対談・講演
税理士業務は法律業務である
増田英敏 公益財団法人租税資料館代表理事 専修大学法学部教授・弁護士 × 坂本孝司 TKC全国会会長
昨年6月に公益財団法人租税資料館代表理事に就任した増田英敏専修大学法学部教授と坂本孝司TKC全国会会長の対談を掲載する。増田教授は租税法学者として、松沢智全国会第2代会長の税法学理論の研究を引き継ぎ、発展に尽力されるとともに、弁護士としても実務に携わってきた。対談では、飯塚毅博士が米国の「フィールド・オーディット」からヒントを得て構築した独自の理論である「巡回監査」は、税理士が税務に関する法律家として行う事実認定と法律判断業務であり、公認会計士が行う会計監査と一線を画す業務であることをあらためて確認した。
進行 TKC全国政経研究会事務局長 内薗寛仁
とき:令和6年5月27日(月) ところ:TKC東京本社
租税正義の実現
租税法律主義と租税公平主義のせめぎ合い
──増田先生は昨年、公益財団法人租税資料館の代表理事に就任されました。また、本誌におきましても、本年1月から「租税正義の理念で税理士の未来を拓く」を連載していただいています。
公益財団法人租税資料館代表理事
専修大学法学部教授・弁護士
増田英敏氏
増田 本日は、坂本会長との貴重な対談の機会をいただきありがとうございます。今回の対談に際して、坂本会長の大著『会計制度の解明──ドイツとの比較による日本のグランドデザイン』(中央経済社、2011年、以下『会計制度の解明』)を再度勉強させていただきました。坂本会長とは、松沢智先生の勉強会でご一緒した時から長年のお付き合いになりますが、じっくりとお話をするのは久しぶりで今日の対談をとても楽しみにしていました。
飯塚毅博士の設立された租税資料館は租税に関する研究支援機関としてますますその存在意義が高まっています。代表理事としてその重責を果たしていきたいとあらためて決意しているところです。
また、本誌への連載は今回2度目となり、前回は「紛争予防税法学」のテーマで2009年10月号から隔月で約5年間執筆させていただき、その連載は同タイトルでTKC出版から2015年6月に発刊いただいています(以下『紛争予防税法学』)。
坂本 今日は、飯塚毅博士の思想をご理解いただいている租税法学者の増田先生との対談ということで私もとても楽しみにしておりました。
さっそくですが、租税正義の二義性について確認しておきたいと思います。租税正義には、立法原則と行政原則の二つの原則があります。前者は、国民に洩れなく、公平に、能力(担税力)に応じて、正しい税金を納める義務があること。後者は、租税法律主義のもと、正しい税金を納めることです。
そこで、増田先生に伺いたいことがあります。最近の最高裁判所が下す判決を読んでいて感じることですが、それは、租税法律主義を厳格に貫こうとしたときに、法律(税法)が社会の実態に合わずに欠落している部分を、立法府ではない裁判官が埋めている現状についてです。換言すれば、租税法律主義と公平負担の原則との「せめぎ合い」はどこで決着するのかという問題です。
この「せめぎ合い」の象徴が飯塚事件でした。飯塚事件は、実務家として関与先と国税当局に租税法律主義を一切妥協しない姿勢を貫徹してきた飯塚毅博士と大蔵省の高級官僚との間の、ある関与先の別段賞与について租税法律主義と公平負担の原則とのせめぎ合いから始まりました。この事件の主な争点の一つが、行政原則における租税法律主義と衡平法(こうへいほう)(equity)の位置づけでした。飯塚毅博士が関東信越国税局直税部長から別段賞与に関しての修正申告を迫られた際、「英米の衡平法からすれば、こういう異常に高い賞与は否認処分ができるのだ」との発言がありました(『租税正義の実現を目ざして──飯塚事件の本質と系譜』より)。衡平法とは、「コモン・ロー(common law)を採用する英米法の国々において、具体的に法を適用すると実際に不当・不公平な結果になるような場合、これを是正する原理」のことです。
