味合いで使われることが多いです。保証業務自体も、法律用語辞典で調べると民法上の概念しか存在せず、「銀行の付随業務」と書いてあります。つまり、貸付を促進するための保証です。身元保証・個人保証・担保保証のようなイメージで保証業務が捉えられているのです。私は研究者として愕然としたのですが、このイメージを払拭することが、保証業務の普及に必要な第一の関門です。
坂本 今後も言葉自体は変えられないでしょうね。
松本「assurance」は「保証」以外によい訳が見あたらないのです。世界では保証業務が定着し、活用されているので、日本だけが孤立しないよう、保証業務の普及と拡張を進めていかなくてはならないと思っています。
坂本 私が常々申し上げているのは、「公認会計士は『財務の真実性の守護者』であり財務書類の監査業務に関する唯一の専門家、税理士は『租税正義の守護者』であり税務業務に関する唯一の専門家である。」ということです。その法的裏付けが、税理士法第33条の2に規定される書面添付制度(税理士による「保証業務」)です。
この書面添付制度については、我が国独自の制度かつ、学際的領域(税法学・会計学・監査論等)に関わっているため、ほとんどその研究がなされていないという問題があります。このことにより、大学の先生が研究テーマにされることや、学生が講義で聴くこともないために、研究者や金融機関の方は書面添付と聞いてもピンとこない。このような学問的裏付けの欠如が課題であると感じています。
そうした中で、今回、TKC全国政経研究会からの委託事業として、中小企業会計学会(会長:河﨑照行甲南大学名誉教授)において、「書面添付制度に関する理論的・制度的研究」が開始されました。そこで監査論の松本先生、会計学の河﨑先生、租税法の増田英敏先生(専修大学法学部教授)をはじめ一流の研究者によって学際的研究が進められていることは画期的であり、今後、我が国における「保証業務」の普及に大きく資するものだと確信しています。
公認会計士と税理士とはいわば二卵性双生児である
──ここで、昨年9月の日本監査研究学会全国大会について振り返っていただきます。坂本会長から、学会で発表されることになった経緯やその意義についてあらためて説明していただけますか。
TKC全国会会長 坂本孝司
坂本 私が全国大会にお招きいただいたのは、2022年(令和4年)10月に発刊した『職業会計人の独立性』が日本監査研究学会に所属されている八田進二先生(大原大学院大学教授)の目に留まり、直々に「ぜひ学会で発表していただきたい」との依頼をいただいたことによります。
私自身、監査論や会計学の研究者、公認会計士、金融庁職員の方々を前に、税理士が行う保証業務である書面添付について語る日がこんなに早く来るとは想像しておりませんでした。税理士が監査研究の場で発表し、日本税理士会連合会(日税連)の認定研修にも指定される等、業界にとってとても歴史的な意義のある大会でした。
当日は「独立性の視点から見た公認会計士と税理士──会計専門職の制度的基盤(独立性を中心として)」というテーマで報告し、「公認会計士は『財務の真実性の守護者』であり財務書類の監査業務に関する唯一の専門家、税理士は『租税正義の守護者』であり税務業務に関する唯一の専門家である。両者はいわば二卵性双生児であり、互いに違いを理解すべき関係である」。また、我が国における中小企業の計算書類や税務申告書の信頼性確保の観点から「書面添付制度は、『税務監査証明業務』とも言える制度である。税務申告書の信頼性を直接保証するのみならず間接的ではあるが、計算書類にも一定の信頼性を付与することから一石二鳥の制度である。我が国独自の制度であり、かつ学際的領域(税法学・会計学・監査論等)に関わっているため、ほとんどその研究がなされていない」といった問題提起もいたしました。
また、松本先生からは「保証業務から見た公認会計士と税理士」をテーマとした報告があり、書面添付制度は保証類似業務とみなし得るとの見解をいただけたことは大変画期的なことでした。
──松本先生がおっしゃる「保証業務の拡張可能性」の中で、税理士の担っている、あるいは今後担っていける可能性のある業務について見解をお聞かせいただけますか。
松本 昨年、全国大会で報告するにあたり、税理士法に基づく書面添付制度について詳しく調べたのですが、それ以前にも、2015年(平成27年)に出版した私どもの共著『公認会計士の将来像』(同文舘出版)において、日税連やTKCを通じた税理士によるクライアントサポートローンやTKC戦略経営者ローンを取り上げて、先ほどの保証業務の定義に基づけば、保証業務に類似した業務であると言えると述べています。
