対談・講演

高みを目指す中小企業を認定支援機関である税理士に後押ししてほしい

坂本孝司 TKC全国会会長 × 安藤久佳 中小企業庁長官

人口減少・少子高齢化への対応が喫緊の課題とされる中、中小企業庁は、事業承継・再編・統合等による新陳代謝の促進や生産性向上・人手不足対策を大きな柱として重点的に取り組んでいる。中小企業・小規模事業者施策の指揮を執る安藤久佳長官をTKC全国会坂本孝司会長が訪ね、最新施策の要点と経営革新等支援機関である税理士が果たす役割について語り合った。

司会:会報「TKC」副編集長 内薗寛仁
とき:平成31年4月12日(金) ところ:中小企業庁長官室

巻頭対談

経営資源承継と創業を組み合わせ経営者の円滑な世代交代を進める

 ──安藤長官におかれては、本誌2017年12月号に続いて坂本会長との2度目の対談をお引き受けくださいまして、誠にありがとうございます。

安藤久佳氏

安藤久佳氏

 安藤 TKCの皆さまには、経営革新等支援機関(認定支援機関)として事業承継支援をはじめ、経営改善計画策定支援や生産性向上に向けた補助金制度の活用など、以前にも増して中小企業・小規模事業者施策に全面的に関わっていただいており、あらためてお礼申しあげます。

 坂本 本日は、平成から令和へと新しい時代を迎えるにあたって、平成31年度に講じられる最新の中小企業・小規模事業者施策の要点と、税理士が果たす役割について伺いたいと思います。

 安藤 まず、TKCの皆さんが先頭に立って取り組まれている中小企業・小規模事業者の円滑な事業承継は、経営者の高齢化が進む日本にとって、最も重要な課題であることに変わりありません。そのため、平成30年度の税制改正では、事業承継時の贈与税・相続税の支払い負担を実質ゼロにするなど、法人の事業承継税制の抜本的な拡充を行いました。同年度の申請件数の実績は、制度拡充前の十数倍に増えています。そして、平成31年度はさらに個人事業者向けの事業承継税制を創設しました。

 坂本 そうした状況を踏まえて、TKC全国会では昨年4月から「特例事業承継税制対応プロジェクト」を立ち上げ、関与先の事業承継を支援する会員への情報発信やツール提供などに努めてきました。法人に加えて個人版事業承継税制が創設されたことによって、真面目に頑張っている経営者はもとより、これから頑張ろうとしている経営者にも光が当てられるようになったと思います。

 安藤 これで事業承継税制は出揃いました。今後は、これらの税制を積極的に活用していただきながら、さらに早め早めの円滑な事業承継を全国で実現していくことが重要です。

 坂本 最新の2019年版『中小企業白書』と『小規模企業白書』では、「経営者の世代交代」がキーワードとして強調されていますね。

 安藤 先に述べた通り、これまで法人向け、個人事業者向けの事業承継税制を矢継ぎ早に措置したことによって、親族内承継の支援措置は大幅に前進しました。これからは、地域のライフラインの維持などにもつながる親族外承継も一層推進しなければなりません。そのための経営者の世代交代は、事業承継・経営資源の一部承継と、多様な創業を組み合わせて、ハイブリッド型で推進したいと考えています。
 どういうことかと言うと、事業承継が難しくて廃業せざるを得ない場合でも、費用や負債などの問題から、廃業を決断できないことも少なからずあるようなのです。しかし、経営資源を有償で引き継げば、経営者は廃業費用の一部を賄えて負担を軽減することができます。
 他方、創業促進の観点からも経営資源の引継ぎを進めることが重要です。事業を素早く立ち上げるには、経営資源を他者から引き継いでの創業も有効だと思います。事業のノウハウやブランド、顧客、従業員、設備などの貴重な経営資源をムダにせずに引き継ぐことができれば、起業家はリスクを抑えられるし、引き継いだ経営資源を活かして新たな方向に事業を展開することも可能です。