飯塚事件の解決後、飯塚毅博士は、本誌巻頭言(『TKC会報』1985年5月号)において、租税法学者の忠佐市博士が主張した、租税法律主義は公平負担の原則より上位に位置するという考えに対して、公平負担の原則を租税法律主義の上位概念に位置づけた、ドイツの税法学者であるティプケ教授の理論を引用して、「果たして、そうなのでしょうか」と問題提起されています。恐らく、裁判官も最後は平等原則や公平論のもと、法律に異常な欠落がある場合には、正義の観点から判決を下すのだろうと思うのですが、その分岐点はどこにあるのでしょうか。
増田 これは租税正義を考える上で、重要な問題提起です。坂本先生がおっしゃる通り、租税法の研究は、租税法律主義と租税公平主義の二つの基本原則のせめぎ合いと調整にあると思います。せめぎ合いを恩師松沢智先生は相克と呼称されていました。また、両基本原則の相克と調整の問題が租税法研究の最大論点であるとも指摘されています。
まさにこの両者の相克を調整する役割を裁判官が最終的に担っております。では裁判官が調整するための物差しは何かということですが、それが「正義」です。よって最高裁の判断も、判断する裁判官の正義の哲学により租税法律主義を優先するか、租税公平主義を優先するかに分かれることになります。
裁判官も、最高裁の判事になるまでの生き様・その背景が異なります。裁判官の人生の過程で価値観が醸成されます。「何が正しいのか」を哲学し、正義の価値観が形成されていくと思います。そうすると、租税公平主義を優先させる裁判官がいてもよいし、租税法律主義を優先させるべきだという裁判官がいてもよいということになります。
私は長く租税正義を研究してきた中で、租税正義は、恣意的課税を阻止するとの前提で、租税法律主義を優先させるべきだという主張をしてきました。その根底には、法の目的が正義の実現にあるのであれば、法がある以上は租税法律主義が歪められないようにすべきだとの考えがあります。
今回『TKC会報』に連載するにあたり、過去の巻頭言や『TKC基本講座(第5版)』(TKC出版、2023年、以下『TKC基本講座』)を読ませていただきました。飯塚真玄TKC名誉会長が執筆された第4部「TKCシステム誕生の背景と開発思想」からは飯塚事件の全容をあらためて知ることができました。その上で、飯塚毅博士が巻頭言で引用されたティプケ教授の言う、「平等の取り扱いのない正義は考えられない」「裁判官は実定法における正義の欠損(平等原則に対する違反)を除去しなければならない」という主張も理解でき、まったくその通りだと思います。法は万能でないことは確かです。租税法律主義のみを優先し法適用の結果が平等原則に反する場合は租税正義に反することになります。坂本先生のご質問、すなわち、この両基本原則の調整の分岐点は、まさに「正義」にかなうか否かという点に帰着するのだと思います。この問題は裁判官だけに限りません。税理士も税法の専門家として両者の判断を問われる場面が当然あるはずです。租税正義の理念の重要性がここにあるのだと思います。
「税理士の使命」を担う能力の日々の錬成を
──昭和55年の税理士法改正で税理士法第1条「税理士の使命」条項が追加されました。飯塚毅博士は「税理士の業務は本来、税務に関する法律業務である」と示され(資料1)、松沢智先生は「税理士よ、法律家たれ」と、法律家として誇りをもって職務を果たすよう税理士に向けたエールを送っています(資料2)。そこで、増田先生に法律家のお立場から「税理士の使命」についてご見解を伺いたいと思います。
増田 税理士法第1条「税理士の使命」条項の制定の経緯や背景については、『TKC基本講座』の第4部が大変参考になります。その使命条項に「独立した公正な立場」の文言を入れたのは、当時の大蔵省審議官の福田幸弘氏のご尽力であることは『TKC会報』で飯塚真玄TKC名誉会長のご寄稿(『TKC会報』2024月1月号)でも詳しく紹介されており、大変感銘を受けました。
昭和55年の改正で税理士法に「独立した公正な立場」が入ったことにより、税理士の職責に魂が入り、税務署と納税者との間に立つ税理士のポジショニングが明確になりました。
「独立した公正な立場」の「公正」とはまさに正義のことです。税理士は、税金を安くしたい納税者(クライアント)と、税金を1円でも多く徴収したい税務署との間で、申告納税制度の理念に沿って、納税義務の適正な実現を図るために、所得の範囲を法的に確定する役割を果たすことが期待されます。まさに税理士には租税法律主義の実効性を担保する使命があるのです。税理士のこの使命を担うためには、租税正義の理念を理解し、税務の専門家としての能力を錬成することが肝要です。
