対談・講演

「企業のガバナンス確立」の専門家として税理士の活躍に期待

坂本孝司 TKC全国会会長 × 中里 実 東京大学大学院教授

本年9月に政府への答申「経済社会の構造変化を踏まえた令和時代の税制のあり方」をとりまとめた政府税制調査会。その会長を6年3か月にわたって務めた中里実東京大学大学院教授と坂本孝司全国会会長が対談した。中里教授は「自己規定が本質を決定する」という言葉を用いて、コーポレート・ガバナンス確立における税理士の果たす役割の重要性に言及。「税理士が会社業務全般のガバナンス確立の専門家として自己を規定すれば、社外監査役など活躍の場は大きく広がる」と強調した。

司会 会報「TKC」編集長 石岡正行
とき:令和元年11月8日(金) ところ:東京ステーションホテル

巻頭対談

経済社会の変化を踏まえた令和時代の税制のあり方を政府に提示

 ──本日はお忙しいなか対談の時間を取っていただきありがとうございます。中里先生には本年1月号の巻頭対談に政府税制調査会会長のお立場でご登場いただき、税制改革の方向性などをお話しいただきました。

 坂本 本日の対談も楽しみに参りました。よろしくお願いいたします。

中里実氏

中里実氏

 中里 こちらこそお願いいたします。

 坂本 本年9月26日に、中里先生が会長を務められていた政府税制調査会が政府への答申「経済社会の構造変化を踏まえた令和時代の税制のあり方」をとりまとめられました。ICTやAI、シェアリングエコノミーといった新しい用語も取り入れ、中長期的な視点からあるべき税制についての考え方を提示されています。

 中里 この答申は平成25年に総理からいただいた諮問にお答えするものです。課税はご承知のとおり基本的に経済取引に対してなされますが、当たり前のことですがその経済取引が変われば税制も変わります。いまの経済、社会の激動期において税制で変えるべきところがあるとすればどう変えていくか。特に人口減少・少子高齢化という人口構成の変化、経済活動や社会構造の変化について正確に把握して、それが租税制度にどのような影響を及ぼすかについて皆で知恵を絞って検討し、整理しました。

 ──本年10月からは消費税率の引き上げとともに軽減税率が導入されました。

 坂本 令和5年にはインボイス制度の導入が予定されていますが、TKC全国会ではそれを見直して帳簿方式とする改正を行うことを提言しています。インボイスでは中小企業に過重な事務負担を強いることになりますし、免税事業者が流通過程から排除される可能性が高いことが考えられるためです。

 中里 当然そういう考え方もあるでしょう。一定規模以上の会社はともかく、中小企業については画一的に扱うのではなく、インボイスに限らずいまおっしゃった帳簿方式など、要するに柔軟な対応が必要であるという考え方もありうるのかもしれませんね。

 坂本 納税者の利便性を重視し、過度な事務負担を強いることなく、「会計で会社を強くする」経営者が、数字を見て経営を語れるようにしていくことが大切です。中里先生もご著書『租税史回廊』(税務経理協会)の中で「あまりに複雑な手続上の義務を負わせるべきではない」(61頁)と指摘されている通りです。消費税が我が国に導入されてから30年以上にわたって、複式簿記に基づく記帳、帳簿方式による正確な消費税額の計算が行われています。日本は先進国の中で唯一、帳簿方式で付加価値税を導入し、脱税などもなく円滑に運用できていることをあらためて宣明していきたいと思います。

現場をよく見て「事実を正確に把握すること」が重要

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 中里先生がこの11月に上梓された『租税史回廊』は、過去の租税の歴史が現在の租税制度のあり方に対してどのように影響を及ぼしてきたのか、日本と世界が直面する税の今日的問題までを幅広く取り上げられていて興味深く拝読しました。

 ──ご著書を読み、租税とは直接関係ありませんが中里先生はずいぶん前からアメリカ・トランプ大統領の誕生を予見されていたのだと知りました。

 中里 そんな大げさな話ではないのですよ(笑)。ただ私は法律家ですから証拠に基づいて立証するといういわば事実が前提です。事実がまずありそれを的確に正確に把握した上で法律に当てはめていく。法律家である以上、事実は絶対です。
 これは会計も一緒ですよね。事実から離れて虚構の世界で生きているわけではない。事実を正確に捉え、それを借方、貸方で仕訳をしていく。そのように私たちの仕事は事実からスタートするわけです。
 トランプさんの話で言えば、CNNもニューヨーク・タイムズも民主党寄りです。そういう意味でワシントンやニューヨークに赴任している日本のマスコミの方々はそういうテレビや新聞を見て、日本向けの報道をすると思います。しかしアメリカの内陸部にいる方々はいろんな不満を持っている。そういう不満を敏感に感じ取ったのがトランプさんです。私はたまたま高校生の頃、アメリカのウィスコンシンの田舎に住んでいて、そういう本音、事実を見聞きしていました。
 その意味で大切なのはやはり事実であり現場です。TKC会員事務所の皆さんはまさに毎月、現場で巡回監査をされているわけです。私もそうです。事実を正確に把握するために現場に行く。理論ももちろん重要ですが現場のどういう方がどう困っているかを知り、できることを考え抜くことが大切です。