 坂本 経営者、起業家の双方にメリットが生まれるわけですね。

信頼できる正しい会計こそが生産性向上のベースになる

 ──生産性向上や人手不足対策もこれまで通り中小企業・小規模事業者施策の重要課題の一つに掲げられています。

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 前回の対談でも安藤長官は、人手不足という日本の構造上の問題と、中小企業の生産性をいかに上げていくかという問題を、しっかり両立させていくことをもっと考えていかなければならないとおっしゃっていましたね。

 安藤 人手不足は、日本全体にとってもはや「待ったなし」の問題です。それと同時に、働き方改革について、2020年4月には長時間労働規制が、2021年4月には同一労働・同一賃金が、それぞれ中小企業にも適用されますので、生産性向上は必要不可欠です。

 坂本 われわれも関与先に対して準備を進めてもらわなければいけません。

 安藤 よろしくお願いします。そうした問題を前提条件として、中小企業・小規模事業者の生産性向上に向けて全力で取り組みたいと思います。その一環から昨年、中小企業にITツールやクラウドサービス等を提供するベンダー等を認定する制度を開始し、TKCさんも認定させていただきました。会計ツールの導入など、引き続きTKCの皆さまにはお力添えを期待しています。

 坂本 お任せください。ITの導入を通じて自計化が進めば経営効率が上がりますし、われわれにとっても業績管理などの経営支援がしやすくなります。ただしそのためには、ベースとなる会計データは信頼できる正しいものでなければいけません。その点、TKCシステムの場合、データの遡及訂正を禁止しており、毎月、関与先を訪問して実施する巡回監査を経た後のデータの改ざんはできません。もし後日、仕訳の間違いがあったら、その間違いを逆仕訳して正しい仕訳を入力し直す仕組みになっています。
 今年6月に政府から公表される成長戦略の最大の柱は「デジタル化」だと聞いています。中小企業が会計システムをデジタル化する際に、電子帳簿保存法に対応しているか否かは極めて重要です。昨年の税制改正において「電子帳簿ソフト法的要件認証制度」(※)を新たに設けていただいたので、この認証を受けた会計システムの利活用についてもっと社会に伝えていかなければならないと思います。

 安藤 それは、極めて説得力があり重要な話ですね。
 ちなみに、2018年版の『中小企業白書』と『小規模企業白書』では、構造変化の中でも知恵を絞って頑張っている中小企業の事例を数多く紹介しました。これは、『儲かる中小企業 人手不足に負けない111のポイント』(中小企業庁著/日経BP総研、中堅・中小企業経営センター編、日経BP社)というタイトルで編集し直し、書籍として発行しています。そういう身近な事例を参考にしていただきながら、ぜひ経営者の方々に時代に合った生産性向上へのチャレンジを促していただきたいと思います。

(※)TKCが提供する17の製品が認証済み

中小企業に「刺さる」施策かを測定 認定支援機関の仕事ぶりも評価

 坂本 安藤長官は、かねてから「中小企業支援施策の効果を測定していきたい」と言われていますが、その考え方についてお聞かせください。

『儲かる中小企業 人手不足に負けない111のポイント』

『儲かる中小企業 人手不足に負けない111のポイント』(中小企業庁著/日経BP総研、中堅・中小企業経営センター編、日経BP社)

 安藤 中小企業・小規模事業者施策について、その効果をエビデンス(証拠)に基づいて検証し、それをさらに施策の質の向上につなげていくということを考えていかなければならないと思っています。施策には様々なメニューがありますので、それぞれが本当に中小企業・小規模事業者に「刺さっているか」を、あらゆる角度から検証しようということです。
 これまでは予算をいくら消化しているかとか、経営改善計画の申請が何件あるかとか、そのようなことだけを実績として考えていたわけです。けれども、実際に施策を利用された経営者が、それを一つのきっかけとして、どのような経営改善をして課題を克服されたのか、あるいはどのように新しい事業展開に活かせたのかなど、よい意味での追跡調査をさせていただきます。そして、そのデータを次の施策に活用しようと思います。これまでそういう考え方をしてこなかったので、これからは施策の効果を形式的な数値だけではなくて、利用された方々にどう役立っているのかという観点からも情報を蓄積して次に活かしていきたいと考えています。