坂本 私自身、税理士試験を受験した頃は、公正な立場をとると、お客さまに喜ばれないと思っていましたが、実際はそうではありませんでした。租税法は、「所得をここまで課税する」というラインを厳密に定めています。私は、税理士はお客さまにそのラインを示して、しっかりと指導すればよいことに気が付きました。今は私が事務所にいなくても経営ができています。それは、「浜松で一番」と言われるほどにお客さまへの指導が厳しいからです。それでも関与先は700件近くまで増えました。現状、税務調査はほとんどありません。そこで実感として分かったことは、飯塚毅会計事務所がお客さまに厳しく接しているのになぜ発展したのか、それは独立した公正な立場で税務当局とお客さまと接してきたからだと確信しています。
増田 どんな組織においても理念と使命感は重要だと考えます。私の本誌連載でも紹介したのですが、松下電器(現パナソニック)創業者の松下幸之助さんは、創業当初、いくら社員の待遇改善をしても人材育成が進まない原因は、自身が理念を示していないことであると気付きました。そして、理念を打ち立てて、使命感をもってその使命を実践に移していき、会社を大きくしていったのです。確かに大企業で成長しているところは理念がしっかりしていますよね。さらにその理念は、普遍化されていて、人の琴線に触れるものです。
そういった意味では、税理士は常に税務当局とお客さまとの板挟みの中で仕事をしており、毅然とした態度をとらないと一方に流されてしまうという点で苦労が多いと思います。そこで軸となるのは「租税正義」の理念と、税理士法第1条で定められている税理士の使命です。
坂本 飯塚毅博士が全国会を創設されたのは、本質的には「租税正義の実現」にあったと思っています。税理士業界には少子高齢化などによる「人材難」という課題があります。これから税理士業界を目指そうとしている方、あるいはいま会計事務所で仕事をしている職員さんに、事務所の生産性を高めて待遇改善を図ることは当然ですが、あわせて、やりがいを持って働いてもらえるよう会計事務所の仕事自体の魅力・価値(職業観)を高めることも重要です。そのために我々は「租税正義」という理念を高らかに謳う必要があります。会員先生が理念に沿って実践している姿を見せることにより、必ずや共鳴してくれる方々が増えると思っています。
増田 若い人も含めてみんなが損得で生きているわけではありません。そこに生きがいを見つけられるかどうかも決め手になります。例えば、給料を5万円上げたからといって、事務所に人が集まり、定着するのかというとそうではなく、所長が示す理念や使命感などの税理士としての生き方がその事務所の価値を決定づけ、生きがいを見出していくのだと思います。そういったものがなく、所長が顧問報酬などの話ばかりをしていると、みんな幻滅してしまいます。
坂本 我々には、いま会計事務所で仕事をしている職員さんはもとより、これから税理士業界を目指す方々の期待に応えられるよう、税理士業務をよりやりがいのある仕事にしていく責任があります。
増田 私が担当する大学の租税法の講義には約400人の履修生がいます。授業の前段では必ず「何のために勉強するのか」や「正義とは何か」といった哲学に属する話をするのですが、履修後の受講生のレポートを読むと「もっと聞きたい」という声が多く聞かれます。また、大学院生や卒業生の中にも高い志を持った若者がたくさんいますので、人間の本質は変わらないのだなと感じています。
▪資料1 税理士の業務は本来、税務に関する法律業務である
一般の税理士は、業務を物理的な便利さだけで考え、税理士業務が法律業務であることを忘れがちだからであります。税理士法第四十五条では、税理士が故意に真正の事実に反して税務代理もしくは税務書類の作成をしたとき、大蔵大臣は、税理士業務の禁止の処分まで、できることになっており、しかも、新税理士法は、税理士業務の禁止が行われると、直ちに資格を喪失し、無資格になってから、行政訴訟によって、あの資格を返せと、何年かかるか分からない訴訟をやって、資格の奪回を図らなければならない羽目に立たされているからであります。
