対談・講演

金融機関にとって有意義な税理士等と連携した「ポスコロ事業」の実践

栗田照久 金融庁監督局長 × 坂本孝司 TKC全国会会長

金融庁の栗田照久監督局長とTKC全国会坂本孝司会長との対談では、コロナ禍を乗り越え力強い経済回復を後押しするための中小企業金融政策として、資金繰り支援や経営改善・事業再生・事業転換支援とともに、原油などの資源高を踏まえた「コロナ+α」の対応が必要になると語られた。また認定支援機関である金融機関や税理士等が連携して中小企業の経営改善支援に取り組む地域ごとの「事業者支援態勢」構築や、4月に見直しが行われた「ポストコロナ持続的発展計画事業」活用の重要性も指摘された。

進行 本誌副編集長 内薗寛仁
とき:令和4年5月11日(水) ところ:金融庁監督局長室

巻頭対談

中小企業の過剰債務問題や事業の再生・転換支援が喫緊の課題

 ──本日は公務ご多忙のなか対談の時間を設けていただき、ありがとうございます。栗田局長は京都大学法学部から大蔵省(現財務省)へ進まれたわけですが、その理由からお聞かせいただけますか。

 栗田 特別な理由があったわけではないのですが、若かったせいか営利企業に入ってもうけることにぴんと来ないところがあったのですね。公益に資するような仕事をしたいという気持ちが強くありました。ただ、大学で会社法を専攻していたので、マクロ経済、経済全体を見られる役所として、経済官庁に興味がありました。

 ──ご経歴を拝見すると入省後は総務企画局総務課長、監督局参事官等を歴任されていますが、特に印象に残っている出来事などはありますか。

 栗田 もともと私は企画畑が長く、主に法律の作成に携わっていました。そのあとの多くは監督局で仕事をし、その間官房や企業開示課長なども務めました。それぞれの仕事に思い入れがあります。

 ──2018年から監督局長をお務めですが、現在、特に重点的に取り組まれていることをお聞かせください。

 栗田 最重要課題はやはりコロナ対応です。昨年8月に公表した「2021事務年度金融行政方針」においても重点課題の最初に「コロナを乗り越え、力強い経済回復を後押しする」と掲げています。
 コロナ対応として、最初の1年目は資金繰り支援が最大のテーマでした。それは今でも続いていますが、現在3年目を迎えてより大きな課題は、過剰債務となっている中小企業がかなり増えてきていることです。
  また、過剰債務には至っていないもののコロナ禍となり従来の仕事の仕方を継続することが困難になっている中小企業も多く、そういう企業には経営改善支援や事業再生支援、事業転換支援などが必要となります。今後、こうした取り組みが大きなウエートを占めてくると思います。
 さらに原油高、その他の資源高が追い打ちとなり、中小企業はかなり苦しい状況です。我々も、「コロナ+α」の対応が必要になっていると認識しています。

 坂本 コロナだけでなくウクライナ情勢等の影響により中小企業の経営環境は厳しさを増し、中小企業金融政策もより複合的なものとなってきていますね。

税理士と連携した経営改善支援が可能なポスコロ事業は金融機関にとっても有意義

 ──中小企業金融政策のお話がありましたが、この4月に「ポストコロナ持続的発展計画事業(以下、ポスコロ事業)」の制度見直しが行われました。一番のポイントは、過去にプレ405およびポスコロ事業、405事業を利用した企業もポスコロ事業を再度利用可能となったことです。

 坂本 コロナ禍によってこれまでと外部環境が一変した以上、プレ405を活用してコロナ前に作っていた経営改善計画は見直しが必要となります。本事業が一度しか使えないのではコロナ禍を乗り越えようとする経営者を助けられないという問題意識がありました。そのことは、栗田局長も出席されていた「自民党TKC議員連盟」第2回総会(2022年2月10日)の席でも申し上げました。
 今回の制度見直しを受け、我々は会を挙げて、ポスコロ事業を活用した中小企業の経営改善支援に全力を注いでいこうと決意しています。405事業は金融支援ですが、ポスコロ事業はいわば企業が肺炎など重症化する前に対処するものです。同じ認定支援機関(認定経営革新等支援機関)である地域金融機関にも本事業についてしっかりご認識いただき、共に中小企業のために取り組んでほしいと思っています。