それは、税理士や公認会計士、TKC会員の皆さんが金融機関の融資先企業に関与することによって、その情報リスクや融資リスクが低減し、金利が優遇されることが、1900年代初頭に米国で発生した信用監査の事例に類似しているためです。銀行業界が融資申請してきた経営者に対して、短期の約束手形を割り引くにあたり、その債務の返済能力があるかどうかを判断するために貸借対照表と監査報告を求めたという事例に類似しています。
坂本 これも画期的な論証でした。
松本 昨年の大会では、書面添付制度(税理士法第33条の2)においても、書面を添付することで、経営者と想定利用者である税務当局との間に税理士が関与し、申告書の信頼性が確保され、場合によっては税務当局による調査が省略されることとなっているため、税務当局の徴税リスクが軽減され、徴税コストも下がる。そうすると保証類似業務とみなし得るのではないかということを発表しました。
書面添付の1項業務は「保証周辺業務」とみなし得る
坂本 税理士法第33条の2の書面添付制度(計算事項、審査事項等を記載した書面の添付)には、第1項と第2項があります。第1項は、申告書を作成した税理士が、申告書の作成に関し、計算し、整理し、又は相談に応じた事項を記載した書面を申告書に添付する、「申告書の作成に関する証明業務」です(以下、1項業務)。第2項は、他人の作成した申告書について租税に関する法令の規定に従って作成されていることを審査するものです(以下、2項業務)。この2項業務は、税理士が申告書の作成に関わっていないことから「税務監査業務」そのものと位置付けられます。
松本先生から2項業務は保証類似業務とみなし得るとの見解をいただいたことは大変ありがたいことですが、一般的に書面添付制度は、税理士が「独立した公正な立場」(税理士法第1条)で、自己の作成した申告書の作成について、どの程度まで関わったのかを明らかにする、1項業務が多くを占めています。そしてその実績は我が国の300万法人中の約1割、30万社で活用されており、社会的インフラとして機能している現状です。この1項業務について、保証の観点から松本先生の見解をお聞かせいただけますか。
松本 1項業務については、顧問税理士が申告書の根拠となる計算書類(決算書)の作成を行っていたとしても、その決算書が経営者によって受け入れられて取締役(会)から株主総会に提案され、そこで承認された時点で「二重責任の原則」から、決算書の所有権は株主に移転したと想定できます。改めてその決算書をもとに申告書を作成するので、独立性(外観的独立性)の問題は生じないと考えてよいのではないかと思います。
「二重責任の原則」は監査論の基本概念で、決算書を作る責任は経営者にあり、監査人はこれに対する監査報告書を作成する責任がある。両者を混同してはいけないという原則です。これは日本独自の名称ですが、1939年(昭和14年)の米国SEC(証券取引委員会)裁定のインターステイト・ホージリー・ミルズ社のケース※1が基になっています。
坂本 そうしますと、1項業務は、保証業務の観点からは、言うなれば「保証周辺業務」と捉えることができますでしょうか。
松本 おっしゃる通り、形式上、外観的独立性の問題はなく、「保証周辺業務」とみなし得るのではないでしょうか。
坂本 まさに「わが意を得たり」という貴重なご見解をいただきありがとうございます。日本の保証業務を普及するという役割を担うべく、書面添付制度推進における理論的支柱として、自信を持って一層の推進に力を注ぐことができます。
もう1点お聞きしたいのが、「中小会計要領の適用に関するチェックリスト」(日税連作成)についてですが、これも保証類似業務と言えますか。
松本 金融機関へチェックリストを提出することは、依頼人と税理士、金融機関との間で、そのリストにあらかじめ「合意された手続き(AUP)」※2を行っていることになります。その結果、決算書に虚偽記載が含まれるリスクが低下し金融機関の融資リスクが低減されることになりますので、広義の保証業務の枠組みの中に入ります。
坂本 すでに書面添付とともに「中小会計要領の適用に関するチェックリスト」等を活用した融資商品は全国の多くの金融機関において採用され、中小企業金融の円滑化に寄与しています。
──我が国の中小企業金融は信用保証協会による信用保証付融資が大宗を占めており、松本先生は、その制度に課題があると述べられていますが、その点、詳しくお聞かせください。