(飯塚毅『TKC会報』1983年8月号巻頭言「電算機会計とわが国の税理士法」)
▪資料2 税理士よ、法律家たれ
税理士業務は法律業務であります。本来、税理士は関与先、税務当局のいずれにも偏せず、独立した立場で租税正義に従い、客観的に物事を判断し、租税法を法として正しく解釈する。そして、納税者をして適正な納税義務を実現させるという立場にある。
(松沢智『TKC会報』1999年7月号巻頭言「書面添付の意義、役割」)
租税法律主義
法令でない「Q&A」等での行政執行は租税法律主義を逸脱するもの
TKC全国会会長 坂本孝司
坂本 飯塚毅博士、松沢智先生は、租税法律主義のもと、法を拡大解釈した「通達」による税務行政の執行に警鐘を鳴らされてきました。しかし、租税行政庁は、近年においては、令和3年改正の電子帳簿保存法、令和5年施行の消費税インボイス制度、令和6年施行の定額減税制度の運用に関して、通達にも当たらない「Q&A(一問一答)」等を多発して行政執行している状況が続いています。私はこの状況について、租税法律主義を逸脱していると言っても過言ではないと考えています。その点、増田先生のご見解をお聞かせください。
増田 法的根拠が明示されないQ&Aやタックスアンサーは通達よりも厄介です。これまで租税法学の論点として営々と問題提起されてきた通達課税の問題には、法令を拡大解釈した租税法律主義に違反する通達課税と、そうではない通達課税があります。後者には、最高裁で判決が出た後に、該当部分を通達にしていく法令解釈通達と、租税行政庁がすべての納税者に対して等しく租税行政手続きを遂行するため、平等な法的取り扱いに寄与する通達があります。
先ほど申したQ&Aやタックスアンサーが通達よりも厄介だと思う点は、まず、名宛人が国民である点です。そのため、我々がQ&Aは租税法律主義に反すると思っても、根拠法令の解釈として導き出されるものか否か、裁判例の蓄積も無いため、これはおかしいだろうとの指摘がしにくくなっています。もう一点は、Q&Aに従わなかった場合に、果たして課税処分の対象になるのかという問題です。結論は、最高裁令和4年4月19日判決(令和2(行ヒ)第283号)の通り、通達は国民も裁判所も拘束しないのですから、ましてやQ&Aは納税者も税理士も拘束しないし、課税処分する根拠もありません。Q&Aが独り歩きすることになれば租税法律主義違反となります。
坂本 租税行政庁としては、納税義務者が混乱しないように親切心からQ&Aを出しているのかもしれませんが、私が業界として問題提起せねばならないと思うことは、Q&Aを発出する権限と、法的根拠が一体どこにあるのかということです。
増田 解釈通達は本法の体系に従って出ているため、条文まで追っていけるのですが、Q&Aは本法との関係性が不明です。根拠条文を追えません。また、名宛人が国民だとすれば、本来は、独立した公正な立場で、税法の専門家である税理士が納税義務の範囲を確定するためにQ&Aを出していくべきだと思います。税法の第一次解釈権は納税者にあるのです。
坂本 将来的には、我々税理士業界を代表する日本税理士会連合会がその任にあたってほしいと願っています。そうなれば、税理士への社会(政界・官界・学界・経済界)からの評価が一層高まり、なくてはならない職業としての地位を築くことができます。
税理士業務は法律業務
一円の払いすぎた税金なく、一円の払い足らざる税金なかるべし
──租税法律主義を逸脱している通達等による税務行政執行や、法を拡大解釈した恣意的な課税を防ぐため、税理士に期待される役割についてお話しいただきたいと思います。
『紛争予防税法学』
(TKC出版、2015年)
坂本 私は、今こそTKC会員は「税理士業務は法律業務である」という範を社会に示し、租税正義の実現を目指さなければならないと思います。先ほど税理士の法律家としての使命が法令に基づく適正な納税義務の実現を図ることであることを確認しました。これは、租税法律主義に基づき、飯塚毅博士が言う「一円の払いすぎた税金なく、一円の払い足らざる税金なかるべし」という租税法律主義の確固たる信条をもって、「税理士の業務は本来、税務に関する法律業務である」として、税理士業務を遂行することで果たせるものだと思います。