 ──平成30年度2次補正予算において、中小企業・小規模事業者関係で総額2634億円の予算が成立しました(平成31年2月7日)。その中で、認定支援機関による経営改善計画策定支援事業に100億円の予算が充てられています。

 坂本 これをわれわれは、認定支援機関のミッションである中小企業の資金調達や財務経営力強化に関する期待の表れだと感じているわけですが、その分、しっかりと成果も挙げていかなければならないと思っています。

 安藤 先ほどの効果測定の話は、施策をご利用いただいた経営者にどう刺さったのかということだけではありません。認定支援機関の皆さんの活動にどう有効だったのか、そもそも皆さんによる支援のパフォーマンスがどの程度のものなのかを含めてしっかりと見ていきたいということなのです。それによって、頑張っている中小企業・小規模事業者の方と、それをフォローする認定支援機関の皆さんにとって、さらに役立つ施策を講じていけるのではないかと考えています。

 坂本 中小企業庁などのリードのもと、2012年に認定支援機関制度が創設されて、法律の中で税理士を中小企業支援の担い手として位置づけていただけたのは、画期的な出来事であり、とても感謝しています。さらに、認定支援機関としての仕事ぶりを評価する仕組みを作っていただけるということですね。そうなれば、われわれも全国的に切磋琢磨できるので、大きな励みにもなります。

巻頭対談

各省庁・自治体・民間が連携し総力戦で中小企業を支えよう!

 安藤 もう一つ、これは逆説的に聞こえるかもしれませんが、中小企業庁だけで中小企業・小規模事業者施策を担っていけるような時代ではないと考えています。
 少子高齢化や人口減少という大きな問題に直面していることに加え、これから消費税率引き上げや働き方改革の本格実施など、中小企業・小規模事業者を取り巻く構造やルールが大きく変化してきます。こうしたことへの対応について、中小企業庁だけで全てをカバーすることはできません。したがって、これからはこれまで以上の各省庁間の連携、自治体、皆さん方のような士業や民間の支援機関の総力を結集していただく必要があります。その総力戦のまとめ役が中小企業庁であるべきなのです。

 坂本 総力戦が必要な状況を中小企業支援の現場からもひしひしと感じます。

 安藤 その一例として、防災・減災に向けた取り組みがあります。昨年は西日本豪雨や北海道胆振東部地震、相次ぐ台風被害などの自然災害に見舞われ、多くの中小企業・小規模事業者にも影響が及んでいます。引き続き復旧・復興への支援策を講じることはもとより、事前の防災・減災対策を進めることの重要性を痛感しています。事前対策は、サプライチェーンや雇用を支える中小企業・小規模事業者の強靱化にもつながるものです。
 リスクのある災害には、それに見合った損害保険への加入を進めることが必要です。なぜなら、そのようなリスク対策を中小企業・小規模事業者関係予算だけで賄うことには限界があるからです。それよりも、防災・減災準備をされる中小企業・小規模事業者には、民間の損害保険会社のご協力とご理解を得ながら、リスクの低減に応じて保険料を下げていただくように働きかけます。もちろんそれは個別の経営判断になりますが、できるだけ前向きな検討をお願いしたいと思っています。

 坂本 TKC全国会にはリスクマネジメント制度推進委員会という組織があり、関与先への適正な損害保険の指導や損害保険契約推進の支援に関する活動を担っています。これは「保険指導は会計事務所の正当業務である」という昭和38年の飯塚毅博士(TKC全国会初代会長)による業務命令文書を発端としています。以来、会員は、長年にわたって関与先のトータルリスク管理指導を行っていますから、今のお話はとても腑に落ちます。

 安藤 事業承継にしても生産性向上にしても、中小企業・小規模事業者を巡る課題はどんどん複雑になってきており、対応が難しくなっています。ですからこれからは、複雑な課題に応じて、エキスパートの方々にそれぞれの得意分野で能力を存分に発揮していただいて、まさに総力戦で高みを目指す中小企業・小規模事業者を支援していくことが求められます。そうしなければ、個々の中小企業・小規模事業者に、本当に効果のある施策は届かないからです。特に、全国で一番多く認定支援機関になっていただいているTKCの皆さんには、諸課題の解決に向けて持てる力を最大限に発揮していただきたいと思います。

