対談・講演
厳しい時代こそ「親身の相談相手」として税理士の力が問われている
坂本孝司 TKC全国会会長 × 池井戸潤 作家
代表作「半沢直樹シリーズ」「下町ロケットシリーズ」をはじめとして、企業や社会の中でそれぞれの夢の実現や課題の解決に取り組む人々の姿を活写した作品が厚い支持を受ける池井戸潤氏。銀行勤務を経て小説家となり、激動する現代社会と向き合い続けるベストセラー作家の目に映る税理士像とは?そして、あるべき経営支援の姿について、池井戸氏と長年の作品愛読者である坂本孝司会長が語り合った。
現実社会の空気を捉えた作品が多くの読者の共感を呼ぶ
坂本 本日はようこそ。お目にかかれるのを楽しみにしておりました。
作家 池井戸潤氏
池井戸 こちらこそ、よろしくお願いします。実は僕は、銀行を退職して作家になる前に短期間、経営コンサルタントをしていたんですが、そのときにTKC全国会の税理士さんに向けての講演会に呼んでいただいたことがありました。おそらく財の話をしたのだと思いますが、出席された税理士の皆さんがとても熱心で、反応がよかった。共通の目的意識を持った方々の集まりなのだと感じました。
坂本 そんなご縁があったんですね。TKC全国会は現在、約1万1,400人の税理士で組織されております。会員事務所は60万社を超える法人税の申告をサポートし、経営指標やさまざまな情報を提供しながら、経営の伴走者として日本の中小企業の存続と発展を全力で支援しています。
会員には独立心旺盛で覇気のある税理士が多く、今年7月に開催したTKC全国会創設50周年の記念大会も完全オンラインでの開催となりましたが、たいへん熱気あふれる会合となりました。創設者であり初代全国会会長の故・飯塚毅博士が「租税正義の実現」に向けて人生を捧げたそのDNAが受け継がれているのだと思います。
池井戸 作家としてデビューした頃にもインタビューをしていただきました(『戦略経営者』1999年2月号)。
坂本 その節はお世話になりました。テレビドラマや映画になったものも含めて、池井戸さんの作品をこれまでたくさん拝見してきましたが、現実の社会を舞台にした物語のリアリティーが素晴らしいですね。とくに、金融界や中小企業経営の描写にはとても臨場感があります。
池井戸 ありがとうございます。小説にはさまざまなタイプがありますが、銀行や会社が舞台になるような作品を書くにあたっては、世の中の情勢や時代を反映しているなど、やはり現実の世界と何かしらリンクしているべきだろうなと。小説の読者には、会社で働いていたりご自身でビジネスを手がけていたりする方が圧倒的に多いので、そうした方々が小説を読んだときに「こんなことはありえない」と首を傾(かし)げるのではなく、「ああ、わかるわかる」と納得してくださる部分が必要だと思っています。
坂本 池井戸さんが作家になられた2000年前後から、日本の金融界は大改革の時代に突入しました。従来は担保・保証人を取れば融資が行われていましたが、その頃から企業の体質や事業性を金融機関が判断し、事業者と向き合いながら融資を行うリレーションバンキングの時代になったのです。そうした時代の空気を的確に捉えた作品だからこそ、これほどまでに多くの読者が共感を覚えるのだと思います。
「正しく、正確な」数字が健全な経営と信用の基礎に
TKC全国会会長 坂本孝司
坂本 そして、税理士として日々企業経営者や金融機関の方々と向き合っている立場からすると、半沢直樹のような銀行員は本当に理想的だと感じますね。どんな逆境にあっても自らの正義を貫き、職業人としてプライドを持って生きる姿勢に触れるにつけ、こういう人と一緒に仕事がしたいものだと思っていました。
池井戸 正義を書いているとはあまり意識していないのですが、税理士の方が担う税務や会計の分野で言うならば、「正しく、正確な」ことは大事ですよね。会社の決算書には、取引の実態を正しく仕訳にして、正確な数字が計上されなければならない。
坂本 おっしゃる通りです。
池井戸 長く会社を経営していると、その中で経営状態がいいときもあれば悪いときもあると思いますが、それでも決算書には嘘や偽りがあってはいけません。いいときはいいなりの、悪いときには悪いなりの正しい数字をきちんと出せる会社が、結局は金融機関や社会から信用されるのではないでしょうか。
坂本 税理士法の第一条には、税理士の使命として「独立した公正な立場において、納税義務の適正な実現を図る」と明記されています。「半沢直樹シリーズ」で書かれたのが銀行員の矜持であれば、税理士にとってのそれは、独立性と公正性を堅持しながら経営者の親身の相談相手になること。そのため、TKC全国会会員の税理士はときに厳しい指導も行いますが、その姿勢が金融機関や税務当局から高く評価されているのも事実です。
池井戸 経営者は、赤字だと銀行がお金を貸してくれないと思い込んでいるんですよね。それで、税務署用と銀行用と本物の3つの帳簿が……という状況になっていたりする。でも、税金は正しく払うのがいちばん安いというのが、僕の結論です。
坂本 たくさんお支払いになった方の実感がうかがえますね(笑)。……ところで、これはぜひお聞きしたかったことなのですが、池井戸さんの目には税理士という職業はどんなふうに映っているのでしょうか?