税理士業務を法律業務として遂行していく上で、重要なものは何かについて、私は、かねがね租税法上、帳簿(簿記)は、制度的にも実務的にも、格別に大きな位置づけにあると捉えており、「帳簿(簿記)の証拠力(以下、帳簿の証拠力)」について研究し、内外へ理解していただくことに努めてきました。
「帳簿の証拠力」については、飯塚毅博士が、その著書『正規の簿記の諸原則』(改訂版、森山書店、1988年)において、帳簿の証拠力を規定するドイツのライヒ国税通則法第208条および現行国税通則法第158条は、我が国の青色申告制度と同じ趣旨をもつ規定として、いずれも「帳簿の証拠力を認めた条文である」と読み解きました。さらに私も研究課程で「反証可能な法律上の推定」という強い証拠力があることを発見しました(『会計制度の解明』、204頁)。しかしながら、現在に至るまで、租税法上の「帳簿の証拠力」に関する研究は進展していません。
そのような状況下で、対談冒頭にご紹介いただいた『紛争予防税法学』を拝読したところ、青色申告に対する更正の適法要件を示して、帳簿の立証責任の分配について明確に論じておられました。「帳簿書類を否認して更正する場合、帳簿の記載以上に信憑性のある資料の摘示が必要」との記載がありました。アプローチこそ違えど、「帳簿には証拠力(訴訟法上は証明力)がある」という結論は同じであることに感銘を受けました。
青色申告制度では、形式的な記帳条件を充足した帳簿を備えていれば、税務調査において明確な外部証拠が示されない限り否定できません。形式的な記帳条件を充足した帳簿とは、すべての取引について、その真実性および完全性を確保するために、適時性・整然性・明瞭性・正確性・網羅性が充足され、仕訳の訂正・削除等があった場合にはその履歴を残すように記帳された帳簿です。よって帳簿の証拠力を確保するために、関与先自身が記帳を行うことは、自身の身を守るために大切な行為であるとともに、関与先と会計事務所の責任の範囲を明確に分けることにもなります。
増田『紛争予防税法学』で紹介している大阪高裁の判旨は、更正処分につき、理由附記の不備という手続き上の違法性が課税処分自体を違反事由となることを示したものでした。そこで大阪高裁が引用した昭和38年5月31日の最高裁判所の判決(資料3)は、青色申告に対する更正処分の処分理由の附記が争点となった裁判です。処分理由は法的判断に限定されるのであり、帳簿は要件事実の認定の証拠であり、証明力があると判示しています。帳簿の記載以上に信憑性の高い資料を提示しない限り帳簿を否定できないと判示しています。
坂本 この最高裁の判決は、我が国の青色申告による帳簿の記載の証拠力について明確な判断を下した代表的なものです。「法律上の推定」規定に従った、あるいはそれにごく近い証明度があるものとして、帳簿の証拠力を明確に判示している、帳簿を中心に業務を行っている税理士にとって非常に重要な判決です。
増田 坂本会長による巻頭言(『TKC会報』2021年7月号)を読ませていただきました。確かに、飯塚毅博士が指摘された「帳簿の証拠力」は、最高裁が示した法人税法第130条の法解釈と一致しています。税理士の皆さんは法律家として、この判決をぜひお読みになり、理解していただきたいと思います。
▪資料3 昭和38年5月31日の最高裁判所の判決(抜粋)
どの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由附記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきであるが、所得税法(昭和三七年法律六七号による改正前のもの、以下同じ)四五条一項の規定は、申告にかかる所得の計算が法定の帳簿組織による正当な記載に基づくものである以上、その帳簿の記載を無視して更正されることがない旨を納税者に保障したものであるから、同条二項が附記すべきものとしている理由には、特に帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにすることを必要とすると解するのが相当である。