 坂本 認定支援機関でもある私ども税理士は、中小企業に寄り添う最も身近な存在であるということを自負しています。これからも最大限にわれわれを活用していただきたいと思います。事業承継をはじめとした中小企業支援施策の目的をよく踏まえて、しっかりと個々の経営者に向き合ってまいります。

 ──本日は、ありがとうございました。

平成31年度において講じようとする中小企業・小規模事業者施策
[中小企業庁HPより、一部加工]

1.事業承継・再編・統合等による新陳代謝の促進

  • 前年度の「法人」向け事業承継税制の抜本拡充に続き、「個人事業者」の集中的な事業承継を促すため、10年間の時限措置として、土地、建物、機械、器具・備品等の承継に係る贈与税・相続税の100%納税猶予制度を創設。
  • 事業引継ぎ支援センターの事業引継ぎデータベースにおける登録企業数を抜本的に拡充することで、M&Aを含めた事業承継支援を強化。併せて、事業承継ネットワークにおけるプッシュ型支援や事業承継補助金を引き続き措置。

2.生産性向上・人手不足対策

  • 「ものづくり・商業・サービス補助金」「持続化補助金」「IT導入補助金」を一体的に措置。広報、補助金活用から効果検証まで一体的に実施(「中小企業生産性革命推進事業」)。
  • 生産性向上等に向けた支援措置を切れ目なく継続的に講じるため、従来補正予算で講じられてきた「ものづくり・商業・サービス補助金」の当初予算化を実現。
  • 都道府県が地域の実情に応じた販路開拓支援等の小規模企業政策に取り組むことを後押しするため、「自治体連携型持続化補助金」の当初予算化を実現。

3.地域の稼ぐ力の強化・インバウンドの拡大

  • 地域中核企業等と連携して行う活動を新たな技術・サービスモデルの開発から市場獲得まで一体的に支援する「地域未来投資促進事業」を引き続き措置。
  • マッチング・海外展示会等を通じた国内・海外販路開拓等を支援。

4.災害からの復旧・復興、強靱化

  • 東日本大震災、熊本地震からの復旧・復興について、引き続き支援策を措置。
  • 平成30年7月豪雨、台風21号等、北海道胆振東部地震について、30年度予備費や一次補正でグループ補助金や持続化補助金等を措置。
  • 災害が頻発している状況を踏まえ、中小企業の防災・減災対策の普及啓発、BCP(事業継続計画)策定支援、自家発電設備等の導入支援等、中小企業の強靭化をトータルで支援。立法措置も含め検討。

5.経営の下支え、事業環境の整備

消費税率引上げ、長時間労働規制や同一労働・同一賃金の中小企業適用も見据え、

  • 軽減税率対応のためのレジ導入補助金の基金を積み増すとともに、制度を見直し(対象事業者に旅館・ホテル等を追加、補助率を2/3→3/4に引上げ等)
  • 事業者等に対する指導・周知徹底等の転嫁対策、取引適正化対策
  • 働き方改革実現に向けた支援(専門家派遣事業の増強、商工会等の機能強化)
  • 中小企業の経営指導(経営発達支援計画等)、資金繰り支援(政策金融・信用保証、マル経)

などに引き続き粘り強く取り組む。

※以上のほか、消費増税に伴う臨時・特別の措置として、商店街活性化支援を措置。

(構成/TKC出版 古市 学)

安藤久佳(あんどう・ひさよし)氏

1960年、愛知県生まれ。83年東京大学法学部卒業、通商産業省(現・経済産業省)入省。経済産業省大臣官房総務課長、内閣総理大臣秘書官、資源エネルギー庁資源・燃料部長、経済産業省関東経済産業局長、経済産業省商務情報政策局長等を歴任、2017年7月中小企業庁長官に就任。

(会報『TKC』令和元年5月号より転載)