池井戸 うーん、裏方の仕事ではあるかもしれないけれど、経営者が最初に頼る相手、という印象ですね。外から眺めていると、税理士さんには「税務だけを担っていればいいんだ」というタイプの方と、いろいろ勉強して自分なりの志を持って経営者に助言されている方と、ふた通りいらっしゃるように感じます。
坂本 TKC全国会が目指しているのはまさに後者のような税理士です。組織としての合言葉は「税理士は、経営者にとっての親身の相談者たれ」。日常の帳簿の整理や税務を請け負うだけでなく、経営者の身近で助言できる頼れる伴走者になってもらいたいということを、常に会員の方には呼びかけています。
頼れる「経営助言者」になるため税理士は、常に学び続けなくては
池井戸 僕の個人事務所の顧問弁護士・税理士は、実は大学の同期なんです。真面目で信用できることはわかっているので、お金にまつわることは何でも相談しています。「これ経費で落ちる?」というようなつまらないことも聞きますが(笑)、どういう点に気をつけてどんな組織にしていくのがよいかなど、会社経営に関して日常的に幅広くアドバイスを受けています。
坂本 理想的な関係ですね。税理士はいつでも数字を見ていますから、会社の経営状態については、いわばカマドの下の灰まで把握しています。経営者が唯一気を許せる存在なのですから、税理士に見栄を張る必要はまったくない。いつでも親身になって経営者に寄り添います。
池井戸 記帳代行や税金計算だけに取り組む税理士さんなら仕事は遠からずAIに取って代わられますよね。この先、生き残っていくためには、クライアント企業に対してコンサルティングのような業務を担っていく必要があるのではないでしょうか。
坂本 単純な記帳や簡易な税金計算であればそうなる可能性がありますね。我々は税理士の業務を「税務」と「会計」、その2つが税務調査を必要としないレベルまでできているという「保証」、加えて「経営助言」の4つだと定義していますが、今後は認定経営革新等支援機関を絡めた租税措置や事業承継税制など、ますます複雑化する税法を含めて経営助言が重視されるようになるだろうと思っています。売り上げを伸ばすための施策を提案するところまではなかなか難しいのですが、正しい会計データをもとに利益を確保するための提案をしたり、資金調達の支援をしたり。また、会社と経営者個人両方の顧問として資産や相続の総合的なアドバイスを行うのも、税理士の得意とする業務です。
池井戸 銀行に勤務していた頃、中小企業への融資を担当していましたが、健全な経営のためには外部専門家による支援がとても重要だと感じていました。やはり税理士さんは、経営者のブレーンとも呼べる存在になっていくべきでしょう。
坂本 ええ、もっともっと親身の相談者たりえる仕事をしなければなりません。国家試験を通れば税理士として最低限の知識は身についているわけですが、TKC全国会では税理士会の研修受講義務に加えて、年間54時間の生涯研修を会員に義務づけています。最新の税法や経営にまつわるさまざまな情報の共有のほか、顧問先の企業に提供する会計システムの構築などを勉強していただく。会員にとっては大変ですが、それだけに還元できるものも大きいと考えています。
会計リテラシーを備えた経営者が「今」を生き抜ける
池井戸 そうした努力を重ねている税理士さんが提供する財務諸表を経営に活かすことが、経営者の役割ですね。そのためには、財務諸表を正しく読む力が必要でしょう。銀行員時代の経験に照らしても、やはり中小企業の経営者には、財務体質を健全に保つような経営の舵取りをしていただきたいところです。
坂本 数字で経営を語れる、あるいは金融機関を相手に説明できる最低限の会計リテラシーは、経営者の方にぜひ備えていただきたいと思っています。それが身についていなければ、せっかく出した数字も意味をなさないですから。
池井戸 それには、会社の状況をいち早く、正確に把握する工夫が必要になります。月の初旬に前月の試算表が出ているのが理想ですが、ひどい場合だと、何か月も前の状況しかわからないこともあります。でも、TKC全国会の税理士さんが顧問なら、きっとそんなことにはならないでしょう。