 栗田 おっしゃる通りで、経営支援は状況がより悪化する前に取り組むことが大切です。そういう意味で、ポスコロ事業という税理士の方々など専門家、認定支援機関が、経営改善計画策定など早期の経営改善の取り組みを促進し、地域中小企業を支援する制度は、金融機関にとっても非常に有意義です。
  地域金融機関は現在、事業性評価に力を注いでいますが、ノウハウが必要な経営改善支援業務を行える人材はどうしても不足しがちなところがあります。その点からも税理士の方々など専門家の力を利用できるのは大変ありがたいことです。ぜひ地域金融機関には、コロナ禍に苦しむ地域中小企業のために、税理士や商工会議所などと力を合わせて積極的に取り組んでほしいですね。

 坂本 心強いメッセージをお聞きできました。我々は使命感に燃えて取り組んでまいりたいと思います。
 一点、中小企業支援に重要な役割を担っている認定支援機関制度について説明させてください。私は制度発足時の検討メンバーの一人として、東日本大震災後の2011年6月から経済産業省の「中小企業政策審議会企業力強化部会」の委員を務めました。その席で申し上げたのは、マクロ政策と組み合わせるミクロ政策において、日本の法人の9割に関与している税理士と、雨の日も風の日もオートバイを走らせて中小零細企業を訪れている地域金融機関の2者を国がうまく活用すべきということでした。
 また私はその頃、金融庁と中小企業庁が共同事務局で運営されていた「中小企業の会計に関する検討会」の委員も務めていました。そこでは「会計で会社を強くする」という発想で中小企業の経営に役立ち、身の丈にあった会計基準を作るべきであると申し上げました。
 最終的に、2012年2月に「中小企業の会計に関する基本要領(中小会計要領)」が公表され、同年8月に認定支援機関制度が創設されました。

 栗田 実は私も当時、「中小企業の会計に関する検討会」に金融庁から企業開示課長として出席していました。その時から坂本会長や河﨑(照行)先生のことを存じ上げていました。

 坂本 そうでしたか。中小会計要領の成り立ちに携わられた栗田局長にあらためてお会いでき、ご縁を感じます。中小会計要領はTKC会員の関与先企業の大半が準拠するなど普及が進み、社会的インフラになりつつあります。

 栗田 中小企業経営者が活用しようと思えるように、理解しやすく、実務を考慮して作られましたね。

 坂本 経営者が自社の経営状況を把握するのに役立ち、会計と税制の調和が図られた良い仕組みですし、そのとき創設された認定支援機関制度があったからこそコロナ禍という危機において経済対策の執行に貢献することもできました。

地域関係者(認定支援機関)一体となって「事業者支援態勢構築プロジェクト」推進を

 ──金融庁が昨年8月に公表された「2021事務年度金融行政方針」の「経営改善・事業再生・事業転換支援等の推進と態勢構築」には、地域の関係者として金融機関、信用保証協会、商工団体……とあり、最後に「税理士」と明記されています()。金融行政の中で税理士という言葉が盛り込まれるのは画期的なことです。

 栗田 金融行政方針に記載されている「事業者支援態勢構築プロジェクト」は、今回の目玉の一つです。要は、中小企業支援は、中小企業のことをよく知っておられる地域の関係者と協働しない限り進展しないと思っています。地域ごとに異なる事情を踏まえ、財務局と経済産業局の連携のもと、金融機関だけでなく税理士の方々などにこのプロジェクトに入っていただき、普段から態勢を作っておく。それがスムーズな支援のために必要だと考えています。
 その中で税理士の方々は重要な構成員と認識しています。債務免除等の話になると弁護士などに登場いただく場面もありますが、大切なのは日頃の中小企業の実態の把握ですから、中小企業経営者から最も頼りにされ、実態を最もよくご存じの税理士の方々抜きには考えられないと思っています。