(昭和36年(オ)第84号、同38年5月31日第二小法廷判決、破棄自判)
巡回監査は会計監査と一線を画す法律判断業務
坂本「巡回監査」は、飯塚毅博士が米国の「フィールド・オーディット」の概念からヒントを得た造語です(『TKC会報』1982年3月号)。この税理士が行う巡回監査は会計監査と一線を画した法律判断業務であり、税理士が租税法律主義のもとでその使命を全うするために行うべき基本業務です。『TKC会計人の行動基準書』では巡回監査の意義を「関与先を毎月及び期末決算時に巡回し、会計資料並びに会計記録の適法性、正確性及び適時性を確保するため、会計事実の真実性、実在性、網羅性を確かめ、かつ指導することである。」としています。この一番目にある「適法性」が重要です。「適法性」とは税法、商法、会社法等、とりわけ税法への適法性、すなわち租税法律主義の貫徹を意味します。この点が、税理士業務が法律業務であると言う所以です。そして、公認会計士が行う会計監査と一線を画すところです。
したがって、巡回監査、すなわち関与先企業の現場に出向いて、すべての取引を全部監査する必要があります。飯塚毅博士が「公認会計士は重要性の原則によって救われているが、税理士にはこれが無い。だから税理士にとって唯一無二の成功の条件は、全部監査(試査ではなく)の効率的実施体制が作れたかどうかに係る。」(『TKC会報』1973年5月号)など再三訴えていたのはその点であり、「租税正義の実現」という理念もこのことを前提にしています。そこであらためて全国のTKC会員に申し上げたいのは、「税理士(TKC会員事務所)が行う巡回監査は、公認会計士が行う会計監査とは一線を画す法律判断業務である」ということです。
増田 会計帳簿は企業の取引行為を認定する証拠として位置づけられるものです。このことは、要件事実・事実認定論の大家である伊藤滋夫先生(創価大学名誉教授・元東京高裁部総括判事)にお話を伺い、議論いたしました。伊藤先生は、会計帳簿が証拠であることは「間違いない」としながらも、「証拠となる会計帳簿には証明力に差がある」ことを指摘されました。ですから、税務調査になる前段階で十分な原始証憑や帳簿の精査を行い、会計帳簿の証拠力を高める必要があると思います。TKC会員の皆さんが行う巡回監査の意義は、会計帳簿の証拠力を高め、税務調査はもちろん訴訟にも耐えうる証拠の整備にあると考えています。
巡回監査は事実認定と法律判断業務そのもの 現場に行かずして事実認定強化はできない
坂本 実は今、巡回監査の必要性を再確認する時期に来ていると思っています。時代対応として会計事務所のDX推進は急務であり、TKCではその実現に向けて、「FXクラウドシリーズ」や「証憑保存機能」をはじめ、さまざまな先端を行くシステムを提供しており、我々会員事務所もそれをフル活用しようと取り組んでいるところです。他方、変えるべきものと変えてはいけないものを見極めることが重要であり、変えてはいけないものの一つが、巡回監査の本質です。
増田 巡回監査は、請求書や領収書などの証憑を第一次の証拠資料として収集・確認して、それが会計帳簿に連結して、数字に反映されているかをチェックする作業であり、紛争予防に不可欠なものです。「証憑なければ記帳なし」と言われるように会計帳簿もまた、証拠に基づかない帳簿は法的に力を持ちません。証拠力はないし証明力もないのです。
『紛争予防税法学』でも述べましたが、関与先企業の現場に赴いて、領収書等の証拠をチェックし、取引の実在性や適法性等を確認する巡回監査は、法的にみると、事実認定の作業と言えます。「証拠は何か」「証拠によって証明された事実は何か」を確認するのが事実認定そのものだからです。税務調査では、納税者の申告の適法性が争点とされます。申告の適正性・適法性は、①「事実認定」、②「課税要件」、③「②の課税要件の①事実へのあてはめ」──という法的三段論法の各段階で適正性を担保したことを明確に論証する以外にはありません。たとえ証拠書類として出された領収書の金額が1円でも帳簿と違っていれば、当然裁判所は誤りを指摘し、その証拠力は弱いものとなります。事実認定した事実は二つありませんので、結果的に裁判に負けることも考えられます。