坂本 TKC会員事務所では、関与先企業に対し、日々、適時に正確な記帳(電子帳簿の場合は入力)ができるように指導しそれを毎月の巡回監査を通じて適法性などを確認しています。その結果、関与先企業は月次決算に基づき業績管理や適正申告ができるようになります。とくにコロナ下では、自社の経営状態をいち早く知ることが重要であり、各種給付金や融資時に必要とされる税務関係書類も正確かつ早期に提供できる点を各方面から評価していただいております。
理想の税理士の姿を広く世に訴えかけるために
池井戸 コロナ禍の難局はまだしばらく続きそうです。経営課題を乗り越えるために受けたいアドバイスは、経営者ごとにそれぞれ異なるでしょうから、それらに応えていくためにも、税理士さんはより視点を高く持ち、視野を広くしておくことが望まれますね。
坂本 ええ、責任は重大です。コロナ禍が始まる少し前の昨年2月には、自民党の金融調査会に出席し、無担保無保証融資を進言しました。また、我々はドイツの税理士業界と情報交換をしているのですが、コロナ関係の給付金の提出書類を税理士が事前にチェックすれば不正が起きにくいという情報を得て、ぜひ税理士の公正性を活用していただきたいと政府に提案しています。一方、顧客に対する情報提供では、全国にネットワークを持っているのが我々の強み。どのような課題があり、それにどう対処したかという情報はすみやかに集約し、ノウハウとして会員に提供しています。
池井戸 頼もしいですね。やはり経営者が最初に頼るのは、税理士さんなんですよ。「こんなことがあったんだけど、どう思う?」といつでも電話一本で相談できる相手がいる安心感は、ほかには代え難いものがあります。
坂本 そうですね。国税庁の発表によると、現在、日本にある290万社の法人の9割に税理士が関与しているそうです。日本の企業に寄り添い、経営者の側にいる伴走型の専門家は税理士以外にはない、ということの証明だと思います。
池井戸 でも、税理士さんとの出会い方というのはなかなか難しいんですよね。起業したときたまたま近所に事務所を構えていた人に顧問を頼んで、そのままずっと依頼していたりする。しかし本当は、別の頼れる税理士さんに依頼したら会社の経営がもっと改善するかもしれない。そのあたりも、経営者にとっての情報戦のひとつと言えるのかもしれませんが。
坂本 その通りだと思います。そういえば以前、同業の尊敬する先輩に「坂本さん、経営者は、今その人が付き合っている税理士の延長線上で坂本さんを見ているんだよ」と言われたことがありました。それを聞いて私は、理想の税理士とはこういう存在であるということを、もっともっと世の中に訴えかけていかなくてはならないと思うようになったんです。TKC全国会の会長に就任して4年になりますが、理想的な税理士のイメージを社会に広めていくということも私の大切な任務のひとつ。ですが、なかなか確立できていないのが現状で……池井戸さんに税理士が主人公の作品を書いていただけたら、非常に浸透が加速すると思うのですが(笑)。
池井戸 フフフ。国税庁の職員が主人公のドラマ『税務調査官・窓際太郎の事件簿』があったりしますが、自分の作品で税理士さんを登場させたことは、たぶんこれまでにはないですね。もし登場させるとしたら、おそらく経営者とコンビで何かをする……というかたちになるでしょう。
坂本 ぜひいつの日か、そうした作品を拝読したいと思います。本日はまことにありがとうございました。
池井戸 潤(いけいど・じゅん)氏
1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒業。98年、『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。2010年、『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、11年に『下町ロケット』で直木賞、20年に野間出版文化賞を受賞。『空飛ぶタイヤ』『七つの会議』『陸王』『ノーサイド・ゲーム』など作品多数。9月28日に最新作『民王 シベリアの陰謀』を刊行。中小企業専門のM&Aコンサルティングを手がけるアドバンストアイ株式会社の社外取締役も務める。
(会報『TKC』令和3年10月号より転載)