 坂本 中小企業活性化協議会や再生支援が得意な弁護士へおつなぎするのも、その接点を持つ税理士が協力できます。そういう意味でも我々税理士をうまく活用していただければ、ありがたく思います。

※金融庁「2021事務年度 金融行政方針」(2021年8月)より抜粋

Ⅰ. コロナを乗り越え、力強い経済回復を後押しする

2. 地域経済再生のための取組み

(1)経営改善・事業再生・事業転換支援等の推進と態勢構築
 ワクチン接種の進捗等により、経済活動は徐々に活性化していくことが期待されるものの、コロナの影響と売上の回復の行方は個々の事業者により様々だ。特に、資金繰り支援にとどまらない経営課題に直面する事業者に対しては、地域に根差した金融機関が中心となり、地域・業種の特性も勘案し、経営改善・事業再生・事業転換支援等の取組みを進めていくことが必要だ。
 このため、地域の関係者(金融機関、信用保証協会、商工団体、地方公共団体、中小企業再生支援協議会、中小企業基盤整備機構、地域経済活性化支援機構(REVIC)、税理士等)と連携・協働し、実効性のある事業者支援態勢の構築・強化を通じて、経営改善・事業再生・事業転換支援等の取組みを一体的かつ包括的に推進していく。具体的には、財務局において、経済産業局と連携し、こうした地域の関係者と協議の上、都道府県ごとに事業者の支援に当たっての課題と対応策を関係者間で共有する「事業者支援態勢構築プロジェクト」を推進する。その際、必要に応じて支援や相談の軸となる中核機関を特定するなど、個々の事業者が適切な地域の関係者から支援を受けられる態勢となっているか確認する。

(下線は編集部)

「書面添付+中小会計要領」の活用で決算書の信頼性確保、経営者保証解除を

 栗田 もう一つ、重要な課題として捉えているのが経営者保証です。経営者保証は事業承継あるいはスタートアップの局面等で問題となっていますが、おそらく今後、事業再生の局面でも支障になることが出てくると思います。
 一方で金融機関サイドが言われるように、「法人と個人のお金を一緒に経理しているような場合には、規律付けの観点からも経営者保証が必要」というのは一理あります。要は、法人と個人のお金をきっちり区別した経理が徹底されなければ経営者保証の問題の根本的な解決には至らない。この点について、日常的に中小企業に接している税理士の方々に指導いただければと期待します。

 坂本 金融庁では担保・保証に過度に依存しない融資を促進する観点から「経営者保証ガイドライン」が融資慣行とし浸透・定着するように金融機関にその活用を要請されていますが、法人と個人の区分経理や適時な情報開示などに活用できるものとして税理士法第33条の2による書面添付制度があります。
 現在、税理士は書面添付を約30万社に実施しています。金融商品取引法監査等はおそらく3万社に満たない。書面添付は決算書を直接保証していませんが、税務申告書の保証をすることによって間接的にそれを保証しています。
 アメリカは証券取引所法監査以外、任意監査も一部あるとはいわれていますが、実際はレビューレベルといわれています。日本の書面添付制度は、確定決算主義の仕組みから決算書の適正性を間接的に保証するものであり、中小会計要領に準拠した書面添付は国際的に十分通用するレベルと考えられます。それは、中小企業の決算書の信頼性を確保する日本型の保証制度といえるのではないかと思います。
 書面添付は我々が税理士資格をかけて実施しているものであり、国税だけでなく、経営者保証の解除など中小企業金融にさらに活用されることを期待します。

 ──実際に、書面添付を活用して法人、個人の区分がなされたとみなし、経営者保証解除に用いている銀行もあります。

 栗田 心ある金融機関は、経営者保証を積極的に取りたくないけれども、心配ではあるのです。そのときに今おっしゃった書面添付のように、よすがになるようなシステムがあると中小企業金融に寄与しますね。