松本 日本で信用監査が根付かない一因に信用保証付融資制度があると考えています。不動産担保や経営者保証付きの融資が多い日本では、金融機関は不動産担保や経営者保証が取れない企業に対して信用保証協会の保証を付けることで、融資リスクを引き下げています。この仕組みにより、融資を担当する行職員の皆さんに、融資の判断に必要な力の一つである決算書を読むために必要な簿記・会計の知識やリテラシーがなかなか身につかないという問題、さらには当該決算書の信頼性を確保するための監査や保証に必要性を感じないという問題につながっていると捉えています。
坂本 ご指摘の通りですね。他方、昨年4月に金融庁による「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」等の一部改正(経営者保証に依存しない融資慣行の確立)が、本年5月には「信用保証協会向けの総合的な監督指針」が一部改正されたことにより、金融機関や信用保証協会は、「経営者保証ガイドライン」の遵守、いわゆる経営者保証に依存しない融資のため、融資先企業に対し、「法人個人の一体性解消」「財務基盤の強化」「財務状況の適時適切な開示」を求めるように大きく変わってきています。そこで活用できるのが、書面添付とこの決算書の信頼性を高める「中小会計要領の適用に関するチェックリスト」です。金融機関と「顔の見える関係」を構築し、中小企業金融における税理士としての役割を積極的に果たすためにも、松本先生のおっしゃる通り保証業務の普及・拡張に取り組まねばならないと思います。
※1 インターステイト・ホージリー・ミルズ社のケース…企業の財務諸表の作成に会計士が係わったとしても、それをチェックし受け入れた企業の経営者に当該財務諸表の完全性に関する最終的な責任が帰せられるのであって、当該会計士が所属する監査事務所の責任は監査で虚偽表示を発見できなかったことにあるとして、一つの財務諸表に対する経営者の責任と監査人の責任を区別した重要な裁定となった。
※2 AUP…依頼人あるいは利用者と会計士(税理士)があらかじめ合意した検証手続のみを実施しその結果を報告する業務。
会計専門職の社会的価値を高めるために両者の積極的な協調・共働を
──今後の方向性をお聞かせください。
坂本 これから我々が取り組むべき業務は、本日の主題の保証業務に加えて、経営助言業務だと考えています。そして、その経営助言は、税理士が財務・会計・税務の領域で提供するものであると考えていますが、松本先生はどうお考えですか。
松本 今回の対談が、職業会計人による保証業務の理解を深め、かつそれらが普及することに少しでもお役に立てれば幸いです。そこで、ぜひお願いしたいのですが、まず、一つ目は保証業務提供者を指向される会計人には、監査論(主体論、実施論、報告論、保証業務論)の内容をぜひ身に付けていただきたいと思います。
職業会計人が行う経営助言業務については坂本先生のおっしゃる通り、財務・会計・税務の領域で行うことが望ましいと考えます。そこで二つ目にお願いしたい点は、中小企業の原価計算のために必要となる原価計算基準の理解と実践についてです。皆さんの関与先企業には製造業の中小企業が少なくないと思われますが、私の知る範囲では、顧問税理士の方が顧問先である製造業の中小企業に対し、原価低減に関する助言を行っているといった話を聞くことが滅多にありません。原価計算基準の理解は当然ながら、その実践も重要な助言業務だと思いますので、その点、会計の専門家として取り組んでいただけるよう期待します。
坂本 貴重なご提言をありがとうございました。TKC会員である税理士をはじめ、巡回監査士を目指す職員の教育プログラムの中でも検討していきたいと思います。税理士と公認会計士は、相互に専門性を正しく認め合う必要があり、それぞれの専門性を発揮して、会計専門職「全体」の社会的存在価値を高めるべきだと考えています。我が国における保証業務の理解と定着化に向けて、両専門職の積極的な協調・共働が求められることになります。そのためにも税法学・会計学・監査論等の各専門分野における研究者の皆さまによる理論的・制度的研究が不可欠と考えますので、今後ともよろしくお願いいたします。
(構成/TKC出版 石原 学)
松本祥尚(まつもと・よしなお)氏
日本監査研究学会会長・関西大学大学院会計研究科教授。1964年兵庫県姫路市生まれ。87年関西大学商学部卒業。89年神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。2003年関西大学商学部教授、06年関西大学大学院会計研究科教授。専門は監査論。
04年金融庁 企業会計審議会監査部会専門委員、21年日本監査研究学会会長等を歴任。主な著書『公認会計士の将来像』(共著:同文舘出版)ほか。
(会報『TKC』令和6年10月号より転載)