坂本 証拠となる領収書や請求書の取り扱いも時代とともに変わりました。電子帳簿保存法が施行され、原則、紙での保存が義務付けられている国税関係帳簿書類を電子データで保存することが認められるようになりました。国税関係帳簿書類のペーパーレス化が進んだ上、さらにこれらの国税関係帳簿書類がクラウド上で保管され、いつでもどこでも確認ができるようになりました。月次巡回監査は現地に行かずにクラウド上の領収書などをチェックすることでよしとする考えも出てくるおそれがありますが、仮にその作業を巡回監査の範疇に入れるということは、会計事務所に領収書や通帳を持ち込んで事務所内でチェックすることを巡回監査手続きの一部と言うようなものです。そのため、現地に赴かずに証憑書類の電子データをチェックする作業はあくまで「事前確認」であって、巡回監査の範疇に入りません。このような「巡回監査は法律判断業務であり、適法性の確認のために現地に出向く必要がある」という考え方について、増田先生のご見解を伺えますか。
増田 法律家の立場から見て、現地に行かずして事実認定はできないと考えます。クラウド上に保存されている領収書などの電子データは、そのもととなる取引に係る現物等を確認しない限り、事実認定することはできません。証拠の証明力には「高度な蓋然性」が求められますが、第三者から取引の実在性を疑われるような状態は事実認定することができません。それに関連して、TKC会員の皆さんが取り組まれている関与先企業による自計化は、会計帳簿を関与先企業自らが作成し、第三者である税理士が適法性等をチェックしているため、証明力は強いと言えます。実際に横領事件の裁判では、提出された会計帳簿に対して、裁判官から、誰がどのように作成し、チェックしているのかを問われます。当然、顧問税理士が起票代行をして作成した会計帳簿は、自らが作成した帳簿を自らがチェックしたのですから証明力は弱いのは当然です。
さらにTKCシステムは、仕訳の訂正・削除があった場合に履歴が残るため、帳簿の改ざんを防ぐことができ、証明力はさらに強くなると言えます。
坂本 増田先生のご指摘は「関与先を法的に防衛する」という意味で格別に重要です。ご指摘いただいた起票代行は、商法・会社法(「適時かつ正確な会計帳簿」商法第19条第2項、会社法第432条第1項)にも違反しています。また、税理士法第45条「真正の事実」に基づく業務ができないため、同条への明確なる違背でもあります。そのため『TKC会計人の行動基準書』は起票代行を禁止しているのです。
保証業務としての書面添付制度
税理士による書面添付は保証類似業務である
──次は書面添付制度についてお伺いします。中小企業会計学会において「書面添付と税務保証に関する理論的・制度的研究」チーム(座長:河﨑照行甲南大学名誉教授・TKC全国会最高顧問)が立ち上がり、研究が進められています。増田先生も租税法学者を代表して参画されています。
坂本 書面添付制度は、税務申告書に関する税務監査証明業務であり、会計・監査論的には、保証業務(広義の監査証明業務)と位置づけられるべきと考えていますが、一般的には、証明業務、とりわけ「監査」と称される業務は、公認会計士が行う「正規の監査」と理解されているのが現状です。
そのような中、昨年の9月9日、私は日本監査研究学会の全国大会に招かれ、「独立性の視点から見た税理士と公認会計士」をテーマに発表する機会をいただきました。その発表に対して、同学会長で関西大学の松本祥尚教授から「書面添付制度は、保証類似業務である」(『TKC会報』2023年12月号)とズバリご指摘いただきました。日本監査研究学会会長であり日本の監査研究の第一人者である松本先生によるこの発言は画期的であり、税理士が行う監査業務への理解が得られるようになってきた一つの証左だと思っています。しかし、日本の租税法学者では、「税理士が職業会計人であることに異論はない。そこに税理士法第一条の租税法に関する法律家の地位が加わると、新しく税務監査人としての性格が明確となってこよう。」(『TKC会報』2000年1月号)と、税理士による監査業務(税務監査人)を認めてくださったのは、松沢智先生だけでした。そういった意味でも、今回、増田先生に本研究チームへ参加いただけたことは大変有意義なことだと感じています。