税理士による税務コンプライアンスの指導が中小企業のガバナンス確立の要

 ──『租税史回廊』では、税務の背後にコーポレート・ガバナンスありという理論を打ち出されています。

『租税史回廊』(税務経理協会)と『財政と金融の法的構造』(有斐閣)

今回の対談で紹介した『租税史回廊』(税務経理協会)(右)
と『財政と金融の法的構造』(有斐閣)

 中里 コーポレート・ガバナンスを会社法上の問題として考えるのは当然重要ですが、ハーバード・ビジネススクールのある教授は、「コーポレート・ガバナンスの確立のためには株主総会や取締役会と同様に、税務コンプライアンスの意識やその向上が重要」と言っています。
 つまり税務当局だけではなく税理士の皆様が、企業でおかしなことがなされないように、きちんとやっているかどうかチェックしている。そういう税務コンプライアンスのチェックや指導があるからこそガバナンスは効いてくるという側面もあるわけです。

 坂本 中小企業の場合は特にそのことが当てはまりますね。中里先生もご著書で「タックス・プランニングが会社法の問題となっていく」(168頁)とおっしゃっている通りで、中小企業はより税務コンプライアンスが重要になると思います。

 中里 税理士の皆様は日常業務とされているのでよくお分かりと思いますが、会社法と税務は非常に親和性が高いといえます。ガバナンスの確立は会社法だけでは実際のところなかなか難しい。現実として、税理士がなさっていることがガバナンスの確立にものすごく寄与しています。税理士によるチェックが税務にとどまらず会社業務全体のガバナンス確立に貢献しているという事実は、ぜひ誇りにしていただきたいと思いますし、そういった取り組みを大いに期待しています。

 坂本 日本の企業の99.7パーセントを占める中小企業のガバナンスの確立を支援できるのは、顧問弁護士あるいは顧問税理士以外には存在しないと思います。近年、金融機関もガバナンスがしっかりしている中小企業には経営者保証を解除する動きが出始めています。

 中里 中小企業の場合、顧問税理士がきちんと対応することでガバナンスが確立され金融機関にも信頼してもらえる経営になる。それがポイントだと思います。

税理士が社外監査役として他の専門家と連携した経営への貢献を

会報「TKC」編集長 石岡正行

会報「TKC」編集長 石岡正行

 ──中里先生は、企業の社外監査役について税務の専門家を選んだほうがいいという提言もなされていますね(401頁)。

 中里 企業にはいろんな専門家の方がいたほうがいいと思います。いま、会社法などの専門の弁護士や法学者、会計士などが企業の社外役員を結構なさっていますが、税理士の皆様にもその一端を担っていただくことで、他の方々に見えないものがおそらく見えるはずです。
 税理士の業務として地方自治体の外部監査がありますが、企業の社外監査役としてもっと幅広く関わり、他の多様な方と一緒に議論していただく。その会社の顧問税理士の立場ではなく社外監査役として取締役の行動などについてもチェックし助言する。今後税理士のそういった活躍を大いに期待しています。

 坂本 顧問をしていない企業に対して、監査役として関わることも大事だと思います。この場合も独立した公正な立場で自由にものが言えることが重要です。

 中里 そうしたことは税理士の本来的な業務の一つと考えてもいいのではないかと思います。他の専門家が必ずしも詳しくない税務について分かっているのは社外監査役としてものすごく大きな意味を持ちます。中小企業で培ったノウハウは中堅・大企業にも活かせると思います。そういった意味では、上場企業の社外監査役に税理士の皆様が就かれることも十分考えられるわけです。

 坂本 実際に、上場企業グループの連結納税などでシステム・コンサルタントとして関与している税理士がTKC全国会に多数存在します。

 中里 東京だけではなくいろいろな地域に上場企業はありますから、そういうところに税理士としてノウハウを積んだ経験の豊かな方が社外監査役として活躍いただくことが望ましいと思います。

 坂本 税理士の活躍の場が広がる、大変勇気づけられるお言葉です。一方で我々税理士は会社法をもう少し勉強していく必要性を訴えていきたいと思います。

 ──私も会社法上の会計参与に就任していますが、そこでは税務とともにマネジメント全般についても積極的な意見を求められます。

 中里 そういう意味で会計や経営が分かり税務のプロである税理士の皆様の活躍の場はまだまだ広がるのではないかと思います。特に上場企業ではそういう新風を巻き起こしてよいのではないかと思いますし、日本の多くの企業の経営が良くなることを期待しています。