 坂本 TKC会員は書面添付を「税理士の4大業務(税務・会計・保証・経営助言)」の保証業務と位置付け、TKCシステムを用いた毎月の巡回監査を経て実施しています。過去、金融庁から2011年に畑中龍太郎監督局長(肩書きは当時、のちに金融庁長官)が、2018年に遠藤俊英監督局長(同)が、TKC全国役員大会の席で、「書面添付は中小企業の決算書に信頼性を与えている。さらなる実践を」とエールをおくってくださり、我々は大いに奮い立ちました。
 今回ポスコロ事業の制度見直しにおいて経営者保証解除に向けた利用が追加されましたが、今後、経営者保証ガイドラインが適用できる経営者であるかどうかは、問われるべき大切なテーマではないかと思います。

対談風景

税理士が帳簿書類を毎月監査した決算書等の情報開示は大変貴重

 ──TKCでは、書面添付を含め税務署へ提出した税務申告書や決算書などを金融機関がデジタルで自動的に受け取れるTKCモニタリング情報サービス(MIS)という仕組みを開発し、2016年10月から提供開始しました。4月末で対応金融機関は474機関となり、利用件数も30万件を超えています。

 坂本 決算書だけでなく月次試算表のデータも提供することができています。企業が銀行ごとに決算書を作るというのはまれに耳にしますが、MISであれば税務署へ提出したものと同じ決算書等のデータが同時に金融機関へ送信されます。

 栗田 そうした確かなデータをデジタルで入手できるのは金融機関にとってありがたいでしょうから、もっと数が増えるとよいですね。

 坂本 全国のTKCの各地域会において、金融機関トップとの対談等を通じ、その普及に努めています。 MISは、30万人の経営者の価値観を変えたのではないかと思っています。以前は銀行に情報を出すことに躊躇があった経営者が、そうではなく積極的に情報開示していこうと。経営者の発想もコペルニクス的に転換してきていることを感じますし、立派だと思います。
 情報開示、コンプライアンスは企業の信用の基本と大企業ではよくいわれますが、中小企業こそそうあるべきです。情報開示こそ中小企業の生きていく道であり、MISがそういう経営者が報われる一助にもなればと思います。

事業性評価の本質でもある付加価値経営の支援に尽力してほしい

 坂本 TKC全国会はいま、「巡回監査を断行し、企業の黒字決算と適正申告を支援しよう!」を運動方針に掲げ、中小企業の付加価値経営支援に力を入れています。これまで日本で長らく続いていたコストカット経営ではなく、中小企業の付加価値を高めること(限界利益額の増大)が日本全体のGDPの底上げとなるからです。我々が今後取り組んでいく経営改善支援においても付加価値をいかに高められるかという切り口で臨みます。また例えば書面添付に企業の付加価値の増減要因などを書き込むことで、経営者は自社のことが、金融機関は取引先のことがよりよく分かります。

 栗田 金融機関が取り組む事業性評価というのはまさにそういうことだと思います。経費節減のみでは限界があり、中長期的には企業の成長につながりません。トップライン(売上高)、付加価値向上を支援するのが本質的な事業性評価の意義であり、経営支援にほかならないと思います。同時に、事業性評価に基づき、担保、保証に過度に依存しない融資を推進することなどを通じて顧客企業の付加価値向上に貢献していくことが重要だと考えています。

 ──最後に、TKC会員への期待をお願いいたします。

 栗田 中小企業の実態を一番よく分かっておられる税理士の方々が、金融機関や他の認定支援機関等と協力されることで一層中身の濃い中小企業支援ができるはずです。また中小企業の経営アドバイスにも積極的に取り組んでいただくことを期待します。それが坂本会長がおっしゃったように企業の経営改善、付加価値向上に結び付き、日本経済全体の重要な下支えにつながると思います。

 坂本 ありがとうございます。地域金融機関と連携し、またポスコロ事業を活用して、中小企業の経営改善支援に全力を尽くしてまいります。

(構成/TKC出版 内薗寛仁・清水公一朗)

栗田 照久(くりた・てるひさ)氏

1963年8月生まれ。京都府出身。京都大学法学部卒業後、大蔵省入省。金融庁監督局総務課監督調査室長、金融庁監督局銀行第一課長、金融庁監督局参事官などを経て、2018年より金融庁監督局長。

(会報『TKC』令和4年6月号より転載)