増田 参加させていただいている書面添付の研究は大変勉強になっております。TKC会員事務所では、巡回監査と書面添付を標準業務とされていますが、税理士法第33条の2の書面添付は巡回監査と一体となって法的にも重要な意義を持つと考えています。巡回監査が実施されたうえでの書面添付は税理士による会計帳簿および納税申告の適法性の保証といえるでしょう。今回、研究会で坂本先生から巡回監査と書面添付を詳細に解説していただき、この両者の関係性について勉強になりました。
とりわけ公認会計士が行う監査と税理士が行う監査の持つ、「会計記録に関して専門家がチェックして書面に残すことで保証する」との本質は変わらないということです。違いがあるとすれば、それを誰が行うのかだけの問題です。飯塚毅博士がおっしゃる「両者が同一」であるということの意味をよく理解できました。
さらに、書面添付の意義は、巡回監査でチェックした結果を書面に残すことが専門家として、関与先企業に対して税理士の責任を果たすことになるという点です。月次巡回監査を行い、書面添付を実践することは、会計帳簿の証拠力・証明力を強固にすることを再度ここで確認しておきたいと思います。
坂本 証明力が強い証拠があると紛争は防止できますね。我々は巡回監査と書面添付をセットで実践することで、世の中の健全な発展に寄与できるものと思っています。
租税資料館代表理事として
「三本の矢」で租税資料館の存在を広め、租税法学の研究者の裾野を広げたい
──公益財団法人租税資料館の代表理事として、今後の租税資料館が目指すところや増田先生の抱負をお聞かせください。
増田 令和5年6月に代表理事に就任し、1年が経過しました。租税資料館は飯塚毅博士により平成3年5月に創設されました。飯塚毅博士が創設時に掲げられた財団の設立・目的を実現するために主として、①租税に関する資料・文献等を収集・管理・公開、②租税資料館賞を授与することによる研究成果の顕彰、③租税法研究・会計研究等に関する研究者の育成を目的としたさまざまな助成事業──の三つの事業を展開しています。
就任後の新たな取り組みとしては、飯塚真玄TKC名誉会長をはじめ理事の皆さまのご理解を得て、租税資料館賞の賞金が大幅に引き上げられた点や、博士課程の大学院生に対する奨学金制度の創設を行うことができました。その結果、租税資料館賞は応募数が前年の1.5倍(約160点)まで増えました。論文執筆をきっかけに、大学院生だけでなく、税理士などの実務家から、学ぶことの面白さを知って、研究者になりたいという人も出てくるかもしれません。これらの取り組みを通じて、日本には租税資料館という租税に関する研究支援機関があり、若手研究者を育成していることを知っていただくと、若い方々に研究者を目指そうというモチベーションがわき、研究者の裾野が広がることを期待しています。
実は、上記の三つの事業により私自身も租税法研究者として多大な支援を受けてきた一人です。第1回租税資料館賞を受賞し、その授賞式で飯塚毅博士とお会いできたことや、留学助成、出版助成など、私の研究者人生の節目に租税資料館の支援があったことに、ただただ感謝しています。この感謝を胸に、「三本の矢」(資料収集・租税資料館賞・研究者助成)で、飯塚毅博士の崇高な志を次世代の若手研究者へつないでいけるように、租税資料館のさらなる充実・発展のために精進してまいります。
坂本 租税法の研究者の裾野が広がっていくことは、「租税正義の実現」を掲げて実務に取り組んでいる我々にとっても大変心強いことです。今日の対談を経て、今後も多くのTKC会員が、「税務に関する法律家」(Tax Lawyer)として、法理論を実務に展開するリーガルマインドを身に付けるために研鑽を積まねばならないとの思いをあらたにしました。本日はありがとうございました。
(構成/TKC出版 石原 学)
増田英敏(ますだ・ひでとし)氏
1956年3月生まれ。茨城県出身。専修大学大学院法学研究科教授、法学博士(慶應義塾大学)、増田法律事務所所長(弁護士)、租税法務学会理事長、日本税法学会常務理事、(公財)租税資料館代表理事等。主な著書『リーガルマインド租税法』(成文堂)、『紛争予防税法学』(TKC出版)他
(会報『TKC』令和6年7月号より転載)