会計は三層構造(企業会計→会社法→税法)でありトライアングルの関係ではない

 ──ご著書『租税史回廊』で述べられている「課税の三層構造」(137頁)についてお話しいただけますか。

 中里 第一に、取引を行う場合には、経済理論やファイナンス理論も含めて、経営的な視点でやることになります。しかし、第二に、経済的な視点のみで契約は結べないわけですから、民法や商法を使って法的な枠組みで表現するわけです。取引を行うとき、まず基本となる経済基盤を民法・商法を使って法的に表現しないと取引が行えない。第三に、法的表現が行われた後、それに応じて課税が行われる、という三層構造です。
 会計でいうと、租税法と企業会計を直接結びつけるよりは、その間に商法が入るということです。いきなり仕訳で課税を考えるのではなく、まずは商法など法的な表現を加味するということです。
 つまり会計も三層構造であり、企業会計原則と租税法が直接結びつくトライアングルの関係ではないのです。例えば法人税法22条4項の「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」を会計原則とするのは憲法違反になりかねません。なぜならそれは法的な概念ではありませんから。

 坂本 おっしゃる通りですね。アメリカは会社法と税法が分離していますが、ドイツ、フランスは密接な関係にあります。そのため、税法を遵守すれば必然的に商法や会社法が守られているというロジックが成り立つわけです。

 中里 飯塚毅先生は『正規の簿記の諸原則』(森山書店)を書かれましたけど、ドイツの所得税法の5条1項には「商法上の正規の簿記の諸原則」と書いてあるわけですよね。「商法上の」なのです。いきなり企業会計原則ではない。これが重要なポイントで、TKC全国会にはその考え方が脈々と受け継がれていると私は思っています。

 坂本 『租税史回廊』には貴重な事実がしっかり書かれていて感激しました。感銘した箇所がいくつもありますが、歴史的にいうと租税法律主義の原則の成立が先で、そのあとに法律による行政の原理が形成されたというご指摘です(36頁)。
 また民商法と公法の違いについても指摘されています(229頁)。民商法はいわゆる生ける法の発見です。租税法はそれとは違い公法だと。文理解釈で厳格です。さらにシャウプ勧告について、シャウプさんだけでなくそのメンバーにサリーとウォレンという高名な租税法学者がいたことが決定的に重要だったと書かれています(106頁)。

 中里 シャウプ先生は偉大なるリーダーですが、法律面はハーバード大学のサリー先生とコロンビア大学のウォレン先生が対応しました。経済面もコロンビア大学のヴィックリー先生というノーベル経済学賞の受賞者。ですからすごいメンバーだったのですね。

自己規定が本質を決定する──税理士は企業のガバナンスの専門家と規定し活躍を

 ──最後に税理士への期待をお聞かせいただけますか。

 中里 税理士という税務、会計、会社法、それから民法などもお分かりの専門家の方が日本全国にいらっしゃることの意味はものすごく大きいと思います。
 昔、ハーバード・ビジネススクールの竹内弘高先生から「自己規定が本質を決定する」とお聞きしたことがあります。その意味は、自分がこうだと思うと人間はそうなっていくということです。

 坂本 自己規定が本質を決定する(392頁)というのはすばらしい言葉です。私は、税理士の仕事は、税務・会計・保証・経営助言の4大業務であると提唱しています。このことに気付いたのは、アメリカ公認会計士協会のジョン・L・ケアリー専務理事が50年前に書かれた『公認会計士 業務の未来設計』(同文舘)という本に、職業の発展・衰退は中里先生がおっしゃるように要は自己規定するかどうかで、職業の本質的な性格と目的を明らかにせよとあり、そこに会計、税務、監査、経営助言が示されていたことによります。

 中里 “我々は税務の専門家です”というと税務中心の仕事となり、本当にそれだけになっていく。そういう自己規定の仕方もあるかもしれませんが、坂本会長がおっしゃるように、税理士の4大業務というふうに幅を広げて自己規定をすれば、仕事は拡大すると思います。実際、TKC全国会の皆様はそれを実践なさっているわけですから。税理士の皆様が税理士の4大業務に加え、中小企業のガバナンス確立の専門家としてますます活躍の場を広げていただくことが新たな令和時代の日本経済の屋台骨を支えることにつながります。そのことを心から期待しております。

(構成/TKC出版 内薗寛仁・清水公一朗)

中里 実(なかざと・みのる)氏

昭和53年東京大学法学部卒。平成9年1月から東京大学大学院法学政治学研究科教授。平成16年8月から平成17年3月まで米国ハーバード大学ロースクール客員教授。政府税制調査会専門委員、同会特別委員、同会専門家委員会委員を経て、平成25年6月から令和元年9月まで政府税制調査会会長。主な著書に『財政と金融の法的構造』(有斐閣)、『租税史回廊』(税務経理協会)など。

(会報『TKC』令和元年12月号より転載)